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スカボロ・フェア(詠唱付き)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


アレンジと詠唱部分の作詞・作曲:P.Simon & A.Garfunkel

     Scarborough Fair/Canticle

Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme
Remember me to one who lives there
She once was a true love of mine

Tell her to make me a cambric shirt
(On the side of a hill in the deep forest green)
Parsley, sage, rosemary and thyme
(Tracing of sparrow on snow-crested brown)
Without no seams nor needle work
(Blankets and bedclothes the child of the mountain)
And then she'll be a true love of mine
(Sleeps unaware of the clarion call)

Tell her to find me an acre of land
(On the side of a hill, a sprinkling of leaves)
Parsely, sage, rosemary and thyme
(Washes the grave with silvery tears)
Between the salt water and the sea strands
(A soldier cleans and polishes a gun)
Then she'll be a true love of mine

Tell her to reap it with a sickle of leather
(War bellows, blazing in scarlet battalions)
Parsely, sage, rosemary and thyme
(Generals order their soldiers to kill)
And to gather it all in a bunch of heather
(And to fight for a cause they've long ago forgotten)
Then she'll be a true love of mine

Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme
Remember me to one who lives there
She once was a true love of mine

(カッコ内はサブヴォーカルの歌詞)

《蛇足》 スカボロはイングランド北東部、ノース・ヨークシャー州の海に面した古都。カタカナではスカボロという表記が定着していますが、スカーバラと書いたほうが原音に近くなるようです。ボロまたはバラ(borough)は、元は城砦の意。

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 ローマ時代にはのろし台が置かれ、10世紀後半からヴァイキングが住み着き、次第に町が形成されました。城が築かれ、住民がキリスト教徒化すると、教会も築かれました。

 中世後期から、スカボロは商業的に重要な都市になりましたが、とくに1253年1月にヘンリー三世の勅許状を得てからは、大規模な市(fair)が毎年開かれるようになりました。
 市は8月15日から45日間にわたって開催され、全英はもちろん、ヨーロッパ諸国、さらにはビザンチン帝国からも商人がやってきたと伝えられます。

 やってきたのは商人だけではありませんでした。芸人や吟遊詩人、乞食など種々雑多な人びとも集まりました。彼らのなかから生まれた民謡が、のちに"Scarborough Fair"として広まることになります。

 "Scarborough Fair"は、多くの人の研究によって、"The Elfin Knight(妖精の騎士)" というスコットランドの古いバラード(物語歌謡)の一部分が原曲だとわかりました。それは、解答不可能な問いかけに賢く受け答えするといった問答形式の謎かけ部分で、これが独立して1つの曲となったそうです。
 類似の歌は、"Whittingham Fair
(ウィッティンガム・フェア)"など、他の地域にも存在しています。

 現在世界的に知られている『スカボロ・フェア』は、サイモンとガーファンクル(上の写真)が歌ったものですが、これは次のようないきさつで生まれました。

 デュオ「サイモン&ガーファンクル」は、1957年に結成、一度解散したのち、1964年に再結成したものの、なかなかヒットが出ません。そこで二人は、その年、新たな活動の地と作品の種を探しにイギリスに向かいました。

 そこで彼らはフォークシンガーのマーティン・カーシー(Martin Carthy)と知り合います。そのころ、カーシーは自分でアレンジした『スカボロ・フェア』で人気を博していました。
 そのアレンジに感動した二人は、1800ポンド払って、自分たちの楽曲中で使う許可を得たといいます。

 ガーファンクルは、その曲に、対位法を使ってcanticle(聖歌)の詠唱を組み込みました。詠唱パートは、サイモンが1963年に作った"The Side of a Hill"のメロディに、新たに反戦詩をつけたものです。上記の歌詞のカッコ内が詠唱パートです。
 『スカボロ・フェア』は、多くの歌手がさまざまな歌詞で歌っていますが、サイモンとガーファンクルの作品は、こうした特徴から、とくに、

