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十代の恋よさようなら

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:石本美由起、作曲:上原げんと、唄:神戸一郎

1 好きでならない 人なれど
  別れてひとり 湖に
  悲しく棄てる 男の涙
  ああ 十代の恋よ さようなら

2 月の渚を さまよえば
  返らぬ夢を 慕うよに
  はぐれて一羽 啼く水鳥よ
  ああ 十代の恋よ さようなら

3 恋の名残か むらさきの
  りんどう風に 散る夜は
  まぶたに沁みる ホテルの灯り
  ああ 十代の恋よ さようなら

《蛇足》 昭和32年(1957)12月に神戸(かんべ)一郎の唄でレコードが発売されました。

 神戸一郎は神戸市出身。甘いマスクと歌のうまさで、高校時代から女子高生の追っかけがいたと伝えられています。
 この歌のほか、『銀座九丁目水の上』『別れたっていいじゃないか』など、何曲かのヒットを放ちましたが、突然芸能界から姿を消し、その後の消息はわかりません。

(二木紘三)

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コメント

こんばんはで茣蓙居ます.
懐かしい歌を有り難う茣蓙いました.
この曲を聴いて居りますと,瞼が熱くなります.
神戸一郎氏はこの曲がデビュー曲だったと思いますが.
あたくし奴,中学2年生の頃だったと記憶して居ります.

神戸一郎氏といえばロッテチューインガムのコマーシャル
が思い出されます.

投稿: 日本憂國党・紋狗悠之輔 | 2008年1月27日 (日) 19時51分

この曲を是非にとお願いしていましたが、早々とupしていただきありがとうございました。

1957年レコード発売というと、わたしが中学1年生のときになります。
ただ、初めてこの歌を聴いたのがいつだったかは思い出せません。

当時はあまりいい歌だと思っていませんでしたが、最近、偶然YouTubeで聞く機会があって、こんなにすばらしい歌だったのかと思い直しました。神戸一郎の甘い歌い方も気に入りました。そこで早速、二木さんにこの曲をお願いしたという次第です。

二木さんのコメントでは、神戸一郎の現況は分からないということですが、残念に思います。

投稿: クルミルク | 2008年1月27日 (日) 20時28分

こんなサイトに神戸一郎の名前が出ています。
出演年月日は不明ですが、健在のようです。
http://www.tokyochuokai.or.jp/jiyoho/ibent/2003_8/tamase15.html

投稿: 通りすがり | 2008年1月28日 (月) 22時14分

「通りすがり」さん、ありがとうございました。
さっそく、ご指摘のサイトを訪ねました。
いつだったかは分からないものの、東京多摩青果物商業協同組合による「多摩商組・花夢音GOGOサマーフェスティバル」に、神戸一郎が出演したことがあるということですね。
参考になりました。

投稿: クルミルク | 2008年1月30日 (水) 20時28分

神戸一郎さんというひとは、昔、母が、ファンでした。

顔も声も一番だと言ってた言葉が、今も心に残っています。

わたしは、ほんの少ししか記憶に残っていませんが、

今、どうされているんでしょうね?

投稿: 華鍬 | 2008年2月17日 (日) 01時04分

残念ですが「神戸一郎」さんは
2007年3月に他界されたとの記載があります。
非常に懐かしく また残念にも思っています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E4%B8%80%E9%83%8E

投稿: 伊知郎。 | 2008年2月24日 (日) 10時39分

毎日、この歌を聞いてから仕事に出かけています。
この曲が作られたのが 私の7歳の頃ですから
全部は覚えていなかったのですが、
ラジオで聞いていい歌だと思い、検索してこのサイトに来ました。
歌はいつも私の心を慰めてくれる、本当にいいものです。
いつまでも、ご活躍をお祈りいたします。

