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麗人草の歌

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:松村又一、作曲:加藤三雄、唄:林伊佐緒

1 愛の涙に やさしく濡れて
  咲くが乙女(おんな)の 命なら
  なぜに散らした あの夜の風よ
  いまは返らぬ 夢かなし

2 月のテラスで やさしく肩を
  抱いたあの夜の あの人が
  今日も呼ぶ呼ぶ 嘆きの窓に
  強く生きよと 夢に呼ぶ

3 涙涙の 幾年(いくとせ)越えて
  かえるこの春 花の春
  咲いて香れよ 麗人草の
  花は紅(くれない) あの丘に

《蛇足》 昭和24年(1949)の松竹映画『麗人草』(原研吉監督)の主題歌で、レコードはキングから発売されました。竹田敏彦の小説『愛慾の海』の映画化で、主演は初代水谷八重子。

 麗人草という植物は実際にあるのでしょうか。伶人草という同音の草本はありますが、花は美しいものの、トリカブトの一種で、毒があり、麗人草のイメージには合いません。
 
伶人は雅楽の演奏者のことで、花の形が伶人のかぶる帽子に似ていることからこの名前がついたそうです。

 美人草という草花はあります。麗人とは美人のことですから、映画制作者と作詞者は、美人草を雅語的な麗人草に言い換えたのでしょう。
 美人草は
ヒナゲシあるいはサネカズラの別名ですが、花の美しさから、映画や主題歌のタイトルは、サネカズラではなく、ヒナゲシをイメージしたものと考えられます。

 ヒナゲシの別名としては、虞美人草のほうが広く知られています。虞は秦末、劉邦と天下を争った項羽の寵姫で、項羽が垓下(がいか)に追い詰められたとき自害しました。翌夏、その墓に咲いた赤い花がヒナゲシであったと伝えられます。

 容貌・容姿の優れた女性を表す言葉としては、美人、美女、麗人、佳人、美形名花、別嬪(べっぴん)古い言い方では手弱女(たおやめ)、知性や教養が備わった美人は閨秀(けいしゅう)、少し品下れる表現では色女、グラマーなどがあります。
 麗人、佳人は昔は男性についても使われましたが、性行や学才が優れた男性への尊称で、外見は問題にされませんでした。

 昭和30年代ぐらいまではシャンという言葉もよく使われました。ドイツ語schön(シェーン)のなまりで、旧制高校生が使ったスラングが一般に広まったもの。シャンの最上級(?)がトテシャンで、これは「とてもシャン」の意。

 美人といえば、私は高校時代に読んだヘッセの『郷愁』にあった一文を思い出します。『郷愁』の原題は"Peter Camenzind"で、日本語には『青春彷徨』という題でも訳されています。
 思い出すのは、その始めのほうにある「私は、一生を通じいつも非常に美しい女性にだけ恋したことを誇りにしている」
(高橋健二訳)という部分です。

 「美しい」という範疇から外れている女性、あるいは外れていると自分で思っている女性は、ここを読んだとき、どう感じるだろうかと、いささかひっかかった記憶があります。
 現実には「非常に美しいとはいえない女性」はもちろん、「けっして美しいとはいえない女性」にも、恋している男たちがいます。

 振り返ってみますと、私も「非常に美しい女性にだけ恋した」つもりですが、彼女たちがだれの目にもそう映ったかどうかはわかりません。私がそう感じただけだったかもしれないのです。

 『郷愁』のこの部分を読んだとき、私は「非常に美しい女性」は'sehr schöne Frauen'(複数形)だと思っていました。ところが、のちに原文を見たところ、このフレーズは'sehr schöne Frauenbilder'でした。そのまま訳せば、「非常に美しい女性像」となります。
 女性と女性像とでは、どう違ってくるのでしょうか。「女性」は現実的ないし具体的な存在ですが、「女性像」は女性のイメージです。

 ダンテは、9歳のとき、同い年の少女ベアトリーチェを一目見て、魂を奪われるような感動を覚えました。9年後に橋のたもとで再会したとき、会話なしで、会釈だけ交わしてすれ違ったのですが、以来熱病に冒されたように彼女に恋い焦がれるようになります。

 ベアトリーチェは銀行家に嫁いだものの、24歳で亡くなってしまいます。その死を聞いたダンテは、狂乱状態に陥り、キケロなどローマ時代の古典を読み耽って心の傷を癒やそうとしました。
 こうした経緯は、彼の最初の詩文集『新生』に描かれており、また畢生
(ひっせい)の大作『神曲』では、ベアトリーチェを"永遠の女性"として描いています。

