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(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:武島羽衣、作曲:瀧廉太郎

1 春のうららの 隅田川
  のぼりくだりの 船人が
  櫂(かい)のしづくも 花と散る
  ながめを何に たとうべき

2 見ずやあけぼの  露浴びて
  われにもの言う 桜木を
  見ずや夕ぐれ 手をのべて
  われさしまねく 青柳を

3 錦おりなす 長堤(ちょうてい)
  くるればのぼる おぼろ月
  げに一刻も 千金の
  ながめを何に たとうべき

《蛇足》 明治33年(1900)11月1日付で、東京の共益商社楽器店から刊行された歌曲集『四季』のうちの最初の曲。瀧廉太郎の作品では、『荒城の月』『箱根八里』と並んで最も長く親しまれてきた曲です。
 
共益商社楽器店は全音楽譜出版社の前身。

 武島羽衣の原稿では、『花盛り』というタイトルになっていましたが、同曲集に収録された『月』および『雪』と合わせて「雪月花」のコンポジットにしようということで、『花』に変更されたそうです。

 隅田川は荒川の支流で、北区の新岩淵水門で荒川から分かれ、新河岸川(しんかしがわ)、石神井川(しゃくじいがわ)、神田川、日本橋川などを合わせて、東京湾に注ぎます。昔は墨田川、角田川とも書きました。
 江戸時代には、吾妻橋あたりから下流は大川
(おおかわ)とも呼ばれていました。古典落語や時代劇には、大川とか大川端といった言葉がよく出てきます。

 隅田川の桜は、徳川四代将軍家綱が隅田川御殿跡に植えさせたことに始まります。さらに、八代将軍吉宗が治水の観点から土手を踏み固めさせようと、川沿いに桜並木を作らせたことから、桜の名所となりました。

 むずかしそうな言葉について、少しばかり見ておきましょう。
 1番と3番末尾の
「何にたとうべき」は「何にたとえたらよいのだろう」ということ。
 2番の「見ずや」の「や」は疑問・反語の係助詞ですが、ここでは反語で、「見ないでいられようか。いや見ずにはいられない」の意。
 3番の「げに」は「実に」とか「まことに」の意。

 「一刻も千金の」は、北宋の文人・蘇軾(そしょく)(号は蘇東坡〈そとうば〉の七言絶句『春夜』からとったもので、その最初の行「春宵一刻値千金」を踏まえたフレーズ。

 元禄時代に勘定奉行を務めた荻原重秀の句に「夏の夜や(or夜は)蚊を疵(きず)にして五百両」があり、同世代の俳人・宝井其角も「夏の夜蚊を疵にして五百両」と詠んでいます。
 どちらがまねをしたのか、はたまた偶然の一致かわかりません。
 意味は、「夏の夜も春の宵に劣らず趣があるが、蚊がいるという欠点があるので、春の宵の半値の500両だ」ということで、「春宵一刻値千金」を下敷きにした雑俳です。
 昔、国語の試験に出たことがあるような……。

(二木紘三)

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コメント

 毎年恒例で桜の下での福祉主催「花見コンサート」の今年は4/5で、来客全員に“おはぎ”ではなく“ぼたもち”で招待します。
そしてラストはバンド・来客・お手伝い全員で「花」を合唱しますが、その際に《蛇足》を少し引用させていただき今回はこの歌の作詞・作曲者の思いと品位を伝えます。
 下手な横好きもハモレるVery Good!の歌をありがとうございました。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年3月28日 (金) 12時17分

ごめんなさい。初めて素晴らしい(うたのサイト)にであいました。

投稿: chano takeo | 2014年3月28日 (金) 17時55分

 詞の一番は源氏物語に元歌があると田辺聖子さんが書いています
 春の日のうららにさしてゆく舟は
      棹のしづくも花ぞ散りける
がそれだそうです さる女房が詠んだ歌となっているそうですが 紫式部が作ったものか 他の人のものを取り入れたものか 専門家なら分かるかも知れません
 千年前の歌がもとになって 今もこの時期に多くの人たちに歌い続けられている なんと素晴らしいことではありませんか 

