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森の小径

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:佐伯孝夫、作曲・灰田晴彦、唄:灰田勝彦

1 ほろほろこぼれる 白い花を
  うけて泣いていた 愛らしいあなたよ

2 憶えているかい 森の小径
  僕もかなしくて 青い空仰いだ

3 なんにも言わずに いつか寄せた
  ちいさな肩だった 白い花夢かよ

《蛇足》 昭和15年(1940)10月に日本ビクターから発売。

 淡い初恋の記憶を懐かしんでいる という設定ですが、メロディが闊達なため、感傷はあまり感じられません。淡々と往時回想しているといった感じです。

 前奏の後半と2番のあとの間奏にワンコーラス分のメロディが入っています。

 作曲者の灰田晴彦は本名灰田可勝(よしかつ)で、勝彦(本名:稔勝〈としかつ〉の兄。のちに灰田有紀彦と改名します。JASRACのデータベースには、灰田有紀彦の名でこの歌の著作権が登録されています。

(二木紘三)

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コメント

大好きな歌が入ってとても嬉しいです。この歌が良いのは歌詞が短い事です。少ない言葉の中に恋をする喜びや嬉しさが一杯詰まっていることです。何にも言わずにいつか寄せた・・初恋のつつましさが表れています。胸がいっぱいになって涙ぐむ純粋さ、こんな素敵な青年が恋人だったら・・・もう一度若くなって出会ってみたいものです。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月15日 (土) 00時01分

高原の旅愁と同じ昭和15年の歌ですがこの歌は生まれる前から知っていたように感じます。佐伯孝夫の格調高いそして歌い易い詞に洋風のメロデー鈴懸の径も好きです。

投稿: 海道 | 2012年9月15日 (土) 07時01分

この名曲がまだ載っていなかったのが不思議でした。
有難う御座います。懐かしい青春が戻ってきます。軍歌ばかりの時代の中で「高原の旅愁」とともにしみじみと唄えた名曲です。どうか今後も戦前の名曲を掘り出して掲載してください。

投稿: オールドファン | 2012年9月19日 (水) 16時49分

何年前だったか「燦めく星座」でコメントをしたと思いますが、この歌は灰田勝彦主演の『歌の明星』の中で服部富子か轟夕起子だったか記憶が曖昧ですが丘の上で盲目の彼女に灰田がこの歌を歌ったこと、またその昔『鈴木章治とリズム・エース』が「鈴懸の径」共にスイングジャズスタイルでの演奏に感動したこと、カラオケでも時々歌い全部覚えているほどグーな歌です。

そして彼のまたひとつ好きな歌「水色のスーツケース」は、
    どこかで誰かが呼ぶような そんな気がして旅に出た
    水色のスーツケースの中には 消えた悲しい恋の花束
      あー大空に雲は白く流れて 果てしなく汽車は走るよ
この歌から旅行のシンボルは「水色のスーツケース」だとの思いが今でも変わりません。

遠い日、自分の方が失恋だったのか?彼女の方が失恋だったのか? 今夜は目が冴えそうで・・・・・。
先生、懐かしい歌をありがとうございました。


投稿: 尾谷光紀 | 2012年9月22日 (土) 23時24分

名歌ですが、小さな肩を「寄せる」というのが歌詞としては少し不自然ですね。肩は「寄せ合う」もので、子供同士ではないのですから、この場合,他動詞として男が女の肩をそっと「抱いた」となるべきところでしょう。恐らく、「抱いた」では検閲が通らなかったので、こんな表現にせざるを得なかったのではと思うのですが。

投稿: JAKUHAI | 2012年10月24日 (水) 00時26分

若い頃から聴いていた歌ですが、一度も「寄せる」に違和感を持ったことがなかったですね。「抱いた」となっていたら私はこんなにこの歌が好きになっていなかったでしょう。淡い思いが消えてしまうように思われます。抱かないと小さな肩かどうかわからないとは思いますが「そっと寄せた」の方がロマンを感じます。手と手が触れそうになった時ぱっと手を引いた経験はありませんか。手を触れることすら恥ずかしいと思う感覚がこの歌にはあります。プラトニックな恋を代表する歌だと私は思います。

投稿: ハコベの花 | 2012年10月24日 (水) 12時27分

男側から解釈すると「寄せた」は「抱き寄せた」を感覚的に想像させる佐伯孝夫独特のテクニックの様に感じます。

投稿: 海道 | 2012年10月24日 (水) 17時34分

言葉ではわかっているのですが、まだ17,8の少女のころに聴いたので、「寄せた」は「近づいた」止まりなのです。「抱きよせた」を使わなかった佐伯孝夫の感性が好きです。

投稿: ハコベの花 | 2012年10月24日 (水) 19時30分

 山内 賢と和泉 雅子の唄った『二人の銀座』に「~肩を寄せて 指をからませ 二人の銀座」という使用例があることを思い出しました。

投稿: 越村 南 | 2012年10月25日 (木) 08時49分

 とある駅で 突然の大雨に降り込められた女性がいたと仮定します。タクシー乗り場までが遠い。そこへ傘を持った一人の紳士が「私もタクシーです。乗り場まで、よかったらどうぞ」という。3分ほどの道行きですが、この時二人は 相合傘で肩を寄せる状態。もし この紳士が、手をまわして肩を抱いたら、エXオヤジに転落しますね。

