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北の宿から

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:阿久 悠、作曲:小林亜星、唄:都はるみ

1 あなた変わりはないですか
  日毎寒さがつのります
  着てはもらえぬセーターを
  寒さこらえて編んでます
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿

2 吹雪まじりに汽車の音
  すすり泣くよに聞こえます
  お酒ならべてただ一人
  涙唄など歌います
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿

3 あなた死んでもいいですか
  胸がしんしん泣いてます
  窓にうつして寝化粧を
  しても心は晴れません
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿


《蛇足》 昭和50年(1975)にシングル発売。翌年、オリコンシングルチャートの年間3位に輝くとともに、第18回日本レコード大賞の大賞を受賞。
 都はるみにとっては、『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』に続いて、3曲目のミリオンセラーシングルとなりました。

北へ帰ろう』にも書きましたが、この歌にも「傷心と北との親和性」が見られます。この「北」はイメージとしての北であって、現実の北=東北地方や北海道と必ずしもイコールではありません。心の傷手を癒してくれそうな何かが存在する場所、と解釈してよいでしょう。

 この女性は、去っていった人への思いを断ち切ろうと「北」へ旅に出たのですが、未練を断ち切りきれずに、「変わりはないですか」「死んでもいいですか」と心の中で呼びかけたり、セーターを編んだりしているのです。切ないですね。

(二木紘三)

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コメント

阿久悠さんが8年前に「阿久悠の 歌もよう人もよう」を、連載しておられた新聞の切抜きを残しているのを抜粋します。

同じページに、広瀬光冶さんの「編み物専科」が載っていて、阿久悠さんの「北の宿から」を読まれた広瀬光冶さんが、♪着てはもらえぬセーター・・を誤解して、「阿久悠さんにお願い」というタイトルで書かれていたのです。

それを読まれた阿久悠さんが「北の宿から・2」として、「この歌に関しては多くの誤解がある。「この女性のことを男は一般的にいじらしいと考えているが、そこが違っている。いじらしい前提があるので編みかけのセーターも自分のものとヤニ下がるが、とんでもない話なのである。
・・この女性は相当の根性の持ち主で、セーターにしたところで、編み上げてケリをつけたかったに過ぎない。完成したら、ぽい誰かに上げる。ぼくはそう・・
いじらしいと誤解されたために売れたのであろうから、誤解は誤解でいい・・」

投稿: なち | 2010年12月20日 (月) 13時50分

阿久悠氏がどうしてそんなことを云ったのか、私には理解できません。

投稿: 周坊 | 2010年12月22日 (水) 14時09分

>♪着てはもらえぬ・・を誤解されたので、
編み上げてケリをつけたかった・・その心算で書いた。
の内容で書いていますよ。

「編み物自体がおよそマイナーな行為のように、誤解されてしまった・・
そういえば、・・淡谷のり子さんもえらくご立腹で、
「大体ね、別れた男の・・」テレビで逆上して・・。
・・広瀬光冶さん、暗いも辛いも大いなる誤解ですから、
明るい編み物の詞を本気で考えます」と。

未練 恋しい・・の歌詞があるので余計に誤解されてるようですね。

投稿: なち | 2010年12月22日 (水) 15時02分

しばらくぶりの投稿です。
着てははもらえぬセーターを編んでいるとの
解釈はどうでもいいと考えています。
人それぞれの考えと思い中での結論と思います。
要はこの詩のとり方に人それぞれの思いがあっての
結論ではないでしょうか?
今日は家族全員8人でで飲んで食べて帰ってきました。
少しばかりのお酒に楽しめることについ投稿して
しまいました。
このサイトを毎日楽しんでいる読者の一人です。

投稿: 修さん | 2010年12月26日 (日) 21時13分

う~ん 参ったな~ 書いたご本人が言っているのですから本当でしょうね 男としては口惜しいのですが・・
同級会で初恋について語り合った時 男達は一様に優しい面差しになって 思い出をいとほし気に語ります 比べて女どもは カラカラと笑い飛ばします 編み上げたセーターは間違いなく ぽい!でしょうね 子供が生まれたら宿六など ぽい! 同じですね あははは 

投稿: 寅  君 | 2011年1月19日 (水) 19時52分

都はるみも最近高音が苦しいように見受けられますが、先日某テレビ局で唄われた安藤まり子さんの80を過ぎた方の歌声とは思えぬ声量には驚きました。未だ人に聞かせられる声と感じました。次はあの名曲「毬藻の歌」を期待します。

投稿: 海道 | 2012年8月20日 (月) 13時37分

作者が歌詞を作ってはるか後年に、主人公の性格は実はこうだ、と言っても、それを鵜呑みにする必要はないと思う。言葉を操ることについては、プロ中のプロである。状況に応じて、いかようにも新しい命を吹き込むことができよう。作家の特権でもある。
 フィクションの中の人物像である。うそかほんとかの詮索は意味がない。歌ができた頃よりもなお一層、女性は強くなった。主人公は強い女性である方がよい。大物女性歌手の批判も、煙に巻くことができる。
 なち氏が紹介された、阿久さんのお話に、ひとつの理解として、私の感想を述べました。批判は承知の上で。

投稿: MEDA | 2012年8月23日 (木) 00時18分

この歌は確か、2年連続の紅白で歌われた記憶があります。
おそらく最初に歌われたときから息の長いヒットがつづいたためと思われますが、ヒットの理由は、歌詞・メロディー更に「都はるみ」の抜群の歌唱力によるものと思います。
確か、ヒットした年の職場のクリスマスパーティーでこの歌を唄った記憶があります。ホテルの結婚式場で生バンドの伴奏で、十数人の出場者のなかでの優勝でした。

投稿: タケオ | 2012年12月24日 (月) 21時31分

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