投稿: 竹松哲男 | 2014年4月 1日 (火) 18時24分

近くのお宮に大きな桜の木があります。満開の桜の木の下に立って見上げながら、隣にもう一人一緒に見上げてくれる人がいたらもっと楽しいだろうと思いました。それを誰にしようかと考えたら来年の桜が楽しみになりました。不幸な境遇にいる友人にその話をしたらとても喜んでくれました。一緒に桜を見上げる人、皆さんは想像したことがありますか。懐かしい昔の人か、新しい素敵な人か。やっぱり桜はロマンを誘います。生きていようと思います。

投稿: ハコベの花 | 2014年4月12日 (土) 22時19分

ハコベの花さん
 来年(鬼に笑われてもOK)日時を決めて某所の桜を眺めましょう。それまでに“この指とまれ!”で『花』にコメントを寄せられた方も募っていかがですか?
 私の№ワンは岐阜の根尾谷の樹齢1500年と言われる「薄墨桜」でfacebookの壁紙にしており、№2は大阪造幣局の「八重桜の通り抜け」№3は‘06年に建築家・安藤忠雄氏発案の「平成の通り抜け(桜宮から大川沿いの1000本の内プレート№337)」幹周り60cmで小さいですが30名の中に私の名前が在ります。
そして皆さん一緒に『花』を歌いましょう!!!

投稿: 尾谷光紀 | 2014年4月12日 (土) 23時33分

尾谷様 ご提案に驚いています。私はどちらかというと賑やかなお花見は苦手です。一本の桜が静かに咲いている所が好きです。そして何にも言わなくても心が通じ合う人と静かに桜を見上げることが出来たらとても幸せだろうと思ったのです。桜は私にとってはそんな花なのです。実は先ほど投稿したあと、思いがけなく(東京ブルース)に書いた懐かしい彼が生きているのがわかったのです。10年ぐらい前に癌で大手術をしたと聞いたのでもう生きておられないのだと思っていました。会うことはないと思いますが来年は彼と桜の木の下で黙って立つ姿を想像したいと思います。尾谷様、せっかくのお話を申し訳ありません。私の友人も誰かを見つけて桜を眺めるだろうと思います。

投稿: ハコベの花 | 2014年4月13日 (日) 00時41分

 容喙桜談議ーー漫才師の確か内海桂子師匠の言「墨堤の桜並木は観るに忍びない、爆撃で黒焦げの丸太の様になった死屍累累をここで目撃したことが眼に焼き付いているから。」同感です。それに、ここの桜はみな染井吉野で花のつき方は天こ盛り、山桜の様な気品は無い。
 東京上野の谷中の墓地にいい枝振りの桜があると、近くに住む人から聞いた。場所は内緒だからと教えては呉れなかった。しかし、墓地で花見とは、、、。ところで、「一本の静かに咲く桜」がお好きなハコベの花さま、京都東山の法然院にある潤一郎の墓石の背後には枝垂れ桜が一本あった筈、お気に召すかも知れません。

投稿: 槃特の呟き | 2014年4月13日 (日) 23時42分

ハコベの花さん 了解しました。ロマンチストなんですね・・・。
 やっと豊中市蛍池公民館の登録グループになり、4月から第1・第3木曜日に『日本の歌百選を歌おう会』を正式に結成することが出来ました。
『日本の歌百選』というのは、当時の文化庁長官:河合隼雄氏(故)が少年犯罪の報道を見るたびに世代間の断絶や人間関係の希薄化などの風潮を心配して、世代を超えて歌い継ぎたい歌をと発案され国民から募集した歌百曲を、‘07年1月に発表されました。
以後、歌声喫茶等のプロやアマのグループに発信しましたが乗って来ず、灯台下暗しというか12年前に結成した「みんなで700曲歌おう会“豊中さくら草”」と「箕輪トリオ(ピアノ・フルート・サックス(自分))」の皆さんが待ってましたと・・・。
 最終目標は、連続6時間・1会場・500名以上で『日本の歌百選』を歌うこと・・・ですが・・・。  無論この名曲「花」も入っています。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年4月15日 (火) 21時23分

尾谷様 歌ばかりではなく世の中の歴史も今の若者と話をすると断絶を感じます。私たちは明治時代に流行った歌などもいつの間にか聞き覚えて知っていますが、今の若者は昭和の歌すら知らない人が多いのです。大きな事件も知りません。そういう意味では尾谷様がやって居られることはとても素晴らしく大切な事だと思います。遠くて応援にいけませんが、後世のために頑張って頂きたいと願っています。
槃特様 先日谷中の墓地の桜、テレビで映していました。飲食禁止になったみたいですね。京都の潤一郎の桜、想像したらあの彼の頭から桜が生えているような景色が見えてきて笑ってしまいました。彼ならやりかねないと思いませんか。来年の桜が楽しみになってきました。ありがとうございました。