 よって冷徹に言えば「肩を寄せる」と「肩を抱く」は違うように思います。「肩を寄せ合う」はすでに双方の合意がある場合でしょうね。 

 ですが 親密度が増しておれば、境界線はあってないようなものかな。(最近多い、真昼の妄想です(笑))

投稿: 越村 南 | 2012年10月25日 (木) 14時39分

「肩を寄せ合う」男女の関係とは   (それは、協調的な愛情表現だ!) ★意中の女性が自分のことをどう思っているのかは、接しているときの姿勢に現れている。好き嫌いという感情は無意識の中で姿勢に出てしまうからだ。と言う事らしいがこの詞では「ちいさな肩だった」となっていますので、お互いに嫌いではなかったのでしょうね。

投稿: 海道 | 2012年10月25日 (木) 16時07分

良い歌だなーとしみじみ思います。綺麗な短編小説が出来そうですね。頭の中では筋書きは出来ているのですが、文章が書けません。「結ばれなかった初恋の人の訃報を、半世紀を経て、訪ねてきた彼の息子から聞かされる。彼女の目からほろほろとこぼれ落ちる涙に、雪柳の白い花がにじむ。父の初恋の人を美しいとじっと見つめる青年」
この美しい人のモデルは私の上級生、抜けるような白い肌に大きな瞳、微笑んで見つめられると女でも背筋がぞくっとしました。越村さんの妄想の上をいっていますでしょうか。

投稿: ハコベの花 | 2012年10月25日 (木) 21時38分

1.なぜあなたは白い花を手に受けながら泣くのか?
2.森の小径での悲しいこととは何だったのか?
3.あなたの肩も僕の肩も前より小さくなっていたのは? 初恋のシンボルの白い花は夢だった・・・。

佐伯孝夫の綴る初恋のマイナーめいたはかなさが、灰田晴彦の明るいメジャーのメロディにより72年経っても今なおロマンを感じさせ、私の生まれた辰年につくられたいい歌ですね。

投稿: 尾谷光紀 | 2012年10月25日 (木) 21時45分

「いつか寄せた」の解釈、私は違ったように取ってました。
「何にも言わずに いつか寄せた」は彼が抱き寄せたのではなく「彼女自らが、彼に肩を寄せて来た」と、ずーと思って来ました。中学生の思春期の入り口辺りに居る頃ですね。それを感じた時の、彼の戸惑いと嬉しさ。彼女にしては一寸したアバンチュール。でも、向こう側の肩に手を置かないと、肩の大きさ小ささは判りませんよね。やはり男性側が能動的に抱き寄せたという事なのでしょうか。 私はこの歌は、灰田有紀彦の、ハワイアン調の、小気味の良いリズムとメロディに心地よさを覚えて聴いたり、歌ったりしてました。  あくまでも推測ですが、この歌は当時としては珍しい、「ハメ込み」じゃないかと…。 灰田有紀彦の曲が先にあって、佐伯孝雄が「後付」作詞を、そんな気がするのです。八 六 八 九の歌詞ってそうあるものじゃないと。〈あくまでも推測です〉 皆様のコメントを読ませていただいて、人それぞれ恋の体験が違うように歌詞の解釈も微々に違うものなのですね。勉強になりました。

投稿: かせい | 2012年10月26日 (金) 01時33分

この歌の4人目のコメントと「燦めく星座」のコメントでも触れましたので探しました。
  『灰田勝彦歌の明星』
を入力→検索して映画のあらすじを見たら、戦後のどろどろした内容の中でほっこりとした丘の上でこの映画の挿入歌(いや主題歌?)の「森の小径」を歌ったシーンと灰田が雨の中で彼女の兄を拳銃で撃ったシーンが、クッキリと思い出されました。
そのような泥中のハスの花のようなこの歌と共に、皆さんそれぞれロマンもあるご意見もお宝として心にネガしておきます。

投稿: 尾谷光紀 | 2012年10月26日 (金) 15時10分

何度聴いてもいい歌ですね!
ほろほろこぼれる白い花・・・白といえば今は雪のシーズン・・・雪といえば山陰の田舎の情景が浮んできますが、正直にいえば雪はイヤでした。夜中、積もる雪の重さに家の何処かがミシッ!ミシッ!と、朝起きれば40~50cmの積雪でその日の始まりは先ず雪をかき道作り等等。その頃ラジオから流れていた灰田勝彦の「新雪」の“~若い人生に幸あれか~し~と・・・”に励まされて歌いながら2.5Kの山道を通学した小学4~6年生の頃。
近年実家の方は20cm以上になればすぐ除雪車が来るそうです。