 ダンテは、"ベアトリーチェ an sich"に恋したのではなく、彼女を見たとき、自分のなかに生成されたベアトリーチェのイメージに恋い焦がれたのです。だからこそ、終生恋し続けることができたのです。
 結婚するなどしてベトリーチェの実像に触れたら、恋は早晩終わったでしょう。関係が破綻するか、破綻しない場合には、夫婦愛といった別の愛情に変質したはずです。

 ペーター・カーメンツィントの'sehr schöne Frauenbilder'もこれと同じで、彼は「自分が非常に美しいとイメージした女性たちにだけ恋をした」と述懐しているのです。イメージは主観的なものですから、ペーターの恋した女性たちが、みなフィジカルに美しかったとはかぎりません。
 美人についての普遍的な基準などないといってよいでしょう。

 翻訳としては「非常に美しい女性」とするしかないでしょうが、原文を読んで、ペーターがその恋愛遍歴において容貌・容姿が美しくない女性を度外視したわけではないというニュアンスが感じ取れました。
 ちなみに、佐藤晃一訳では、この部分は「非常に美しい婦人にしか恋しなかった」となっています。FrauenとFrauenbilderの微妙な違いを自然な日本語として表すのは非常にむずかしいことだとわかります。

(二木紘三)

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コメント

恋した女性を頭の中で理想の女性に作り上げてしまうということはよくわかります。ですから結婚をしなかった相手をますます素晴らしく感じてしまうのですね。夢の中で会う彼はいつまでも若く美しい。それも私の頭で作り上げた幻影なのでしょう。生死を確かめるのは怖くてできません。亡くなっていたとしても嘆き悲しむことはないと思いますが、私の美しい夢が消えてしまうことが怖いのです。恋とは自分勝手なものですね。この世から去る日まで私は夢を見ていたいと思います。空を見上げても川の流れを見てもいつも美しい人がいるということは幸せです。

投稿: ハコベの花 | 2013年11月30日 (土) 22時54分

 この歌をはじめて聴いたのは最近ですが、その時、麗人草という名の草花が実在するのか、と思わず調べました。ネット上では、麗人草をトリカブト属の伶人草と勘違いしている人もいるみたいですが、「蛇足」のご推察のとうり、私も、やはり美人草、ヒナゲシのことだと思います。 
 「麗人」という言葉、あまり日常は使いませんね。時代がかった、おおげさというか、こっけいな表現です。たとえば「あの会社の受付係は美人ぞろいだ」を「・・受付係は麗人ぞろいだ」というのはヘンですね。「あの秘書はなかなかの麗人だ」これは、なんとかいけそうな感じです「麗人」のほうが「美人」より、品性とか教養が要求されているような気がしますが、どうでしょう。ちょっと使い勝手の悪い言葉です。昔の貴族のお嬢さん、今ならタカラヅカのフィクションの世界なら、「麗人」という言葉がいきるように思います。言葉は滅びていくものだということを感じます。
 最後に、曲の題はもしかして「麗人草の唄」ではないでしょうか。

投稿: 紅孔雀 | 2013年12月 2日 (月) 00時42分

紅孔雀様
JASRACのデータベースでは「……歌」を正題としています。
(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2013年12月 2日 (月) 04時36分

この麗人草の歌とダンスパーティーの夜は私のカラオケの持ち歌です。
別れを告げて別れた女(ひと)でも、告げられなくて別れた女でも、ふと想い出すこの頃ですが若くなったか年を取ったか複雑な感情が去来しています。

投稿: 海道 | 2013年12月 2日 (月) 17時07分

こどもの頃の、懐かしい歌です。この映画も見ていませんから、どこで覚えたのか記憶にありませんが、多分、青年団の素人演劇で歌われていたのでしょう。
 麗人草談義は置いて、「麗人」というと、わたしの記憶にあるのは、「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれた「川島芳子(本名 愛新覚羅顕シ)」のことです。彼女は清朝の王族に生まれながら数奇な運命を辿り、「男装の麗人」として日本軍の諜報活動に関わった罪に問われ、戦後、国民党軍によって銃殺刑に処せられました。しかし、未だに生存説がささやかれているようです。妖艶な美人だったことに加え、小説「男装の麗人」(村松梢風著)で有名になったことが裁判で不利に働いたという、彼女への同情があるようです。義経伝説と同じく、判官贔屓(ほうがんびいき)の流れをくむものかも知れません。

