踊り明かそう
(mp3制作:二木紘三)
I Could Have Danced All Night Eliza: Bed! Bed! I couldn't go to bed! |
《蛇足》 ご存じ、ミュージカル『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』で歌われる劇中歌のなかでも最も有名な1曲。
『マイ・フェア・レディ』は1956年3月に、ニューヨークのブロードウェイで初演され、以後6年半に及ぶロングランを記録した大ヒットミュージカルです。1964年には映画化され、これも大ヒットとなりました。
舞台ではジュリー・アンドリュースがヒロインのイライザ・ドゥーリトル役を務めましたが、映画ではオードリー・ヘップバーンが起用されました。
原作は、劇作家ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』。バーナード・ショーはおもに19世紀に活躍したアイルランド出身の劇作家兼音楽評論家で、社会主義者でした。イギリス近代演劇の確立に貢献するとともに、諧謔家・皮肉屋としても知られ、数かずの警句や名言を残しています。
ショーが『ピグマリオン』のミュージカル化に否定的だったため、舞台・映画とも、彼の死後に製作されました。
ギリシア神話に、ピグマリオンという王が自作の人形に惚れ込み、愛の女神アフロディテに頼んで、人形に生命を吹き込んでもらって、結婚するという話があります。
ショーの『ピグマリオン』は、これを下敷きとして、下層階級の花売り娘イライザを言語学者のヒギンズ教授が貴婦人に仕立て上げるという話です。
ヒギンズがイライザと初めて会ったのは、コヴェント・ガーデンという市場ということになっていますが、現在はすでに市場ではなく、しゃれたショップが並び、前の広場で毎日パフォーマンスが演じられる観光名所になっています。
『マイ・フェア・レディ』には、いろいろおもしろい場面がありますが、いちばん愉快なのは、イライザに上品で正確な英語と上流階級のマナーを教えようとして教授が四苦八苦する点です。
イライザがしゃべるのは、いわゆるコックニー英語。コックニーとは、ロンドンの職人や商店主などの庶民階級のこと。日本では、庶民かいわゆる上流階級かで言葉遣いはほとんど違いませんが、階級制の強かったイギリスでは、属する階級によって大幅に違いました。階級による差は、だんだん縮まっているようですが。
最もよく知られているのは、庶民は発音記号の[ei]を[ai]と発音することです。
ある外国人がロンドンに行ったとき、イギリス人に"You came here to die."(死ぬためにここに来たんだね)"と言われてビックリしたという有名な話があります。実は、そのコックニーは"You came here today."(今日ここに来たんだね)と言っただけだったのです。
そのほか、コックニー英語には、単語中のhを発音しないとか、[θ]と発音すべき"th"を[f]、[ð]と発音すべき"th"を[v]と発音するといった傾向があります。たとえば、thinkがfinkに、fatherがfaverになったりします。
語法についても、myの代わりにmeを使うとか、am not, is not, are not, have not, has notがすべてain'tになるといった特徴があります。
こうした話し方は、ロンドンの庶民に限らず、イギリスの庶民一般に共通する特徴のようです。
熱心に訓練を重ねているうちに、イライザはついに上流英語をマスターします。そのとき、喜びのあまり歌うのが、この『踊り明かそう』です。
ところで、タイトルの"My Fair Lady”には、二重の意味が隠されています。
ロンドン中心部にMayfair(メイフェア)という場所があります。西をハイドパーク、北をオックスフォード通り、東をリージェント通り、南をピカデリーとグリーンパークに囲まれたかなり広い地区です。
17世紀末から18世紀半ばまで、毎年5月(May)にここで2週間の市(Fair)が開かれたところからついた地名です。
