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思い出のグリーン・グラス

 (mp3制作:二木紘三)

作詞・作曲:Curly Putman、唄:Tom Jonesほか多数

         Green Green Grass Of Home

1. The old home town looks the same
   As I step down from the train,
   And there to greet me are my Mama and Papa;
   And down the road I look and there runs Mary,
   Hair of gold and lips like cherries.
   It's good to touch the green, green grass of home.
        (Chorus:)
        Yes, they'll all come to meet me,
        Arms reaching, smiling sweetly.
        It's good to touch the green, green grass of home.

2. The old house is still standing
   Though the paint is cracked and dry,
   And there's that old oak tree that I used to play on.
   Down the lane I walk with my sweet Mary,
   Hair of gold and lips like cherries,
   It's good to touch the green, green grass of home.
        (Chorus:)
        Yes, they'll all come to meet me,
        Arms reaching, smiling sweetly.
        It's good to touch the green, green grass of home.

3. Then I awake and look around me
   At the grey walls that surround me,
   And I realize that I was only dreaming,
   For there's a guard and there's a sad old padre
   Arm in arm we'll walk at daybreak.
   Again I'll touch the green, green grass of home.
        (Chorus:)
        Yes, they'll all come to see me,
        In the shade of that old oak tree,
        As they lay me 'neath the green, green grass of home.


(日本語詞:山上路夫、唄:森山良子)

汽車から降りたら 小さな駅で
迎えてくれる ママとパパ
手を振りながら呼ぶのは
彼の姿なの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム
帰った私を迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

昔と同じの 我が家の姿
庭にそびえる 樫の木よ
子供のころに のぼった
枝もそのままよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

悲しい夢みて 泣いてた私
ひとり都会で迷ったの
生まれ故郷に立ったら
夢が覚めたのよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

笑顔でだれも迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

《蛇足》 カントリーとジャズの聖地・テネシー州ナッシュヴィルをベースに音楽活動をしていたカーリー・プットマン・ジュニア(Curly Putman Jr.)が1965年に発表した名曲。本名はクロード・プットマン・ジュニアですが、縮れっ毛だったことから、カーリーと呼ばれるようになりました。

 カーリー・プットマンは1930年11月20日、アラバマ州プリンストンの生まれ。地元の短大を中退後、靴や住宅修理などのセールスマン、製材所の作業員などをしながら、シンガーソングライターを目指しました。
 なかなか認められませんでしたが、この歌を発表するや、一躍脚光を浴びる身となりました。

 発表してすぐにジャニー・ダレルやポーター・ワゴナーがカバーし、全米に広まります。翌年にトム・ジョーンズがレコーディングしたシングル盤は、全英シングル・チャートで7週間トップを続け、さらに全米ビルボード・チャートのポップス部門で11位、イージーリスニング部門で12位を占めました。

 このほかジェリー・L・ルイス、ジャニー・キャッシュ、ジョーン・バエズ、エルビス・プレスリー、ケニー・ロジャースなど、そうそうたるメンバーがこの歌をカバーしています。

 世界中で歌われましたが、わが国でも、昭和40年代に青春期を送った人たちには、忘れられない1曲となっているはずです。

 この歌がそれほど愛されたのは、美しく歌いやすいメロディーが理由でしょうが、それ以上に重要なキーは歌詞だろうと思われます。
 わが国では、この歌は、大都会での夢に破れて帰郷したら、両親や昔の恋人たちが温かく迎えてくれ、家も、むかし登って遊んだ樫の木も以前のままだった――という内容になっています。
 ただし、山上路夫の日本語詞では、原詞の男が女に変わっています。

 これだけでも、多くの人たちを感動させる歌になっています。しかし、名だたる大歌手たちにぜひ歌ってみたいと思わせた原因は、日本語詞では省略されている3番にあると思われます。
 3番があることによって、優しいふるさと演歌のような歌詞が、強烈な衝撃力と物語性を帯びてくるのです。原詞の意味をざっと書いてみましょう。

1番:汽車から降りると、ふるさとの街はむかしと全然変わっていないように見えた。ママとパパが出迎えてくれ、道の向こうから、むかしの恋人のメアリーが走ってくるのが見える。サクランボのような唇をした金髪のメアリーが。ふるさとの青々とした草に触れるのは、なんてすてきなことだろう。
 みんなが私に会いに来てくれ、手を伸ばし、優しく笑いかける。ふるさとの青々とした草に触れるのは、なんてすてきなことだろう。

