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2009年4月23日 (木)

草原情歌

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:王 洛賓、日本語詞:青山 梓・劉 俊南

1 はるかはなれた そのまたむこう
  だれにでも好かれる きれいな娘がいる
  だれにでも好かれる きれいな娘がいる

2 明るいえがお お日さまのよう
  くりくり輝く目は お月さまのよう
  くりくり輝く目は お月さまのよう

3 お金もたからも なんにもいらぬ
  毎日その笑顔 じっと見つめていたい
  毎日その笑顔 じっと見つめていたい

4 ヤギにでもなって いっしょにいたい
  毎日あのむちで わたしをたたいておくれ
  毎日あのむちで わたしをたたいておくれ

《蛇足》 恋する乙女への思いを、伸びやかなメロディで表現した歌。歌っているうちに、この世に何をあくせくすることがあるのか、といった気持ちになってきます。
 原題は『在那遥遠的地方』。

 中国でも日本でも、長らく中国青海省の民謡として歌われてきましたが、1983年に王洛賓(ローマ字表記ではWang Luobing)の作品と判明しました。

 王洛賓は1913年に北京市で生まれ、北平師範大学芸術系で音楽を学んだのち、八路軍に加わりました。八路軍は中国人民解放軍の前身の1つで、日中戦争中は日本軍と戦い、日本の敗戦後は国民党軍と戦って、共産党の勝利に貢献しました。

 この歌は、王洛賓が1939年夏、青海省で行われた映画撮影に同行した際に生まれました。王洛賓は、その映画に主演したチベット族出身の女優にすっかり魅せられてしまい、その思いをこの歌に表現したといわれます。
 歌ができたとき、どういう事情によるものか、彼は楽譜に作者名を記載しませんでした。

 文化大革命が始まろうとするころ、王洛賓は、解放以前に国民党幹部に音楽を教えたことが反革命に当たるとして1960年に逮捕され、11年間服役、監視付き仮出獄4年という弾圧を受けました。
 このこともあって、作者名は公表されないままでした
。その間に『在那遥遠的地方』は、青海省の民謡として中国全土で愛唱され、さらに外国でも歌われるようになっていたのです。

 アメリカとの国交が正常化された1979年、王洛賓の名誉が回復され、再び音楽活動ができるようになりました。その4年後に、『草原情歌』がやっと彼の作品と認められたわけです。

 1996年死亡。2007年3月、ニューヨークで「永遠の王洛賓芸術祭」が開催され、王洛賓は中国を代表する音楽家のひとりとして世界に知られるようになりました。

 この歌を作ったころ、王洛賓は青海新疆・甘粛あたりの民謡を収集し、研究していました。そのため、この歌には、そのあたりに多く住むカザフ族やウィグル族の音楽の特徴が採り入れられています。
 とりわけ、曲の前半にはカザフ民謡に多い半音進行が使われ、それがこの曲の特徴になっています。

 しかし、日本で歌われている上記のメロディでは、この特徴は消えています。そのためかどうか、中国人が日本の『草原情歌』を聞くと、一瞬別の歌と思うようです。

(二木紘三) 

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コメント

今から40年余り前、20歳の頃、ラジオ中国語講座が始まる時の曲はこれではなかったでしょうか?テキストにこの歌詞が載っていたのを思い出します。「在那遥遠的地方 有位好姑娘 人民都望他的眺望」と続いたのでしたか、少し怪しいですが。

投稿: Bianca | 2009年4月23日 (木) 13時45分

Bianca さん

惜しい!最初の2連は正解、3連以下は

人們走過他的帳房
都要回頭留恋地張望

(他は実際は女性ですから女偏に也です)

投稿: boriron | 2009年4月24日 (金) 23時48分

 2年程前から月平均2~3箇所の養老施設・デイサービスセンター・公共施設・桜の下等で、二胡・柳琴とソプラノサックス(私)でのミニミニコンサートのボランティをしていますが、この「草原情歌」と「蘇州夜曲」(西条八十作詞・服部良一作曲)は必ずと言っていいほど定番です。
今年の1/26(月)12:00~17:00までNHK大阪ホールを借り切っての「第67回昭和の懐メロ大行進」に参加、「蘇州夜曲」の歌の伴奏で Happy なひと時でした。
 
 二木先生の蛇足で「草原情歌」の詳細な背景を知り、シャンソンの「詩人の魂」に似た思いが湧いてきてきました。

投稿: 尾谷 光紀 | 2009年4月28日 (火) 22時25分

私が50余年前の中国語の授業で教わったのは
こんな歌詞でした。
中国語は話せるようにはなりませんでしたが、
この歌だけは憶え、結構、役に立ちました。
ちなみに、私は二番の歌詞が好きです。

zai na yao yuan di di fang
在 那 遥  遠 的 地 方 
you wei hao gu niang
有 位 好 姑 娘 
ren men zou guo liao ta  di zhang fang
人 們 走 過 了 女也 的  帳  房
dou yao hui tou liu lian di zhang wang
都 要 回 頭 留 恋 的 張 望


ta  na fen hong di xiao lian
女也 的 粉 紅  的 笑  瞼
hao xiang hong tai yang
好  像  紅  太 陽
ta na mei li dong ren di yan jing
女也 那 美 麗 動  人 的 眼 晴
hao xiang wan xiang ming mei di yue liang
好  像  晩  上  明  媚 的 月  亮

投稿: 勝馬 | 2009年5月 1日 (金) 17時15分

わたしの知っている草原情歌の歌詞は
1)在那遥遠的地方
  有位好姑娘
  人們走過了她的帳房
  都要回頭留恋的張望
2)她那粉紅的笑顔
  好像紅太陽
  她那美麗的動人的瞼晴
  好像晩上明媚的月亮
 でした。これは兄の持っていたラジオ中国語講座の歌詞を歌の本に書き写していたものです。40年以上も昔のことです。懐かしく思います。

