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昔の名前で出ています

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:星野哲郎、作曲:叶 弦大、唄:小林 旭

1 京都にいるときゃ 忍(しのぶ)と呼ばれたの
  神戸じゃ渚(なぎさ)と 名乗ったの
  横浜(ハマ)の酒場に 戻ったその日から
  あなたがさがして くれるの待つわ
  昔の名前で 出ています

2 忘れたことなど 一度もなかったわ
  いろんな男を 知るたびに
  いつもこの胸 かすめる面影の
  あなたを信じて ここまできたわ
  昔の名前で 出ています

3 あなたの似顔を ボトルに書きました
  ひろみの命と 書きました
  流れ女の さいごの止まり木に
  あなたが止まって くれるの待つわ
  昔の名前で 出ています

《蛇足》 昭和50年(1975)1月25日に日本クラウンから発売。
 当初はあまり売れませんでしたが、昭和52年
(1977)に入ってから売り上げが伸び始め、ロングセラーになりました。累計売り上げは約96万枚。

 流浪のホステスの悲哀に小林旭の高音がよく合っていました。

 「○○では……と呼ばれたの。××では……と名乗ったの」というフレーズが印象的で、よく漫才やコントのネタにされました。
 また、一時期パッと花を咲かせたものの、その後は鳴かず飛ばずでほとんど忘れられていたタレントなどが、何かの拍子でまた日の目を見るようになった場合、「昔の名前で出ています」と揶揄されたものでした。

(二木紘三)

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コメント

 小林旭の声は、すっとんきょうなほどに高くて、あまり好きではないんですが、<蛇足>のご指摘どおり、高い声がこの歌にたいへんマッチしていると思います。
 水商売の女性を、一時テレビなどで、お水の女といってましたが、その、お水の女の純情を歌っています。
浮き沈みの激しい世界ですが、いやそれだからこそ、心に一途なものを秘めて、自分を支えているということでしょう。
「昔の名前で出ています」という題名自体が、キャッチコピーとしてすぐれている。哀愁があって、なぜか、なんとなく可笑しい。たしかに漫才ネタになりそうだ。

 もう20年近く前の出来事ですが、中学の同窓会があった。みんな30年ぶりに会うので、それぞれ卒業後のたどった道のりや最近の様子などを順番に話した。
 一人のマドンナ的女生徒だった人が「結婚に失敗ちゃって、旧姓にもどってます。昔の名前で出ています」とあいさつした。みんなクスクス笑った。しかしさびしい笑い声だった。
今、スナックを経営しているという彼女は、当時はテニス部員だった。ラケットを持った彼女の姿を思い出しながら、彼女の身の上におこった30年を勝手に妄想した私でした。


投稿: 紅孔雀 | 2014年9月22日 (月) 14時54分

古い奴だとお思いでしょうが、昨今は俳優・女優の安売りが目立ち、昔は俳優・女優と言えば映画俳優(男優)・映画女優を指すのが一般的でした。昨今はTVドラマや、ドラマの延長のような映画に出ただけで女優と呼ぶ風潮があり、古い奴だとお思いでしょうが、日本映画全盛期を知っている者からすれば百年早いと言いたくなる今日この頃です。
小林旭は映画俳優の中でも断トツのヒット曲…、古くは「ギターを持った渡り鳥」「ダイナマイトが百五十屯」「ダンチョネ節」「アキラのズンドコ節」「自動車ショー歌」「北帰行」…などのヒット曲を含む100曲!近い曲を唄った歌手でもあるわけです。
六社(東映、東宝、大映、松竹、日活、新東宝)全盛期に映画俳優で歌手としても成功したのは、小林旭と石原裕次郎が双璧ではないかと…、女優では吉永小百合一人ではないかと…。二木先生の解説やコメントにあったように、石原裕次郎とは対照的に「すっとんきょうな高音」が小林旭の真骨頂です。

投稿: 焼酎百代 | 2014年9月22日 (月) 18時29分

焼酎百代 様
歌手で成功した女優は小百合さんの他に高峰三枝子、高峰秀子、賠償千恵子、薬師丸ひろ子、中山美穂等たくさんおられるように思いますが・・・

投稿: 女優考蛇足 | 2014年9月22日 (月) 23時28分

作詞の星野哲郎先生も亡くなられました。私が勤務していた鹿児島の薩摩半島の中央あたりにある某工業高校には数学の先生がおられ、「私は清水高等商船の卒業生です。星野哲郎さんと同じところです」とおっしゃっていました。私も鹿児島を離れ、故郷の福岡に帰ったので、先生の消息も分かりませんが、お元気だったらいいのですが。
なお、この歌は、義兄の車を譲り受け、そのカーステレオに入っていたテープで覚えました。いまどき、テープのカーステレオなどないでしょうね。

