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黒いパイプ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:サトウハチロー、作曲:服部良一、
唄:二葉あき子・近江俊郎

1 君にもらった このパイプ 
  昼の休みに 窓辺に寄れば
  黒いパイプに 青空映る
  黒いパイプに 青空映る
  過ぎし日曜と 同じように
  どこからどこまで 晴れた空
  黒いパイプに 思い出映る
  黒いパイプに 思い出映る

2 君にもらった このパイプ 
  夕べさみしく 小路を行けば
  黒いパイプに 夕日が照るよ
  黒いパイプに 夕日が照るよ
  煙うすれて たそがれて
  塒(ねぐら)へ帰るか 鳥の影
  黒いパイプに 思い出照るよ
  黒いパイプに 思い出照るよ

3 君にもらった このパイプ
  夜のひととき 静かに吸えば
  黒いパイプに 灯りがにじむ
  黒いパイプに 灯りがにじむ
  君は今頃 何してる 
  便りを書こうと 筆とれば
  黒いパイプに 思い出にじむ
  黒いパイプに 思い出にじむ

《蛇足》 昭和21年(1946)に大阪中央放送局の依頼でラジオ歌謡として作られ、同年9月にレコードが発売されました。放送時は黒田ナミエが歌いましたが、レコードは二葉あき子・近江俊郎の歌で制作されました。

 粋なメロディですね。作詞・作曲者名や歌詞を知らずに聴くと、大戦前のドイツかオーストリアあたりで作られたコンチネンタルタンゴかもしれない、と思わせるような雰囲気があります。

 私の喫煙歴は不良少年時代から、喉に変調が起こった40代初めまでの20数年間。不良少年といっても、よい子グループには入れず、不良グループからは「客分」扱いされるという中途半端な不良でしたが。
 禁煙してから数か月間は、一時期使っていたパイプをタバコを詰めずにくわえて、唇
(くち)寂しさを紛らせたものでした。

(二木紘三)

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コメント

この曲を聴いたことがありませんがノスタルジックな曲ですね。

〔黒いパイプ〕ではなかったのですが、以前所属していた小さな絵画団体の会長が、髭ぼうぼうの、カストロのような容貌でパイプをくゆらしていた事を思い出しました。

二木先生の、〔客分扱いの、中途半端な不良〕にはちょっと笑わせていただきました。私もそうだったよう気がします。

投稿: おキヨ | 2010年3月 3日 (水) 12時28分

昭和30年代の本物の不良学生って何をしていたんのでしょうか。同級生にたびたび補導されている人がいたので「あなた達なにしているの」と訊ねたら「男の子と集まって話をしていた」と言いました。女子高だったので、規則は沢山あってうるさかったのですが、今ならこんな事ぐらいでは補導される事もないでしょうね。男は喧嘩、飲酒、タバコでしょうか。市立図書館も男女交際が始まるからあまり行かないようにと言われていました。尤も先生に不良が多かった事は生徒はちゃんと知っていました。(不倫が多かったです) 大人の不良は始末が悪いですね。そういえば一番の女たらしが補導の先生でした。今でも笑い話になっています。

投稿: ハコベの花 | 2010年3月 4日 (木) 13時29分

僕が旧制中学の4年生(現在の高校1年生)の時、ラジオ歌謡を聞いて、すぐ大好きになって覚えて歌った懐メロが「黒いパイプ」です。
戦後、GHQ(アメリカ軍)の管理下にあって、貧しい時代でしたが、ラジオから流れる日本の歌、アメリカのジャズが心を癒やしてくれました。
カラオケから消えてしまったこの歌をアップして頂いた二木さんに感謝、感謝です。

投稿: 茶恋ジー | 2010年3月 5日 (金) 17時02分

とても好きな唄で自分でも歌います。歌っているとサトウハチローがパイプを銜えながら詩を考えている光景が浮かんできます。地域の歌声喫茶でも大合唱していますが、Y-tubeで二葉さん近江さんが歌っているのを聞くと、2番の「・・・小みちをゆけば」を1番と同じ「・・・窓べによれば」と歌っています。近江さんが間違えたのでしょう。微笑ましいです。