投稿: ハコベの花 | 2014年4月15日 (火) 23時44分

歌曲の『花』といえば、わたしたち世代は条件反射的に瀧廉太郎のものを思い出しますが、今の若い世代はどうでしょうか。多分、喜納(きな)昌吉のものを思い出す人が多いように思われます。「川は流れてどこどこ行くの」で始まる『花』も、聞く人の胸に優しくしみこんで、幸せや平和な暮らしの大切さを教えてくれます。いい歌ですが、わたしは、やはり隅田川のさくら堤をテーマにした、この合唱曲を推します。瀧廉太郎は明治33年に、この歌を世に出したようですが、それから1世紀以上にわたり歌い継がれて来たのは、歌詞も、メロディも新しさを失っていないからだと思います。確かに歌詞の中に難しいことばが散見されますが、それを補って余りある魅力があるからでしょう。もっとも、隅田川の今のウォーターフロントと、江戸時代の名残を留めた、明治時代のそれとを比較するのは野暮ですが。

 「春宵一刻値千金」について、俳人の宝井其角がこの漢詩をネタに句を作ったことは知っていましたが、勘定奉行の荻原重秀が同じ句(1字違い)を作っていたとは初耳です。調べてみましたが、荻原重秀も「上風」という俳号で句を詠んでいたことは分かりましたが、どちらが先に句を作ったのかは判明しません。偶然にしては出来過ぎていますから、わたしの独断では、其角が作った句を聞きかじった荻原重秀が、換骨奪胎どころか、たった1字だけ違えて発句したのではないかと思えてなりません。当時、元禄の世は、荻原重秀の金銀改鋳でミニバブルの時代だったので、芭蕉の高弟とはいえ、一介の俳人が文句を言えるような、ご時勢でなかったことだけは確かです。

投稿: ひろし | 2014年4月24日 (木) 12時05分

春爛漫の明治の隅田川が脳裏に浮かぶ名曲です。
現在の隅田川は、高速道路と高層マンションに囲まれていますが、橋の名前や両岸の地名に風情があり、私は好きです。

投稿: 川口雄二 | 2014年5月21日 (水) 23時48分

「春宵一刻値千金」をもじったとおもわれる「夏の夜や ・・・」のくだりはおもしろいです。なるほど「五百両」ですか。この話はじめて知りました。考える人がいるものだと感じ入りました。
 また、花という題についてですが、中学で習ったときに何となくしっくり来なかった感じがしていました。題名を「墨田川」と言い間違ったこともありました。「月・雪・花」のセットだったとはこれも初耳です。
 いい歌であることは申すまでもありません。

投稿: 今でも青春 | 2014年7月 2日 (水) 21時11分

さきのコメントには、あまりに個人的な思い出なので書かなかったのですが、やっぱり書きたくなってしまいました。この歌を聴くたびに蘇ってくる情景です。
中学に入学して間もないころ、自転車で登校する途次ある会社の寮の前を通りかかると、屋上で二人の若い女性が手すりにもたれてこの歌を合唱していました。
その歌声の、またその女性たちの何と美しかったことか!思わず自転車を停めて、しばらく動けなくなってしまいました。
まあしかし、多感な少年だったからそう思っただけで、実際はどうであったかわかりませんが・・・。

投稿: 川口雄二 | 2014年7月19日 (土) 16時20分

 もうじき、隅田川の桜が咲きほころんだと風の便りが届くでしょう。歌はまさに「その時」を思い出させますね。

 10年前まで高校時代の恩師が亡くなるまでの十数年間、先生のガイドでかっての読書会の仲間たちと隅田川周辺を花見がてら散策しました。その後の飲み会も楽しみでした。

 快晴の日はゆりかごめが水面すれすれに飛び交ったりしています。誰かが「名にしおはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」口ずさみます。小雨ふる隅田川の桜も趣きがあって、なかなかの風情がありました。

 恩師のあだなは「インテリやくざ」全くもって先生らしからぬ先生で古文の先生でした。(以前のコメントの中の平家物語の時の先生とは別人)井原西鶴の『日本永代蔵』を朗々と読み、そのイントネーションの響きにいつも聞き惚れていました。

