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故郷の廃家

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:William Shakespeare Hays、
日本語詞:犬童球溪

1 幾年(いくとせ)ふるさと 来てみれば
  咲く花 鳴く鳥 そよぐ風
  門辺(かどべ)の小川の ささやきも
  なれにし昔に 変わらねど
  あれたる 我家(わがいえ)
  住む人 絶えてなく

2 昔を語るか そよぐ風
  昔をうつすか 澄める水
  朝夕かたみに 手をとりて
  遊びし友人(ともびと) いまいずこ
  さびしき 故郷(ふるさと)
  さびしき 我家(わがいえ)

        My Dear Old Sunny Home

1. Where the mocking bird sang sweetly
   Many years ago,
   Where the sweet magnolia blossoms
   Grew as white as snow,
   There I never thought that sorrow,
   Grief nor pain could come,
   E'er to crush the joys and pleasures
   Of my sunny home.
       (Chorus:)
        Oh! I'm weeping,
        Lonely I must roam.
        Must I leave thee,
        Dear old sunny home?

2. Flowers withered, roses drooping,
   'Round the cottage door,
   And the birds that sang so sweetly,
   Sing, alas, no more.
   Ev'ry thing seems chang'd in Nature,
   Since I cross'd the foam,
   To return, my poor heart breaking,
   To my sunny home.
       (Chorus:)

3. Other forms and stranger faces,
   All that I can see,
   Brings to mem'ry thoughts of loved ones
   Who were dear to me.
   But my poor heart sinks within me
   When I turn to roam,
   Far from all I lov'd and cherish'd,
   Good bye, sunny home.
       (Chorus:)

《蛇足》 アメリカのソングライター、ウィリアム・シェークスピア・ヘイズによって1871年に作られました。
 彼は、シェークスピアというミドルネームが気恥ずかしかったらしく、ほとんど使わなかったそうです。

 ヘイズは1837年、ケンタッキー州のルーイヴィルで生まれ、1907年、70歳のとき、同地で亡くなりました。
 生涯に約350曲作りましたが、そのうちわが国でもよく知られているのが、この曲と『冬の星座
(原題は"Mollie Darling")です。

 ヘイズは非常に子煩悩な人だったようで、子どもが生まれるたびに、それを記念する曲を作っています。

 原詞は、「モノマネドリが歌い、白木蓮の花が咲いていた家に、海原を越えて久しぶりに戻ってきたら、花は枯れ、鳥は歌わなくなっていた。まわりは知らない人ばかりで、私はまたさすらいの旅に出なければならない」といった内容。
 2番のfoamは泡ではなく、大洋という意味。

 犬童球溪(いんどう・きゅうけい)が明治40年(1907)に発表した日本語詞は、これとほぼ同じ設定になっています。

 2番の「かたみに」は、「たがいに」とか「代わる代わる」という意味の副詞です。

(二木紘三)

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コメント

   村境の春や錆びたる捨て車輪
   ふるさとまとめて花いちもんめ  (寺山修司)

 故郷を離れて幾十星霜。このたび『故郷の廃家』を新たにご提供いただき、改めて望郷の想いを深く致しております。
 今の時代は変化のスピードが早く、その変化を全国津々浦々いずこもまぬがれ得ないような状況です。久しぶりで帰郷してみますと、郷里のあまりの変わりように愕然とさせられます。そして思うのです。『ここはもう、オレが思い返していた所とは違うな』。
 故郷―それは宝物のような幼少時代の思い出がびっしりつまった特別な場所。そのよすがの多くが消失してしまっている喪失感。そういう感じを抱くのは私だけでしょうか?

投稿: Lemuria | 2009年3月24日 (火) 20時25分

実家には年老いた両親が今でも健在ですが、何時かは
この歌詞のように成るのでしょう。父は13年間も中国
戦線に行っていたのに、戦争のことは一切口にしません。これも人間の生き方の一つなのでしょう。

投稿: 海道 | 2009年4月 3日 (金) 12時25分

私にとって、故郷を想う歌はこの歌です。
高野辰之さんの「故郷」もありますが、ウサギを追う・・・という経験がありませんでしたので、小さい頃から歌の本の中の物語として別世界のような気がしていました。
この「故郷の廃家」が外国の歌と知ったのは中学生になってからです。それまで、ずっと日本の歌だと思っていました。
妻の実家で、この歌を口ずさんでいたら義母が歌いはじめ、終わりまで一緒に歌いました。
聞くと、女学校の頃この歌を全校生徒の前で独唱したという、とても好きな歌だったそうです。
その義母も、それから5年後に亡くなってしまいました。
今でも口ずさむと、義母が一緒に歌っているような気がします。

