« 明日は明日の風が吹く | トップページ | 千登勢橋 »

南の薔薇

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:野村俊夫、作曲:米山正夫、唄:近江俊郎

1 南のバラ そよ風に
  ほほ笑む 君の姿
  胸に抱き 接吻(くちづ)ける
  花よ バラの花
  麗しの 月の宵
  ともに 盃あげ
  君よ歌え 恋の歌を
  なやましこの胸 燃えたつ恋
  南の国 スペインの
  君はやさしの 薔薇

2 南のバラ あこがれの
  君こそ 花の女王(クイーン)
  夢の間(ま)も 忘られぬ
  花よ バラの花
  麗しの 月の宵
  ともに 盃あげ
  君よ歌え 恋の歌を
  なやましこの胸 燃えたつ恋
  南の国 スペインの
  君はやさしの 薔薇

《蛇足》 ラテンのリズムに乗せた軽快にして官能的なメロディで、昭和23年(1948)にコロムビアから発売。
 大ヒットしたので、2年後の昭和25年
(1950)に大映で映画化されました。歌と同じタイトルで、水戸光子と近江俊郎主演による恋愛映画。

 薔薇といえば、「おお、薔薇(そうび)、汝病めり!」(佐藤春夫『田園の憂鬱』)や、「薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク ナニゴトノ不思議ナケレド」(北原白秋『白金之独楽(はっきんのこま)』)がまず思い出されます。
「おお、薔薇(そうび)、汝病めり!」は、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの"The Sick Rose"からの引用。

 外国では、バラの品種名にもなっている16世紀フランスの詩人ピエール・ドゥ・ロンサールの

恋人よ、見にゆかん、
花薔薇
(はなそうび)、けさ紅(あけ)
陽に解けし その衣、
くれないの 重なりも、
きみに似し頬のいろも、
失せたりな、今宵いま
(井上究一郎訳)

 が頭に浮かびます。
 あとはバラのとげに刺された傷が原因で死んだとされるオーストリアの詩人・作家、ライナー・マリア・リルケの『薔薇に寄せて』など。リルケの墓碑には"Rose, oh reiner Widerspruch,Lust. Niemandes Schlaf zu sein unter soviel Lidern."という詩片が刻まれています。

 花好きには、バラやダリアなど豪華にして華麗な栽培種を好む人と、リンドウやスズランなどの可憐で慎ましやかな野生種に惹かれる人の2タイプがあるようです。もちろん、どちらも好きという人も多いでしょうが。
 私はといえば、まあ、そのときどきの気分によって違いますね。

(二木紘三)

|

« 明日は明日の風が吹く | トップページ | 千登勢橋 »

コメント

薔薇その物を歌ったのか彼女を薔薇に託した歌なのか、いずれにしても情熱が伝わってきます。薔薇の色は深紅なんでしょうね。最近はこの種の意味が深い歌を聞かないが、作詞家がいなくなったのか時代が変わったのか両方なんでしょうね。

投稿: 海道 | 2013年10月 6日 (日) 15時59分

 この曲ははじめて聴きました。昭和23年なら、さぞかし、エキゾチックにしてモダンな歌だったのでしょう。私は24年生まれですが、ダンスホールの風景などは想像できます。

 バラの花でも、真紅のバラには独特のふんいきがあります。「百万本のバラ」を時々ロシアの歌手で聞きますが、やっぱり真紅のバラ を思い浮かべます。カルメンも白いバラや黄色いバラをくわえて踊ったのでは、キマらないでしょう。

 バラの花にはとげがあるといいますが、まさに女性のイメージです。(気を許せない、信用できないしたたかさをもっているという意味です。よくいえば現実的、実用的ですが・・)

 「酒とバラの日々」というジャック レモン主演の映画がありました。あのバラという意味が、いまだにわからないのですが、映画の筋は、アル中の夫を更正させるため、自ら夫と一緒に酒を飲み、ついに妻がより重症のアル中になってしまうという話です。夫は断酒に成功したのに・・。妻が、ミイラ取りがミイラになってしまったといえばそれまでの話ですが、人を立ち直らせるためには、<共感する>という危ないプロセスを経なければならないという話です。説教なんかで人は変わらないという話でもあります。

投稿: 方解石 | 2013年10月 6日 (日) 17時01分

 豊中市の花はバラで木は金木犀、象徴されるバラは「ピース」で昨年豊中バラの会の方から一枝いただき挿し木にして約50cmになったので、現在盆栽風にとアルミ線を巻き模様木樹形に育てています。
 「南の薔薇」は好きな歌ですがよくあるパターンで映画になったとは知りませんでした。
 懐メロでは他に矢野亮作詞・吉田屋健治作曲・松島詩子歌「スペインの恋歌」はイントロ~歌~インタールド~歌~の流れがその昔ナイトクラブのステージでフラメンコをバックに歌う・・・そんな短いドラマがおぼろげに浮かんできます。
男の癖にカラオケでよく歌うのは女性のどなたかに歌って貰いたい、そんな思いで・・・
      「トゲ無きバラ無く ライバル無き恋愛無し」 誰のことばでしたか?