投稿: ひろし | 2013年12月 3日 (火) 13時25分

ヒナゲシを虞美人草と言うのは項羽の愛人‘虞‘からだそうですね。劉邦に追い詰められた項羽の脱出を助けるために、彼女は自害。その埋葬地に咲いた花がヒナゲシ…だとか。六月初め、直径8㎝ほどの上画像とおりの濃紅4枚花が目立ちます。美人にしてはややアクが強く、‘雛‘にも拘らず寸法も大柄。日本侵入の初記録が明治期ならば、三国史からわざわざ引いた字名がたいそうすぎるように、私は感じます。

綺麗な演奏に、心が和みます!メロディー初めの部分だけが、微かな記憶に残っていますが、題名を知る由もありません。麗人草ならば、ケシ仲間中で愛らしいナガミノヒナゲシ(日本でわずか半世紀前に発見された小寸法で橙色、種子を収める容器が小さく細長い欧州/ユーラシア種)が相応しい…残念ながら、ヒナゲシより一世紀あとの帰化種ですから、もう`美人`をは使えません。

D-day、ノルマディー上陸記念日・六月六日が目の前。ポピー(ケシ≒ヒナゲシ)バッチを英連邦(British Commonwealth)人々は胸に付けると思います。カナダ兵2338名の眠る我が村の記念地でも式典が催されます。濃紺の雛芥子が、いま、あちこちの(1次2次大戦)戦没者墓地に咲き乱れ、悲しくも美しい祈りをささげられるのではないでしょうか。

投稿: minatoya | 2014年6月 4日 (水) 02時36分

「濃紺→濃紅」の訂正と、「蛇足」四段落目“虞”の解説を繰り返した粗相をお詫び申し上げます。あらためて二木さん“美人”講釈をじっく賞味させていただきました。
麗人とは昔、女も男も意味した…なるほどと合点が参ります。その語感から、貧しい庶民の私は、その資格は上流階級/王侯貴族にしかあるまい、と独断してしまうのです。

以下は饒舌で、懐かしい歌とあまり縁がなさそうです。削除あり…それでも書いてみます。二次大戦前、ドイツ中東部ちいさな領邦Saxe-Coburg and Gotha直系・ジョージ五世の長男は見事な麗人だったと思います。確か銀行家人妻ながら、やはり相当な麗人女性に天下を揺るがす恋をした。王位エドワード八世を“愛ある生き方”と交換して退位。麗人どうしのえも言われぬ夫婦ですから、ヒトラー山荘やベルリンの将軍高官たちのパーティーに出席。英外交と無関係に、華やかな麗人活動を展開。ヒトラー自身はコーブルグ・ゴータ領に近いオーストリア出身ですから、話が弾んだことでしょう。

二週間前、英皇太子の私的会話が英露間に火の粉をパチパチ上げました。ウクライナ領クリミアのロシア併合を差配したプーティンに対し「彼はポーランド侵攻/占拠したヒトラーと同じことをしている」と”麗人チャールズ”が発言。するとモスクワからすぐにコメントが出ます。王位継承者が、ナチスに肩入れした大々叔父を持つ事実を知らないはずはない。プーティン家系はドイツに対する’大祖国戦争’に従軍し、同時にナチスの犠牲者である。ヒトラー=プーティン=独裁者と言う暴言を’民主国家’ロシアは許すことは出来ない。(Ha hah見え見えのウン臭い屁理屈…)

二次大戦の戦死者と民間死者(ナチスによるユダヤ人600万、スターリンによるロシア人同胞数千万?さらに原爆投下などの犠牲者を含め)総数はいかほどでしょうか。史上最大、未曾有の数になるのは確かです。1944年6月6日、負け続きから、まずフランス解放攻勢に転じます。明日6日を挟む三日間、ノルマンディー海岸のウタやマホマ、さらにほか各地に於いて、連合国側だけに限らず、現在の各国首脳や君主が参加する70周年式典/音楽会など様々な行事が行われ(てい)ます。

麗人たるチャールズと元KGB切れ者プーティンの二人は顔を合わせる筈。ヴェテラン兵を含め沢山の平和を誓う音楽ファンが集まるそうですから、二人は互いにどう振る舞うのでしょう? 国際平和や愛の祭典の雰囲気もする。もしも「麗人草の歌」が流れるなら、失恋もよし、味深く、楽しいと思います。すると離婚プーティンと再婚チャールズが、美人談義をしてお茶を濁すなんてことが起こるかもしれません。彼らはとどのつまり狐と狸ですが、綺麗なメロディーを聴き味わえる人間には違いないのです。

投稿: minatoya | 2014年6月 5日 (木) 06時41分

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