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サビタの花

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:大倉芳郎、作曲:原 六朗、唄:伊藤久男

1 からまつ林 遠い道
  雲の行くえを 見つめてる
  サビタの花よ 白い花
  誰を待つのか メノコの胸に
  ほのかに咲いた サビタの花よ

2 いとしの君は ほろほろと
  楡(にれ)の並木を どこへ行く
  花かげ白く 月の宵
  待てどはかない メノコの恋は
  悲しく咲いた サビタの花よ

《蛇足》 昭和30年(1955)リリース。その端正で清潔な曲調から、NHKラジオ歌謡と思われていますが、一般歌謡です。

 歌ったのは、大声量と正統的な歌い方でファンの多かった伊藤久男。アイヌ娘の悲恋を抒情的に歌った名曲ですが、彼の持ち歌『あざみの歌』や『山のけむり』に比べて、あまり歌われなくなったのは少々残念です。

 サビタ(上の写真)はユキノシタ科アジサイ属の落葉潅木。和名のノリウツギ(糊空木)は、樹皮にある粘液から作った糊を和紙の原料のコウゾに混ぜて使ったところから。
 山野に自生し、7月から8月にかけて白い
可憐な花をつけます。

 サビタはアイヌ語由来とされています。北海道立衛生研究所編『アイヌ民族の有用植物』によると、アイヌ名はサビタ・ラスパで、ラスパは槍の柄と穂先をつなぐ継ぎ手を指すそうですが、サビタの語源は不明とのことです。

 北海道では、ノリウツギよりサビタと呼ぶのが一般的なようです。ベストセラーになった『挽歌』をはじめ、北海道を舞台とする作品の多い原田康子に『サビタの記憶』があったことを思い出しました。

(二木紘三)

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コメント

名曲を有難うございます。
サロマ湖の歌、オロチョンの火祭りと並んでアイヌにからんだロマンを感じます。

投稿: 海道 | 2013年6月 8日 (土) 16時44分

 この歌はアイヌ娘の悲恋を歌っているのですね。和人との恋でしょうか。それともセトナとマニペのように身分の違う二人の恋でしょうか。歌詞からは何となく前者のような印象を受けます。
 北海道を想う時、必ず連想するのがアイヌ語由来のエキゾチックな地名です。アイヌ民族は、日本政府が国際人権規約に基づいて国連に報告している唯一の少数民族です。外見的特徴を言えば二重まぶたと彫りの深い顔、低めの身長などですが、実は琉球系の人たちの特徴と似ています。実際に最近の分子遺伝学的な解析により、アイヌ系と琉球系は民族的に近く、更に日本人の古いルーツである縄文人とも近いことがわかって来ました。現在の日本人(本土人)は、後に渡来し稲作を伝えたいわゆる弥生人との混血が進んでいる分だけ、アイヌ系や琉球系の人たちと遺伝的に遠くなっています。弥生人の特徴は一重まぶたと高めの身長で、私などは縄文系だなと思ったりしています。
 『黒い瞳の』にもコメントされているように、人はエキゾチックな外見に惹かれてか、しばしば他の民族の娘や若者との恋に落ちます。しかし文化的にも社会的にも隔たった二人の恋は、悲恋に終わるのでしょう。

投稿: Yoshi | 2013年6月 8日 (土) 21時35分

「からまつ林遠い空 雲の行方を見つめてた サビタの花よ」から後が何十年もわからず探していました。誰に聞いても知らないという返事でした。ラジオ歌謡だったらもっと歌われて居たかも知れませんね。少し残念なのはこの歌が伊藤久男の声と合わない様に思われるのですが、いかがでしょうか。『挽歌』高校生の時ベストセラーでした。「コキュ」という聞きなれない言葉が流行りました。新しい小説が生まれたと思いました。懐かしいです。

投稿: ハコベの花 | 2013年6月 8日 (土) 21時55分

文字列「サビタの花」を見て「錆びたナイフ」の形容詞と縁ありかと錯覚しました。「侘・寂」のサビと通じるような気がしたからです。曲も題名も知らず、無知丸出しですね。

サビタがノリウツギと知り、異言語の世界に惹かれます。
我が村に真っ白やピンクっぽい15~25㎝ものボールの大群が7月頃から咲き始めます。文政12年に出島を追い払われたジーボルトが綺麗な白いホルテンシアと移入紹介して以来、Hydrangea paniculata通りの円錐花序や様々タイプが開発され、世界中で人気を博しています。けれども、それら園芸種ノリウツギは、曲も詩も清楚な「サビタの花」から遠く華美になり過ぎているような気がします。

逆に、オリジナル歌手の歌いぶりを聴いてみようと思います。決して口ずさめませんが、詩付き曲も時に素晴らしい、と楽しみです。

投稿: minatoya | 2013年6月11日 (火) 03時28分

伊藤久男の声と合わないとのコメント同感です。高原の旅愁、あざみの歌、山のけむりなどの叙情歌をイヨマンテ風に歌ったが、サビタの花は音大出の若い声楽家の歌い方ですね。我々の耳に残っているのですから、それなりにヒットしたのでしょうが紅白には出ていませんですね。

