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この胸のときめきを

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作曲:P.Donaggio、イタリア語詞:V.Pallavicini、
英語詞:S.Napier-Bell & V.Wickham、日本語詞:岩谷時子

(男)夜ごと二人は ここにいるけど
  きみの瞳は 悲しそうだ
  きみはひそかに いいたいのだろう
  そんなことなら 別れようと
  きみなしには 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らすのさ
  きみはぼくのものだもの
  別れて暮らせるか
  聞いておくれよ 胸のときめき
  お願いだから いておくれよ
  きみなしには 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らすのさ
  ぼくのものだ
  きみなしには 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らすのさ
  きみはぼくのものだ

(女)夜ごと二人は ここにいるけど
  あなたの目には 涙がある
  きっとあなたは いいたいのでしょう
  こんなことなら 別れようと
  あなたなしに 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らせましょう
  あなたは私のものだもの
  私は離れない
  聞いてほしいの 胸のときめき
  お願いだから ここにいてよ
  あなたなしに 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らせましょう
  私のものよ
  あなたなしには 生きていけない
  ひとりでどうして 暮らせましょう
  あなたは私のものよ



You Don't Have to Say You Love Me

When I said I needed you
You said you would always stay
It wasn't me who changed but you
And now you've gone away

Don't you see
That now you've gone
And I'm left here on my own
That I have to follow you
And beg you to come home?

You don't have to say you love me
Just be close at hand
You don't have to stay forever
I will understand
Believe me, believe me
I can't help but love you
But believe me
I'll never tie you down

Left alone with just a memory
Life seems dead and so unreal
All that's left is loneliness
There's nothing left to feel

You don't have to say you love me
Just be close at hand
You don't have to stay forever
I will understand
Believe me, believe me

You don't have to say you love me
Just be close at hand
You don't have to stay forever
I will understand
Believe me, believe me, believe me

 

《蛇足》 イギリスの女流歌手ダスティ・スプリングフィールドの代表曲。

 原曲は1965年のイタリア・サンレモ音楽祭で発表された"Io che non vivo senza te"(きみなしでは生きられないぼくなのさ)。
 作詞・作曲はピーノ・ドナッジョと ヴィトー・パッラヴィッチーニが一緒に行い、チームメンバーのジョディ・ミラーも協力しましたが、JASRACのデータベースには作詞はパッラヴィッチーニ、作曲はドナッジョしか載っていないので、作詞・作曲者欄ではそのように表記しました。

 この音楽祭に参加したダスティは、イタリア語がわからなかったにもかかわらず、この歌に涙を流すほど感動したといいます。彼女はこの歌を英語で歌いたいと切望、翌1966年5月、レコーディングするチャンスが訪れますが、肝心の英語詞ができていません。

 プロデューサーでダスティの友人のヴィッキー・ウィッカムは、自分の友達のネイピアベルと力を合わせて英語詩を作ることにしました。ところが、二人とも作詞の経験がないうえに、原詞のイタリア語もわかりません。
 結局原詞をあまり気にしないで、しゃれたラブソングを作ろうということになり、できたのが上記の詞でした。素人が作ったにしては、相当できのいい詞ですね。

 こうしてでき上がった曲は翌日録音され、1966年5月31日に発売、イギリスのヒットチャートで1位、アメリで4位になるという大ヒットとなりました。
 プレスリーがカヴァーしているし、2004年に発売されたローリング・ストーンの”The 500 Greatest Songs of All Time”にも入りました。

 さまざまな日本語詞がありますが、上記・岩谷時子の詞は1番と2番ではなく、部分的に言葉の違う歌詞を男女が一緒に歌う仕組みのように思えます。あるいは、男性歌手用と女性歌手用の歌詞を言葉遣いを少し変えて作っただけかもしれません。

 『この胸のときめきを』という日本語タイトルがすてきですね。
 私は英語曲のタイトルや歌詞を日本語版と比べて、日本語版のほうが美しいと感じるときがたまにあります。ただそれは、英語版の意味はとれても、ニュアンスまで感じ取るほどの力がないせいかもしれません。英語圏で長期間生活したことがなければ、それはむりでしょうね。

(二木紘三)

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コメント

私にはエルビス¬=プレスリーの歌としての印象が強いです。プレスリーが長髪・パンタロンでこの曲をカバーした当時、私は高校生で、ダスティと同様この曲の美しさに惹かれました。日本語の歌詞は、別れてはいないけれど心が離れてしまった恋人に問いかける内容になっています。当時本格的な恋愛経験のなかった私としては、そんなものかなと思っていました。しかし、人からもらった布施明のLPに英語詩の歌が入っていました。英語の歌詞ははっきりとyou’ve goneとなっていて、『君去りし後』を歌っており、その違いに気づいていました。改めて詩を読むと「愛していると言わなくてもいいから、側にいて欲しい」と、実に女々しい歌詞になっています。プライドも何もありませんが、西洋の男性(女性?)はそこまで別れた恋人に執着するものかと思ってしまいます。
私としては英語の歌詞の方が曲の抑揚に合っている気がします。