投稿: 尾谷光紀 | 2012年12月30日 (日) 23時17分

大晦日、気持ちが落ち着かない一日でしたが、尾谷さんのお話でなぜか明るく若やいだ気分になれました。いつ聴いても切なく甘い気分になりますね。身体的には高齢者なのですが、気持ちは16歳と言ったら青年から笑われましたが、精神は年を取らないということを自分では実感しております。もうすぐ辰年が去っていきます。いつまでも恋する気分を失わないでいましょうね。

投稿: ハコベの花 | 2012年12月31日 (月) 20時43分

 1月2日の今日も早く降ろすようにと家人から言われましたがめっきり純白が見られなくなった昨今、美しい“白”が支えている日の丸を掲げています。
 純白=いま思えば私の青春前期の色だと、そしてハコベの花さんの「精神は年をとらない」「恋する気分を失わないで」のフレーズが、“純白”の糸を手繰り寄せさせ至福のひと時を演出させて下さいました。

投稿: 尾谷光紀 | 2013年1月 2日 (水) 11時17分

今から,35年以上前,この歌を山で設営したとき聞きました。テントを張り終えて隣のテントからグループで合唱するのが聞こえてきたんです。素晴らしいハーモニーが,日の落ちるまだ前に聞こえるんです。こちらは,単独行で,明日の予定をテントで検討していた最中です。老若男女のグループと推察しましたが,透き通るようなメロディーだったのが焼きついています。当初は,題名を知らずいい歌だなあと思っていて,何年かして,それが灰田勝彦さんの「森の小路」と判りました。この歌を聴くと,山の楽しみにもこんなグループだから出来る良さがあるんだなあ~と今でも思ったりします。山登りでへとへとだった一瞬の時間,癒されました。今でも思い出されるのはこの歌と同時に見た山並みはるかに夕日が赤かったあの景色です。素晴らしく純粋な歌だと思います。

投稿: 啓又 | 2013年2月 4日 (月) 01時35分

今日明け方夢を見ました。私も20歳前後、彼が我が家に訪ねてきてくれました。嬉しくて駅まで歩いて送っていきました。腕を組んで彼の肩に頭を寄せていました。胸の中は幸せで一杯でした。目が覚めてもずっと幸せな気持ちが続いていました。指先も触れていなかった人です。昨夜眠る前にこの歌を聴いていたお蔭です。もっとも私の服装は恥ずかしい様な可笑しな服でした。やっぱり夢ですね。今夜も聴いて眠ります。

投稿: ハコベの花 | 2014年7月18日 (金) 14時10分

26才の時転職しました。新しい会社には社員食堂があり、お昼と夜営業していました。食堂では一人の若い女性が働いていました。二十歳前後だったと思います。小さな女の子でいつもにこにこした笑顔で、社員とも快活に応対して、皆から可愛がられていました。食堂が閉められる夜8時ともなりますと、広い食堂も閑散としてきます。その夜はもう私以外誰もいなかったと思います。一人で夕食をしていた時、
小さな彼女が大きなやかんを抱えて私に近付いてきました。広い食堂の隅には大きなやかんが備えてあり、お茶を飲みたい社員は各自そこでセルフサービスで湯呑みにお茶を注ぐのです。彼女はそのやかんを抱えて私のところまで来たのです。そして私の湯呑みにゆっくりとお茶を注ぎました。彼女は何も言いませんでした。にこりともしていませんでした。私もびっくりして何も言えませんでした。彼女も私も目を合わせませんでした。彼女がお茶を注いでくれているとき、私はちらっと彼女の横顔を見ることができました。綺麗な横顔でした。お茶を注ぎ終えると彼女は、何も言わずに去りました。このことはしばらく私のトラウマになりました。僕はどうしたらよかったのだろう。どのように彼女に言葉をかけたらよかったのだろうと・・・。食堂ではその後もしばらく彼女を見かけていましたが、彼女には何の変わりもありません。いつものように他の社員らと楽しそうに笑顔で会話していました。僕は彼女との接し方が分からず、夜遅く閑散とした食堂に足を運ぶことはできなくなりました。当時は仕事のことで頭が一杯でした。気持ちの余裕はなかったのです。今当時を振り返って思い出すのは仕事のことではなく彼女のことです。幸せになっただろうか、もうお孫さんもいるのだろうか、などと・・・
白い布巾を頭にかぶって、白い作業着を着て働いていた彼女。やかんを抱えて去って行った小さな肩の小さな彼女。寄せ合うことのなかった小さな肩。

投稿: yoko | 2014年7月18日 (金) 22時35分

yoko様 一編の掌編小説を読んだような気持ちになりました。何にも言わないでチッラと見るだけで幸せになるような出会いが青春時代にはいくつかありますね。時々、あの時のあの人は今幸せに暮らしているだろうかと思いだします。言葉を交わさなくても印象が強く残っている人もあります。50年ぶりに偶然に出会った人が私には2人います。やっぱりじっと見つめるだけで言葉を交わすことなく行き過ぎました。人生は人との出会いだと思います。お蔭さまで今日も心豊かに過ごせます。明日はどんな人に出会えることでしょうか。楽しみです。

投稿: ハコベの花 | 2014年7月19日 (土) 13時25分

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