"Scarborough Fair/Canticle"(『スカボロ・フェア詠唱付き』)と表記されます。

 canticleはキリスト教の聖歌とされていますが、その概念はキリスト教以前の非常に古い時代からあり、またさまざまな宗教に見られます。仏教の御詠歌や和讃も、canticleの一種といってよいでしょう。
 canticleに共通しているのは、メロディが素朴、単純なことですが、歌詞は平易・通俗的なものから、隠喩や省略の多い秘教的なものまでさまざまです。サイモンとガーファンクルのcanticleは、後者の特徴が明らかです

 なお、対位法とは、複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ互いによく調和させて重ね合わせる音楽技法です。

 "Scarborough Fair/Canticle"は、1966年にアルバム"Parsley, Sage, Rosemary and Thyme"の主要作品として世に送り出され、世界的な大ヒットとなりました。
 大ヒットの原因は、アレンジの斬新さに加えて、当時ベトナム戦争の真っ最中だったことが影響しています。反戦運動に携わり、共鳴していた若者たちの心に、詠唱部分の反戦メッセージが強くアピールしたのです。

 1967年には、アメリカ映画『卒業』(監督:マイク・ニコルズ、主演:ダスティン・ホフマン)に挿入歌として採用されました。この映画では、もう1つの彼らの大ヒット曲『サウンド・オブ・サイレンス』も使われました。
 私は、あの映画に描かれたような恋のかたちは評価しませんが、青春映画・恋愛映画の傑作として、多くの若者の胸を打ったようです。そのせいか、1968年にリリースされたサウンドトラック盤のシングルも、ミリオンセラーとなりました。

 なお、これらのレコードには、著作者としてサイモンとガーファンクルの名前しか表示されていなかったため、マーティン・カーシーは怒り、両者は決裂状態となりました。1800ポンド払ったといっても、それはメロディ利用への対価ですから、原形を作ったカーシーの名前は、クレジットに入れるべきだったでしょう。

 ただし、2000年にサイモンがロンドンでコンサートを開いた際、カーシーを招いてこの歌をデュエットしたことによって、少なくとも二人の関係は修復されたようです。
 このころには、サイモンとガーファンクルとの関係は冷え冷えとしたものになっていたと伝えられます。

 歌詞は難解ですが、メインヴォーカルの部分とサブヴォーカルの詠唱部分とを別々に読むと、なんとか意味がつかめます。
 歌詞の意味を一通り書いておきましょう。

  パセリ、セージ、ローズマリ、タイムは避妊などに効果のある薬草と考えられており、その神秘性から魔除けの呪文に使われていたといわれます。ただし、ほかにいろいろな説があります。
 キャンブリック・シャツは軽い木綿製のシャツです。

あんた、スカボロの市へ行くのかね?
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
そこに住むあるひとによろしく伝えてくれ
かつては俺のほんとうの恋人だった女さ

彼女にいってくれ、俺にキャンブリック・シャツを作れってね
(深い緑林の丘の中腹で)
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
(冠雪した地面で雀の足跡探し)
縫い目や針仕事の跡もちゃんとあるシャツをね
(毛布やふとんにくるまった山々の子どもは)
彼女はまた俺のほんとうの恋人になるのさ
(進軍ラッパに気づかずに眠っている)

彼女にいってくれ、俺のために1エーカーの土地を探せってね
(丘の中腹では、ひとむらの木の葉が)
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
(銀色の涙で墓を洗っている)
海と浜辺の間に土地を見つけられたら
(兵士は鉄砲を掃除し、磨いている)
彼女はまた俺のほんとうの恋人になるのさ

彼女にいってくれ、そいつを革の鎌で刈り取れってね
(深紅の軍服の大軍の間で戦争が荒れ狂い、燃えている)
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
(将軍たちは兵士たちに殺せと命じる)
そしてそいつをすっかりヒースの束に取り込んだら
(兵士たちがとっくに忘れてしまった理由で戦えと)
彼女はまた俺のほんとうの恋人になるのさ

あんた、スカボロの市へ行くのかね?
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
そこに住むあるひとによろしく伝えてくれ
かつては俺のほんとうの恋人だった女さ

