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流転

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:藤田まさと、作曲:阿部武雄、唄:上原 敏

1 男命を みすじの糸に
  かけて三七(さんしち) 二十一(さいのめ)くずれ
  浮世かるたの 浮世かるたの
  浮沈み

2 どうせ一度は あの世とやらへ
  落ちて流れて 行く身じゃないか
  鳴くな夜明けの 鳴くな夜明けの
  渡り鳥

3 意地は男よ 情は女子(おなご)
  ままになるなら 男を捨てて
  俺も生きたや 俺も生きたや
  恋のため

《蛇足》 昭和12年(1937)に封切られた松竹作品『流転』の主題歌として作られました。『妻恋(つまこい)道中』などと並ぶ上原敏の代表作。戦後、赤木圭一郎がカヴァーしています。

 映画は、井上靖の小説に基づいて松竹の下加茂撮影所で制作された時代劇。
 天保年間、『勧進帳』で使う曲の変更を巡って市川海老蔵と対立した三味線弾き・新二郎が出奔、旅芸人・お秋の養父を殺してしまったのが原因でやくざに身を落とすが、三味線演奏が忘れられず、江戸に戻る……といった、芸談と股旅物をミックスしたような内容。
 第一部『炎』、第二部『星』が相次いで公開されました。
 昭和31年
(1956)に、高田浩吉主演でリメイクされています。

 原作は、『サンデー毎日』が昭和11年(1936)に募集した懸賞小説に、当時30歳だった井上靖が応募して当選した小説。井上靖の自伝的三部作『しろばんば』『夏草冬濤』『北の海』の大ファンである私にとっては、彼がこの種の小説を書いていたのは意外でしたね。まあ、井上靖の才能の幅広さを示すものといってよいでしょう。

 1番の二十一はサイコロの目、1~6の合計。二十一だから、九九を使って三七としゃれたわけです。「命を懸ける」と「数字を掛ける」の語呂合わせにもなっています。

(二木紘三)

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コメント

 なぜヤクザの歌に三味線がでてくるのか、長い間、わからないまま聴いていました。今日<蛇足>の解説で謎が解けました。
サイコロの目の総和二十一を、三七というのも洒落ています。一日中を四六時中という、あれですね。
 ホーチミンの作った漢詩にも「七九」というのがあります。
詩の内容は、わたしは今年六三歳になったが、まったく身体はどこも悪くない。いたって壮健である。(革命への情熱は、いささかも衰えていない)というものです。
 
 この歌はメロディーがおぼえやすく、「流転」という題も、股旅物にそぐわない、ある意味印象的です。諸行無常を感じさせ、歌の題が「あの世とやらへ落ちて流れていく身じゃないか」という歌詞に、つよく呼応しているように思います。
義理に生きるヤクザがカッコいいというより、結局は、人間みんないなくなるのだとしんみりしてしまうのであります。


投稿: 七色仮面 | 2014年3月18日 (火) 18時32分

赤木圭一郎が不慮の事故で亡くなる直前にこの歌をカバーしています
この2番の歌詞が当時から当時から頭を離れません
赤木はまさかの運命を予期していたかのようで胸にグンと迫り来るものがあります

※かけて三七賽の目くずれ……目から鱗です  ありがとうございました

投稿: くろかつ | 2016年4月12日 (火) 20時00分

くろかつ様のコメントで謎が解けました。
亡夫は殊の外赤木圭一郎にほれ込んでいました。
「流転」も彼の持ち歌であったことは存じませんでした。
実は、ふとした折にこの歌を口ずさむ亡夫に違和感を持っていました。股旅演歌と赤木敬一郎が結びつきませんでした。
赤木が早逝したため  亡夫の歌の趣味は
フランクン永井、裕次郎に変わりました。
後年は加藤登紀子の「百万本のバラ」が持ち歌でし
た。くろかつ様のコメントに接して亡夫の心が理解できて嬉しく思います。

投稿: りんご | 2016年11月16日 (水) 17時00分

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