 福井出身で旧四高から飛び級して京大に入ったので、お仲間に「月足たず」と呼ばれていたそうです。先生曰ク「卒論は井原西鶴、西鶴も関西人だからね」授業は楽しみでいつも聞き惚れていました。

 そのうち私の中であこがれの気持ちが芽生え始めていました。卒業してからも私は連絡係りを買ってでて、先生を交えて集いました。「学び舎の教えの庭のせせらぎを 渡れぬ思い 盃にのせ」(拙句)

 男女半々の12名の集いでしたが、そのうち鬼籍に入ってしまったのが4人います。残った友は皆あそこが悪い、ここが痛いとやっています。歌と共に、みんながそろっていた時期が懐かしく思い出されます。
 「すみだ川 弥生の空に われも過客」(字余り 拙句)

投稿: konoha | 2017年3月29日 (水) 11時26分

20代も後半、仕事仲間で集まって夜桜の下で飲み会をしました。場所取りなど手伝いながら私には密かなもくろみがありました。”花より団子”と言いますが当時私は”団子より彼女”でした。飲み会の皆の写真を撮るふりを装って、気になる彼女をちゃっかり盗み撮りしようと考えていたのです。

たくらみは失敗でした。夜のスナップ写真は昼間のように簡単ではないですね。暗いので対象を絞って、十分に近づいて、レンズの焦点を合わせて、フラッシュをたかなければなりません。もちろん彼女にはそのときこちらに振り向いてもらわなければなりません。

動揺しました。彼女に近づけませんでした。気持ちが高揚して彼女にカメラのレンズを向けられません。仕事仲間に私の魂胆が透けて見えてしまうのではないかということも怖れました。写真はたくさん撮ったのですが、彼女の姿は撮れませんでした。

その後しばらくは自分の馬鹿さ加減を責めて悶々としていたのですが、彼女が社内のAさんと結婚したということを伝え聞き、「良かった。彼女の写真なんて撮らなくて良かった」と諦めもつきホッとしました。


投稿: yoko | 2017年4月10日 (月) 00時44分

 今年の桜は早いですね。近所の桜並木がもう満開です。この時期になると隅田川を懐かしく思い出されます。みんなで桜を愛でながら散策しました。その後の飲み会も楽しかったです。なによりも高校卒業以来、続いた仲間でしたから。常時13名は集っていましたが、すでに半分の人数になってしまいました。女性ばかりです。唯一の男性は入院しています。うた物語の男性諸氏は皆さんお元気でうれしい限りです。
 
今日は暖かく絶好のお花見日和りですね。ゆったりと流れていく隅田川が目に浮かびます。

投稿: konoha | 2018年3月25日 (日) 11時03分

 
 konohaさま

  こんばんは  

  作詞:武島羽衣、作曲:瀧廉太郎  「 花 」
  は  ほんとうに  いい曲ですね

  子供のころから 慣れ親しみすぎて このごろでは滅多に聴きませんが 
  今の時期  墨田の流れ に気づかせていただき 感謝しております

  心洗われる 時間でした

  瀧廉太郎氏の つくられたものは
   日本人のもつ綺麗な精神を 呼び起こしてくれるようなものと思えます 

  確か 瀧廉太郎氏はドイツに留学されていましたね
  他国からながめていたからこそ  純粋な善き日本を  見直せたのかなぁ  
  と勝手に考えています

  もっと 長生きされていたら どれほどよい曲をつくられたことだろう 
  と残念に思っています


  早世ではないですが 
  松本清張氏に あと二十年 本を書いていただけていたら
  日本の歴史にのこる いくつかの疑問が解明されていただろうーーー
  と考えているのと同じような気持ちです
   たとえば 奈良の巨石文化 の解明などです


  konohaさまの  桜見と 散策の会 (酒)
  いつまでも  参加人数が減らず 続くこと願っております

  僕は 少し後輩にはなりますが
  医学部の同期は 五人に一人は鬼籍に入っています
  団塊の世代の一年目は 行け行けどんどんタイプが
  多かったのか  早く消えるのが多いです

  能勢では 桜は遅いです
   満開は あと二週間でしょうか
  クリニックの桜は ふくよかな房と表現できるような
  豊かな花びらを持ち  気持ちを落ち着けてくれますよ  


  