投稿: Yoshi | 2011年8月26日 (金) 23時15分

美しい歌と旋律、英語で聞くと涙が出ます。なぜか?
男の心か女の心かどっちでも良いのに、そんなことに囚われる男性って、カッコつけて自分に素直になれないし、本当に愛したことないか、することが出来ない、また、心から愛されたことがない、味気がない人間で終るのだろうと思えます。
「恋が終わった、愛は死んだんだ」と去る相手の後姿を見て、残される人が心の叫びを素直に言う。それが夫婦の間でもよい、想像したら誰でもわかるのでは?恋して愛して幸せで有頂天だったのもつかの間か、恋は終わって、火が消えたような寒気と残される悲しみは深くて、目の先が真っ暗になったかのよう、その瞬間を表現する最高傑作の歌詩ですよ。
「愛しているといわなくてもいい。これから先も愛してほしいと言わない、約束する。
ただそばにいてくれればいいの、本当よ。本当よ。」
何度も洋画でこの場面を見たことか。また某作家が年老いて、それに気が付いて家を出ようとするが・・
それが男であろうと女であろうと、人間は自分に正直で、相手にも正直になれる。自分に正直でなければ恋愛はできないでしょう?
「女々しい」と思うのは男性歌手が歌うから?単純な発想です。女とか男とか、今でも区別しているなんて悲劇。

同じく英語の歌のほうが実感あるのは、日本語題名「知りたくないの」英語の方は、あなたが何人がキスをしたか、何人が貴方を抱きしめたのか、ああ、知りたくない、・・・本当に知りたくない。
愛はエゴイステックで、対象を独占したがる。過去に遡ってまでも嫉妬し、独占したがる様を苦しく歌い上げる。日本語の訳は、人間の苦しみなどなるべくぼかす、そして今日も継続。
日本人には心理面では掘下げられない限界があるのかも?いつまでも100年前以上の印象画の絵をみていれば、苦しみも悲しみも、矛盾も見えないので幸せに満たされる。「くさいものにはふた」素直な心の詩は、子供の泣き声に聞こえるのかも知れない。それは親が「男の子は泣くもんではない!」と教育したから、自分の心は無視し、やさしくなれなくなったのかもね?

投稿: minga | 2011年11月22日 (火) 08時59分

ダスティもエルヴィスも素晴らしいのですが、前野曜子の”この胸のときめきを”は日本語ならではの”せつなさ”の表現がとてもうまいと思ってます。ということで、
Youtubeで前野曜子の”この胸のときめきを”を先日アップしました。
http://www.youtube.com/watch?v=XUYzs8MaHbk
一度じっくりと聞いて見てください。美声ではないですが、彼女のハスキーな声と歌唱力が気に入ると思います。
といっても、”別れの朝”の前野曜子といったほうがよいのかもしれませんが。
亡くなってから23年目の昨年から今年にかけてCDの復刻版が7枚もリリースされていて、その中の1曲でした。
彼女の魅力は、ひとつひとつの言葉を大事にして嫌みなく歌い上げていくところでしょう。

投稿: Flendyshelty5 | 2012年6月12日 (火) 23時07分

FlendysheIty5様
情報ありがとうございます。早速、聞かせて頂きました。前野曜子は声に何ともいえない味があり、歌に心がありますよね。
私は前野曜子の別れの朝がとても好きで、別れの朝というと当然のように高橋真梨子のバージョンが流れるのをとても残念に思っています。
CDの復刻版が出たとのこと、早速購入したいと思います。

投稿: 塞翁が馬 | 2012年6月13日 (水) 20時34分

ブログ名:草泉散人さんが主宰した4月18日の”前野曜子フアンの集い”に参加してきました。
ペドロさん曰く、”曜子は低血圧でアルコールも弱く、飲んだ後は朝が起きられなくステージによく穴をあけたので泣く泣くやめてもらったけど、詩(うた)の心を歌える唄の上手い子だったね”と。
「別れの朝」は最初英語でリリースをする予定が、なかにしれいさんがさっと日本語詞を仕上げてあの歌になったとか、「夜のカーニバル」は曜子さんはラテンの唄が上手く彼女に合っていたので、当時流行っていたベッサメムーチョに対抗するものとして仲の良かったかまやつひろしさんに作曲を頼んだという話もありましたよ。
技巧派の高橋真梨子、素直になんでも歌える松平直子、心を歌う前野曜子ということでペドロさんを含めみなさん一致したようです。
今後とも前野曜子をよろしく(^v^)

投稿: Flendyshelty5 | 2014年6月 2日 (月) 22時53分

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