投稿: 尾谷光紀 | 2013年10月 8日 (火) 15時52分

外国人です、日本語を勉強ためここにきたんです。よろしくお願いします。

投稿: 張 佳 | 2013年10月10日 (木) 23時03分

張 佳さん
がんばってね。日本語むつかしくないよ。

投稿: 浮舟 | 2013年10月10日 (木) 23時33分

謝謝浮舟姐姐。
對張桂支援的言詞謝謝。
中國人和日本人是朋友。
日本必須興中國朝鮮半島遠東三國和東南亜地饇?地区
一起活。
我存全世界尊敬著一號周恩来。

浮舟様

私の即席中国語翻訳もここまでです。
浮舟様のコメントはいつも読んでますよ。
張桂君に対する応援の言葉に私もコメントしたくなりました。
私の尊敬する周恩来首相は19歳の時に来日しています。
張桂君、上の中国語、理解できますか?
中日、韓日の間は「波高し」の状況ですが、日本語を学び、中日の懸け橋となってください。

投稿: 高原 勉 | 2013年10月11日 (金) 19時55分

上の中国語、理解できます。ありがとうございます。日本語、頑張ります

投稿: 張 佳 | 2013年10月11日 (金) 20時36分

見事な色と大輪の薔薇に見とれ立ち止まることがしばしばあります。薔薇にかけてきた欧州人の凄まじい情熱に圧倒されるのです。ルーズベルト(Roosevelt)はバラ栽培園の蘭語彙で、その由来は中世、あるいはもっと古いでしょう。

薔薇に関わる物語/詩篇は数あれど、親族同士で大量の血を流す15世紀後半イングランド薔薇戦争はその象徴性に於いて圧倒的と思います。当時すでにかなりの紅白品種が生まれていたようです。

深紅のバラ花紋はランカスター家、純白はヨーク家。おぞましい夢にさいなまれるリチャード3世と薔薇の棘とをシェイクスピアーが重ねたのかどうかトンと分かりませんが、30年戦いを象徴するのは、やはり薔薇でなくてはならない。初めて知る`南の薔薇`を初めて聞きながら、スコットランドのバラ逸話と全く異なイングランドのバラ物語を反芻しています。

投稿: minatoya | 2013年10月12日 (土) 10時05分

「南の薔薇」は過去のヒットソング。近江俊郎の代表的作品ですのになぜ消えたのか…不思議に思っていました。カラオケにもありませんでしたから長い間アカペラでしか歌えませんでした。

さすが二木さん!!!
拍手

投稿: 内田 | 2013年10月25日 (金) 19時55分

忘れかけていた唄です。懐かしさも一入。「湯の町エレジー」「悲しき竹笛」「山小舎の灯」等に搔き消されてしまって消えたようになっているのでしょう。

投稿: 槃特の呟き | 2013年10月26日 (土) 00時20分

高原勉様
 
そうですか、周恩来、私も好きな人物です。
学生時代、伝記を読み「革命のためになら娼婦にもなる」という彼の言葉に感動しました。
しかし、その屈辱、忍耐の姿勢は敵に対してだけではなかった。毛沢東に対してもそうであった。
文化大革命から周恩来の死までの時期、彼の歩んだ茨の道のりを知ってからは、尊敬のレベルをこえて、共産主義国家で政治家でありつづけることの厳しさを知り、粛然としました。「周恩来秘録」(高文謙著:文春文庫)を読んだからです。張佳さんも日本語になれたらぜひご一読を。お国では読めない本です。

投稿: 浮舟 | 2013年10月26日 (土) 09時03分

謝謝浮舟姐姐
お久しぶりでございます。

私がいつも行きますクラブ(ホステスは皆、中国出身)で
馴染みのホステスにこの件を話したところ、私は文面の語調から男性と判断し、「張佳君」と書きましたが、「張佳」は女性にもよくある名で、友人にもいる、と指摘されました。
(そのホステスも偶然、「張」さんです。)
浮舟姐姐も、周恩来を評価してくださって嬉しいです。
当時のアメリカの、キッシンジャー国務長官も、「今までに自分が会った政治家の中で最高の人物」と評価してました。

私は、若い頃、報道写真家を目指していましたが(ベトナム戦争当時)、世界中の報道写真の中で好きな物が2つあります。
そのひとつが「キューバ危機」の時、大統領執務室のテーブルの上の世界地図を見つめ苦悩する「ケネディ大統領の後ろ姿」を写したものです。世界最高の軍事力を持ったアメリカの、軍の最高指揮官として、「第3次大戦=世界の破滅」を覚悟するか否かで苦悩する大統領の孤独な内面が、その後ろ姿からにじみ出ていました。
もう1枚が、日中国交回復時(1972年)の周恩来首相と田中角栄首相が、同じテーブルで食事をしてるものです。
周恩来が盛り皿から、箸で、臨席の田中角栄の取り皿に、料理を分けている写真です。
当時、中国は人口8億ぐらいだったと思いますが、その大国の国務院総理が、自ら箸をとって賓客を接待する、同じ「箸文化」の国ですから、それがいかに相手を大切に扱っているかの
証明となります。そしてそれを自然にするのが「周恩来」という人物のすごさなのです。「革命のためなら娼婦にもなる」という浮舟姐姐の言葉も納得できます。
今の、中日、韓日の間の不幸は、そのどの国にも、周恩来のような人物のいないことです。
張佳君?-さん?には是非そうなってほしいと思い、浮舟姐姐のコメントに追加させてもらいました。
二木先生、また「歌」に関してのコメントからはずれてしまい
申し訳ありません。けれど、このサイトを中国から来日した人まで見ていてくれるというのは嬉しいことですし、「歌の持つ力」の証明でもあります。
私の親しいホステスも「里の秋」は中国でもよく唄われるといいます。中日それぞれの言葉でこの歌合唱します。

投稿: 高原 勉 | 2013年10月26日 (土) 17時21分

あけましておめでとうございます!
皆様に伺いたいことがありますが、よくお世話になった六十代の男性の上司に誕生日のプレゼントを送りたいですが、何にすればいいですか?私は中国人で、男の子です。日本の風習があまり分からないので、どうぞ よろしく お願いします。

投稿: 張 佳 | 2014年1月 6日 (月) 19時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 明日は明日の風が吹く | トップページ | 千登勢橋 »