神戸さんの情報ですが:
1938年(昭和13年)9月7日)、俳優。本名前原正捷さんだそうです。
今年で70歳ですか・・

投稿: 小太郎 | 2008年3月 7日 (金) 11時19分

先日、4月27日に亡くなられたと新聞に載っていましたね。

投稿: なち | 2014年5月 5日 (月) 09時47分

久し振りに、神戸一郎のデビュー曲「十代の恋よさようなら」と出会い・・・
しばし、二木オーケストラの見事な演奏に聴き惚れたところで・・・胸のときめきを感じ当時が懐かしく想い出されます。
私が中学三年生の時の出来事?・・・ある日から同じクラスのT子さんの存在が気になるようになりました。
そして、毎日のようにT子さんの姿が頭に浮かんでいたように思います。
当時では、休み時間でも男女間での会話はほとんどなかったように思います。
私から話しかける勇気はなかったのではと思われますが、かりに、T子さんに話しかけるチャンスがあったとしても、さてどんな話をするつもりだったのか分かっていなかったのではと思います。
そのうち卒業式も終わり、彼女は女子高校へ、私は実業高校へ進学、その後のクラス会でも彼女と会う機会はありませんでした。
半世紀以上経った今日、お互いに後期高齢者・・・T子さんどうなされているのかな?
懐かしく想い出される今日この頃です。

投稿: 一章 | 2016年12月21日 (水) 21時47分

一章さん、僕も中学校で、気になるA子さんと何の交際もなく卒業。それぞれの進学が別々になり、思い切って文通を申し込み、しばらく文通していましたが、彼女の方から打ち切られて以来音信不通でした。今年52年ぶりに初めてのクラス会があり、半世紀ぶりに彼女と再会できました。片想いとはいえ初恋はほろ苦く、切なくそしてまた懐かしいものですね。 許されるのならやり直してみたい。できることならあの日に帰りたい(私に人生といえるものがあるのならの歌詞)心境です。

投稿: 三郎 | 2016年12月23日 (金) 17時58分

三郎さま、私と同じ初恋(片想い)をなされていたのですね!
切ないお気持ちお察しいたします。
三郎さまには、幸いにして、(失礼ではとは思いますが)
文通をなされ、今年52年振りにクラス会で再会されたとの由、よかったですねと言っていいか分かりませんが?
私の場合は、彼女(T子さん)とは、今日ま一度も二人で会ったことも話したこともありません。
でも、彼女に対する気持ちは今も変わりません。
三郎さまのコメントを拝読し、初恋(片想い)の切なさが心に沁みました。
コメントありがとうございました。

投稿: 一章 | 2016年12月23日 (金) 21時04分

一章さま。「今日まで一度も二人で会ったことも話したこともありません。でも、彼女に対する気持ちは今も変わりません。」とは何という切ない話でしょうか。僕は、クラス会からの帰り道で、彼女からメールがあり、後日彼女と二人きりで、初めて食事(デート?)をしました。私は中学生に戻ったような気分で胸ときめいて初めてのデート(?)に行ったのですが、彼女はそんな気分ではなかったようでした。「またお会いできるのを楽しみにしております」というメールの言葉はリップサービスで、私は10代の幼稚な男子、彼女は68才の大人だったようです。私はその落差で「会わなければ良かった!」と深く傷つきました。でも、一度でも二人きりのデート(?)の場を持ってくれた彼女に感謝してその思い出を大切にしておこうと思っています。

投稿: 三郎 | 2016年12月25日 (日) 23時22分

同窓会はいろいろなことを思い出させてくれるのですね。いい思い出を作られた貴兄にあやかりたいです。先だって大学の同期会がありましたが、都合により欠席でした。後日幹事から当時の写真がセピア色で送られてきました。みんな若かったのだなあと感激しました。どなたかに恋しい人がいたわけではありませんが、10代から20代のころは敏感なんですね。この歌を地元のラジオにリクエストしたいです。

