« ふるさとの丘の小径は | トップページ | ラ・ノビア »

おまえに

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:岩谷時子、作曲:吉田 正、唄:フランク永井

1 そばにいてくれる だけでいい
  だまっていても いいんだよ
  ぼくのほころび 縫えるのは
  おなじ心の 傷をもつ
  おまえのほかに 誰もない
  そばにいてくれる だけでいい

2 そばにいてくれる だけでいい
  泣きたいときも ここで泣け
  涙をふくのは ぼくだから
  おなじ喜び 知るものは
  おまえのほかに 誰もない
  そばにいてくれる だけでいい

3 そばにいてくれる だけでいい
  約束をした その日から
  遠くここまで 来た二人
  おなじ調べを 唄うのは
  おまえのほかに 誰もない
  そばにいてくれる だけでいい

《蛇足》 昭和47年(1972)レコード発売。

 こういう関係はいいですね。失意のときに支え合うのがほんとうのパートナーというものです。

 「そばにいてくれるだけでいい」――この言葉をいうか、いわないか、いうならいついうか、いわずに心の中でつぶやくだけにするかは、なかなかむずかしいところです。
 この言葉をいってから、恋人ないし夫婦関係に入る人がいます。いわないまま、なんだかんだを何年、何十年と積み重ねていった末に、そういう心境に達するひともいます。

 前者のケースでは、「そばにいてくれるだけでいい、といったら、ほんとうにそばにいるだけだった」とぼやくひとがたまにいます。ワタシんちのことではありません。

(二木紘三)

|

« ふるさとの丘の小径は | トップページ | ラ・ノビア »

コメント

カラオケ全盛時代に良く唄われた曲、誰しも一度や二度は歌った事があるのでは・・・・
その頃は、どんな店に行ってもカラオケはつきもの、そしてあまり何度も唄っていると自然と変化が欲しくなり・・・・
誰言うともなく“そばにいてくれるだけじゃいや”と変化したのが普通になっていたりしたものです。
岩谷時子さんには不謹慎で申し訳ありませんが、いまこうしてMP3のシンプルなアレンジを聴きながら蛇足を拝見していると、それもありなん・・・・とも思えて来ます。

投稿: 仙人 | 2009年8月 1日 (土) 09時46分

 この歌が流行ったころ、韓国に単身赴任していた日本の企業戦士たちがカラオケで一番リクエストされた曲が「おまえに」だそうです。日本に残してきた家族を思い浮かべて情感いっぱいに歌ったことでしょう。

 その後の日本企業は海外の安い労働力を求めて、台湾・タイ・マレーシアそして中国へと生産拠点を移してしまった結果、日本国内の製造業の崩壊が始まり、工場閉鎖・雇い止め・ワーキングプア等が発生した。
 勤勉な先輩たちが時間をかけて築いてきた創造力・生産技術力・品質管理力・技術の伝承等が、あっという間に海外に流出してしまった。

 こんな日本に誰がした・・・つい口ずさんでしまう。
 

投稿: かんこどり | 2009年8月 4日 (火) 10時21分

音痴かどうかを判断するのに格好の歌だと思っています。ワタシんちのことです。

投稿: 海道 | 2009年8月 4日 (火) 12時34分

私の義兄はこの曲が得意で、前にカラオケに行ってたころに、この曲をよく歌っていました。フランク永井全盛の頃です。奥さんを愛してるんだなと思いました。

私は6歳下ですが、ちょっと照れてそのころから人前では歌いません。どっちが奥さんを愛してるって言ったら、女性はやっぱり義兄のほうと思うんでしょうか。でも、私も妻を愛しているんですけど…。男ならわかってくれますよね。

投稿: 藤村 大蔵 | 2009年8月13日 (木) 21時47分

少し低音気味の私も家内も一番好きな歌です。

20数年前息子の結婚式の披露宴で、1:息子の今の気持ち、2:二人の数年後、3:私たち夫婦の今、正にこの歌通りの人生でありそうあって欲しいとの思いで “おなじ心の傷をもつ→おなじ心の愛をもつ・・・”と “おまえのほかに→まーちゃん(新婦)の他に・・・”と言葉をかえて歌いました。

