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夜明けのうた

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:岩谷時子、作曲:いずみたく、唄:岸 洋子

1 夜明けのうたよ あたしの心の
  きのうの悲しみ 流しておくれ
  夜明けのうたよ あたしの心に
  若い力を 満たしておくれ

2 夜明けのうたよ あたしの心の
  あふれる想いを わかっておくれ
  夜明けのうたよ あたしの心に
  大きな望みを 抱(だ)かせておくれ

              (間奏)

3 夜明けのうたよ あたしの心の
  小さな倖(しあわ)せ 守っておくれ
  夜明けのうたよ あたしの心に
  思い出させる ふるさとの空


《蛇足》 昭和38年(1963)に日本テレビ系列のテレビドラマ『ぼうや』の主題歌として作られましたが、ヒットしたのは翌年、岸洋子が歌ってからです。

 戦前にも、奥田良三や藤山一郎が歌った『夜明けの唄』というNHK国民歌謡(ラジオ歌謡の前身)があります。歌詞にもメロディにも、「国民はすべからく健全な生活をすべし」を押しつけるような感じがあり、早朝就寝という「不健全な生活」を長年送ってきた私としては、あまり好きになれません。
 早朝就寝という生活は、自分では不健全とは思っていませんが、体内時計がズレているという意味では不健康といえるかもしれません。

 いずれにしても、私は官もしくはお上の意思が背後にあると感じられる歌は好みません。

 朝の爽やかさを素直に謳う岩谷・いずみたく版のほうが気持ちよく聴けます。岸洋子の深みのあるアルトが安らぎを感じさせてくれました。

(二木紘三)

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コメント

 きのうの悲しみ 流しておくれ・・・若い力を 満たしておくれ・・・大きな望みを 抱(だ)かせておくれ・・・小さな倖(しあわ)せ 守っておくれ・・・
 岸洋子の歌い方と雰囲気は、定年を過ぎて気力・体力・意欲の衰えを多少なりとも感じている自分への応援歌のような気がします。
 懐メロ番組や、撮りだめしたビデオをみると、故人となった裕ちゃん・ひばり・チエミ・松尾和子・岸洋子等など今の自分より若い姿が映し出されているが、その姿は自分より永遠に先輩であり、不思議な感覚になるときがあります。
 
 

投稿: かんこどり | 2009年10月21日 (水) 18時47分

先日、作詞家の岩谷時子が文化功労賞を受賞しました。同郷の島根県大田市(石見銀山世界遺産のある所)の出身です。
この曲はスケールが大きく、大変好きな曲です。
時子さんは93歳になられたようですが、お元気で長生きをしてください。

投稿: 三瓶 | 2009年10月29日 (木) 16時25分

こういう歌詞少なくなりましたね、私の生き方のような歌詞ですが何か残念ですが

投稿: ナークン | 2018年2月 5日 (月) 23時26分

 二木先生 
 
 連続投稿 申し訳ありません

 最近 何故だろう  思い出 文字 が流れ出します

 命が 燃え尽きる前触れでしょうか

 岸 洋子さんの歌われた 夜明けのうた 希望
  いい曲ですね

 心を聞かせてくれて こちらの心もひらいてくれる

  素晴しい 聞かせる名歌手の一人でした

 若くして 膠原病という難病にかかり
  治療をつづけながらの歌手生活でしたね

 ですから パッと 明るい曲はなかったのかな
  しみじみと 心を歌う曲

 同じ シャンソンからはいっても 越路さんとは
   表裏一体の感がありました


 早世されても 強く心にのこっています

 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年2月 5日 (月) 23時55分

先日『ラジオ深夜便』でオリジナル歌手坂本九さんのを聴きました。なかなかよかったです。

投稿: hurry | 2018年10月13日 (土) 16時50分

岸洋子さんは我が県出身の有望歌手でしたが早逝され無念さが偲ばれてなりません。38年前コンサートに当時4年生の長女をつれて行き「ピンクレデイの方がいい」と言われました。彼女には我慢以外の何物でもなかった。
親ばかの極みでした。年金暮らしの侘しい今あの時代の「4000円」は貴重(苦笑)。シャンソン華やかなりし時代でした。さとうむねゆき作詞作曲の「昔聞いたシャンソン」  
作曲 小島常男 作詞とべあきよ「アンデスの風になりたい」なども素敵な歌でした。

夜明けの歌 夜勤明けの人々を励ましたと確か当時の天声人語で読んだ記憶があります。

投稿: りんご | 2018年10月13日 (土) 20時12分

何年か前、ラジオ深夜便で、五木寛之さんが面白いことを話しされていました。

都会的な歌姫・岸洋子の山形弁

岸洋子さんは、酒田の出身で東京芸大で本格的に歌の勉強をされてから、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌い始めたのです。
姿よし、声よし、歌よしで、『夜明けのうた』など大ヒット曲もありますが、『希望』も、一世を風靡する大ヒット曲になりました。

ドレスの着こなしやアクセサリーのつけ方まで、全身が洗練されていて、しかもゴージャスで都会的な雰囲気の岸さんですが、普段話すときは山形弁が交じって、素朴なおもしろい方でした。
あるとき、事務所で岸さんがラーメンの出前をとって食べていたんですが、お箸になにか黒いものがひっかかった。
岸さんはものすごい近視なんです。そのとき眼鏡をかけていなかった。
「これは何? フカひれかしら?」
と、言いながらパクっと口に入れてもぐもぐしているかと思ったら、「あら、やだ。 付け睫毛だわ」(笑)
いまだに忘れられない思い出です。

投稿: あこがれ | 2018年10月14日 (日) 07時22分

https://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope-archive/news_20052006.html


岸洋子はクラシックを学んだが病の為にシャンソンンに転じました。

投稿: りんご | 2018年10月14日 (日) 07時56分

うまく反映しないようです。すみません。

project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope-archive/.../meigen_3.html -


「岸洋子  希望学 」 で検索するとヒットします。

投稿: りんご | 2018年10月14日 (日) 07時59分

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