投稿: コーデリア | 2009年11月18日 (水) 11時13分

犬童球渓は『旅愁』の詞も書いてますね。本職は音楽教師で英米の歌の訳詞を専門に書いた人のようです。

投稿: ☆諒 | 2010年1月13日 (水) 09時02分

犬童先生は私の故郷人吉のご出身で、私の学んだ人吉東小学校校歌も作詞作曲して頂いております。
母の再婚で故郷を離れ52年、65歳の今も二木先生の演奏でこの「故郷の廃家」と「旅愁」を聞く度に霧深いあの懐かしい町並み、人情厚い人達が脳裏に浮かびます。
秋の夜 当時東小学校講堂(木造の大変立派な建物でした)で犬童先生を記念した音楽会が行われていました。
九州一円はもとより関西方面の音楽家も集う生演奏と 声楽家の方々の圧倒的迫力は当時の母の思い出と重なり生涯の思い出となっています。
犬童とは大変変わった人吉地方独特の苗字で、あまり多くはいらっしゃらないと思いますが小学校の先生にもこの姓の方がおられました。
ご健在でしょうか。 実は私も実父が犬童姓で川辺川沿いの相良村の出でした。
人吉にはいつか帰りたく思います。

投稿: 浜のぼくちゃん | 2010年2月 6日 (土) 10時23分

 懐かしい歌っていると涙が出てくる歌です。中学1年生から2年生頃この歌と「峠の我が家」を欲口ずさんでいたと思います。もし出来ることなら二木先生是非「峠の我が家」も入れて頂ければうれしいと思います。宜しくお願いいたします。

投稿: masa | 2010年3月11日 (木) 11時16分

二木先生にお尋ねします。
[故郷の廃家]

門辺の小川の ささやき→ が「せせらぎ」となっている
楽譜もありますが、、どちらが正しいのでしょうか。

朝夕かたみに→ 「かたみに」の意味を教えて下さい.
幼稚な質問?申し訳ありません。jyunpei

投稿: 中村順平 | 2012年8月29日 (水) 12時35分

中村順平様
「ささやき」か「せせらぎ」かですが、古い歌の歌詞は「浜辺の歌」のように、写しまちがいなどで途中で変わってしまうことがあるので、どちらが正しいかわからないことが往々にしてあります。この歌については、歌集でもネットでも「ささやき」が多いので、大勢に従いました。こちらが正しいという資料をお持ちの方はお知らせください。

「かたみに」については「蛇足」の末尾に追加しておきましたので、そちらをご覧ください。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2012年8月29日 (水) 15時01分

皆様今晩は

あたしは「故郷の廃家」が大好きです。

このじん~とくる感動は一体何でしょうか?

時の流れに共感するのかも?

歌詞に出てくる、幾年(many years)って何年くらい経過しているのでしょうか?

歌詞の内容から推察して、もう30~40年も経過しているのかも?

みなさんは、どう想われますか?

petit浦島になったような気分!

投稿: トッコ | 2012年11月28日 (水) 20時32分

本当に心の故郷ではありませんが、何年かして故郷といわれる所へ帰ってみると、まるで風景が変わって、町名まで変わって
見知らぬ町へでも迷い込んでしまった様な気持ちになる事があります。先日中学校の母校を訪ねてみたら、既に廃校になっていまして、正門には鎖で閉鎖されていました。イロイロと都合のあっての事だとは思いますが、世の中変えて良いものと、そうでないものもあるんだと、寂しい気持ちになりました。

投稿: 赤城山 | 2013年5月 6日 (月) 19時13分

この曲は中学のときに習いましたが、ヨーロッパの民謡とばかり思っていたのですが、アメリカの歌だったのですね。原詩も初めて知りました。「咲く花、鳴く鳥、そよぐ風」の「鳥」はmocking bird(ものまね鳥)のことだったのですね。先日亡くなったパティペイジ(テネシーワルツで有名な歌手)にはMocking Bird Hillという歌があって、昔よく聴いていたのですが、アメリカの歌にはこの鳥がよく出てきますね。アメリカ在住の日本人の作家が書いた小説(芥川賞受賞)「モッキングバードのいる町」はアメリカの町が舞台です。Moking Birdとはどういう鳥なのか鳴き声を聴いてみたくなりました!