(二木紘三)

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コメント

10年前に友達から二木さんのサイトを聞いて以来時々お邪魔させて頂いておりました。有難う御座います。
凄~いサイトですネ。
友達にも紹介いたしました。

今度ブログにお借りさせて頂いても宜しいでしょうか?
これからも宜しくお願いいたします。

           k shiraishi

投稿: k shiraishi | 2009年11月10日 (火) 08時48分

中ニの音楽の教科書に載ってました。
だから、授業で歌わされたもの。

で、生徒たちは文法からして理解不能だったろう、と思われます。
英語の授業で関係代名詞をやる前でしたから・・・
「who」の部位が、確かに疑問でした。

どっちにしろ、英語なんて発音も出来ないのに唄わされてもね

投稿: takama | 2011年7月19日 (火) 04時47分

Canticle に対する私の理解はごく狭いものでした。音符が四角形のグレゴリオ聖歌をはじめ、教会音楽を思い出すのです。函館の、厳格な戒律で知られる修道院で、聖務日課で歌われる詩篇のラテン語の詠唱を、遠い昔に聴いたこともありました。その為タイトルの「Canticle」や「詠唱」に、初めは戸惑いました。しかし、カッコ内の反戦詩は「平和への祈り」…そう考えると、ご解説の意味が私にとっては理解しやすくなるように思われます。(若い時にはあまり聴く機会が無かったものですから、的外れな事を書いておりましたらお許しください)
この歌は美しく深く、とても不思議な響きを持っていますね……。

投稿: 眠り草 | 2011年7月20日 (水) 23時36分

パセリとローズマリーが終いになり、サルビアの一種とタイムは既に使い、もうありません。無くなると、繰り返しの砦の街を思い出します。

半世紀前でしたか?反戦詩の挿入句と知る由もありません。そもそも日本の詩も横文字の詩も考えたことはなく、テレビシリーズで流れるローハイドのごとき、嗚呼カッコ良い!綺麗なメロディーだ、、、と単純を極めていました。

ところが年月を経て、薬草4つを並べているのが分り、びっくり。地中海性気候に育つ薬草ですから、17世紀後半あたりにオランジェリーと呼ばれた温室がロンドンからポツリポツリ普及します。この歌詞はそれ以降の筈。みかん栽培を寒いブリテンでやろうと言う事業から温室が生れ、薬草も栽培された。それにしても意味の無い奇妙な歌詞。童謡と言うか、言葉のあやとりみたいな面白遊び。

4種薬草は料理の出来ない不器用なブリテン人にとても物珍しく、誰にでも新鮮に思われたのでは…。ヴェトナム反戦句以外は語り伝えられた一つの民謡版と思います。当時のSG大ヒットだから、二人に花を持たせた感じを受けます。

投稿: TangoMinato | 2012年9月12日 (水) 09時04分

この歌詞は不可能なことばかり言っていますね。たとえば、縫い目のないシャツなど作れません。そしてカッコの中は、現実のこと。…平和への願いは虚しいのか…そんな風にも読めるように思います。

シェィクスピアのハムレットの中には、薬草の名前が出てきますね。オフィーリアが兄に渡すのはローズマリー、「あたしを忘れないように…ね、お願い、いつまでも…」と。フェンネル(おべっか)、ヘンルーダ(昔を悔いる)なども効果的に使われています。ごく若い時には、意味もよく分からずに私は文字を追うだけだったように思います。

投稿: 眠り草 | 2012年9月12日 (水) 12時59分

先ほどのコメントで例に挙げたのは二十歳の頃に買った中央公論社の世界の文学「シェイクスピア」の中の『ハムレット』で、訳者は福田恆存です。薬草(ハーブ)のみ書きましたが、ほかにも三色すみれ、おだまき草、ひな菊、すみれなどが比喩的に用いられています。失敗したと思ったのですが、この本にはローズマリーのことは「まんねんこう」、フェンネルのことは「ういきょう」となっていました。花言葉や寓意といったものも本によって違うことがありますし他サイトから安易に引用するのも危険があると思います。前のコメントは、あくまでも個人な意見です。