投稿: 麦蒔鳥 | 2009年5月 9日 (土) 01時03分

 懐かしい、の一言です。1956~7年頃通っていた東京・西神田の倉石中国語講習会で教わった歌です。今でも1番の歌詞は日本語、中国語で覚えております。当時から新中国(中華人民共和国)の歌とばかり思っておりました。
 王洛賓(1913~1996)については僅か5行ですが『中国音楽史』(劉藍編著 雲南芸術学院 2002年)に紹介されておりました。
 第6章「中華民国音楽(1911-1949)」で、
“当時著名な民謡収集家、北京師範大学音楽系(現?)に学び、のちに青海、新疆一帯で多くの優れた民謡を収集、編曲し、国内および海外華僑に歓迎された。芸術性の高いものに「在那遥遠的地方」、「阿拉木汗」がある” とのこと。
それにつけても二木先生の《蛇足》すばらしいですね。

投稿: 狐日和 | 2009年9月30日 (水) 15時39分

 中国の歌を検索中に出会いました。
私が満州うまれのためでしょうか。

おおらかでゆったりしたメロディを
どこかで聞いたような感じがします。

投稿: けん | 2019年2月10日 (日) 11時26分

www.ponycanyon.co.jp/music/PCCK000020176
1983年12月にみんなの歌で放送されたそうです。
ずいぶん昔に聴いたように思ったが 既に30半ばになっていたとは意外です。牧歌的な異国情緒に惹かれたものです。

投稿: りんご | 2019年2月10日 (日) 15時19分

https://www.youtube.com/watch?v=iZ_S-oRK8cI

こちらで聴けると思います

投稿: りんご | 2019年2月10日 (日) 15時24分

今ここでこの歌に出会うとは、懐かしいかぎりです。
この歌は、最初大学に入った時、部活の仲間に教わりました。
メロディーが素晴らしく、歌詞も、遠い彼方のいずれ出逢うかも知れない方への呼びかけ、との思いを感じていました。

外出から、また学校からの帰路、電車の駅を降り明るい町並みを離れますと静かな住宅街に入ります。そのころはまだ車も、歩く人も少ない中、とことこと歩きながらいつもこの歌を朗々と唄ったのでした。いい気持で。
自分ではわかりませんでしたが、すっかり近所の評判になってしまっていたのでした。あるとき、兄から「みっともないからやめなさい」と叱られ、ずいぶん恥ずかしい思いをしたものです。

青春時代の一つの思い出です。
それにしても、ほんとにいい曲ですね。

投稿: 田主丸 | 2019年2月10日 (日) 20時16分

「草原情歌」この曲は昔から好きで、今でも時々YouTubeで試聴したりしていますが、私が気に入っているのは、特に中国音楽特有の楽器、二胡独特の音色と、ゆったりとした中国の雄大な自然を感じさせるこのメロディが、私が昔イメージしていたままの、素朴で雄大な中国大陸を感じさせてくれます!

実は、中学二年生の時に歴史の先生が社会科の授業中に言われていたのが、僕は若いころ中国へ一度行ったことがあるが、この国は歴史も古く君たちが思っているよりも魅力があり、信じられないほどの雄大な大自然がある国で、資源も豊かで、日本とは違い石炭も露天掘りをしていて、今は後進国と言われているが、中国はこれから目まぐるしく発展を遂げて変わって行く国だと僕は思っている。だから君たちが大人になって、もし中国へ行きたいと思っている人がいれば、できるだけ早く行ったほうがいいよ!と言われていたのが強く印象に残っています。

あれから50年の年月が経ちましたが、今の中国の発展の仕方を見ていると、そのような面影は消えて行くようで、現在では訪れてみたい国とは思いませんが、しかし歴史の先生の言われていたことは、ある意味で当たっているような気がします。
また、恋する乙女への気持ちを表現しているこ唄の素朴な詩と、ゆったりと流れるような情緒豊かな、この穏やかなメロディを聴いていると、現在の中国の滑稽な国のイメージを払拭してくれるような、永年かけて自然が生んだ世界遺産に指定されている数々の建築物や、水墨画に描かれた桂林を初めとした壮大な山々の景色など、昔抱いていた雄大で大自然のある中国のイメージを蘇らせてくれます。

草原情歌1~「だれにでも好かれる きれいな娘がいる」~♪♪♪

シンプルに表現された上記の詩には、何とも言えない魅力を私は感じます!

投稿: 芳勝 | 2019年2月10日 (日) 22時47分

懐かしい歌です。

この歌を知った、昭和30年代半ば、東京郊外で学生生活を送っていました。寮生活の中で、たびたび、コンパ行われ、誰かが歌ったのでした。
ちょっぴり異国情緒が感じられるものの、メロディは割と単純で短く、すぐに憶えました。
その頃、たまに、新宿まで出かけて、”歌声喫茶”を楽しんだことがありましたが、そこでも、この歌が登場しました。

日本語の歌詞の他に、中国語の歌詞でも歌われていたように思います。
勝馬様のコメント(’09-5-1)にあります、歌詞1番2行目を、片言ながら、♪イヨウ・ウェイ・ハオ・クーニャン(きれいな娘さんがいる)…♪と歌っていたことが思い出されます。

投稿: yasushi | 2019年2月11日 (月) 13時38分

はるかはなれた・・・ Zai Na Yao Yuan De Di Fang・・
内蒙古や甘肅省を旅した頃を懐かしく思い出しています。
歌詞は真似できても。奏でる楽器や思い浮かべる情景:曲想など合いませんが、好きでマイペースで歌っています。

投稿: Eichan | 2019年2月11日 (月) 17時25分

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