投稿: 今でも青春 | 2016年12月27日 (火) 10時11分

三郎さま 慰めのコメントありがとうございました。
三郎さまには、素敵な方とデート?されたそうで・・・
これからも大事になさってほしいと思います。
私の彼女については、中学時代のクラスメートの一人として懐かしい恋心の想い出として胸の中に収めたいと思います。

投稿: 一章 | 2016年12月27日 (火) 20時26分

今朝のNHKラジオ深夜便で作詞家「石本美由起」特集を偶然に聴くことができました。
番組の中で、何と神戸一郎の甘い唄声でデビュー曲「十代の恋よさようなら」が流れました。
聴いているうちに、昨年の暮れ近くに投稿した「中学三年の時の好きな彼女との初恋~片想い」が鮮明に胸の中を駆け巡りました。
一旦は胸の中に収めたものの、やはり彼女への想いは懐かしさとともに忘れられないものとつくづくと想う今日この頃です。
時に、三郎さま、お元気でお過ごしのことと思います。 
お身体にはくれぐれもご自愛くださいませ。
小生、今年の10月で喜寿を迎えます。
現在、弁当等の宅配で毎朝5時半起床で頑張っております。

投稿: 一章 | 2017年5月25日 (木) 20時22分

三郎さま、一章さま
お二人のコメントを微笑ましく拝読いたしました。
古希の胸に宿る少年の純情が偲ばれます。
実らなかった恋は今、胸の小箱で宝石のような輝きを放つのですね。

思えば神戸一郎がハンサムを意識した初期の人でした。
(映画俳優では佐田啓二)
神戸一郎は低音の魅力♪。「りんごちゃん」というちょと
明るい歌も好きでした。


投稿: りんご | 2017年5月25日 (木) 21時53分

懐かしいこの歌。久しぶりに聞きました。苦い思い出と滑稽な思い出と一緒に甦ります。音楽部にいた私は部活の合間によくこの歌を鼻歌で歌っていました。ある日、顧問の先生に呼び出されてこの歌を部室で歌うのは止めろと言うのです。その理由が「十代の恋よさようなら」と一緒に「ホテル」が出てくるからだ。学生のくせに品行方正でないとの意見の様でした。この先生は校歌を作った先生だったのですが案外世事に疎かったのかも知れません。正義感が強すぎて駅で乱暴を見かねて自身が乱闘騒ぎをして校長に注意を受けました。処分はありませんでしたが校内では有名な話になりました。因みに柔道もやっていて柔道が体重制なら俺が世界チャンピオンだとよく言っておました。
歌の話に戻ると、無粋・醜男の私故皆様のようなロマンチックな思い出は全くありませんがあの頑固バンカラの先生がひょっとしたら私と同じ人生だったのかななどと思って懐かしく思い出されます。

投稿: 林 滋 | 2017年5月26日 (金) 09時56分

林 滋さま
入梅のような暗さと寒さの中
パソコンを開いて笑いが込み上げました。
今となっては笑えるエピソードですね。
でも10代の林様にとっては理不尽この上ないことでしたね。ただ単に背景としての「ホテル」なのに~。
又 その教師が大変な熱血漢であることも笑えます。

投稿: りんご | 2017年5月26日 (金) 14時11分

りんごさま
心のこもった温かなコメント・・・感激です。
ありがとうございました。
私のコメントの中で、10月で喜寿を迎えるのを、古希と若く間違えてしまいました。
おっちょこちょいですね。
ごめんなさい。お詫び申し上げます。

投稿: 一章 | 2017年5月26日 (金) 14時58分

敢えての私信、一章さまの純情に免じて
皆様ご理解ください。
一章さま
いえいえ、私のミスでした。
ちゃん喜寿と書いてありすよ。
こちらこそ申しわけありません。
毎朝5時半起きでお仕事なされてる由感服の至りです。くれぐれもご自愛ください。

投稿: りんご | 2017年5月26日 (金) 19時08分

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