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いなかの四季

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


文部省唱歌、作詞:堀沢周安、作曲:不詳

1 道をはさんで 畑(はた)一面に
  麦は穗が出る 菜は花盛り
  眠る蝶々(ちょうちょ) とび立つひばり
  吹くや春風 たもとも軽く
  あちらこちらに桑(くわ)つむ少女(おとめ)
  日まし日ましに春蚕(はるご)も太る

2 ならぶ菅笠(すげがさ) 涼しいこえで
  歌いながらに 植え行く早苗(さなえ)
  ながい夏の日 いつしか暮れて
  植える手先に 月かげ動く
  かえる道々 あと見かへれば
  葉末(はずえ)葉末に 夜つゆが光る

3 二百十日(にひゃくとおか)も 事なくすんで
  村の祭の 太鼓がひびく
  稲は実(み)がいる 日和(ひより)はつづく
  刈ってひろげて 日に乾かして
  もみに仕上げて 俵(たわら)につめて
  家内そろって 笑顔に笑顔

4 そだを折りたく いろりの側で
  夜はよもやま 話がはずむ
  母がてぎわの 大根なます
  これもいなかの 年こしざかな
  棚(たな)の餅ひく ねずみの音も
  更(ふ)けて軒端(のきば)に 雪降り積る

《蛇足》 文部省唱歌で、明治43年(1910)に『尋常小学読本唱歌』に掲載され、また、昭和8年(1933)の『新訂尋常小学唱歌 第四学年用』にも掲載されました。

 作詞は愛知県出身の教育者・堀沢周安です。彼はほかに『大阪市歌』『明治節』などの作詞もしています。
 彼が教壇に立っていた愛媛県大洲
(おおず)市の冨士山(とみすやま)公園には、『いなかの四季』の歌碑が立っています。
 作曲者は大阪の箏曲家・楯山登
(たてやま・のぼる)だとされています。

 『いなかの四季』は文字どおり、田舎の四季をテーマとした叙景歌ですが、驚くのは、ここに描かれた光景が、私が幼児期から小学生時代を送った昭和20年代とほとんど変わっていないということです。

 打木村治著『天の園』という大河児童小説があります。これを読んだときにも、同じような感懐を抱きました。

 『天の園』は、ちょうどこの歌が発表された明治の末から大正の前期にかけて、埼玉の田舎でひとりの少年がどのように成長していったかを描いたビルドゥングス・ロマンです。
 少年の心身の成長とともに、当時の草深い田舎における人びとの生活と景色とが生き生きと描かれています。そのようすが、ほぼ半世紀たった昭和20年代の信州の田舎のようすとほとんど同じなのです。

 その時代を実際に田舎で生きた人たちは、その半世紀は変化に次ぐ変化の連続だったと記憶しているでしょう。
 しかし、藤村『千曲川のスケッチ』
(明治44年発表)そのほか、そのころの田舎の光景を描いた文章を読むと、昭和20年代までは時計の進み方が遅かったのではないかと思われるほどです。

 これは、敗戦によって日本の経済レベルが何十年分か引き戻されたことと関係があるかもしれません。
 村落の生活は、経済成長にアクセルがはいった昭和40年代から、急速に変わり始めました。

 この歌が今の小中学生の目にとまるとは思えませんが、もしこのページを見るようなことがあったら参考になるように、むずかしそうな言葉の意味を書いておきます。

春蚕……蚕(かいこ)は絹糸をとる虫です。お金になる糸を吐き出してくれるので、農家の人たちは大事に思って「おかいこ様」と呼びました。蚕は春・夏・秋の3回育てるのが普通で、そのうち春に育てる蚕を春蚕(はるご)と呼びました。蚕を育てるのは、夜もろくに眠れないほどの重労働だったので、いちばん質のよい糸を多く出す春にだけ育てるという農家もありました。

Kuwanomi……蚕のえさになる葉っぱをとる低木です。その果実(桑の実とか桑ズミと呼ばれます)は、小指の先ぐらいの大きさで、独特の風味があります。桑の実からワインを作っているところもあります。

菅笠……スゲという稲に似た植物の葉を編んで作った笠。日よけや雨よけのためにかぶりました。

早苗……稲を育てるときは、まず種モミを水に浸して発芽させ、それを苗代(なわしろ)という場所にまきます。それが20センチぐらいまで伸びたら、抜いてたばね、植える田んぼに運びます。これが早苗です。

二百十日……立春から210日目の日のことで、今の暦では9月1日か2日に当たります。このころは稲の花が咲く時期なのに、台風がよく来るため、農家の人たちは非常に心配しました。この時期に台風が襲ってこないようにと神社などでお祈りするところもいっぱいありました。