その後市はほかの場所に移され、Mayfairは開発が進んで、ロンドン屈指の高級住宅街となりました。そこに住む若い女性たちは、Mayfair Lady(メイフェア・レディ)と呼ばれました。コックニーの発音だと、マイフェア・レディとなります。東京なら、田園調布のお嬢様といったところでしょうか。
つまり、タイトルにはメイフェアのお嬢様のようなすばらしいレディに育てる、という意味が込められているわけです。
メイフェアは、現在では各国の大使館や大企業の本社などが建ち並ぶビル街になっていますが、昔風の高級住宅も少しは残っているようです。
イライザには、実はモデルがいます。モデルというか、バーナード・ショーが『ピグマリオン』の執筆を思い立つきっかけになった女性です。
ショーの芸術仲間・社会主義仲間に、ウィリアム・モリスという詩人兼工芸家がいました。モリスは画家で詩人の友人、ダンテ・ロセッティをよく訪ねていました。ダンテ・ロセッティは『風』の詩人、クリスティーナ・ロセッティの兄です。
その頃、ダンテ・ロセッティは、ジェーン・バーデンという女性をモデルに何枚も絵を描いていました。モリスは、ロセッティのアトリエを何度も訪ねるうちに、ジェーンに恋してしまい、ついに結婚することになりました。
ジェーンは美人でしたが、労働者階級、いわゆるコックニーの娘でした。いっぽう、モリスは大金持ちのお坊ちゃんで、そのころは父親の巨額な遺産を受け継いでいました。彼の友人・親戚は、いずれも上流階級ばかりです。
ロセッティやショーなど、モリスの友人たちは、この階級差の大きい結婚を大変心配したといいます。
結婚後、ジェーンはパーティなど、モリスの仲間の集まりに出ることを嫌い、どうしても出なければならないときには、極力話さないようにしたといいます。
結婚生活の実情はわかりませんが、2人の間には2人の娘が生まれ、長女はボート事故が原因で病気になりましたが、次女は長じてデザイナー兼作家になりました。
実話版『マイ・フェア・レディ』とでも言えましょうか。
余談ですが、この話の元になったギリシア神話から生まれた教育心理学の概念に「ピグマリオン効果」というのがあります。教師が「この子は必ず伸びる」と期待しながら教えると、その生徒の成績は上がっていくが、期待されていない生徒は、同じように教えてもあまり伸びない、という現象だそうです。
(二木紘三)
| 固定リンク
訪問者の感想等

コメント
二木先生いつもありがとうございます。
最初の Eliza について
1 エリザ と読んでしまってました。
英語 の常識では E(イー)li(ライ)でした
それにしても 日本人にとっては 英語は聞き取り
にくいようなきがします。
2 Eliza と 最初にはじまるのは
彼女が 「私は」 言ったのでしょうね?
3 また 英語の詩も難しいですね。
ビグマリオン効果 も 初めて知りました。
投稿 二宮 博 | 2008年4月23日 (水) 21時43分
The rain in Spain falls in the plain.
このセンテンスを何度も練習させられ、【ai】を《ei》と、やっと発音できるようになった後で、寝巻き姿でオードリーが飛び跳ねながら歌う場面を懐かしく思い出しています。
帝国劇場の舞台ではイライザを江利チエミが演じてましたね。
投稿 tomoe_saloon | 2008年4月23日 (水) 22時14分
The rain in Spain stays mainly in the plain
英語の早口言葉を探したら載ってました。
ステイ メインリィと 《ei》の音がもっと含まれてました。
投稿 tomoe_saloon | 2008年4月23日 (水) 22時23分
二宮博様
2の件ですが、冒頭のElizaはその次からイライザの歌が始まるという意味です。あとのほうにあるServent1と2、Mrs Pearceの部分は、Elizaの歌の間に挟まるセリフです。
人名と歌詞を同じ書体で表示したのでわかりにくいと思い、太字に変えました。
投稿 管理人 | 2008年4月23日 (水) 23時45分
二木先生 有難うございます。
1 この歌に 最初はいるのは
Bed の 発音が難しいですね。
2 なぜか Tonight を連想してしまいます。
残念ながら どちらも 映画は見ていないのですが
投稿 二宮 博 | 2008年4月26日 (土) 18時17分