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年3月25日 (日) 21時38分

能勢の赤ひげさま
 東京の桜は今が一番見頃のようです。昨日の隅田川の花見の宴会は盛り上がったでしょうね。赤ひげさまのお住まいの能勢は桜が未だとのこと、どの辺かしらと日本地図をひろげました。結構山が近いのですね、地図から爽やかな山里を想像しました。
  
 桜は何の種類ですか?隅田川の桜は4代将軍家綱が常陸の国(茨城県)から移植したのが始まりで、吉宗が江戸市民のため墨堤に100本、飛鳥山(王子)、御殿山(品川)植樹したとのことです。現在の桜はソメイヨシノが大部分です。ソメイヨシノの原産地は巷でいろいろ言われていますが、元々はエドヒガン桜とオオシマ桜の交配で生まれたそうです。
 私は江戸の染井村(豊島区)の伊藤伊兵衛が挿し木によって増やした説を取りたいです。地元びいきです。

 赤ひげさまのコメントの中で、松本清張がもっと存命だったらというお話でしたが、本当にそうですね。私は『或る「小倉日記」伝』を読み、小説ながら調査取材の大変さを知りました。
 最近のニュースで日本人の遺伝子が話題になりました。興味があり、そこからWikipediaでいろいろ検索しているうちに、奈良の巨石文化まで広がりました。平城京文化(私の造語)に心寄せていましたので、赤ひげさまから奈良の巨石文化がでてきてうれしくなりました。ありがとういございます。

投稿: konoha | 2018年3月26日 (月) 12時48分

能勢の赤ひげ、Konoha 様

ご両人の話題に、私の故郷・北九州市小倉北区の松本清張さんの話題が出て来たので、書かずに居れません。
 2年前、終活旅行の一環として行った小倉に「清張記念館」が出来ていました。私は、小説はあまり読まないのですが、歴史の裏側の真実を暴いた小説を書かれた事は良く知っています。生きて居られたら、「森・加計」問題の真実を暴いてくれた事でしょう。沖縄密約を暴いた毎日新聞の西山記者も北九州出身でした。
 隅田川の桜は、常陸の国(私が今住んでいる茨城県)から移植された事は知りませんでした。水戸徳川家の関係でしょうか?
 私は、「染井吉野」よりも、花と茶色の葉が同時に出る「山桜」の方が好きですが。
 茨城県北部(NHK連続TV小説「ひよっこ」の舞台)にも、桜の名所は沢山あります。まず、「枝垂れ桜」、それから「染井吉野」系へですが、まだ咲いた話は聞きません。冬には、「日立寒緋桜」と言う珍しい品種もあります。
 一般の桜は、東京や関西よりは、遅いのでしょう。 私の圃場近くの堰は、間もなく菜の花の黄と桜もピンクが咲き乱れることでしょう。

投稿: 竹永尚義 | 2018年3月26日 (月) 18時18分

 konohaさま

 隅田川の桜の由来 など 興味深く読ませていただきました 
  有り難うございます

 ソメイヨシノは  染井村(豊島区)の伊藤伊兵衛が挿し木によって増やした説が
 正しいとは思っていますがーー

 それゆえ  ソメイヨシノは 全てがクローンで
 寿命が決まっている と理解しているのですが

   どうなのでしょうか

 うちの クリニックの桜も ソメイヨシノです
 一応 不確実でしたので  馴染みの造園さんにききました 
 二十五年前には 径二十センチくらいでしたが
  今では 六十 七十センチもあります
 駐車場の左右の 両端に一本ずつ植わっています

 桜の間には  楡ケヤキを これも二本植えています

 能勢を探していただけたそうですね
 大阪府は かわった形をしているでしょう
 その 最北端に位置しており 大阪のてっぺん といわれています  

 大阪のチベットとの呼び名もあるようです 
   寒い 不便 辺鄙 
 などからチベットになぞらえられたのでしょうか

 千早赤坂村も大阪のチベットといわれていましたので  
   正しくは???ですが
 チベットの方には失礼なことですね  申し訳ありません

 松本清張氏の 奈良の巨石群をベースに書かれているのは  
    「火の路」 でした
 清張氏が亡くなられてから 
 1999年に飛鳥京跡苑池の発掘の調査結果が発表され

