« 夕焼け小焼け | トップページ | 初恋(島崎藤村) »

新宿ブルース

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo



作詞:滝口暉子、作曲:和田香苗、唄:扇ひろ子

1 恋に切なく 降る雨も
  ひとりぼっちにゃ つれないの
  夜の新宿 こぼれ花
  涙かんでも 泣きはせぬ

2 あんな男と 思っても
  忘れることが できないの
  惚れてみたって 夜の花
  添える訳では ないものを

        (間奏)

3 西を向いても だめだから
  東を向いて みただけよ
  どうせ儚い なみだ花
  夢に流れて ゆくだけね

4 こんな私に うまいこと
  云って泣かせる 憎いひと
  追ってみたって はぐれ花
  恨むことさえ あきらめた

        (間奏)

5 生きて行くのは 私だけ
  死んで行くのも 私だけ
  夜の新宿 ながれ花
  いつか一度を 待ちましょう

  いつか一度を 待ちましょう


《蛇足》 昭和38(1963)デビュー以来伸び悩んでいた扇ひろ子が、昭和42年(1967)に放った大ヒット曲。
 昭和40年代前半は任侠映画の全盛期。この1曲でスターダムに昇った扇ひろ子は日活の任侠映画に主演、女侠役として
東映の藤純子(現:富司純子)、大映の江波杏子と並び称されました。

 『新宿ブルース』は、演歌のなかでも陰、負(マイナス)、引きの情念を歌う系列に属し、怨歌とか怨み節と呼ばれることもあります。同年代のヒット曲でいうと、西田佐知子の『東京ブルース』、美空ひばりの『悲しい酒』、藤圭子の『新宿の女』、北原ミレイの『ざんげの値打ちもない』なども同タイプの演歌です。

  陰、負、引きの情念をテーマとする歌が大衆歌謡の主要なストリームをなしているのは、日本と韓国ぐらいではないでしょうか。歴史をたどれば、欧米にも『暗い日曜日』や『朝日のあたる家』なんて歌もありますが、これはまあ例外でしょう。

 ところで、私が成人するまでの時間を送った昭和20年代、30年代は、多くの日本人がアメリカおよびアメリカ人に対して抜きがたいコンプレックスを抱いていた時代でした。
 自信にあふれ、社交的で率直、好んでジョークを口にする明朗闊達な人たち、というのが多くの日本人が描いていたアメリカ人像でした。ひと言でいえば、陽、正(プラス)、押しのイメージです。

 昭和40年代だったかと思いますが、新聞で次のような記事を読んだ記憶があります。それは「失恋した場合、立ち直るまでにどのくらい時間がかかるか」について日米の青年にアンケートした結果でした。

 それを読んで私は彼我のあまりの違いに唖然としました。アメリカ人は「数日」が大多数で、なかには「まったく時間がかからない」という答えも相当数ありました。いっぽう、日本人は「数か月~数年」が大多数で、「数十年」とか「一生」という人もかなりいました。
 私は、なるほどアメリカ人は過去にとらわれないプラス思考の人たちなんだと思ういっぽうで、彼らの精神構造はどうなっているんだと疑問に思いました。

 その後、いろいろなものを読んだり、人の話を聞いたりしているうちに、このアンケートから感じられるようなアメリカ人像は皮相で一面的であることを知りました。人前では明るく楽しそうに振る舞い、フランクで強そうな言動をしていても、心の中では不安や悩みを抱え、自信がなく、苦しんでいる人が少なくないというのです。

 しかし、開拓の歴史の過程で形成されてきた陽、正、押しを善とする価値観が社会的圧力となって、心の中の陰、負、引きの情念を表出することを抑制させます。表だって苦しみ、嘆き、泣くことがしにくいため、心の中に澱(おり)のようなものが増え続け、その結果、心を病む人が出てきます。

 キリスト教社会では、心の中にたまった澱を吐き出す手段として告解(こっかい)が利用されてきました。告解は懺悔ともいい、一定期間ごとに、あるいは心の中の澱を吐き出したくなったとき、司祭に聞いてもらい、神の許しを請う宗教的行為です。教派によって告解の名称ややり方は異なりますが、基本は同じです。