古希近くになり何時どうなるか不安で<そばにいてくれるだけでいい!」と切実に思う昨今です。
因みに我々夫婦はお互いにバツイチです。

投稿: 尾谷 光紀 | 2009年9月23日 (水) 10時23分

この歌が発売された頃、土地を買って家を立て安住しました。 その後、8年前に分離タイプの家に立替え、娘夫婦と暮らしています。

40年前、この歌は記憶に残る程度でしたが、今歌ってみてホント心にぴったりきます。 妻とは結婚55年、今でもケンカ友達ですが、お互い傍に居ないと心にポッカリ穴があきます。

ダイニングで夕食後、カミさんがリビングに来てくれるかが関心事で、そのまま自室に入られると仕方なくTVを見ています。 カミさんは自室で好きな韓ドラをみているようです。 ♪ そばにいてくれるだけでいい  んだけどなア・・ 

投稿: 今元 淳一郎 | 2012年11月12日 (月) 11時24分

 そばにいてくれるだけでいい。なやましいことばですね。いろいろ深読みしたくなるような。
このコメント欄には長年連れ添った夫婦のいい話が多いのですが、ちがう話もあります。

 昔の上司で、家庭内の愚痴をよくこぼす人がいて、返事に困ったことがあります。上司は腰痛持ちで時々ベッドに入ってからも鈍痛があり、いたい、いたいとうめくことがありました。横で寝ていた奥さんが「うるさいわね」とか「明日、私仕事早いのよ」とか言うそうです。ずいぶんひどい奥さんだとは思いましたが、上司が自嘲気味に、ことこまかく話すのをみて、考え直しました。奥さんが「私もうあっちの部屋で寝るわね」と言うことなく、文句をいいながらでも、そばにいてくれるだけでいいと思っていたんでしょう。そばにいてくれるだけでいい。(あほらし!)

 夫婦の関係は外からはけっしてうかがい知ることはできないものだと、その時思いました。

投稿: 音乃(おとの) | 2012年11月13日 (火) 23時40分

夫と同じ部屋の空気を吸うのもイヤという妻、多いですよ。女は外出してはいけない。高熱が出ても家事に手を抜いてはいけない。男が外に遊びに行っても文句を言ってはいけない。夫の友人が来たらお金がなくても愛想よくもてなせ。その他色々ありました。年を取ったらそばに居てくれと言われてもねぇ…鬼より強くなった理由がおわかりになってくれたでしょうか。

投稿: ハコベの花 | 2012年11月16日 (金) 19時36分

 「そばにいてくれるだけでいい」再考

 昔、子どもが「お父さん、なぜお母さんと結婚したの」と聞いたので「魔がさしたんだよ」とも言えず、「まあ、運命かな」と答えたことがあります。一時的に正常な判断を失うことを魔がさすといいますが、含蓄のあることばです。
都々逸に
  いやなお客の 親切よりも
  好きなお方の 無理がよい
というのがある。お互い「好きなお方」ではじまったものの長い夫婦生活のうちにいつのまにやら「いやなお客」に変わっていきますね。なぜでしょう。
思うに人格の耐久年数(人による)は15~30年くらい、夫婦生活はそれ以上ですから後半の夫婦生活は我慢、慣れる、見てみないふり、夫婦であることを忘れるなどの努力がいります。あの人格者のソクラテスが悪妻になやまされたという事例ほど我々を勇気づけるものはないですね。

 私は「そばにいてくれないほうがいい」派でした。お互い寝る時間も、寝室も別。妻子の外出は大歓迎。妻が実家に帰ったときにはできるだけ長く親もとにいてやれよというほどでした。そのかわり、泊りこみの山登りもやりたい放題でした。(笑)
 新婚の時は「手がかからなくて助かる」「実家に気を使ってくれてありがとう」の評価でしたが、いつの頃からか「冷たい人」「自分勝手」といわれだした。その頃が「好きなお方」の神通力がなくなった時だったのでしょう。
 夫婦ははじめから終わりまで、他人であります。この自明の理を、ゆめゆめ忘れることがあってはなりませんぞ、おのおの方。

投稿: 音乃(おとの) | 2012年11月17日 (土) 11時33分

 この歌は、作曲家の吉田正夫妻と親交のあった岩谷時子が、“おしどり夫婦”として有名だった夫妻の仲睦まじい様を詠んだもので、吉田正が気に入って、何としてもヒットさせようと必至になった曲だと言われています。かれの念願がかなって、作曲されてから10年以上経ってヒットした、いわくつきの歌のようです。しかし、いくら作詞家や作曲家が頑張っても、売れないものは売れないのでしょうが、苦節10年、ようやくこの歌にマッチした時代がやって来ました。わが国が経済高度成長期に入り、国内外に、企業戦士の単身赴任者が増えたからです。その辺の事情は、この欄でも、かんこどり様がコメントされています。日常でしたら、妻の内助の功なんて意識することもなく頑張って来た戦士も、非日常の世界では、支えてくれた妻の存在を、そのありがたさを意識したことでしょう。それが、この歌のヒットにつながった最大の要因だったように思います。