 これらの新しい情報が 清張氏に入っておれば 
 作品がどうかわっていたのか 興味が尽きません

 桜から 多方面に飛んでしまいました

  konohaさま 有り難うございました
  ロードス  時系列的配置 等々 シンパシーがあるようです
 これからも よろしくお願いいたします


 竹永尚義 さま
  こんばんは

  松本清張氏のこと  そうでしたね
 この方 朝日新聞勤務でした

 このところ  偏向に偏向が続いていた マスコミの中で 
 やっとまともな報道に舵をとったのが 朝日でした   続いて 毎日が

 今の 虚偽 虚偽 隠蔽の政治を 
 何とか 国民のもとに もどさなければいけないですね 

 ほんとうに狂った酷い人たちですから まだしばらくは
 三寒四温のように あるいは 
 ジェットコースターにしがみついているような毎日が続くかもしれないです

 我々が 行動しないと良くはならないと思っています
 我々の 子供たち 孫たちのためにも

 政治的なことは これくらいにしてーーー

 桜は 枝垂れをもっとも 愛しています
  能勢にも 能勢でも一番北に 天王(てんのう と読みます)という地域があり
 その廃校になっている小学校校舎横の神社の階段へりに  
   一本の 雨情桜があります

 当初は 野口雨情氏が こられたことに由来するのかと思い  
  その小学校の先生方に訊ねましたが  
   単に 雨情桜だとのことでした  

 野口雨情氏の能勢への来訪はなかったようです
 
  しかし 雨情先生の作品を想わせるような
   奥ゆかしい 綺麗な 枝垂桜です

  五月の連休前くらいが 盛りです

 僕個人は 九州とはあまり縁は深くはないのですが

 竹永尚義 さまの  福岡 茨城のことは
  頭に いれております

 これからも よろしくお願いいたします

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年3月26日 (月) 22時02分

竹永尚義さま
 墨堤の桜、常陸の国から移植も一つの説ですが、隅田川の吾妻橋を浅草寺を背にして渡り、墨堤に沿って左手へしばらく歩くと隅田公園があります。そこは元水戸徳川家下屋敷があった所ですので、水戸徳川家と将軍家綱との間に桜の話があったかもしれませんね。どんな話か想像するだけでも楽しいですね。

投稿: konoha | 2018年3月26日 (月) 22時08分

能勢の赤ひげさま
 そうですね、私も世界史地図や日本史の世界を彷徨うのが好きです。『火の路』をぜひ読んでみたくなりました。教えていただいてありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

投稿: konoha | 2018年3月26日 (月) 22時22分


春爛漫 どこもかしこも満開の桜で賑わっているようです。先日もTVで千鳥ヶ淵にボートを浮かべた若いカップルが湖上から溢れんばかりの桜を楽しんでいる様子が放映されていました。

千鳥ヶ淵というと、私達はすぐ皇居に隣接した千鳥ヶ淵公園のことをいイメージしますが、京都にも古くから千鳥ヶ淵とよばれている迷所?が、あります。

平家物語には、何人ものヒロインが登場しますが、横笛もその一人で,建礼門院につかえる女房ですが、その横笛に斉藤時頼という清盛の息子につかえる下級武士が、惚れ込んで恋人になりましたが、身分差をたてに父より反対され、恋と父の命令との板挟みになった時頼は悩んだあげく出家し、滝口入道と呼ばれて嵯峨の往生院でひたすら浄土往生をねがう毎日を送ります。

捨てられた横笛は、往生院に滝口入道をたずね、変わりない恋心をうったえますが、滝口にすげなくされてから嵯峨野をさまよったあと、大堰川(桂川)の千鳥ヶ淵に身をなげて死んでしまう。というストーリーですが、星のや京都のすぐ手前、あまり知られていない迷所です。

その対岸あたりに、小督塚(おごう)と記した ちいさな石碑があります。
小督もまた平家の盛衰をいろどるヒロインの一人、宮中一の美人、琴の名手だったと平家物語は語りはじめます。

小督は、建礼門院徳子につかえる女房で冷泉隆房という恋人がいたが、高倉天皇の寵愛をうけるようになり、やがて清盛の怒りに触れ、嵯峨野の奥に逃れます。

清盛の命をうけ、嵯峨野の辺りで小督を探す源仲国という笛の名手・・・聞こえてくる琴の音を目当てに近づくと・・・

『亀山のあたりちかく、松のひとむらある方に、かすかに琴ぞ聞こえける。 峯の嵐か、松風か、たずぬる人の琴の音か、おぼつかなくはおもえども、駒をはやめてゆくほどに・・・・楽はなんぞと聞きければ、「想夫恋」といふ楽なり。』(平家物語 小督)