投稿: KeiichiKoda | 2013年5月 7日 (火) 11時44分

上のコメントへの追記です。この歌の「鳥」、すなわち、Mocking Bird(ものまねどり)は
  tra-la-la tweedlee dee
と鳴くようです。パティ・ペイジのMocking Bird Hill

 http://www.youtube.com/watch?v=EXo3wTgsMB4

をお聞きください。

投稿: KeiichiKoda | 2013年7月 7日 (日) 13時30分

KeiichiKodaさん、ものまね鳥の本物鳴き声も聞けると思いご紹介YouTubeを覗きますと、歌詞中の擬音語だった。ペイジの歌は良き昔をしのぶような心地よいメロディーですね。

自然ヴォランタリーグループでいつも楽しい知人が生まれつきのvogelaar(fowler)。このフィールドに棲息する鳥すべてを物まねしてくれます。フロリダからメキシコ、ガラパゴス諸島(に多種が揃っている)含みで南米全般、パタゴニアまでのモッキングする(Mimus)仲間について「わしゃ知らんぞ」と言います。ところが「あれはカモメから他の鳥鳴き声までイッパイ上手に真似しよるから、あれ自身の鳴き声サッパリ分らん!」と教えてくれました。鳥を追って世界の果てまで行く人種に驚きます。

http://www.youtube.com/watch?v=XN-mLMnVvEw
↑分布北端フロリダ種のモッキングの器用ぶり。

MP3二木流の名アレンジが心を揺さぶります。オギャーとタライの中で生まれた黒煤で光る日本海をのぞむ家に住まう人無く、「故郷の廃家」にいつかなる…。

投稿: minatoya | 2013年7月 8日 (月) 05時05分

minatoyaさん、本物のmocking bird(ものまねどり)の映像と鳴き声、有難うございます。Northern Mockingbirdというmocking bird の一種で、フロリダ州の州鳥に指定されている由ですが、アメリカ全土に見られる典型的mocking birdでもあると説明されていますね。実にいろいろの鳴き声をするのですね!驚きました!私もアメリカは北部(ミネソタとペンシルベニア)と南部(バージニア)に住んだことがあるのですが、当時は鳥の鳴き声などには興味がなかったので、この鳥がいろいろの場所に棲息していることはまったく知りませんでした。日本にもこの種の鳥はいるのでしょうか?

投稿: KeiichiKoda | 2013年7月 8日 (月) 09時42分

KeiichiKodaさん、私も驚いています。分布、全米ですか? ヘンク(件の知人)から聞いただけで、US州鳥も含め私は全く知らないのです。全米と言っても北は昔やや寒かった筈ですから、この30年ほどの温暖化で生息域を拡大したのでしょうか?

物まね鳥はインコ類で、戦後に籠から逃げたワカケインコが中央欧州で帰化-繁殖して一寸公害っぽい存在です。日本にモッキングバード帰化は無いと思いますが、家烏が器用に物まねすると、それを楽しむ義姉から聞いています。烏だけが屋根に留まっている「故郷の廃家」が連想されます。すると、ヒッチコック‘The Birds‘が重なって、懐かしく恋しい気分が消えてしまいます。

投稿: minatoya | 2013年7月 9日 (火) 09時04分

Minatoyaさん、私もNorther Mockingbirdについて少し調べてみました。Northern Mockingbirdは日本名では「マネシツグミ」というようです。北米にいるmocking birdはこの種だけだそうです。またアメリカ全土といっても寒い、北部とくに五大湖の西のほうには棲息していないようです。以下(↓)で引用するWikipediaには棲息分布が付いていますが、マネシツグミは緑色(1年中棲息)と黄色(夏だけ棲息)で示される部分である南部と中部に生存している由。この「故郷の廃家」の作者ヘイズは二木先生によれば南部のケンタッキーで生涯を送った人のようですから、この歌の中に出てくる「鳥」はマネシツグミに間違いありません。
  http://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Mockingbird

投稿: KeiichiKoda | 2013年7月 9日 (火) 12時05分

今朝(2015年3月3日)のラジオ体操の首の運動のピアノの伴奏曲でした。切れ切れに覚えていた歌詞を頼りに、このホームページで故郷の廃家にたどり着きました。
「咲く花鳴く鳥そよぐ風」は故郷を五感を呼び起こさせるすばらしい歌詞ですね。

投稿: MIIKO | 2015年3月 3日 (火) 09時27分

MIIKOさま、私も朝早く起きられたときは、NHKEテレ6:25AMにはじまるラジオ(テレビ?)体操をしています。本日は寝坊してできませんでしたが。。。最近購入した島田祐子さんのCD「こころの歌100曲」にはこの歌「故郷の廃家」がはいっていて、私の大好きな歌でもあるるので、よく聴いています。ラジオ体操といえば、体操のピアノ伴奏をしている3人のうち、どの方だったか、「懐かしのバージニア」を伴奏曲として用いています。この曲も私は好きなんです。この歌は二木先生のサイトではまだ取り上げられていないので、二木先生にいつか解説をしていただけたらと思っています。