投稿: 江尻陽一 | 2014年9月22日 (月) 23時49分

女優考蛇足 様
独断と偏見と好みから、強引に吉永小百合一人としたわけですが、ご指摘の通り他の女優もたくさんおられます。

投稿: 焼酎百代 | 2014年9月23日 (火) 08時50分

『昔の名前で出ています』は二木ワールドには似つかわしくないのかなとあきらめていましたが、今朝見つけて大喜びしています。
 全くの音痴の私にとって学校時代の音楽の時間は苦痛でした。特に、女子生徒からの冷ややかな眼差し・・・。
 70歳の記念同窓会でマイクを握って唄った歌がこれです。お酒の勢いを借りて人前で唄えるただ一つのカラオケです。同級生の皆が不思議そうにながめていました。
『○○ちゃんが唄った‣・』
 ありがとうございました。
                 鐵哉

投稿: 岡元鐵哉 | 2014年9月23日 (火) 10時24分

「忍」「渚」「ひろみ」 と並べられると見事に濃厚な昭和の香りがよみがえって来ます。特に3番に「ひろみ」と持って来たのが見事だと思います。

投稿: 海道 | 2014年9月23日 (火) 11時38分

私の住む町内にすごく怖い顔をした女の人がやっているスナックがあります。結構流行っているようですが、あんな怖い顔を見ながら。何故男はお酒を飲めるのか不思議でなりません。愛想も良くないようで夫に聞いてみるのですが、別に顔なんか見てないと言います。名前で行くわけではないようですし、ご町内七不思議です。男の気持ちがわかりません。最も私は夫も含めて酒飲みは人間ではないと思っていますから分からなくてもいいのですが・・・

投稿: ハコベの花 | 2014年9月23日 (火) 20時59分

 ハコベの花さま
 いやあ、挑発してくれますね~、酒飲みを。(笑)
酒飲みが人間じゃないなら、なんでしょう。
いちおう哺乳類には入ってますでしょうか。(笑)
 故立川談志師匠が、次のような趣旨のことを言ってます。
酒を飲むやつは、最後のところで「自分はダメなやつだ、いや人間ってダメな存在なんだ」を確認している。
結構つらい営みだ。だから酒をやめるやつは(それに耐えられない)意志の弱いやつだ。
「業の肯定」という談志師匠の持論です。
私も、痛飲した後,自己嫌悪に襲われて、師匠の言う境地に何度も近づきました。(笑)
 「なにを身勝手なことを、意味不明だ」という人も多いでしょう。
わかる人にしかわからない話です。まあ話というのはすべてそうですが・・

 すごく怖い顔で、無愛想な女の人。うむ、一般論としていえば蓼食う虫も好き好きということでしょうか。
しかし、無愛想な人が好きという人も、結構いますよ。
私も、板前・料理人なんかは、無愛想な人の方が信頼できます。
愛想なんて、所詮は作為的なもので、無愛想こそ朴訥であり、自然であると考えるわけです。
まるっきり菊池寛の『忠直卿行状記』の世界です。(笑)
 銀座の売れっ子ホステスがみんな美人で、愛想がいいとは限らない。
昼間、社長や重役をしている人などは、作り笑顔に飽きてしまって、不機嫌なくらいのホステスに魅力を感じるとか・・
 「ツンデレ」という言葉が一時流行りました。基本の態度はツンツンと冷淡だけれど、肝心な場面でやさしくして、客をデレッとさせる。時折の親切は身にしみるというか、それまでの不安を吹き払うのです。わかりやすくいえば、Mの心理です。
飲み屋は心理戦です。断じて顔じゃない。


投稿: 紅孔雀 | 2014年9月23日 (火) 23時18分

人間でないから「うわばみ」と呼ばれているのではないでしょうか。自分を忘れ家族を忘れ子供を生んだ妻子の退院を忘れ退院の日の支払いを持ってこないで酒を飲んでいた酒飲みが人間であるはずがないのです。うわばみのほうが高等かもしれませんね。恥の搔かされ通しで50年が過ぎました。夫が先に亡くなったら大福、お汁粉、羊羹を山盛り供えてやろうと思っています。(夫が見るのも嫌がるものです)楽しみですねぇ。ふ、ふ、ふ・・・

投稿: ハコベの花 | 2014年9月24日 (水) 00時20分

 紅孔雀さん、おもしろく読みました。もっとも、全部の投稿に惹かれました。
 また、「ウワバミ」と言われるのもむべなるかな、という気がしています。
この歌は特に関心はありませんでしたが、中に同窓会で歌ったという方は謙遜しておられるのではと思いました。
学生時代に戻るのはいいもんですね。
 

