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大阪の人

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo



作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田 正、唄:三浦洸一

1 霧が流れる 御堂筋
  君待てど君は来ず 街は夜の化粧
  恋の梅田も 呼んでいるのに
  ああ辛かろうと泣かない 大阪の人

2 赤いネオンの 道頓堀に
  影を映して唄う いとし愛のワルツ
  聞けばまた湧く 逢いたいこころ
  ああ辛かろうと泣かない 大阪の人

3 花の難波(なんば)の スナップ・ショット
  君のかわいい姿 胸に抱いて今宵
  通天閣に ひとり登ろよ
  ああ辛かろうと泣かない 大阪の人


《蛇足》東京の人』の大ヒットを受け、同じ佐伯孝夫、吉田正、三浦洸一のチームで大阪ヴァージョンが作られました。昭和33(1958)3月に発売。『東京の人』には及びませんでしたが、まあまあのヒットとなりました。

 大阪の芸人たちが"大阪のオバチャン"の生態についておもしろおかしく語っているせいで、大阪の女性というとまずそのイメージが浮かんできて困ります。
 
大阪のオバチャンは、よくいえば率直で、本音でものをいい、親しみやすいのですが、悪くいえばがさつであつかましく、なれなれしいなどと語られています。加えて豹柄の服を着ている人が多く、いつもアメを持っていて誰にでもくれるともいわます。

 しかし、これはもちろん大阪の女性の一部、それも中年女性の一部に限られるでしょう。大阪にも、「雨に濡れた秋海棠の花のような」などと形容されるしっとりした佳人、麗人も少なくないはず。そんなイメージでこの歌を聴き、また歌うのがいいかもしれません。

(二木紘三) 

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コメント

♪「大阪の人」霧が流れる御堂筋・・・いい歌です。そして
大好きな曲です。昭和33年3月そうです。 二木さまのご説明の通りでございます。♪「東京の人」の大ヒットの後
大阪にもということで誕生した曲でした。いつもこの曲を小声で唄っていました。関西方面へ公演に三浦さんが来られるとオープニング曲は、この♪「大阪の人」からスタート
していました。SP盤も所有しています。もう55年も経って
しまいましたが、今でも時々口ずさんでいる曲です。
そういう私ももちろん大阪の人なんです。

投稿: odoriko | 2012年12月16日 (日) 23時49分

在職中には御堂筋に支店があった関係で良く行きました。梅田、淀屋橋、難波、道頓堀と懐かしい響きです。

投稿: 海道 | 2012年12月17日 (月) 07時29分

大阪の人―――わたしたちの年代で言えば、京まち子、有馬稲子、八千草薫でしょうか。京まち子は、ご存じ「羅生門」で国際的に認められて、近寄り難い存在でしたが、ネコちゃん(有馬稲子の愛称)の若い頃の顔立ちは、都会的な、明るい美貌で、恋人になって欲しい女優ナンバーワンでした。今では、テレビにも、スクリーンにも登場しなくなりましたが、いつか見たテレビでは、80歳を過ぎても、美貌の片りんはうかがえました。八千草薫は同じ美貌でも、ネコちゃんとは異なり、良家のお嬢さんという感じで、「こういう女性ならお嫁さんに欲しい」と思っていた男性諸氏は、多かったと思います。ですから、昭和32年に、彼女が20歳以上も年齢差のあった、監督の谷口千吉と結婚したときには、随分がっかりしたり、監督谷口をやっかむ御仁が多かったようです。
 とかく芸能界では、結婚してもすぐに別れるケースが多いのですが、わたしのお眼がね通り、彼女と監督との夫婦仲はよく、50年の金婚式まで仲睦まじかったとのことです。これはもちろん両者の相性がよかったことにもよりますが、偏に彼女の献身的努力によるものと愚考しております。なぜなら、それまで谷口監督は2度も離婚を経験しているのですから。
 良妻賢母型で、貞淑な妻というイメージの彼女が、かつてTBSのテレビドラマ「岸辺のアルバム」で、不貞を働く主婦を演じたときには、驚きもし、怖ろしくもなりました。平素は貞淑を画に描いたような妻が密会を重ねて、やがて家庭が崩壊していく、いう時代を先取りするようなドラマでしたから。
 今、彼女は81歳ですが、その容貌はまだまだ衰えず、、美しい年輪を重ねているように見えます。動作もまだ矍鑠として、これからの演技にも期待できそうです。

