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今日でお別れ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:なかにし礼、作曲:宇井あきら、唄:菅原洋一

1 今日でお別れね もう逢えない
  涙を見せずに いたいけれど
  信じられないの そのひとこと
  あの甘い言葉を ささやいたあなたが
  突然さようなら 言えるなんて

2 最後のタバコに 火をつけましょう
  曲ったネクタイ なおさせてね
  あなたの背広や 身のまわりに
  やさしく気を配る 胸はずむ仕事は
  これからどなたが するのかしら

3 今日でお別れね もう逢えない
  あなたも涙を 見せてほしい
  何も云わないで 気安めなど
  こみあげる涙は こみあげる涙は
  言葉にならない さようなら
  さようなら

《蛇足》 昭和42年(1967)に日本グラモフォンから発売。このときはあまり売れませんでしたが、2年後にニューアレンジで再発売したところ、大ヒットとなり、第12回日本レコード大賞を受賞しました。

 上のmp3では、菅原洋一の歌い方に合わせて、音の長さを原譜と変えたところがあります。私の見た楽譜は、おそらく昭和42年発売のオリジナル版だったのでしょう。

 2番に「最後のタバコに火をつけましょう」とあるところから見ると、この女性は水商売に携わっているか、携わっていたことがあるようですね。素人の女性は、男のくわえたタバコに火をつけるようなことはしない、というよりも思いつかないものです。
 もっとも、最近では素人か玄人か区別できない女性が増えているので、火をつける人もいるようですが。

 1970年代以前の映画を見ると、邦画・洋画を問わず、タバコを吸う場面の多さにびっくりします。
 
 昔、友人がジェスチャー入りでこんな話をしてくれたことがありました。あるフィルム・ノアール
(題名失念)のなかで、ジャン・ギャバンが首をやや傾けながら親指と人差し指でタバコをつまむようにして吸っていた、というのです。
 タバコは人差し指と中指の間にはさんで吸うものと思い込んでいた私は、それを聞いてカッコイイと思い、
ときどきそのまねをしました。アホな不良高校生をしていたころの話です。その友人は早世してしまいました。

 近年は喫煙者がめっきり減りました。私も、医学者の友人に諭されて、だいぶ前にやめました。映画やテレビラマでも、喫煙場面はほとんど見られません。そのうち、「紫煙をくゆらす」といった言葉も死語になるかもしれませんね。

(二木紘三)

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コメント

この歌は昔から好きだったけれど、「今日でお別れ」ということで、カラオケの会では遠慮して余り歌いませんでした。
ただ、還暦を期に高校の同級生男女8人で始めて、12年間続いたカラオケの月例会が最近終わることになり、最後の3回は遠慮なく歌いました。
私は2番の歌詞に感心しています。「あなたの背広や身のまわりに やさしく気を配る胸はずむ仕事は」など女性によくもてて女心の分かるなかにし礼さんならではでしょう。残念ながら、私は女房が私に対してそのような気持ちでいてくれてるかどうか全然自信がありません。
You Tubeでは長い間、アニメの美人ダンサーが踊る動画を背景にしてフランク永井が歌う素晴らしい「今日でお別れ」が見れたのですが、3ヶ月ほど前に削除されてしまいました。残念。

投稿: 山下仁平 | 2014年3月 5日 (水) 22時13分

アニメの映像でしたら、
「フランク永井 今日でお別れ」検索すると、
他のサイトでありますよ。

投稿: なち | 2014年3月 6日 (木) 06時37分

昭和46年頃NHK FM から流れてきた ミルバの「今日でお別れ」は哀愁と女の怨みが不思議に混じり合って圧巻でした。私の持ち歌として、卒業や転勤で歌うと周りの人も皆自然と切なさと想い出の涙が溢れてきたようです。ミルバほど情感をこめてこの曲を歌える歌手はいないように思います。

投稿: bunchan | 2014年3月 6日 (木) 10時50分

なち様
早速ご案内頂きましてありがとうございます。すぐ調べまして見つけることができました。
もう会えないと思っていた恋人に奇跡的に再会できたような気持ちです。リズミカルなワルツの前奏で始まり、綺麗なアニメのダンスをバックにしたフランク永井の魅力的な歌を久しぶりに聴くことができました。

投稿: 山下仁平 | 2014年3月 6日 (木) 11時26分

タバコの持ち方の解説まで興味が湧いてきます。水商売の女性なのではとの解説もうなずけます。私は日射病で入院したらタバコが抜けていました。

投稿: 海道 | 2014年3月 6日 (木) 15時57分

 菅原洋一は加古川の出身です。JR加古川駅のすぐそばに、寺家(じけ)町の商店街がありますが、その中に商売をしている実家があり、通るたびに、彼を思いだします。
 この歌は、メロデイーもスローテンポで心地よく、なかにし礼の歌詞も素直に心に響いてきます。歌詞には、涙、言葉が多用されていますね。恋愛の経験の多い人とそうでない人は、実感の度合いがちがうでしょう。
さよなら(の言葉)、甘い言葉、きやすめ(の言葉)、言葉にならない・・・人間は言葉を話す動物なのだと、当たり前の事実をいまさらながらかみしめます。

 ところで掲載されたモノクロの写真は、不思議な余韻が残ります。一焦点透視法で写された風景、陸橋らしき上を歩いていく男、それを見送る女。じつにいい写真ですが、この男と女の関係はなんだろうと考えてしまいます。
 歌の内容と写真は別のものと思います。そして、この写真は男女の別れの場面のようには見えません。女に、必死なもの、真摯なものが伝わってこないからです。
<今通り過ぎた男、ちょっといい男だったな>くらいでしょうか。
もし男が、さっきまで女の横にいた彼氏だとしたとしても
<あの人、トイレに行くといってたけど、場所わかってるのかな~>
もしくは<タバコが切れて買いに行くといってたけど、ちょっとがまんすればいいのに・・ばか>
でしょうか。
 いやまてよ、トイレにしろタバコにしろ女はふつう立ち上がってついて行くでしょう。やはり最初の、いい男を見送る図というのが妥当でしょうか。妙に詮索をしたくなる写真です。

投稿: 紅孔雀 | 2014年4月29日 (火) 09時18分

74歳を超えてから、二木先生の歌物語を毎日聞かせていただいております。大学時代の通学の時、文学部の女性に片思いをしていましたが、どうしても話す事が出来ませんでした。就職して3年後、京都でばったり彼女と出会いました。思い切って誘ったところ、来てくれました。2回デートした時に彼女から見合いで結婚が決まっている事を話され、寮に帰って沈み込んでいる時に、テレビでこの歌が流れていました。50年経った今でも忘れる事が出来ません。

投稿: 坂本 佑精 | 2016年5月 3日 (火) 16時49分

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