« 男一匹の歌 | トップページ | 大阪しぐれ »

帰らぬひとを…

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:ミヒャエル・マトソフスキー、作曲:マルク・フラトキン
日本語詞:飯塚 広、唄:リュドミラ・ジキーナ

1 若い足取り ややうつむき
  街を急いで 通り過ぎる
  あらし止み 戦争は遠い日に
  一人の夜に泣く やさしいひと

2 あなたは遠い ロシアの涯(はて)
  静かに眠る 祖国の星
  夏が来て冬が過ぎ 誰(たれ)を待つ
  わたしのこの胸に 帰っておいで

3 夕べの風に 木の葉が散る
  門(かど)にたたずむ 私に散る
  いつまでも見つめてる 遠い道
  帰らぬ人を待ち 今日も暮れる

  帰らぬ人を待ち 窓辺に寄る
  帰らぬ人を待ち ひとりで泣く

《蛇足》 ソ連時代の1964年に発表された歌曲。

 第二次世界大戦では、軍人・民間人合わせて約5600万人が亡くなりましたが、実にその4割近くがソ連人でした。

 英タイムズ社『第二次世界大戦歴史地図』によると、ソ連の人的損害は軍人1450万人、民間人700万人で合計2150万人となっています。このほかに数百万人にのぼる行方不明者がおり、それを合わせると、ソ連の人的損害は2500万人近くにのぼると推測されています。
 
その分だけ、愛する人を失った人たちがいるわけです。

 この歌の女性も、おそらく夫の戦死公報を受け取っていたでしょう。しかし、どうしてもそれが受け入れられずに、同名の別人とまちがわれたかもしれない、重傷で帰れないだけかもしれない、もしかしたら記憶を失って帰る場所がわからないでいるのかも……など、あれこれ想像を巡らしながら日を送っているのでしょう。

 そして、ひょっとしたら今日にも、夫があの懐かしい笑顔とともに我が家を目指して歩いてくるかもしれないと思いながら、毎日門口に立って、道の彼方を見つめ続けているのです。

 ソ連だけのことではありません。戦争という集団狂気の歯車に巻き込まれた国では、多かれ少なかれ、こういう女性たちがいました。

 この歌が発表されたのは、終戦から20年近く経った1964年で、戦争の傷もかなり癒されていたはずです。それでも、リュドミラ・ジキーナ(写真)がこの歌を歌い始めると、会場は女性たちのすすり泣きで満たされたといいます。

 原題は"Солдатская вдова"(兵士の未亡人)ですが、この散文的なタイトルよりも、日本語詞の『帰らぬひとを…』のほうが歌の内容によく合っていると思います。

(二木紘三)

|

« 男一匹の歌 | トップページ | 大阪しぐれ »

コメント

この歌を聴くのは初めてですが、昭和42年にリュドミラ・ジキーナさんが来日した折、演奏会に行ったことを思い出しました。当時私は大学を出たばかりで石川県に住んでおり、ジキーナさんの来日最初の演奏会が石川県根上町(現能美市)で開かれたのです。楽団員はバラライカ、バイヤン、ギターの3人でした。ジキーナさんは恰幅のある女性で、そのとき、おそらくこの歌も歌われたと思いますが記憶にありません。それと別に、ソ連の国民的歌手の演奏会がこの田舎町で開催されたのか不思議に思いましたが、それは、根上町の森茂喜町長(当時)がソ連と深い親交を持っていたからだとわかりました。森茂喜町長は自民党の森元総理の父君ですが、どうもソ連と森元総理が結びつきませんねぇ。

投稿: 佐野教信 | 2009年11月28日 (土) 23時40分

私の友人の母親は3人の幼子と、夫の両親を抱え戦後を農業一筋で生き抜きました。自分に厳しく、子供に優しく、いつも笑顔を絶やすことなく全く見事な人生でした。こんな未亡人を戦争はどれだけ作った事でしょう。母が寝たのを見たことがないと友人は言っていました。一握りの人間がなぜ全国民を不幸にする戦争を始めるのでしょうか。なぜ皆は素直に従うのでしょうか。散々な目にあっても懲りもせず、また同じ道を進むのでしょうか。動物の本能がそうさせるのでしょうか。そうだとしたら戦争は避けようがない。人間は地球上で一番恐ろしい生き物と言う事になります。

投稿: ハコベの花 | 2009年12月 1日 (火) 23時10分

ロシア民謡は第二次大戦前、戦中に作曲されたものが多いそうですが、わたしの学生時代(昭和30年代前半)には、歌声喫茶などで盛んに唄われていました。もちろん、当時、この歌はまだ日の目を見ていないわけですから、知る由もありませんでした。初めて聴きましたが、メロディも、歌詞も、静かに戦争の悲しみを歌っていてこころに響きますね。やはり、この歌もロシア民謡の範疇にはいるのでしょうか。
 とかくわたし達はややもすると、戦争の犠牲者は戦争に負けた日本人だけだと思い勝ちですが、戦勝国にも多くの犠牲者がいるということを、この歌は気づかせてくれますね。何のために戦争をするのか、誰のために戦争をするのか、ハコベの花様のコメントにあるように、人間が動物である限り、戦争は避けられないのでしょうか。しかし、動物の世界でも集団と集団がテリトリーを巡って争うということは、寡聞にして知りません。とすると、人間は動物以下ということになりますね。ホモ・サピエンス(知恵のあるもの)の名称を返上しなければいけなくなります。
 今日は68年前に、日本が米英などの連合国に対し宣戦布告をした太平洋戦争の開戦日です。「ノー・モア・ウオー」の誓いを新たにしなければと強く、強く思います。