2番:ペンキはひび割れ、乾いているけれども、むかしの家はまだ立っている。よく登って遊んだ樫の老木も同じ場所にある。私はそこの小径をメアリーと歩いていく。サクランボのような唇をした金髪のメアリーと。ふるさとの青々とした草に触れるのは、なんてすてきなことだろう。
 みんなが私に会いに来てくれ、手を伸ばし、優しく笑いかける。ふるさとの青々とした草に触れるのは、なんてすてきなことだろう。

3番:それから私は目を覚まし、私を取り囲んでいる灰色の壁を見回す。私は、ただ夢を見ていただけだったと気がつく。なぜなら、そこに看守と悲しげなようすの老神父がいたからだ。明け方には、私は腕をとられて、彼らとともにに(処刑室へ)歩いていくだろう。そしてまた、ふるさとの青々とした草に触れることになるのだ。
 そうだ、みんなは私に会うために、樫の老木の下蔭に来るだろう。ふるさとの青々とした草の下に私を葬るときに。

 ふるさとの小さな町に帰り、懐かしい人びとや場所に出会ったのは、死刑囚が処刑の直前に見た一瞬の夢にすぎなかったというわけです。3番があるかないかで、歌のイメージががらりと変わることがよくわかります。

 それでは、日本語詞ではなぜ3番を省略したのでしょうか。
 3番は残酷すぎるから省いたのだろう、という人もいますが
、私は、最初からそういう方針だったのではなく、結果としてそうせざるを得なくなったのではないか、と考えています。
 つまり、原詞の内容を訳詞に全部盛り込むのはどうせ無理だ、それなら2番までの内容で、明るいメロディに合わせた温かい歌にしよう、と考えたと思われるのです。主人公を女にしたのも、この方針から出た変更でしょう。

 英語やフランス語など、アルファベットで書かれた文章を日本語に直すと、ポイント数(級数)や判型などの条件が同じなら、原文よりかなり多くのページないしスペースを要することになります。英仏語などの小説や評論の翻訳書が原書よりかなり分厚くなったり、ときには上下2巻に分けて出版されたりするのがその証拠です。
 そうなるのは、1バイト文字と2バイト文字の違いや日本語には多音節語が多いこと、文法構造の違いなどが原因です。

 文章なら、ページ数ないしスペースを増やせば、翻訳文の増量に対応できます。しかし、歌の場合はそれができません。音符の数で使える文字数が限定されてしまうからです。

 たとえばこの歌の2番で、crackedは八分音符1つに当てはめられています。crackedは1音節語ですから、支障なく歌えます。
 ところが、これを「ひび割れた」という日本語に直すと、これは5音節語ですから、1つの音符に当てはめるのは不可能で、音符が4つか5つは必要になります。こういう現象が歌全体に現れます。
 ですから、原詞をそのまま日本語に訳すと、大幅な字余りとなって、その楽譜では歌えなくなってしまいます。反対に、日本語の歌を英語やフランス語などで歌えるように訳すには、言葉をかなり足すことが必要になります。

 そこで、訳詞者たちは、原詞のどこかを削ったり、複数の表現を1つにまとめたり、内容を少し変えたりして、原譜で歌えるように工夫します。
 ここで短歌や俳句になじんできた日本人の感性が生かされます。芳醇なイメージや内容を17文字や31文字に凝縮する技術を使って、原詞のエッセンスを日本語で歌えるように表現してしまうのです。
 名訳者ともなると、原詞より高いレベルの日本語詞に仕上げてしまう人もいます。

 その結果、ときには原詞と同じテーマの別の詞のようになってしまうことがあります。私が、作詞・作曲者紹介の欄で、「訳詞」でなく、「日本語詞」としているのは、こうしたことを考えてのことです。

 なお、英語の歌詞は歌手によって単語が少しずつ違っています。
 mp3は原詞に合わせてアレンジしたので、日本語詞では歌いにくい箇所があると思います。

(二木紘三)

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コメント

 いやあ、二木先生。またまた我が懐かしの青春の歌、ご提供いただき大変ありがとうございます。
 私が当地(厚木市)に来たばかりの20代前後頃は、フォークソング全盛でした。そして本場アメリカのフォークソングも、若者たちの間でどんどん歌われていました。前にも『朝日のあたる家』でふれましたが、『花はどこへ行った』『風に吹かれて』『七つの水仙』『500マイル』『虹の彼方へ』…。そしてこの『思い出のグリーン・グラス』。
 あの頃は、同世代間の交流が今よりずっと盛んでした。田舎者で引っ込み思案な私も、地元の一つ年上の綺麗なお姉さんに誘われるまま、厚木市のコーラスグループに加わりました。この歌など、その時の仲間とよく歌ったものです。
 繰返しますが、当時が思い出されて本当に懐かしい! 重ねてありがとうございました。