投稿: ひろし | 2012年12月18日 (火) 17時13分

「ほろほろと」を探していて久し振りにこの曲を聞きました。S33年4月、九州から出てきて大阪・箕面の寄宿舎に入ったのは15歳。夜は望郷の念で阪急電車の音に涙したものでしたが、”辛くても~~”に励まされたことを思い出します。2、3年前、カラオケで歌おうとしたら、この歌が入ってなくて少しがっかりしたことを覚えています。ありがとうございました。

投稿: 重城弘文(ムブン) | 2012年12月18日 (火) 17時32分

はじめまして、こんばんは。わたくしが生まれた年に出たという、「大阪の人」という曲を始めて聞かせていただきました。そして、記事にお書きになった「大阪のおばちゃん」の描写に噴出しました。浪速区で通天閣を見上げて育ったわたくしの母も祖母も、天王寺区で育ったわたくしも「大阪のおばちゃん」という範疇でくくられるのでは、と思い、コメントを書かせていただいております。わたくしは20代に結婚と同時に東京、札幌、名護、千葉と移り住んだので、あまり自分自身に「大阪のおばちゃん」という自覚がございません。母も祖母もすでになく、周囲に優れたお手本もございません。ですから、「大阪のおばちゃん」のイメージが薄れる日々を過ごしております。ただ、記事を拝読して、「ケツをまくる」という表現を久しぶりに思い出しました。普段は「大阪のおばちゃん」風に生きていなくても、いざ、という場合には、開き直り本性を露にし、とことんやりあうことを意味する表現かな、と思います。もしかしたら共通語かもしれませんが…わたくしも、「ケツをまくる」ことはできると思います。やっぱり「大阪のおばちゃん」の資格ありでしょうかしら…くすくす…お邪魔いたしました。向寒の頃から、くれぐれもご自愛くださいませ。失礼いたします。ほんならね。

投稿: 安原昌(やすはらまさ) | 2012年12月22日 (土) 00時40分

何度もお邪魔いたしまして申し訳ございません。先の方が有馬稲子さんについて書いておられましたものですから…有馬さんは亡き母の女学校の同級生でいらっしゃいました。当時から評判の美しさで、亡き母もよく男子学生からのラブレターをとりついだとのことでした。夕陽丘にあった女学校だそうです。失礼いたしました。

投稿: 安原昌 | 2012年12月22日 (土) 00時44分

この歌ははじめて聞きましたが、いい歌ですね。関西出身の私は素直にうれしくなりました。二木先生の大阪人の特徴にふれた解説に触発され、関連したコメントを書きます。
 直木賞作家の阿部牧郎さんが、昔、コラムに書いていた記事です。パーティの席などで東京の人は阿部さんに「先生、次回の作品のテーマは何ですか?」みたいなことを聞いてくるが、大阪の人は「先生、原稿料はどれくらい、もうてますんや?」の質問が多いそうです。私はそうだろうなあと苦笑する思いでした。
 もうひとつ、タレントのやしきたかじんさんのことばです。立ち食いうどん屋で七味とうがらしをたくさんふりかけていると、見ず知らずの隣のおじさんが「兄ちゃん、辛いのがすきなんやなあ」と横からちょっかいを出してくる。東京はまずそんなことはない。大阪は大きな田舎であって、東京のような都会ではない。これも感心したことばです。
 下品にみえても本音でやりとりする大阪の気質、私はやっぱり好きですね。関西に育った者でないとわかりにくいと思いますが。
 私は今、ベトナムに住んでいますが、ベトナムの人も、私が新しい服をきていると「どこで買ったの?いくらで買ったの?」また年金生活者であることを告げるとみんな「1か月にいくらもらっているの?」と聞いてきます。大阪の人に似ています。(そういう場合、かくさず正直に答えるのが正解のようです)