実がいる……果実がうれることで、稲の場合は稲の花が散ってお米の元になる部分ができることをいいます。

日和……天気、またはよい天気のこと。

……稲ワラやカヤなどを編んで作った袋。米・麦・イモ・炭などを入れました。

もみ……皮に包まれたままの米。この皮を取り除くと、玄米という黒っぽい米になり、玄米の外側を削りとっていく(精米といいます)と、白米になります。

そだ……木から切り取った細い枝。

折りたく……そだや柴(小さい雑木)を折って燃やすこと。

なます……魚・貝や野菜などを刻んで生のまま味をつけた酢であえた料理。

年こしざかな……年こしは大晦日(おおみそか)の夜のことで、年こしざかなはそのときに食べるごちそうという意味。

餅ひく……ネズミが餅を持っていってしまうこと。

軒端……屋根の端の部分。

(二木紘三)

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コメント

二木様懐かしい歌をありがとうございます。ただ、この歌を唱歌として習った方々は、昭和一桁、それも前半に生まれた方々ではないでしょうか。わたしは国民学校1期生ですが、この歌を学校で習った記憶はありません。
 この歌にで出て来る情景は昭和30年代までの日本の田舎では、一部の地域を除いて普通に見られたたのではないでしょうか。わたしの生まれ育った新潟では二毛作が普通に行われ、稲刈り後に麦(大麦)を、麦の収穫後に田植えを行っていましたし、大豆は畦の周りに植えられて、自家用の味噌などはこれでまかなっていました。燃料は里山の落ち葉や粗朶などで、囲炉裏は煮炊きや暖をとるためには不可欠なものであり、一家団欒はこれを囲んで行われていました。ねずみも家族の一員のように、天井裏を駆け回っていました。ただ、わたしの住んでいた海岸地方では、すでに20年代には養蚕はあまり行われなくなり、したがって桑畑も少なくなっていたように思います。
 つい懐かしくなって、わたしが子どもの頃の田舎の情景を縷々述べてきましたが、けっしてわたしは自然が豊かだった田舎生活を手放しで礼賛するものではありません。確かに高度経済成長によって田舎の環境(社会・自然)が激変し、そのために多々弊害が生まれことも事実ですが、わたしが子どもの頃と比較して、田舎の生活が快適になったことも事実です。問題は農村の変化が拙速に過ぎたことと、経済力がすべてとする経済至上主義にあったのではないでしょうか。これからは、都会に住むわたしたちが、ただ昔を懐かしむだけでなく、農村に住む人たちと共に、弊害を一つ一つ解決するための方策を考えてゆくことが大切なように思われます。
 

投稿: ひろし | 2009年10月10日 (土) 11時22分

国民学校は昭和16年度からということなので、私は4期生といったところです。一年生の国語の教科書の巻頭は、アカイ アカイ アサヒ アサヒ でした。
音楽は、ミンナデ ベンキョウ ウレシイナ コクミンガッコウ イチネンセイ を覚えています。
「いなかの四季」は、“蛇足”に従って計算すると姉が習っているはずなので、私はそのルートで覚えたものと思います。
教科書の全国一律というのは、良くないというか危険であることは分かりますが、いい面もあるような気もします。

投稿: 周坊 | 2009年10月12日 (月) 20時24分

〔いなかの四季〕には残念ながらまったく覚えがありませんが、4番目の歌詞の解説〔年こしざかな〕に興味をおぼえました。
私は東北の田舎で育ち。東京育ちのものと結婚しましたが最初の大晦日の〔年こしざかな〕で夫ともめた思い出があります。
私の田舎では大晦日には盛大なご馳走で1年を感謝して終わる慣わしでしたが、夫は、東京では年越しそばだけで特別なことはしないと言うのです。私は信じられず〔貴方の家は貧乏だったからでは?〕という暴言をはいてしまいました。夫はごてごて料理を並べた食卓を見て言葉にはしませんでしたが〔田舎者〕と思ったはずです。
〔年こしざかな、つまりご馳走〕という言葉があるのですから大晦日に年越しそばだけではなく、ご馳走で1年を締めくくる地方がもっとあるという気がしてちょっと嬉しくなりました。

投稿: おきよ | 2009年10月13日 (火) 12時06分

なつかしいです。私は昭和25年生まれですが、この歌を知っています。小学校の何年の時か忘れましたが、音楽の本の課題外曲にあったのを、先生がうたってくれました。一度聞いて覚えました。ずっとそれ以来好きで、時々思い出しては、くちずさんでいました。歌詞が春夏秋冬と変わっていき、季節の情景が目にうかぶように表現されていて、いい歌だなと思っていました。

ところで私はかぐや姫のうた(歌詞)を捜しているのですが、ご存知ないでしょうか? 昔話の竹取物語のうたです。検索してもでてこないのです。メロディは知っているのですが・・・。

投稿: こよみ | 2010年1月24日 (日) 23時43分

「かぐや姫」川田孝子さんの歌でしょうか。
 詞 加藤省吾 ・曲 海沼実・ヤフオクにあるようですが、
1 竹取り爺さん・・  2 おやおや小さな・・
3 私は月の・・    4 輝きわたる・・