 愚見は、実はヒットの経緯を述べるのが主眼ではなく、歌詞に対する男性、女性の反応が面白かったので、それについて少しふれようとしたのですが、前置きが長くなってしまいまいた。
 作詞者の岩谷時子(越路吹雪のマネージャーとして長年彼女を支えつづけたことで、つとに有名ですね)の歌詞は、さすがですね。独身を貫いた彼女がどうして夫婦の機微にもふれるようなことが分かるのか。まあこういう歌詞つくりの天才がいるのでしょうね。ただ、この歌詞は、吉田正すなわち夫側から妻に対する思いのたけを一方的に述べ、だから「俺のそばにいてくれ、それだけで俺は満足なんだよ」と、ひとりよがりで口説いているように感じられるのです。男性のわたしでも“夫の甘え”のように受け取れるのですから、妻側の反応では、「甘えもほどほどにしてよ。こどもじゃあるまいし。あほらしい。」と思う女性が多いのではないでしょうか。音乃様やハコベの花様のコメントは、その代表例の気がします。

 「じゃ、お前のところはどうなんだ。評論家的なことを言うんじゃないよ」と、お叱りを受けそうなので、一言申し上げます。わたしどもは、もう20年くらい前から夫婦別室です。その方がお互いに自由で、束縛し合わなくていいようです。妻もそう言っています。

投稿: ひろし | 2012年11月17日 (土) 12時17分

音乃 様
 お名前(HN)から女性の方と勝手に想像してしまいました。わたしの早とちりから、ご不快な思いをおさせして申し訳ありませんでした。ご海容のほど願い上げます。

投稿: ひろし | 2012年11月17日 (土) 15時15分

この歌は詞も良いが、フランク永井ならではのソフトで「いたわり」のある唄い方が良かったのだと思います。ワタシん家の事ですが女性達はいとも簡単に食事を作るが我々世代の男性から見れば神業に思える。たまにストを起こして孫の所に行かれると特にそう感じます。

投稿: 海道 | 2012年11月17日 (土) 16時20分

 訳詩家・作家・作詞家の岩谷時子さんが25日に亡くなられました。
故越路吹雪のマネージャーの傍らシャンソンの訳詩や作詞で作曲家と共に多くの歌手に提供し数々のヒットソングを世に送り出され、中でも相良直美が歌った「いいじゃないの幸せならば」は日本レコード大賞に、そして文化功労者顕彰や勲四等瑞宝章も受章された。
   
   詩 “越路吹雪よ 寒くはないか 私は寒い 逢いに行ってはいけないか 越路吹雪よ”

 心からご冥福を、そしていい歌をありがとう!
 

投稿: 尾谷光紀 | 2013年10月29日 (火) 11時36分

フランク永井は主人も私も好きな歌手でした。
主人は甘い低音で聴く人を魅了しました。
「霧子のタンゴ、おまえに」はカラオケの十八番でした。
歌にも聴けない歌と聴きたくない歌の二種類あることを知りました。好きだった歌であればこそ。
聴きたくない歌となったのが「おまえに」
二木様のブログを訪問、皆様のコメントに接するにつれ頑な心も徐々に変化。やっと聴けるようになりました。