投稿: 眠り草 | 2012年9月13日 (木) 01時37分

ジャミー・オリヴァーは魚や肉の上にローズマリー20㎝ほどの小枝をばらばらっと振りかけ素早くオーブンで焼き上げる。タイムもセージも、ほか沢山の薬草を庭から摘んで、使い分ける。若いのに何時どこで学んだのか? ブリテンに出た料理人の逸材ですが、それらハーブが何処でも入手できる時代のお蔭もありますね。

チュダー朝QE1の時代、彼女の宮廷薬草園に多くの地中海植物が栽培されていたかもしれません しかし秀吉・信長の時代、ブリテン大島の平均気温は恐らく現在より低かったと思います。王侯貴族を別にして、庶民が例えば鶏にふんだんに使うこれら薬草を入手できたかどうか…? シェクスピアー作品の殆どは緻密なブリテン史文献あるいは汎欧州文学文献を基礎にして開花した…。彼の作品上の薬草イメージは実際に台所で扱ったと言うより先人の記述を詩的に練り上げたものではないでしょうか…

ロンドンの水晶宮(万国博)が大温室だったのが象徴的。この19世紀辺りからこれら4つのハーブを丸焼きチキンに用いるのが庶民台所の普通ごとになったような気がするのです。ハーブの繰り返しがスカルバロフェアの主モティーフになるのも従ってこの頃からでは、、、

私の坪庭にウイキョウ/ヘンルーダ(wijnruit)は果期を終えた今も緑の葉をつけ、3色スミレもまだ咲いている個体があります。キリストの生きた時代と同じように咲き、北緯52度辺りで冬越しするのはやはり温暖化と関係あるような気がするのです。

薬草のリフレインは、しかし、シェクスピアーやオリヴァーの天才と無関係な市井の遊び文句。たっぷりハーブを散らしたこんがり丸焼きチキンをガブッと食べたいよ、縫い目のないシャツを作っておくれよ、さすれば彼女はおいらのほんとの女の子…

あれやこれや想像を広げられるのは単純で楽しいリズムのお蔭です。昔通り過ぎた街の緩やかに弧を描く海岸は変哲もなく、スリープ&ブレックファースの宿は気楽な雰囲気でした。今年のスカルバロ祭りも9月半ばまであるようで無いようで続くのでしょうね。

投稿: TangoMinato | 2012年9月13日 (木) 07時34分

植物が出てくるのは「ハムレット」だけではありませんが、シェィクスピアの戯曲は演じられることを前提に書かれ、観た人々は植物の意味するところ、隠喩、比喩、寓意などをある程度理解したのではないか…と、思ったのです。日本人が和歌の掛詞などを、理解するように、イギリス人の中にそれらが古くから流れていたのでは…と、想像しました。薬草のリフレインに何か意味を見出そうとするのは、おかしいでしょうか…。パセリは「祭の気分」・セージは「幸福な家庭」・ローズマリーは「思い出のしるし」・タイムは「行動力・勇気」など。私も鉢植えですがローズマリーほかハーブを少し育てています。日本のハーブ、シソもあります。でも、ショウガやシソ、ネギ、ミツバ、ミョウガなどは歌になりにくいですね。(個人的な感想です)

投稿: 眠り草 | 2012年9月13日 (木) 10時19分

 『コンドルは飛んで行く』がアップロードされたので、サイモンとガーファンクルの連想から、高田馬場界隈の記憶に辿りつきました。サイモンとガーファンクルの魅力に取り憑かれたきっかけが、映画『卒業』だったので、こちらの曲へのコメントの方がいいと思いました。『卒業』が公開されたのは中学生1年生の頃でした。ヤング・セブン・トゥ・オーという若者向けの朝の番組でこの映画が紹介されていたのを覚えています。高校2年になってから高田馬場の名画座、おそらく早稲田松竹で一人で鑑賞し、感動し、続けて2回鑑賞しました。それ以来サイモンとガーファンクルの曲はどうしても『卒業』の一場面と同時に想起してしまいます。
 『スカボロ・フェア』はダスティン=ホフマン演ずる青年が恋人(キャサリン=ロス)に、実は彼女の母親と過去に関係を持っていたことを知られ、失恋に苦しむ場面に効果的に使われていました。この映画の前半は、名門大学を卒業して将来を嘱望されながら仕事に就かない、いわゆるモラトリアムを過ごす青年を描いています。映画の後半の驚くべき行動力で一途な恋を成就させて行く青年の姿とともに、『卒業』はその後の自分の生き方に大きく影響しました。