「かぐや姫」の歌はたくさんあるようですが、
 YouTubeにあるのは違うのでしょうね。

「くちなしの花」の時に入れたリンクのアドレス、
「ガード下の靴みがき」に消していたと思うのに、
送信したら入っていました。
また入っていても関係ありません。

投稿: なち | 2010年1月26日 (火) 13時17分

昭和19年生れですが、聞き覚えのある歌です。文部省唱歌としてラジオやTVで流されていたせいでしょうか。明治43年作と言えば、父や母の子どもの頃から、私の少女期まで、こういう雰囲気はずっと日本に続いてきていたのが、東京オリンピック位から、すっかり変わったのかも知れません。

投稿: Bianca | 2010年1月28日 (木) 20時42分

今日、成瀬巳喜男監督作品「妻よ薔薇のように」を観ていたら、この「田舎の四季」が使われていました。昭和10年の作品で、登場する少年が幾度となく口ずさみます。ラストシーンにもこのメロディが流れますが、成瀬監督もお気に入りだったのでしょうか。  ぼくのカミさんもいい歌だといっておりました。 僕自身は懐メロ教室で教わりましたが、小さい頃耳にしていたのでしょう、メロディは知っていました。本当に昭和30年代はじめ頃までは、歌に唄われている情景はごく普通なものだったように思われます。

投稿: かせい | 2010年2月13日 (土) 12時43分

昭和24年に小学校入学の小生は、この歌は学校でならった覚えはありません。ただし、両親の実家は山形県庄内地方の農家ですので、幼い頃にときどき行っていた記憶で、この歌の感覚・情景はとても親しく感じられます。

それはさておき、約50年前の学生時代に読んだ数学者の岡 潔先生の随筆に、「数学の真髄とは、文部省唱歌の『いなかの四季』のようなものである」という意味のことを書いておられたような、かすかな記憶があるのですが、今やその出典もはっきりせず、どなたか、はっきりとしたことを知っておられる方はおられませんか?もしおられるようでしたらご教示下さい。もっとも、私のまったくの記憶違いだった可能性もあるのですが・・・。

投稿: Snowman | 2010年2月14日 (日) 21時45分

先の投稿に少し思い違いがあったので、訂正させていただきます。小学校5年か、6年の時の社会の教科書の最初の見開きページに掲載されていました。ですからこの歌をうたってくれたのは、音楽の先生ではなく担任の先生です。当時「なんでここに、こんな歌が?」と不思議に思ったのを覚えています。すみませんでした。
 それと「かぐや姫」の歌詞わかりました。「歌になった にっぽん昔話・伝説の謎」著者 合田道人 という本に掲載されていました。

投稿: こよみ | 2010年2月24日 (水) 02時39分

「いなかの四季」の作曲者不詳とありますが、
大阪の箏曲家楯山登の作曲とネット上で紹介されています。楯山登で検索してみてください。
また、堀沢周安は愛媛県の出身とのことですが、生まれたのは愛知県犬山市大字善師野字伏屋であり、同地に生誕の地との碑があります。近くの禅徳寺に写真と善師野小学校(今は小学校はありません。)の先生をやっていたという記録が残されていたと記憶しています。私は伏屋の出身者です。善師野の駅(名鉄)のあたりは市街化からとりのこされており「いなかの四季」の情景そのままです。もっとも減反政策で水田は減り、大麦は今は作られていません。終戦当時は一面菜の花畑でした。

投稿: 日比野幸生 | 2014年2月19日 (水) 15時55分

1900年生まれの私の祖母が2000年の7月に亡くなったのですが、晩年聞かせてくれたのが、この歌の歌詞だとわかって驚いています。祖母が尋常小学校4年生の学芸会で3番と4番を暗証したようです。「前半分は違う人が暗証して、わたえは後ろ半分を暗証した。」すらすらすらと暗証する祖母。妹を連れて登校し、ぐずって泣き出したら教室を出て行くことも多かったと聞いたこともあった。そんな祖母が80余年経ってもいまだにはっきりと覚えていた。祖母の其の心を祖母が亡くなってもう15年ほどになりますが、思い出すたびに熱いものが込み上げる。

投稿: 山本 康代 | 2015年2月16日 (月) 14時21分

日比野様 貴重な情報有り難う御座います。作曲者不明が
気になっていました。大阪の箏曲家楯山大検校とは意外でした。10代後半から琴を習っておりましたが、子育て・親の介護と自分の趣味はお預けでしたが40年振りに復活・月5,6回昔の仲間と合奏楽しんでいます。楯山大検校作曲の「金剛石」「新巣籠」「時鳥の曲」50年以上前に教わりました(^_^)「田舎の四季」は来月の歌おう会にリクエストしていますのでまた一つ話のタネがふえました。

投稿: 昔乙女 | 2015年2月22日 (日) 12時35分

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