投稿: 大場光太郎 | 2008年10月 2日 (木) 02時41分

 外国の歌詞の翻訳がいかに難しいのか、二木先生の解説でよく分かりました。翻訳するとボリュームが五割以上ほども増えるなど経験のない者には想像もできませんでした。
 この歌の原詞を順を追って読んでいて、何となく実際は長い間故郷に帰っていない人の、つまり帰りたいと切望している人の詞だと思いました。すべて現在形で書かれているからです。
 特に、メアリーの唇がチェリーのようだというくだりで、現実には会っていないはずだと思いました。だから1番と2番の雰囲気は、3番の存在を予想させるものではあります。ただ3番はあまりにショッキングでした。

投稿: 周坊 | 2008年10月 2日 (木) 12時11分

以前、当サイトの『この広い野原いっぱい』で、森山良子が歌う『思い出のグリーン・グラス』も天使のような歌声で大好きだと述べたことがあります。それが実現して感激しています。
私が聴いたのは3番まできちんと歌詞があり、森山良子の歌声に何度も聴き惚れたものです。悲劇的な内容ではありますが、実に爽やかで明るい印象を受けました。
死刑囚が死に臨んで故郷を思い出したのであれば、我々だって臨終の時に、遠い昔と故郷を思い浮かべるかもしれません。その時、天国へ向かう“はなむけ”として、このような歌が脳裏をかすめるのであれば、安らかにあの世へ旅立つことができるでしょう。
そして、この死刑囚が懐かしい「樫の木」の傍に葬られるように、我々も思い出のかの地に骨を埋めようではありませんか。感動に浸りながら、いまこの曲を聴いています。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年10月 2日 (木) 21時45分

明るいけれど、どこかもの悲しいメロディだと思って聴いていましたが、3番の歌詞を知って胸がつまりました。「谷間のともしび」でも同じような気持ちでしたが、このたびはもっとショックでした。

投稿: 林 一成 | 2008年10月 2日 (木) 22時00分

私も学生時代に幾度と無く聴いたり歌ったりした懐かしい曲です。しかし、この懐かしくも穏やかなこの曲の原詩に、この様な結末があったとは初めて知りました。こんな悲しい詩に、プットマンはなぜこんなにやさしいメロディを付けたのでしょうか。死の恐怖よりも、苦しみの生から解放されて魂がふるさとに還り、父母やメアリに再会し、あの樫の木陰、青々と茂った草にふれることが出来る喜びの方が強かったからでしょうか。日本語版で3番をカットした理由についての二木先生の考察には、心底感じ入りました。たしかに日本人の感性としても、このメロディにこのようなドラスティックな内容を盛り込むのは至難の業でしょうね。
ところで3番の詩の中の Arm in arm we'l walk at daybreak の we は、看守と神父を指しているわけですが、同時に父母とメアリをも重ね合わせているのではないでしょうか。それにしても、 コーラスの最後がthey lay me'neath the green,green grass of home.で終わるのがなんとも切ないですね。
 

投稿: くまさん | 2008年10月 2日 (木) 23時01分

森山良子の歌うこの歌が大好きで、よく口ずさんでいました。ある日、米国の仕事から帰ってきた夫の荷の中に、トム・ジョーンズ歌うこの曲の入ったCDを発見。ジャケットの英語の歌詞を拾い読みしてショック! これは何、と震えるほどの衝撃。翻訳なしで世界中の物に触れるなんて無理だけれど、せめても、とこれを機にはじめた街の英語教室通いが(喋れもしないのに)うん十年。「なんで英語やってんですか」なんて若い人に不思議がられると、この歌のことを思い、時には話したりしています。

投稿: 館野はつ子 | 2008年10月18日 (土) 00時50分

日本語で歌いやすく翻訳する難しさがよくわかりました。ヤンキー気質の若者が、望郷の念を明るく歌い上げる光景が目に浮かびます。3番の歌詞は衝撃的ですが、曲のイメージは暗くない。「千の風になって」と一脈通じるものを感じました。

投稿: 三瓶 | 2008年10月21日 (火) 22時28分

昨日、たまたまトム ジョーンズのこの歌を聴きながらなんとなく歌詞カードをながめていましたが、3番の歌詞を見たとき、その内容に不意打ちを食らってしまって泣きました。昔流行ったころも聴いたことはあるのですが(当方、二木先生より4歳後輩です)、歌詞の意味を考えることもありませんでした。もっとこの歌のことを知りたくて当サイトにたどり着きました。先生の訳詞良いですね。

無頼な雰囲気を持ったトム ジョーンズの歌い方もこの歌によくマッチしていて良いなと思いました。

投稿: エースケ | 2008年11月 2日 (日) 13時56分

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