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東京の人よさようなら

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:石本美由起、作曲:竹岡信幸、唄:島倉千代子

1 海は夕焼け 港は小焼け
  涙まじりの 汽笛がひびく
  アンコ椿の 恋の花
  風も吹かぬに 泣いてちる
  東京の人よ さようなら

2 君の情けに 咲く花ならば
  君と別れりゃ 涙の花よ
  島のアンコの 黒髪を
  忘れないでね また来てね
  東京の人よ さようなら

3 岬廻って 消えゆく船を
  泣いて見送る 日暮れの波止場
  アンコ椿の 花びらに
  にじむ狭霧よ かなしみよ
  東京の人よ さようなら

《蛇足》 昭和31年(1956)に日本コロムビアから発売。大ヒットしたので、同じタイトルで映画化されました。
 伊豆大島のアンコと東京から静養に来た学生の歌謡
悲恋ドラマ。島倉千代子初の主演作品で、相手役は山田真二でした。

 一番の歌詞にアンコ椿という歌詞が出てくること、その後に都はるみの『アンコ椿は恋の花』が大ヒットしたこともあって、「アンコ椿とは何か」がひとしきり話題になりました。
 椿の種類の1つだという人もいましたが、アンコは大島独特の作業衣を着た女性のことで、それに島名産の椿をくっつけただけのことです。
 アンコは目上の女性に対する敬称「姉っこ」が変化したものといわれますが、今では、おもに伊豆大島椿まつりなどの
観光行事で活動する若い女性を指すようになっています。

 椿は日本原産の常緑樹で、学名にもCamellia japonicaと「日本」が入っています。カメリアは、フィリピンからヨーロッパにこの花の種を伝えたイエズス会の修道士ゲオルク・ヨーゼフ・カメルから。
 ヨーロッパにこの種が伝わらなかったら、アレクサンドル・デュマ・フィスの名作『椿姫
(La Dame aux camelias)』も生まれなかったかもしれません。

 島倉千代子については多言を要しません。敗戦後の10数年間にデビューした女性歌手のなかでは、美空ひばりと並んで双璧。戦後昭和の大衆文化を体現したという意味では美空ひばりに一歩譲るものの、歌のうまさや独特の味わい、ヒット曲の多さでは引けを取りません。

 平成25年(2013)11月8日、75歳で没。"昭和"がまた1つ消えました。

(二木紘三)

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コメント

この2、3日心の中でずっと泣いています。島倉千代子さんの訃報に接し、自分が彼女のファンであることを知りました。彼女の歌声が心の奥底で聞こえます。
戦後生まれの私の少年記憶は「街頭テレビ」と「笛吹童子」と彼女の「この世の花」の歌声から始まっています。
私が初めて女性を感じた人は島倉さんでした。清楚で清潔で鈴やかな歌声は今も変わりませんが、若いころはより硬質な突き抜けるような純な声でした。今でも「からたち日記」を聞くと心がときめきます。「恋しているんだもん」も「星空に両手を」「ほんきかしら」「愛のさざなみ」もその時々の私の心に沁み込んでいます。「人生いろいろ」は明るく生きる応援歌でした。最後まで可憐な歌声と明るい笑顔を絶やしませんでしたね。見事な歌手人生でした。
「からたちの小径」は絶品ですね。人生の最後に最高の歌を歌うことが出来た島倉さんは、神様からも大きな贈り物をいただいたのかなと思っています。

投稿: ゆでたまご | 2013年11月15日 (金) 14時03分

 お姉さんが存命で歌手になっていたら――空しい想像です。
私の記憶違いでなければ、65年くらい前、姉妹二人連れであちこちの素人のど自慢大会に出て鐘三つを鳴らしていましたが、お姉さんの歌う「船頭可愛や」は張りがあってよく伸びる声でした。惜しむらくは、小児麻痺を患ったらしく、舞台を歩く姿が気になりました。今では合掌あるのみです。