音乃様
このブログを訪問しては涙に咽ぶりんごも今日ばかりは
声に出して笑いました。笑いが止まりまんでした。
お蔭様で6年ぶりにこの歌を聴けるようになりました。

すぎもとまさと 「冬隣」ちあきなおみ
この歌だけは未だ聴けません。

皆さま「おまえに」の心を大切に年を重ねて下さい。

投稿: りんご | 2015年2月 1日 (日) 12時34分

 妻の葬儀の日は、「そばにいるだけで夫婦だった」「そばにいることが夫婦の基本だった」といった思いで、終日心が揺れ動いた。
 喪主である私のそばに来た友人のKさんが、ささやいた。「奥さんは気苦労が多かった、あんたが殺したようなものや。それから再婚はやめとけ、あんたの性格ならまた犠牲者がでる」
ズケズケとした物言いで、腹が立ったが、同じ思いの自責の念にかられていたので、聞き流した。Kさんは上司でもあり、親友といえる間柄でもあった。
妻はがんで亡くなったが、がんは、心的疲労も大きな一因と医学書に書いていた。
 私は、山男として山に連泊で行く時も、飲み屋に行く時もいっさい家に電話しなかった。いつ何時に家に帰るという予告をするとすると、<自由な遊び>が<管理された行動>に変わってしまうと思うからです。
要するに家を省みない夫であった。神経の細い妻は、一時行方不明状態の私に気をもんだようで、Kさんに泣きながら悩みの電話をかけたこともあったとか・・・

 あれから13年経った。私は、性懲りもなく再婚して、平凡な毎日を送っている。二度と犠牲者を出すなという忠告は、今も胸にあります。もう放埓の日々はない。私の性格が変わったというより年のせいでしょう。
 あの上司のKさんは、定年間際に離婚してしまった。いわゆる熟年離婚で、今も独り身。「そばにいてくれるだけでいい」は、晩年の彼にも訪れませんでした。
 

投稿: 音乃(おとの) | 2015年3月17日 (火) 11時53分

音乃様
人に歴史ありというが音乃様にも物語があったのですね。
上司のKさんの物語にも深いわけがありそうですね。
穏やかな余生をお過ごしください。

投稿: りんご | 2015年3月17日 (火) 16時11分

 りんご様
 ありがとうございます。
りんご様の、だんな様が亡くなった後みつかった、セピア色のメモの話に触発されて、駄文を書いたしだいです。
「おまえに」は、つれあいを亡くしたら、一段とせつない音調で聴こえてくる歌です。
 お住まいの山形は、月山に一度登りに行ったきりで、機会があれば、またぜひ行ってみたい土地です。
お元気でおすごしください。

投稿: 音乃(おとの) | 2015年3月18日 (水) 09時56分

久し振りにしみじみとこの曲を聴きました。
過ぎ去った日々を想い出しています。
仕事帰りによく飲みに行ったものです。
その時、必ずと言っていいほど唄ったのがこの「おまえに」でした。
そばにいてほしいひと・・・今想えば誰を思い浮かべていたのか・・・。

投稿: あきら | 2015年8月21日 (金) 22時30分

私の同級生が数年前に病気で急死しました。残された夫は前から付き合いのあった女性と暮らし、面倒を見て貰ったそうです。スペアを作っておくと便利だと思いましたが、男性の認知症がひどくなったらスペアに逃げられてしまっい介護ホームで亡くなりました。
反対に若気の至りで貰ってしっまた気に入らなかった奥さんが亡くなった後、一人暮らしをしていたとてもきれいな初恋の人と巡り会い、最後まで面倒を見て貰った幸運な男性もいます。「おまえ」が誰になるかはその時になるまでわかりません。素敵な未来に私は希望を持っているのですが、夢ですから覚めないように楽しく暮らしていたいと思っています。

投稿: ハコベの花 | 2015年8月23日 (日) 21時36分

昭和40年代の後半から50年代初頭にかけてカラオケはスナックにも登場しました。最初の頃はソピックという製品で確かソノシートの様な盤で子供のおもちゃのようなものと記憶しています。その後8トラで歌詞カードと続き変遷を重ねながら現在の通信カラオケに至りました。
私もスナックのカラオケでこの歌を熱唱したものですが、
古女房の味とこの歌の意味することがようやく理解できる年代となりました。

投稿: タケオ | 2016年5月15日 (日) 19時55分

この歌、一時良く歌われてましたね。情感のある良い歌であることは理解できるのですが・・・ 女性にも男性にも好まれているようにうかがえるのですが、私はなんだか好きになれません。

”おまえ”という呼びかけが気になるのです。私は妻ならず誰に対しても”おまえ”と呼びかけることができません。みずくさいでしょうか。また、私自身も、目上の人からであれ、”おまえ”と呼びかけられると不愉快に感じます。

この歌では”おまえ”と言う言葉でより夫婦の愛情をより強く表しているのだ、とは理解するのですが、この私の拒絶感はぬぐえません。

先日、都心で小学校の級友の集まりがありました。そのときある級友がさかんに私をファーストネームで呼び捨てにしていました。彼としては私への親しみをこめての呼びかけだったのかも知れないのですが私は内心ムッと不愉快に感じていました。