投稿: bibimama | 2010年3月12日 (金) 13時50分

黒いバイプという歌は何時覚えたのかは記憶にありませ

んが。いつの間にか覚えていました。昭和ニ十一年の作

品と言えば私はまだ旧制中学のニ年でした。もう新制に

切り替わっていたのかもしれません。当時はラジオが唯

一の私達の娯楽でしたから、ラジオ歌謡を聞いて覚えた

のでしょう。先生のこのサイトの御蔭で今でもちゃんと

歌えます。カラオケは楽しいですね。自宅で無料のカラ

オケサイトで一人で歌っています。これからもお元気で

私達を楽しませて下さいますように.

投稿: 城 保 | 2010年5月 3日 (月) 11時25分

私がタンゴを好きになったきっかけがこの「黒いパイプ」です。ラジオ歌謡で聴いて親にねだってレコードを買ってもらって、はや65年、この歌を唄うと色々なことが浮かんできて、涙がでてきます。戦後すぐにこんな素敵なタンゴができたのですね。

投稿: 松本外司 | 2011年7月25日 (月) 16時23分

黒いパイプは昔から好きな曲でした。歌詞検索で拝見しました。ありがとうございました。
ところで、2番目の歌詞の第2節はほかのサイトで見ますと「夕べさみしく 窓辺に寄れば」となっていました。念の為youtubuで原曲も確かめましたら窓辺に寄ればと歌われておりました。もしかしますと先生のお間違いかも知れませんので失礼とは思いましたがコメントさせて頂きました。悪しからずご了承願います。

投稿: 植木省三 | 2013年4月 8日 (月) 20時08分

植木省三様
ご指摘ありがとうございました。
このmp3を作ったときから2番の2行目を近江俊郎が「夕べさみしく窓辺に寄れば」と歌っていることは存じておりましたが、次の理由で上記のようにいたしました。
(1)『全音歌謡曲大全集第1巻」および『思い出のラジオ歌謡選曲集第1集-工藤雄一編』(いずれも全音楽譜出版社)では「……小路を行けば」となっていること。
(2)2行目では1番が昼休み、2番が夕べ、3番が夜と時間・状況を変えているのに、それに続くフレーズを1番と2番だけ同じにしているのはおかしいと思ったこと。もっとも、違う聯で同じフレーズが使われることはままあり、上記のような文献がなければ、私も2番2行目を「……窓辺に寄れば」としたと思います。

作詞者が書いた詞とレコードで歌手が歌った詞のどちらを原詞とすべきかは種々論議のあるところですが、作詞者が書いた詞をレコーディングの際、歌手がまちがえて歌ったり、立ち会った作詞者が変えたりすることはよくあり、こちらを原詞とすべきだという論理的ないし慣習上の根拠は見いだせません。
ネットの歌詞サイトでは1番・2番とも「……窓辺に寄れば」としているものが圧倒的多数ですが、ネットではコピーして使われることが多いので、多数決では決められません。
この歌を創唱したのは二葉あき子と近江俊郎ではなく、黒田ナミエですが、彼女がどう歌っているか知りたいところです。
歌詞に異本が生じるケースについては、『悲しき竹笛』のコメント欄や『侍ニッポン』の『蛇足』でも触れていますので、よろしかったら、そちらもご覧下さい。

ここからは私の想像なので、あまり本気にとられると困りますが、歌手時代・映画監督時代の近江俊郎について語り継がれているエピソードを見ますと、彼は明るくておっちょこちょいな面のある人だったようです。そこが多くの人に好かれた理由だったと思いますが、この歌のレコーディングでも、1番担当の二葉あき子の歌に引っ張られて「……窓辺に寄れば」と歌ってしまったのではないかという気がします。
ディレクターが歌詞のまちがいに気がついても、音質がよければ、期限やコストの関係でそのままで行くというケースは結構あるようですから。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2013年4月 8日 (月) 23時51分

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