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悲しくてやりきれない

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:サトウハチロー、作曲:加藤和彦、
唄:ザ・フォーク・クルセダーズ

1 胸にしみる 空のかがやき
  今日も遠くながめ 涙を流す
  悲しくて悲しくて とてもやりきれない
  このやるせない モヤモヤを
  だれかに 告げようか

2 白い雲は 流れ流れて
  今日も夢はもつれ わびしく揺れる
  悲しくて悲しくて とてもやりきれない
  この限りない むなしさの
  救いは ないだろうか

3 深い森の 緑にだかれ
  今日も風の唄に しみじみ嘆く
  悲しくて悲しくて とてもやりきれない
  この燃えたぎる 苦しさは
  あしたも 続くのか

《蛇足》 昭和43年(1968)3月21日に東芝音楽工業 (キャピトル・レーベル) から、ザ・フォーク・クルセダーズの3枚目のシングルとして発売。

 衝撃のデビュー作『帰って来たヨッパライ』に続いて2枚目のシングル曲として発売されたのが、あの『イムジン河』。これが政治的事情やら何やらで販売中止になったため、それに代わる作品として作られたのがこの曲です。

 発売後、若者たちの間でこんな話が流布されました。
 加藤和彦は、『イムジン河』に代わる曲を急いで作れとレコード会社の人にいわれたが、なかなかメロディが浮かんでこない。せっぱ詰まって、『イムジン河』のレコードを逆回転してみたところ、きれいなメロディに聞こえた。そこで、それをアレンジして生まれたのが『悲しくてやりきれない』だ――というのです。

 よくできた話ですが、これはいわゆる都市伝説のたぐいで、事実は違うようです。加藤和彦自身が、音楽情報サイト「Musicman-NET」の連載インタビュー で、次のように語っています("Musicman's RELAY"第71回〈2008年4月14日〉)

 ……よく言われてる「イムジン河」のメロデューを逆からたどったっていうのは嘘で、「イムジン河」が発売中止になったときにフジパシフィックの会長室に呼ばれて、「じゃあ加藤君、3時間あげるから次の曲を今作りなさい。」って言われたんですよ(笑)。

 そのときのフジパシには会長の石田達郎さんっていう名物お父さんがいてですね、「ギター持ってこさせてやるよ」って僕のギターをホテルから持ってきて、「鍵かけとくから」って3時間缶詰(笑)。しょうがないから適当に遊んで最後の2~30分ぐらいで曲を作ってカセットに吹き込んだんですよ。そしたら本当に3時間して「できたか?」って戻ってきたから「できました」ってカセットを渡したら、曲も聴かずにサトウハチロー先生の四谷のお宅に連れて行かれてね(笑)。でも、そこでも曲を聴かないんだよね。それから一週間ぐらいして「詞がきたよ」って見たら「悲しくてやりきれない」っていうタイトルだったから「えー!」って思いましたよ。でも歌ってみるとすごいピタっとはまってて、さすがに巨匠は違うなという感じでした。

 逆回転こそしませんでしたが、陽の目を見ずにお蔵入りした『イムジン河』を惜しむ気持ちから、曲想の似たメロディが自然に湧いてきたのでしょう。

(二木紘三)

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コメント

懐かしい楽曲を聞かせていただきありがとうございます。作曲する人の頭脳もさることながら、作詞をする方の理路整然とした思いの展開にも感服します。3番までの歌詞のそれぞれ一行目だけを結合させると(著作権違反??)「胸にしみる 空のかがやき 白い雲は 流れ流れて 深い森の 緑にだかれ」。これだけでも見事な世界が展開されています。二木先生のコメントにも、いつもながら引き込まれてしまいます。先生の世界観をさらに知りたくて、duarboをフォローしています。96-97のつぶやきには共感です。

投稿: 亜浪沙 | 2010年4月 9日 (金) 14時07分

サトウハチロウの詩は、大変解りやすくてなじみやすく、私が最も好きな詩人でした。
昔テレビに何度か出ておられたことを思い出します。
モノクロの時代でしたかね、たしかヒゲと長い髪でした。

投稿: トクラテス | 2010年4月15日 (木) 14時21分

もう15年も前のことです。仕事でメキシコに5年間滞在しました。単身赴任なので、日曜日になると出張者でもいない限り、アパートで一人で過ごすことになります。近くに日本人を相手のビデオ屋さんがあって、日本のテレビドラマのコピー版のレンタルがありました。ふと手に取ったのがこの「悲しくてやるきれない」のビデオでした。山田太一脚本、名取祐子主演のドラマでしたが、軽妙な役所、柄本の演技もさることながら、最後に流れたこの歌を聴いたとき思わず涙がでました。「おおたか静流」の澄み切った声と、この歌詞のもつ、やりきれない悲しさ、が苦しかった当時の環境と相まって胸に響いてきたのです。今でもこの歌を聞くと、当時の苦しかった胸の内を思い出します。

投稿: kirana | 2010年4月17日 (土) 18時34分

はじめまして!

NHKラジオビタミン(残したい歌のコーナー)に「平城山」をリクエストしようと探していたら、こちらのサイトに偶然たどりつきました。

「悲しくてやりきれない」を見つけ、懐かしくて、思わず曲に合わせて歌っちゃいました。たのしかったー。ありがとう!