投稿: 海道 | 2013年8月 4日 (日) 09時51分

 初めて聞く曲でした。
サビタ、なんとも不可思議な音の響きです。
錆びたピストル(石川啄木)、錆びたナイフ(石原裕次郎)、ノビタ(どらえもん)と連想していきどまりました。
サビタという音の不思議な響きと北海道の冷涼としたイメージでもっている歌ではないでしょうか。
サビタの花をパソコン検索してみたら、九州からこの花を見にきた人が、「なんだノリウツギじゃないか」とコメントしていました。家の近くにいやというほどあるそうです。
ところ変われば品変わるです。
詐欺とは言いますまい。
詩歌の世界とはそういうものでしょうね。
しかし、花の歌は、やはり女性に歌ってほしいなと思います。

投稿: 浮舟 | 2013年8月 4日 (日) 15時24分

秋の空を見ていると気持ちが清々しくなってきます。今日の空は澄んでいて白い雲が美しく、この歌が口をついて出てきました。遠い空と覚えていたのですが、遠い道だったのですね。女性が歌っていないかと探してみました。ユーチューブに「なずなよなずな」という人が歌っているものがありました。やはり男性が歌っているものよりこの歌が美しく感じられます。優しい白い花が目に浮かびます。美しく白い肌が輝いていた上級生を思い出しました。出会った時、にこっと笑顔で挨拶されると同性でも身が震えました。白い花のような人でした。遠い人ですね。

投稿: ハコベの花 | 2016年10月16日 (日) 23時52分

世界中にはどのくらいの花があるのでしょうか。季節ごとに咲く花々はどれほど沢山の人を慰めてくれることか、地球の自然はやっぱり美しいと思います。
そろそろサビタの花が咲く頃でしょうか。遠い人を思い涙を浮かべる少女の瞳を思います。初恋の歌の何と清らかな事か。この歌をラジオで聴いたころの自分に戻ってみたくなりました。憧れだった白い花のような春木お姉さまお元気でしょうか。いつかお会いしたいと思っています。

投稿: ハコベの花 | 2018年6月 8日 (金) 13時50分

 蛇足から思い出しました。娘時代、『挽歌』を読んで強烈な読後感がありました。そして初めて知った単語がありました。「コキュ」です。当時辞書を引きました。主人公の名前は忘れましたが、建築家の桂木の名前は覚えていますね。イメージに合った名前だったので今も思い出すことができました。この曲は『挽歌』を彷彿させますね。

投稿: konoha | 2018年6月 8日 (金) 14時45分

『挽歌』私の高校時代ベストセラーになりました。このプログの伊藤久男のどれかの歌に書いた記憶があります。今で言えば「不倫」ですね。どこかの出版社が高額の金額で感想文を募集していました。「コキュ」という言葉流行りましたね。でも、「コキュ」がそんなに嫌な言葉に聞こえませんでした。私たちが中年の男性に惹かれない年齢だったせいでしょうか。初恋の清らかな恋に憧れていたからでしょうね。この歌を聴くだけで涙ぐんでいたのですから。もう一度戻りたい年齢です。

投稿: ハコベの花 | 2018年6月 8日 (金) 15時51分

北海道は、3回ほど行きましたが、その内 2回は千歳からレンタカーで走りました。1回目は 支笏湖~室蘭港を見渡せる太平洋沿いに走りコロトポタンに寄り、アイヌの生活ぶりを見学したりして、その日は登別温泉に宿泊、中山峠の雪の壁の中を走り札幌に下りてきましたが、GW直後で どこもかしこも ガラ空きで寂し~い旅でした。
旅は、やはり多少の混雑と人混みがないと、面白くないことを実感した最初の旅でした。

北海道を舞台にした曲では、どちらかといえば「黒百合の歌」のような、激しい愛をぶっつけたような曲より、「サビタの花」「サロマ湖の歌」のように擬人化した静かな愛の曲のほうが 私は好きです。

投稿: あこがれ | 2018年6月 8日 (金) 16時26分

儚く美しい詩ですね。
[ からまつ林 遠い道
  雲の行くえを 見つめてる
  サビタの花よ 白い花]
ノリウツギを初めて知ったのは50歳前後でした。
蔵王温泉に近いグランドの傍らに群生しており目を見張ったものです。からまつ林の小道に愛犬を放った日々。この詩と同じ光景が浮かんでは消え涙が込み上げました。ハコベ様の乙女の純情とは比べくもないが老いを知らなかったあの日に帰りたいと思うにつけ涙があふれ出るのです。

歌い手と曲想の違和感は子供心にも感じていました。
「挽歌」は青春のバイブル的書で避けては通れない存在でした。

投稿: りんご | 2018年6月 8日 (金) 17時56分

 メノコの意味がわからなくて、調べたらアイヌ語で「女性」でした。この歌詞の中なら「娘」でしょう。
和人の男とアイヌの娘との実らぬ恋のようです。
少数民族への恋慕の思いは、本気になったとたんに、多数民族のしがらみや圧力につぶされるということでしょうか。
いやいや、他人や周りのせいにしてはいけません。しょせんはおのれの恋の一念が本物でなかっただけです。

 少数民族に心惹かれたり、エキゾチックなものにあこがれる心理は、私だけではなく、多くの人にあると思います。しかし、海外旅行をしてエキゾチシズムや、少数民族に惹かれても、けっしてそこに住みたいとは思わない。自分が長年住み慣れた世界を一歩たりとも出たくはない。まるで日本はいい国だと確認するために海外に出て行くようなものです。
まあ長い人生ですから、前を見て歩くだけでは退屈になる。そこで、きょろきょろよそ見をする。その退屈しのぎのよそ見が、エキゾシズム、少数民族への関心であるように思います。どこか浅いものを感じます。退屈しのぎですからそれで良いのですが・・

投稿: 越村 南 | 2018年6月 9日 (土) 00時33分

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