 しかし、告解で告白するのは基本的には宗教上・倫理上の罪だけです。しかもかつてに比べると形式的行為の色彩が濃くなっており、本音はなかなか吐露しにくいようです。

 アメリカでは、心に問題を抱える人は告解師より精神科医を頼るといわれています。
 日本など多くの国では、鬱病や統合失調症、依存症など、心の問題が病的レベルに達しなけれ精神科には行きません。いっぽうアメリカでは、あるレベル以上の社会階層に属する人たちはかかりつけの精神科医がいるのが普通で、定期的に通って心中の問題点を聞いてもらい、セラピーを受けるそうです。
 心の中の澱を少しずつ吐き出すことにより、精神の安定を保とうとするわけですね。

 この問題を長々と書いてきたのは、多くの日本人が怨歌を好むのは、これを聞いたり歌ったりすることで心の中の澱が吐き出せるからではないか、と考えたからです。
 怨歌の大半は失恋歌であり、失恋以外の心の傷
を直接癒やせるわけではありませんが、陰、負、引きの情念を切々と表現する歌詞やメロディに自分の辛さや切なさ、悲しみを仮託することはできます。
 セラピストやカウンセラーのように具体的な対処法を教えてくれるわけではありませんが、
怨歌を聞いたり歌ったりしていると、歌の中の人が「私はこんなに辛いんだけど、あなたも悲しいんだね」と共感してくれているように感じられるのでしょう。

 抱えている問題の種類や程度によっては、「こうすれば」とか「こう考えれば」といったアドバイスより、ともに悲しんだり嘆いたりしてくれる共感のほうが癒やしの効果が高い場合があります。

 若いころ、怨歌のみじめったらしさがいやだとか、クラシック以外は受けつけないといっていたのに、ある年齢に達したら怨歌が快く感じられるようになったという人がよくいます。
 また、長く外国暮らしをしていると、演歌もしくは怨歌がたまらなく聞きたくなるという話もよく耳にします。
 
ご飯、味噌汁、梅干しが日本人の体質に合うのと同じように、怨歌は日本人の心情にマッチし、心の傷や疲れを癒やしてくれるのではないでしょうか。

 現在では、ほとんどの若い人は演歌もしくは怨歌を聞かないし、歌いません。それでは陰、負、引きの情念をどのように発散させているのだろうかと考えてみたら、『卒業』など尾崎豊の作品や一連の"励ましソング"がありました。歌詞は散文、メロディはリズミックな洋音階ですが、若い人たちはこちらのほうが共感を覚えるのでしょう。

(二木紘三) 

|

« 夕焼け小焼け | トップページ | 初恋(島崎藤村) »

コメント

演歌(怨歌)の効用―――二木様は「怨歌には癒しの効果がある」のではないか、と自説を述べられています。確かに、わたしたち世代は、落ち込んだり、失恋したり、悲しい別れのときなど、演歌(とくに怨歌)を唄ったり、聞いたりしていることが多いように思います。無意識のうちに、演歌に「共感」し、「癒し」を求めているのかも知れませんね。小難しく言えば、負の情念を昇華して、精神の安定を得ようとしている心理的作用とでも言いましょうか。

 こうみてくると、演歌(怨歌)と日本人の負の情念とは分かちがたく結びついている、と言えるわけですが、二木様も解説の最後で触れておいでのように、今の若い世代は、大方が演歌嫌いです。とくに怨歌は「みじめったらしい」とか、「貧乏ったらしい」とか、と毛嫌いされています。また、若い時代にロックやポップスに馴染んだ世代が、中高年になるにつれ演歌愛好家に変身することも、まずありえないでしょう。とすると、演歌(怨歌)は、後2,30年で消え去る運命になるのでしょうか。それとも他の音楽ジャンルの力を得て、新しい形の演歌(怨歌)に生まれ変わり、そのDNAだけは存続するのでしょうか。

 

投稿: ひろし | 2013年1月25日 (金) 14時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 夕焼け小焼け | トップページ | 初恋(島崎藤村) »