この歌は、わたしが小学4年生ころの曲でしょうか。学生運動、ヒッピー、革マル派…、などの言葉がさかんにニュースから流れていたのを覚えています。「おらは死んじまっただー」のほうが、当時の私には楽しかったような気もしますが、そのあとの「悲しくてやりきれない」も、子供心にどことなく切ない気持ちが心に残る歌でした。はやく大人になって、こういう歌が理解できるようになりたいなあ、と思ったものです。

長々と失礼しました。お気に入りに入れて、また楽しませていただきます。

投稿: ばなな五角形 | 2010年4月28日 (水) 12時20分

加藤和彦氏がもし危機のなか自分の作品を1曲しか持ち出せないとすれば「悲しくてやりきれない」を選ぶと言われてました。
1960年代後半から自作の詩に曲をつけるフォークが流行しましたが、稚拙な詩が多かった。加藤和彦氏も同じような意味のことを言われてました。その時サトウハチロー氏のこの詩には衝撃を受けたといわれてました。

投稿: 姫路東 | 2011年1月15日 (土) 16時07分

1988年のNHKお昼の番組で加藤さんが自ら
イムジン河の音符を書いて逆さからたどったら
モチーフがでてきて、と言っていますね。これは人に
あんまり言ってない、というのをyoutubeで見ました。
時期によっていうことが違うのかもしれませんね、
なんでしょう、照れ隠しなのか逆からと言われたくなかったのか…人の気持ちは不思議ですね。

投稿: premaria | 2014年10月 2日 (木) 14時04分

 今思うと、この歌そのもののような深い思い出があります。高1の夏休みに入る前でした。

 放課後だったとおもいます。開け放された用務員室をのぞくと、おおきなリュックを前にして、上級生がなにかをしていました。私は「用務員のおじさんいますか」と尋ねると彼が顔を上げました。

 あまりにも綺麗な顔立ちなので、私は瞬間、時が止まったように見つめてしまいました。そんな私の様子に上級生も無言のまま私を見つめました。たぶん一瞬の出来事だったとおもいますが、とても長く感じられました。「いないよ」という上級生の声で我にかえりました。すごく恥ずかしかったのを覚えています。

 夏休みに入ってからテレビのドキュメンタリー番組で、アンデスの山岳地帯に住む人々の生活ぶりを放映していました。その中で娘の葬式があり、娘の親族が「あの娘は女になる前に亡くなった」と嘆き悲しんでいました。
 その時そんな悲しみ方があるんだ、人生を全うできなかった悲しみをこんなふうに言うんだとおもいました。

 ある日の朝刊に「都立○○高校3年生、谷川岳の岩場で転落死」という記事をみつけました。あの上級生でした。

 その日の午後、縁側に寝転んで夏のまぶしい空を見上げました。あの上級生も女性を知らずに死んだのかなあと、セックスのなんたるかを知りもしないで、モヤモヤした気持ちに陥りました。そして気持ちのどこかで、片隅のどこかで、一度しか会っただけで、それも美しい人だったことで「上級生の死」が遠く感じられ、見上げている夏空の中に吸い込まれていくように感じられました。

投稿: konoha | 2017年6月 7日 (水) 11時34分

高校生の時、朝日新聞の連載小説『氷壁』を毎日楽しみに読んでいました。挿絵が良かったですね。男の人の顔が素敵だったので山男はハンサムなのだと思い込んでいました。ある日電車の中で真っ黒に日焼けして大きなリュックを持った山男らしき人を見ました。思い込みが一気に消えました。konohaさんの見た方と正反対だったのです。
この歌を知ったのは最近の事でした。やっぱり歌詞がいいですね。悲しくてやりきれない気持ちは子供の頃から感じていました。親や友人や先生の言っていることが間違っていると思う時ですね。今もそんな気持ちになることがあります。総理の顔がテレビに映るたびに悲しくてやりきれなくなります。厚顔無恥という字が浮かびます。何とかなららいのでしょうか。

投稿: ハコベの花 | 2017年6月 7日 (水) 23時58分

 本当に昨今の国内外の社会情勢は「悲しくてやりきれない」ことばかりですね。「テロ等準備罪」、あれよあれよという間に可決してしまうのでしょうか。世界各地で勃発している「テロ」は対岸の火事ではありませんが、だからと言って可決していいとは思われません。一歩まちがえると一人歩きしてしまうのではないかとやりきれない気持ちになります。

 過日、つけっぱなしのテレビから「軍隊云々」という言葉が耳たぶをうちました。思わずテレビを振り返るとニュースキャスターが映っていました。ものすごい拒否反応が起きました。私の聴き間違えだとよいのですが、いまの日本はどこにいこうとしているのか、某国からのミサイルなど諸々のことを考えますと、なにが善くてなにがいけないのか、とてもやりきれなくなります。ただ言えることは紛争は駄目、決して戦争になってはいけないということです。なにもできなくただニュースをみているだけで、気持ちは「もえたぎるくるしさ」で一杯になります。

投稿: konoha | 2017年6月 8日 (木) 16時50分

ザ・フォーク・クルセダースのデビュー曲「帰って来たヨッパライ」は懐かしく想い出されますが、この曲は初めて聴きます。
しっとりとして心が落ち着くような気もしますが、何か寂しさとともにひと際のもの悲しさに誘われるようです。
ハコベの花さま konohaさまのコメントに全く同感です。
せめて日本国内では、最近の日本国内情勢はもとより世界の動向に惑わされることなく、安心して過ごせる幸せな日々が送られるよう願うばかりです。

投稿: 一章 | 2017年6月 8日 (木) 23時12分

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