なんと、黒田節の一節は、ここから取り入れられていたのです。

千鳥ヶ淵、小督塚とも、嵐山のこの一帯も、桜の名所で、今まさに大勢の人々で賑わっています。

投稿: あこがれ | 2018年3月28日 (水) 13時35分

 首都圏はさくらが満開で春の訪れを感じる毎日です。

二木先生の解説で隅田川のことを理解しました。
 >隅田川は荒川の支流で、北区の新岩淵水門で荒川から分かれ、新河岸川(しんかしがわ)、石神井川(しゃくじいがわ)、神田川、日本橋川などを合わせて、東京湾に注ぎます。

 私は日頃から石神井川付近で「二木先生の歌物語」を参考にしながら作詞作曲の背景や皆さんの曲に対する思いを学び練習しています。
 二木先生やコメントされる方々に感謝しています。

 草笛演奏については初心者の私ですが平成30年4月14日(土)13時~15時 第26回関東草笛の会・鎌倉大会 草笛定期演奏会(場所 鎌倉鶴岡八幡宮境内内  源氏池脇 鶴岡幼稚園広場藤棚の下)に参加します。
 まず全員で「さくら、鎌倉、早春賦、花(歌曲 四季より)」を、最後は「故郷」を演奏します。

 境内を使用のため全曲を無伴奏で行いますが 私は「栄冠は君に輝く、ビリーブ」を演奏します。

 草笛の音色がお耳に届きましたら気軽にお声掛け下さい。

投稿: けん | 2018年3月28日 (水) 18時09分

けんさま
 ご案内ありがとうございます。日曜日は留守居がいますので助かりました。友達に連絡をとってみます。発表会は励みになりますね。楽しみです。

『蛇足』に墨堤の桜について記載がありました。そそっかしくてすみません。😵

投稿: konoha | 2018年3月28日 (水) 19時29分

 あこがれさま

 こんばんは

 墨田の桜から 

  横笛  小督  へと 平家物語の 幽玄の世界へ

 導いていただき 有り難うございました

  滝口寺 清閑寺  等にも 訪ねたくなりました

     有り難うございます

 おしまいには  「想夫恋」 から  黒田節

   深いです   いやぁ 参ったというところです


  京都歴史検定  素晴らしいです
  これからも  いろいろ ご教授ください
    お願いいたします

 建礼門院徳子 につながってくると 徳子の子供さんが

    安徳天皇ですね

 伝 安徳天皇陵が能勢にもあります (全国に二十数ヶ 所あるようですがーー)

 ひょっとすれば  横笛  小督 らと
  安徳天皇との接触もあったのかな
  と興味がわき 調べてみましたが

 小督は 女官なので 触れれる立場ではありましたが  
 安徳天皇出生前に 清盛から放逐させられていました

 横笛は 雑仕なので とても 徳子の傍には寄れない  
 身分でした  
 
     ですから

 横笛 も 小督 も 接触はなかったと推測しています

  
  平家全盛  清盛のしたい放題の世の中

 不幸をかこった女性たちの  哀れな行く末に心打たれました  
  それだけではありません
 その直後には  平家に連なる どれほど多くの人たちが 
  不幸に落とされたのか