外国では親しくなるとファーストネームで呼び合うのだそうですが、日本ではまだそんなことないですよね。

投稿: yoko | 2016年5月19日 (木) 21時45分

フランク永井は同じ出身県のため昔から応援してましたが、晩年は寂しく残念でした。この歌は昔入り浸っていたカラオケスナックでよく聴いたものです(好きな歌を1つ挙げろと言われれば『夜霧の第二国道』ですが…)。
カミサンと一緒になって40数年経ちますが、yoko氏と同様、カミサンをおまえ呼ばわりしたり名前を呼び捨てにしたことは一度もないです。愛妻家でも何でもないですが(夫婦喧嘩無数)、自分と同じく昭和10年代末期生まれのポン友が奥さんを○○子さん(うちのカミサンと同名)と呼んでいた影響です。

投稿: 焼酎百代 | 2016年5月20日 (金) 19時52分

現役時代、いろんなところに飲みに行きましたが、カラオケで先ず一曲目に歌うのが「おまえに」でした。
しっとりとした素敵な歌で、最近でも時折歌うことがあります。当時のことを懐かしく想い出しています。
ところで、私もカミサンと一緒になって40数年経ちますが、これまで「おまえ」呼ばわりしたことはなく、サン呼びをしていました。
でも、子どもが誕生してからは、「お母さん」と呼ぶように変わりました。今でも継続中です。
(時には、夫婦喧嘩もありますが・・・ごめんなさいは、いつも私の方ですが・・・)


投稿: 一章 | 2016年5月20日 (金) 21時52分

この歌「おまえに」は、昭和41年の「大坂ろまん」のB面だった
そうです。(ウィキペ情報)
 吉田正もフランク永井も思い入れの強い楽曲だったのでしょうね。 『紅白』で3回も唄っています。男性が女性に面と向っていっているのではなく、心の中でつぶやいてるといったところでしょうか。
〝おまえ〟は〝貴様、きさま〟と同様、もともとは丁寧語で、
〝御前、おんまえ〟が江戸時代辺りから同等、目下のものに使うようになったんでしょうね。 私のいなかでは、〝おまえ〟の同義語で〝おぜ〟というのがあります。〝御前〟の変化したものだと思います。 
 ところで、私も、カミさんにも誰に対しても〝おまえ〟は使った事はありません。昔からの習性がそのまま続くものなんですね。

投稿: かせい | 2016年5月21日 (土) 00時28分

私は呼び名は「おい」でも「お前」でも何でもいいのです。ただ妻が高熱を出して寝込んでいる時にほったらかしにしてカラオケスナックで他所の女性とこんな歌を歌って欲しくないだけです。妻をいたわる気持ちさえあれば呼び名なんて些細な事だと思います。言葉より心です。

投稿: ハコベの花 | 2016年5月21日 (土) 23時23分

”おまえ”でも何でもよかろうもん、と言いたいところですが、ちょっとラフな物言いをすると、差別だ、蔑視だ と、"ことば狩り" の刃が、容赦なく振り下ろされるご時世だから....。

投稿: 博多んもん | 2016年5月25日 (水) 23時21分

 半世紀も前、婚約者である夫に「おい」、「おまえ」は禁止用語として約束させました。以来、今日まで一度も言った時はありませんでした。たいそうな人間ではないけれど、「命令するな」と頭にくるのですよね。そんな具合だからどんな相手にも私はいいません。因みにうちは名前で呼び合います。

投稿: konoha | 2017年7月11日 (火) 16時34分

私は商家で育ちましたから小さい時から様々な人を見てきました。上品で丁寧な言葉使いの人が意地悪だったり、乱暴で汚い言葉を使う人がとても優しい人だったりします。親しみを込めて呼び捨てにする近所のおじさん、おばさんたち、一番丁寧で優しく話しかけてくれた紳士はやくざの親分でした。ですから言葉の裏にある物を見過ごさないようにしているつもりです。夫を「バカ!」と呼ぶときもあります。反対に私が「バカ!」と呼ばれるときもあります。何と呼ばれても私は私です。夫婦間では言葉を飲み込んで黙ることはしません。他所から見れば可笑しな夫婦かもしれませんがどうにか54年間一緒に暮らしています。「お前」なら我が家では上等だと私は思っています。

投稿: ハコベの花 | 2017年7月11日 (火) 22時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ふるさとの丘の小径は | トップページ | ラ・ノビア »