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北へ帰ろう

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:徳久広司、唄:徳久広司/小林旭

1 北へ帰ろう 思い出抱いて
  北へ帰ろう 星降る夜に
  愛しき人よ 別れても
  心はひとつ 離れまい

2 北へ帰ろう 思いを残し
  北へ帰ろう 誰にも告げず
  夜露を踏めば ほろほろと
  あふれる涙 とめどなく

3 北へ帰ろう 涙を捨てに
  北へ帰ろう 星降る夜に
  みとせの夢よ わが恋よ
  君くれないの くちびるよ

 

《蛇足》 毎週水曜日夜9時からTBS系列で放送された1時間ドラマ『寺内貫太郎一家―第2部』の挿入歌。

 第1部は昭和49年(1974)1月16日から同10月9日まで放映され、その好評を受けて、第2部が翌50年(1975)4月16日から同11月9日まで放映されました。
 東京・下谷で石材店を営む一家の日常や近隣の人びととの交流をテーマとしたホームコメディで、平均視聴率31.3パーセントという人気ドラマでした。

 頑固一徹のあるじ・寺内貫太郎を作曲家の小林亜星、その妻・里子を加藤治子、長男・周平を西城秀樹(第2部では次男)、貫太郎の母親・きんを悠木千帆(現・樹木希林)、お手伝いのミヨコを浅田美代子が演じ、伴淳三郎、左とん平、由利徹といった芸達者が脇を固めていました。
 脚本は名手・向田邦子。

 毎回演じられる貫太郎と周平のとっくみあいや、きんが沢田研二のポスターの前で「ジュリ~ッ」と叫びながら身もだえするシーンが見ものでした。

 私はこのドラマをわりとよく見ていましたが、この歌がどんな場面に挿入されたか、あまりよく覚えていません。おぼろげな記憶では、飲み屋のカウンター席の端でいつも静かに飲んでいるナゾの男がいて、その男が映ったときに流れたような気がします。

 徳久広司は小林亜星の弟子で、この歌で歌手デビューしました。のちに作曲家専業となり、美空ひばりの『おまえに惚れた』、増位山太志郎の『そんな女のひとりごと』、門倉有希の『ノラ』などのヒット曲を書いています。

 この歌だけでなく、歌謡曲の歌詞では、北へは「帰る」、南へは「行く」か「向かう」が基本パターンのようになっています。ことに傷心して帰る先は、ほとんどが北です。
 ふるさと、もしくは帰るべき場所が南にあるある人も多いはずなのに、傷心して南へ帰るといった趣旨の歌詞は、ほとんど見たことがありません。

 おそらく、北という言葉に多くの人が抱く冷涼で寂寂(さびさび)としたイメージに、傷ついた心を癒す何かが含まれているのでしょう。南の光に満ちたイメージは、憧憬、希望、夢といったプラスの心象にふさわしく、傷ついた心には眩しすぎるのかもしれません。

(二木紘三)

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コメント

「寺内貫太郎一家」シリーズは比較的よく見ていたと思いますが、この歌がドラマのどの部分で歌われていたのか、まったく記憶にありません。二木様の解説で、挿入歌であることを初めて知りました。 ドラマでは、居酒屋「花ぢょうちん」で流し(これが徳久広司その人らしい)がこの歌を歌うようです。
 そこで歌手デビューした徳久広司と、カバーした小林旭の双方を聴いてみました。前者は思い入れたっぷりの、演歌の王道を往くという歌い方で、後者はけれん味のない歌い方で、それぞれにいい味を出していますが、わたしの好みでは後者を良しとします。ただ小林旭の歌い方で気になるのは、3節から4節にかかる、いわゆるサビの部分を伸ばさずに短く切って息継ぎをしているところです。ここは「変わらぬ恋情を持ち続ける」わけですから、わたしは2拍くらい伸ばして歌う徳久広司の方に軍配を挙げたいと思います。

投稿: ひろし | 2009年5月 5日 (火) 00時06分

向田邦子と組んで多くのテレビドラマを制作・演出した(寺内貫太郎一家もそうですが)久世光彦は、著書「マイ・ラスト・ソング」で小林旭の「北へ」を挙げていたと記憶します。
「北」には逃げるという意味でもあるのでしょうか?敗北とも言いますし。

投稿: 周坊 | 2009年5月 5日 (火) 22時16分

周坊様
敗北という言葉の意味は人から逃げたりそむくといった意味がありますが、人が背中を向けるというのは寒い方向に背中を向けるといわれています。ですから、寒い方向といえば方角でいうと北になりますから北という字が使われています。敗北というのは、そのまま漢字を見てもわかるように人に敗れたために逃げることを表した感じですから、そのままの言葉の意味から、破れて北に背を向けて逃げるという漢字が使われるようになったようです。

投稿: 愛屋 敏彦 | 2009年5月 6日 (水) 00時40分

 私が子供だった昭和30年代、若き日の小林旭は既に日活の看板スターの一人で、颯爽とした「流れ者」といったイメージでした。そのイメージにふさわしく、小林旭の歌として、『さすらい』『北帰行』そして今回の『北へ帰ろう』。それぞれの歌には、放浪者の「傷心の美学」のようなものが、共通して流れているように感じられます。
 ところで小林旭の「北シリーズ」は、『北帰行』『北へ帰ろう』そして『北へ』の三部作をもって完結すると思われるのですが、いかがでしょうか?『北へ』―詞も曲もしみじみとした叙情性漲る、北へ流れていく男の名曲だと思います。
                      *
 ここで「北」を故郷とする者として一言言わせてください。文芸評論家だった故・亀井勝一郎は、大正末期から昭和初期に、旧制山形高等学校生として山形で過ごしました。亀井は後に、「山形盆地の春の訪れは、例えようもないほど美しかった。私はその後全国の春を数多く見てきたが、山形の春ほどの美しさを他に知らない」という趣旨のことを随筆に書いています。
 そこには、多感な高校時代を過ごした土地への美化意識が働いていたかもしれません。しかし私自身の体験からも、「東北の春は美しい !」の一言です。
 関東以南にお住まいの皆様。どうぞ東北・北海道など「北の地方」に、マイナーなイメージをお持ちになりませんよう。固定観念を外して、かの松尾芭蕉のように、東北各地を実地に探訪なさってみてください。数限りない新たな発見をなさいますこと、請合います。

投稿: Lemuria | 2009年5月 7日 (木) 01時50分

 先日 NHKでこの歌をはじめて聞きました。なんという抒情歌だろうかと思いました。今流行のリズム主体の歌に比べて心情に訴える物があります。
 最近ネットでこの歌を聞きます。しみじみとしたよさがあります。寺内貫太郎一家のドラマも覚えていますが、この歌は知りませんでした。NHKも粋なことをすると思いました。

投稿: 今でも青春 | 2013年2月11日 (月) 20時29分

二週間ほど前、本屋で「北のはやり歌」という題名にひかれて手に取り、パラパラめくっていたら、二木紘三という文字が目に入ったので買ってしまいました。読んでみたら、このブログからの引用がいっぱいありました。著者は赤坂憲雄学習院大学教授で、引用個所には二木先生の名前がきちんと書かれていました。さすがに大学教授ともなれば、正しい引用をするものだと感心しました。

投稿: 佐藤正夫 | 2014年2月28日 (金) 22時12分

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