   考えると 恐ろしいです


 現世の世情  と何と似通っていることか

 阿る  忖度しないと  生活できないようになる
 反抗すれば 苦もなく つぶされる

  二者選択 難しいですね


  権力とは 恐ろしいものですね
 早く 清々しい世の中が きてほしいものです


 桜 といえば  どうしても 眺めてみたい景色があり ます

 平泉で 義経が見たはずの
  高館 から望む 束稲山の満開の桜です

 何日か 高館から 眺めてみたいものです

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年3月28日 (水) 22時02分

konoha さま

  こんばんは

 能勢の うちのクリニックの桜は
  明日  か  明後日 で 満開だと思います

 ここ一週間  ほぼ快晴の天気が続き  例年より
 数日 早く満開を迎えるようです

  今日は満月かな

 雲にまがふ 花の下にて ながむれば
    朧に月は 見ゆるなりける   西行

  
 世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は
    のどけからまし   在原業平

 風さそふ 花のゆくへは 知らねども
   惜しむ心は 身にとまりけり   西行

 春ごとに 花のさかりは ありなめど
   あひ見むことは 命なりけり  よみ人しらず


  桜に対しての 想い を古え人たちは
   数限りなく よんでおられます

 桜の咲く事を期待する心
   満開の桜で 心満たされること
     また すぐに散り 来年を待つ心

 時  周りの事象は  残酷にも過ぎ変化していきます

  桜に去来する 景色の変化を楽しみながら
   毎日 毎日を大切に過ごすことですよね

  書きながら 不思議に納得している自分がいます


 
  あこがれさま

   こんばんは

 喫茶店の片隅で  で紹介された二年坂の喫茶店は

  cafe 我楽苦多 というお店でしょうか

 
 竹久夢二の碑がおかれているのは みなとや の店先
 その近くで 番傘を軒にぶらさげている店
   ということで  京の友人に聞いてみました

  一度 立ち寄ってみたいです


 少し雰囲気は違いますが  高台寺を少し西に
   下ったところに  料亭 浜作があり
   その二階 は喫茶になっています
 お話好きの 浜作の娘さんのお一人がお上をして
 おられて 四季によりかわる襖などの調度品 
 また 明治 大正 昭和の有名人 文豪などの書
 また 英国のチャールズ皇太子のサイン入り
  色紙まであります  とても興味深い空間です
 チャールズ皇太子は  以前の訪日時 浜作に
  こられたようです

  茂庵  真古館  もすばらしい時間をいただける
 ところです

  先日 銀閣寺 白沙邨荘 あたりまで 出て行きましたが 
 人ごみのすごいこと  駐車もできず すごすご
  引き返してきました   桜は満開でした

 やはり 自分のスタンスで 行動しないといけないです
 観光シーズンには行かない  これが 僕のポリシーでしたのにーーー

 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年4月 2日 (月) 23時37分

百人一首の中から、春の花によせる和歌を探して見ましたが、さすがに もの想う秋の歌に比べて、春は以外に少ないことに気がつきました。

花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに  小野小町  第9首

いにしへの 奈良の都の 八重ざくら 今日九重に 匂いぬるかな  伊勢大輔(いせのたいふ) 第61首

もろともに あはれと思え 山ざくら 花よりほかに 知る人もなし  大僧正行尊  第66首

高砂の 尾の上(え)の桜 咲きにけり 外山(とやま)の霞 たたずもあらなむ  権中納言匤房(まさふさ)  第73首

花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり  入道前太政大臣  第96首

ざっと、見ただけですが、こんなものでしょうか?

同志社女子大 表象文化学部教授 吉海直人氏 著「こんなに面白かった 百人一首」より

実は、私も先月末 大混雑を予想しながら 平安神宮の枝垂れ桜~疎水沿い~南禅寺インクラインと行きましたが、岡崎公園地下駐車場が大渋滞で、とても駄目× 急遽、行き先変更! 人ごみを避けて洛西~ 大原野神社~勝持寺 近辺をのんびり散策しました。 この辺は私の縄張りで、6年前まで世話になった友人の会社の近くで知り尽くしているところですが、それでも年々人は増えています。
花の寺(勝持寺)の西行桜 100本も、まだ大丈夫でした。 本当は、枝垂れがみたかったんだけど~。

やはり、行列のできるラーメン屋は 避けたほうがいいみたいですね。 今から六甲山へ(仕事)上がります。

投稿: あこがれ | 2018年4月 3日 (火) 08時52分

 近所の長い坂にある桜並木はすっかり葉桜になってしまいました。今年は早咲き早散りで、気持ちの中の意外な想いを知りました。
 毎年桜のつぼみのふくらみを見ながら、まだかな、まだかな、ああ、もう直き咲くかなという待ち焦がれる楽しみがなかったような気がします。東京の桜は満開になったら直ぐ強めの春風に花びらが舞い散り、あっという間に桜の季節が終わろうとしています。
 赤ひげさまのコメントの中の 「風さそふ 花のゆくへは 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり 西行」
  まさに早朝の桜並木を見たときの気持ちでした。寒く厳しい冬が遠のいて見る桜の固い蕾に、語りかけるような気持ちから花見の季節が始まる気がします。そして開花してからの天気に一喜一憂し、満開の桜を満喫して風に散りゆく花びらを惜しみつつの気持ちが花見なのですね。今年の桜でそのことが分かりました。

因に私も昔からマンデリンです。酸味がないので胃に優しいような気がします。

投稿: konoha | 2018年4月 3日 (火) 09時30分

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