投稿: 越村 南 | 2012年12月27日 (木) 22時08分

♪「大阪の人」の歌のイントロが何とも言えずいつも繰り返し繰り返し聴いています。あれはいつだったか多分三浦さんが35周年記念パーティーの頃、作家の難波利三氏との対談で「大阪の人の歌の中に3番に花の難波のスナップショット」という歌詞のところが流れてくるとなんだか自分のようで・・・といわれていたのが印象に残っています。
あの頃の歌は、イントロ重視という時代だったのでしょう

投稿: odoriko | 2013年1月10日 (木) 10時30分

久しぶりに投稿します。
私はカバーしたマヒナスターズの歌で覚えました。
三浦洸一は東京の人を「しのび泣く、恋に泣く」と歌い、大阪の人を「辛かろと泣かない」と歌いました。
東京の人(女)と大阪の人(女)との違いはこんなところにあるのかなと九州の田舎で思っていました。
いい歌なのにカラオケにもなくて、ほんとに懐かしい歌を聞かせていただきました。

投稿: 周坊 | 2013年1月21日 (月) 21時35分

odorikoさん
私もこの歌が大好きです、残念ながら東京の人に隠れてしまってあまり表に出てこなかったですね。曲が欲しくて結局三浦洸一さんの事務所でテープに録音してもらったのですが擦り切れてしまいました。当時のイントロはバイオリンであったと思います。もしお持ちなら是非聞かせてもらえませんか。私は神戸です。67歳  昔の流行歌が死ぬほど好きです。

投稿: ビールの泡 | 2013年2月 5日 (火) 21時42分

ビールの泡 さま

♪「大阪の人」の音源の件について

SP盤と同時発売のEP盤は昭和33年3月発売です。
10インチLPにもLV-14の中に収録されていますがいずれも
モノラル録音です。今、レコードをビクターオーケストラ
となっていて改めて聴いてみるとピアノとか色々な楽器演奏のようです。
そしてステレオEP盤が昭和53年に発売で
これには、イントロがバイオリンのようです。この時には
ビクターニューオーケストラとなっています。
そして、5年前に平成19年12月27日に待望の2枚組CDと
なって♪「大阪の人」が発売になりました。のでどうぞ
お買い求め下さい。このCDもモノラル録音です。
それと昨年8月22日に4枚CDーBOXの中にも♪「大阪の人」が収録されています。

投稿: odoriko | 2013年2月 6日 (水) 21時27分

odoriko 様

ありがとうございます、早速探してみます。
 あの頃<昭和20~30年代.>の流行歌を聴いていると
  気持ちがホットします。三浦洸一、青木光一
 ---皆、歌が上手かったと思います。
あの頃活躍した人達の訃報を聞くと寂しくなります
 せめて好きな歌でも手元に置いておきたくてーーー
     頑張ります。

投稿: ビールの泡 | 2013年2月 6日 (水) 23時24分

《蛇足》に「東京の人の大ヒットを受け、同じ佐伯孝夫、吉田正、三浦洸一のチームで大阪ヴァージョン」とありますが、特に「ああ辛かろうと泣かない大阪の人」のクダリには吉田メロディの特徴・真骨頂がよく表れているのではないかと“独断”しています。
以前、大阪ジャンジャン横丁は金が無くても飲み食いできるという噂を確かめる企画で、噺家(桂小枝)が実際にジャンジャン横丁150mを端から端まで通り抜ける際に次々に居酒屋や食堂のオッチャンから声をかけられ、横丁を出外れる頃には一銭も使わずに満腹でベロンベロンになっていたという、在阪民放の人気番組を見たことがありますが、県民性(都道府県民性)は確かにあります(大阪のオバチャン、オッチャン、笑いを取ることに生きがい、食い倒れ、東京への対抗意識…)。

投稿: 焼酎百代 | 2015年1月25日 (日) 21時34分

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