投稿: Yoshi | 2014年3月16日 (日) 02時47分

 2014.3.16 yoshiさまのコメントのように、私もこの歌は映画「卒業」の一場面に結びついています。娘の頃、「音楽がすごくいいよ」という評判でしたので、日比谷に観に行きました。

 感想は「なんたる男だ」、「なんたる母親なんだ」と思いました。逆に父親が息子の恋人と関係を結んでいくという「ジョゼフィン・ハートの小説」を原作にして「ルイ・マル監督のダメージ」があります。父親役が「ジェレミー・アイアンズ」でした。(ゲーリー・クーパーとならんで一番好きな俳優です)

 監督の視点が違っていたのでしょう、「なんたる父親なんだ」とは思わず、息子の恋人に「なんたる女だ」と思いました。「母、娘」と「父、息子」の関係ですが,今更ながら何事においても、視点の違いを考えて込んでしまいます。

 「ダメージ」は悲しい結末ですが、「卒業」はハッピーエンドです。映画の感想とは全く違って、メロディはとても心に残りました。曲の流れと映画の内容には、ちぐはぐさを覚えました。ラストシーンで元恋人が他の男と挙式をしている時、「ダスティン・ホフマン」が教会の上層階で大きなガラス窓からの逆光を背に「ヘレ〜ン、ヘレ〜ン」と手すりを揺すって叫びます。・・・  そして「スカロボ・フェア」が流れてきます。音楽とともに印象に残りました。この場面は当時「パロディ」によく使われました。

 『蛇足』にありましたように詠唱部分だけ書き出してみました。
 
   「深い緑林の丘の中腹で  冠雪した地面で雀の足跡探し
    毛布やふとんにくるまった山々の子どもは
    進軍ラッパに気づかずに眠っている
    丘の中腹ではひとむらの木の葉が  銀色の涙で墓を洗っている
    兵士は鉄砲を掃除し、磨いている
    深紅の軍服の大軍の間で戦争が荒れ狂い、燃えている
    将軍たちは兵士たちに殺せと命じている
    兵士たちがとっくに忘れてしまった理由で戦えと」
 
 今年は8月15日をはさんで戦争記録や証言記録が例年より多い気がしました。その中の一つで「インパール作戦」の証言がありました。「死んでいった兵士たちの中に将校や下士官はいなかった」という言葉が刺さりました。「スカロボ・フェア」の詠唱の最後の2行の言葉のごとくです。

 無策の戦いを指揮する上官の命令には逆らえず、死に追いやられた若者たちの気持ちに涙してしまいます。昔、「岡本喜八の肉弾」を日劇文化のアートシアターでみました。魚雷にドラム缶をくっつけて特攻する話で「回天特別攻撃隊」、人間魚雷を痛烈に批判した映画です。そして「震洋特別攻撃隊」ベニヤ板製の一人乗りボートの特攻、どう解釈しても無能な戦略としか思えません。

 当時の上層部は馬鹿真面目に策を練ったのでしょう。死ななくてもいい若者達を多数無駄死にさせてしまいました。

 戦争は厭です。世界の各地で起きている紛争、自爆テロ厭です。北朝鮮の問題、厭です。世界中から大小の暴力が消えてほしい、世界の人々が平和裏に暮らしていけることを心から願い、祈るばかりです。

 長いコメントになり、しかも少し感情的になってしまいました。ごめんなさい。

投稿: konoha | 2017年8月17日 (木) 12時56分

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