投稿: ひろし | 2009年12月 8日 (火) 16時41分

二木先生;

 この歌はこちらで初めて聴きました。先生の解説を読んでこの歌の背景を知り、演奏を頼りに口ずさむうちに、名状しがたい感動をおぼえました。また、ハコベの花様の書き込みに強く心を打たれ、涙しました。
 この曲は言うまでもなく、戦争で最愛の夫や家族を失った人たちへの慰めと鎮魂を歌ったものでしょうが、同時に戦争への激しい怒りや憎しみを訴えているようにも思えてなりません。メロディーが静謐なだけにより強くそれを感じます。とても大切な歌だと思います。
 このサイトを知らなければこの歌に巡り会うこともありませんでした。改めて先生に感謝申し上げます。

投稿: 中嶋 毅 | 2010年7月19日 (月) 23時06分

この歌は、私もこのサイトで始めて知りました。私は幼子を抱えた若妻を残して死んでいった友人の父親の心を思うと、とても悲しくなります。
中嶋様、母は強いですね。私の友人は母親の庇護の元で大らかに優しく美しく育ち、幸せに暮らしております。戦後と言えば思い出す事があります。昭和22年の遠足にクラスでたった一人銀シャリのお握りを持ってきた人がいました。皆から「闇屋」といじめられていました。全員、焼け出されの生徒たちだったからです。私は麦ご飯のお握りとキャラメルとするめの足を持って行った記憶があります。本当に皆、貧乏でした。

投稿: ハコベの花 | 2010年7月21日 (水) 23時55分

ハコベの花様;
 私の書き込みへのコメント、有難うございます。
ご友人のご母堂の“見事な人生”の裏には、私ごときが忖度するのも憚られるような想像を絶する悲哀やご苦労があったことと思います。にもかかわらず“自分に厳しく、子供に優しく、いつも笑顔を絶やさず”に凛として生き抜かれた姿を想い、涙を禁じえませんでした。人は絶望や極限状態から覚悟して起ちあがった時、魂が浄化され人間性の昇華を見せるのでしょう。
 それにしても戦争は二度とあってほしくありませんね。でも「鐘の鳴る丘」のコメント欄にも書きましたが、戦争という“集団狂気”の前には個人は無力です。そして結果としてもたらされるものは、二木先生の解説にもあるように、“民衆の塗炭の苦しみ”と、この歌のような罪なき人々の愛別離苦だけです。そのようなことの繰り返しだけは絶対に許してはならないと強く思います。

投稿: 中嶋 毅 | 2010年7月22日 (木) 12時30分

皆様の戦争は2度と繰り返してはならないという熱い思いは私も同じです。でも、一番重要なことは、「その為にはどうしたら良いか」と言うことだと思います。

野暮を承知で言うのですが、ただ「ノーモア戦争」と言うのは簡単です。それは単なるガス抜きの感情論で「そうですね」で終わってしまい、具体的な目標には結びつきません。私は前に「平和とは方法論です鰯雲」という駄句を作ったことがありますが、多くの方が賛同してくれました。

前首相は成算もないままに理想論をぶち上げ、結局具体的には前政権が決めた案に戻ってしまい、余計沖縄の方々の感情を逆なでしてしまいました。

私は決して特定の政党の関係者ではありません。「具体的にはどうしたら良いんでしょうか」。ここが重要だと思います。

投稿: はとぽっぽ | 2010年7月22日 (木) 23時51分

はとぽっぽ様;
このサイトは、管理人の二木先生自ら述べられているように、歌を楽しむことを目的として創設されたものです。
2,000万件に達しようとするアクセス数が示すように、実に多くのファンの方々がこのサイトを訪れ、600にものぼる曲目の中から好きな歌を選び、先生の解説(「蛇足」)を読みながら歌い、あるいは口ずさみ、癒されたり元気づけられたりしているのです。そして幾人かの人達がそれぞれの歌にまつわる思い出や感想、思いの丈などをコメント欄に投稿されています。その結果として、曲目や書き込まれる方の年齢その他によっては、戦争に関するものも当然出てきます。(そのような書き込みはいろんな曲、いろんなところで多数見る(読む)ことができます)しかしそれらは政治的な意図を持ったものではなく、このサイトの趣旨に沿った節度のあるものでなければならないと思っています。それ故に私の書き込みのレベルも“ノーモアウォー”にとどめております。
あなたのご意見、お気持ちはよく解りますし、反論するものではありませんが、“方法論”を戦わせたいのであれば、もっと別の適切な場所を探していただくほうがよいのではないかと考えます。
釈迦に説法とは思いましたが、愚見申し述べたくて書き込みました。気に障るところがあったとしたら、筆の未熟に免じてご容赦ください。

投稿: 中嶋 毅 | 2010年7月23日 (金) 13時37分

中島 毅 様

もちろん貴兄の言われることはよく承知の上で、野暮なことを言ったのです。感情論が蔓延してポピュリズムに陥り、それがこの国の知性だと一般大衆が思う歴史が続いてきました。でも、近年少し変化の兆しが感じられます。それをまた軍国主義の復活の匂いだと大騒ぎして反対する方々に、それがどんなに危険かをわれわれ個人個人が認識しないといけないと思うのです。

二木先生の詩的な夢のような世界に、泥靴で踏み込んでしまい申し訳ないと思っています。もう、これっきり言いません。

投稿: はとぽっぽ | 2010年7月23日 (金) 23時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 男一匹の歌 | トップページ | 大阪しぐれ »