投稿: KeiichiKoda | 2015年3月 3日 (火) 17時10分

故郷の歌はどれも素晴らしいですね。歌の誕生や秘められた歴史、歌詞に心を揺さぶられます。随分前になりますが、懐かしくて故郷の山野を歩き回ったことがあります。そのとき人里離れた山のただなかにぽつりと一軒、家が残されていました。家の前には秋の日差しを浴びて真っ白な洗濯ものが干し竿に掛けられ輝いていました。こんなところに人が住んでいる、小さな子供さんもいる・・・、と驚きました。小川のせせらぎ、小鳥のさえずりが聞こえ、花がさきほこるであろうまさに歌に示されるような山のただなかです。赤ちゃんをおんぶしたお母さんが現れるのではないかと、しばし足が止まりました。あれからもう20年以上も経ちます。まだあのご家族は住んでいらっしゃるのだろうか、子供さんはもう巣立たれたのだろうか・・・、などと思い出されます。私はフォスターの「懐かしのケンタッキーの我が家」も好きです。故郷をしのぶ歌はどれも甲乙つけがたいですね。歳をとって故郷の田舎に帰りますと父母やもうお会いできない多くの方々がしのばれ、昔の光今いずこ、の心境になります。

投稿: yoko | 2015年3月 3日 (火) 21時26分

私の2015/3/3のコメントへの追記です。今朝3/6(金)の「テレビ体操」の伴奏はピアニスト加藤由美子さんの担当で、伴奏曲が「懐かしのバージニア」でした。この曲がどんなメロディだったか忘れた方は、ここ(↓)にアクセスしてみてください。

https://www.youtube.com/watch?v=csnC-TUDD0Q

このYouTubeのまわりには別の歌手によるいろいろのバージョンのこの曲がアップされています。

投稿: KeiichiKoda | 2015年3月 6日 (金) 08時09分

人吉に何回も行っていますが、ようやく犬童先生の生家を訪ねることが出来ました。裏通りの狭い路地に一部洋館風の建物がありました。中には入れる雰囲気はなく、写真だけ撮って、相良村から清流川辺川に沿って五木村へまた行きました。∨字型の険しい山道はダム建設の
お陰(?)でかなり上の方を走っています。結局ダムは作られず、沈む予定だった村々は新しい住宅団地に変わりました。中心にある道の駅の傍に、村の藁葺き屋根が移転展示されています。そのお家の名前も犬童家でした。
 せめて あの うすみどり色に輝く川辺川がいつまでも変わらぬ故郷の姿を写してほしいと思いました。ハーモニカで吹いています。

投稿: 旅役者 | 2015年4月 1日 (水) 23時02分

 この曲の作曲者がケンタッキー出身とは知りませんでした。yoko様がコメントされているように、かのフォスターも『Old Kentucky Home』でケンタッキーを懐かしんでいます。
 ケンタッキーは芝種Kentucky Blue Grassで知られているように、青々とした牧草の続く美しい州です。我が国ではフライドチキンの方が有名かも知れませんが、テネシーとともにバーボンウィスキーの故郷と言えば、頷かれる諸氏も多いのではないでしょうか。

投稿: Yoshi | 2015年4月 4日 (土) 09時39分

犬童球渓先生へ
先生、歌詞が寂しすぎます。
故郷の廃家の歌詞を読む時、口ずさむ時、そのあまりの寂しさにいつも胸塞ぎしばらく寂寥感に包まれてしまいます。

人吉にずっと住み続けている人達と、東京、兵庫、新潟と故郷を離れた生活をされた先生とでは話が合わなくなられましたか。
先生、どうして風景ばかり歌われましたか。友は、心の通じる友は、話のできる人はもう故郷人吉にいませんでしたか。

さびしき故郷や さびしき我が家や。

この歌詞が私の心を引き裂きます。 言葉が強すぎます。犬童先生、私は寂寥感に打ちひしがれます。

投稿: 望郷人 | 2015年9月17日 (木) 13時40分

故郷の歌のなかでもこの歌は情景が呼び戻される良い歌だと思います。今でも時々、故郷に帰りますが、隣近所は皆空き家、学校には、生徒が昔の3分の1もいない状態です。いつも懐かしくて故郷の山野を歩き回りますが、入ってくる情報は、知人や同級生の訃報ばかりです。歌詞のごとく我が家も今「廃家」となろうとしています。昔遊んだ山や川、海に何の変化もありません。小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、あれからもう半世紀が過ぎたのです。故郷を歌ったのはみんないい歌が多いですね。今、歳をとって故郷に帰りますと父母をはじめもう会えない多くの方々が偲ばれ本当に寂しい心境になります。しかし故郷はいいものです。大切にしたいと思っています。

投稿: 和田 貴行 | 2016年4月 8日 (金) 21時24分

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