投稿: 槃特の呟き | 2013年11月15日 (金) 23時49分

 お千代さん、享年75歳でした。訃報を聞いた時、まだ若いの・・・にと思いました。平均寿命には届いていないし、私生活の苦労も多かったようなので、おだやかな晩年が、もう少し長くあってもよかったと思いました。それに、見た目の印象ですが、おだやかで、やさしそうで、人を信じすぎるような人にみえましたから。「いい人は早く逝く」とよくいわれますが、お千代さんの場合は、その通りでした。 

 最近、「いい人ほど早く逝く」という言葉について考えることがありました。『惚れた女が死んだ夜は』(作詞みなみ大介 作曲杉本眞人)という歌の中に「いいやつばかりが先に逝く どうでもいいのが残される」という歌詞をきいて 声を出して笑ってしまいましたね。(笑ったというのは、悲しい歌でしんみりしているところに、こんな歌詞が入り込んでいるからです)
「すると、長生きするのは、よくないやつ、どうでもいいやつばかりか」と怒ってもいいのですが、少しも怒る気になれない。なぜでしょう。
 ここからは推論ですが、おそらく人間誰しも、罵詈雑言を浴びようと長生きしたいと思うからでしょう。死んで花実が咲くものかと考えているからでしょう。「いい人ほど早く逝く」というのは、早く亡くなった人の無念を慰める鎮魂の言葉、しかもたいへんよくできた言葉のように思います。

投稿: 浮舟 | 2013年11月18日 (月) 04時18分

人間、年を重ねればその分恥も多くなるといいます。上記コメントに水を注すつもりは毛頭ありません。人生に丁度良い潮時とはあるのでしょうか、今後の人生にもあと幾許か思い出が出来ればいいなと思うこの頃です。

投稿: MⅽKEE | 2013年11月24日 (日) 21時37分

演奏MP3進みぶりを見つつ、伸び縮みするブルーのグラフィックから、音の強弱or高低が分かるような気分です。恥ずかしながら、そんなことすら、聞き分けられない(;´д`)トホホ… 

左写真部分を含めたdesign処理も綺麗に収まり、そして音が聞こえる。嬉しい限りですmm。 このPC状態で旧仕様の音が再び帰ってくるように祈ります。さもなければ数百曲(もっと?)全てのupdateに気が遠くなられる…

島倉と椿の取り合わせ。小学校の思い出だから、’唱歌’のような感じを受けます。日本出自ヤブツバキは我がド田舎でもトップセラー。これから数万の園芸種が作出され、たくさん里帰りしています。小枝を保養土に突き刺し、このメロディーを聞かせると根付くかもしれませんね。

投稿: minatoya | 2014年3月13日 (木) 22時56分

ほんとに懐かしい曲と出会いました。
ありがとうございました。
この歌「東京の人よさようなら」は、私の大フアンの千代ちゃんのヒット曲の一曲ですね!
私が高校に入学した時以来、勉強の合間によくラジオで聞いたものです。
作詞の石本先生はもとより、特に、作曲の竹岡信行氏は、明大マンドリンクラブの先輩の大作曲家古賀政男氏に師事され数々の名曲を世に出されました。
心に残る名曲をありがとうございます。

投稿: 一章 | 2016年1月22日 (金) 21時07分

昔はこの歌や、青木光一の「小島帰りの郵便船」のように、田舎の人が東京へ行った恋人を思う歌や、反対に春日八郎の「別れの一本杉」や、青木光一の「柿の木坂の家」などのように、東京へ来た人が田舎を懐かしむ歌がたくさんありました。今はあまりありませんね。やはりテレビやケータイやスマホやパソコンなどが普及して、田舎も都会も共通の情報を得ることができるようになったからだと思います。

この歌は懐かしい時代の、赤とんぼを歌ったような郷愁を感じさせてくれます。若かった自分のあのころを思い出せてくれます。千代ちゃん、好きだったよ。

投稿: 吟二 | 2016年8月19日 (金) 23時00分

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