投稿: 今でも青春 | 2014年9月24日 (水) 10時38分

私はアルコールがだめですので、コップにもグラスにもボトルにも縁がありません。
しかし、結婚前には、カウンター形式の料理屋によく通いました。お酒ではなく夕食のためです。

転職や転居でいくつかのお店が思い出されます。席が四つくらいしかないお婆ちゃんのお店、お母さんが一人で切り盛りされており時折中学生の娘さんが手伝っていたお店、二十歳前後の娘さんがアルバイトしていたお店など、どのお店も忘れ難いです。若い女性がいるお店では、暖簾をくぐるとき、今日彼女いるかな、と思う楽しみがありました。通いなれたお店ではママさんがお皿を一品サービスしてくださったり、私も出張の折に手土産を買って帰るなど懇意にさせて頂きました。

ある地方のお店ですが、着物姿の女性がカウンターで客のお相手をされていました。凛として上品な方で黒髪を後ろに束ねた美しい方でした。こんな地方にどうして銀座のホステスさんのような人が、と最初怪訝に思ったものです。そのうち少し会話できるようになりました。私より12~13才くらい年上の方のようでした。娘さんの学校のことなど良く話されました。ある日偶然電車の中でお会いしました。隣の男性を指して「私の主人です」と言って紹介していただきました。海外出張するとき、「日本食が食べたくなるでしょ」と言って、梅干しのパックを包んで戴きました。不遜ながら彼女に淡い恋心を抱きました。

何年か経ってそれぞれの土地を訪れた時、懐かしくてそのお店を探してみるのですが、もうその跡形はありません。寂しい限りです。少しずつ自分の人生の一部が消えてゆくような気もちに襲われます。

ハコベの花さま、酒を飲まないということで、人間と認めて頂けるのであれば光栄です。最も、ハコベの花様の厳格な基準からしますとそれは単に必要条件であって十分ではないと、重々承知してはおりますが・・・

投稿: yoko | 2014年9月24日 (水) 23時26分

小林旭のあの「頭のテッペンからのハイトーン」がこの楽曲に
合いましたね。星野哲郎はクラブで飲んでる時に、ホステスの電話のやりとりを聴いて歌詞を作ったといわれています。
 『昔の名前で‥…』は75年リリース、77年ヒット。
 『北へ』が77年リリース、同年追いかけるようにヒット!
この『昔の名前で出ています』で77年に初の紅白出場を果たす事になるんですね。日活が「ロマンポルノ路線」に向ってましたから、小林旭も考えたのでしょう。 『昔の名前で…』も『北へ』も叶弦大の作曲ですが、私は『北へ』のほうが好きで歌います。『昔の名前で…』は聴くのは好きですが、歌の舞台となるクラブ、バー、スナックにはとんと縁がありません。まるっきりの
下戸なものですから…。 小林旭の持ち歌には阿久悠作詞、吉田拓郎作曲の『ハーモニカの唄』というとても情緒たっぷりの
唄が有ります。阿久悠の世界を吉田拓郎が優しいメロディを添えています。 ちと話が飛びすぎちゃいました。

投稿: かせい | 2014年9月24日 (水) 23時34分

「酒飲みは人間ではない」と教えたのは私の父でした。養子に入った祖父が遊蕩で資産を全部なくしたのが身に沁みていたのでしょう。酒飲みには金を貸さない、保証人の判も押さない、家族が一番大事で家庭を守ってくれました。、私には4人兄が居りますが誰もお酒を飲みません。そのお陰で私は両親に早く死に別れましたが呑気に困ることなく生活出来ました。酒飲みが自分の口だけが可愛いなんて夫と結婚するまで全く知りませんでした。酒飲みの人間性もあると思いますが、大声で騒いでいる酒飲みを見ると今にバチがあたると言ってやります。本当はこの歌を聴くのは嫌です。酒飲みが悪いわけではなく夫の酒の飲み方が悪いのでしょうね。内緒なのですが私の若いころからの夢は人が振り返って見るような素敵な男性とスタンドバーでカクテルを一杯飲むことなんですよ。yoko様いかがでしょうか。

投稿: ハコベの花 | 2014年9月25日 (木) 12時48分

 ハコベの花さま
 自伝的な文章に会うと、冗談好きな私も、王手飛車取りをかけられたような、動けない状態になります。
「酒飲みは人間じゃない」には、そういう経緯があったんだと・・
 まあ、お酒の飲み方は百人百様です。カラオケのマイクを握って離さないとか、大声で騒ぐのは、酒のせいというよりも、その人の人間性の問題だと思います。
例えば、ある犯罪者がキリスト教徒だからといって、キリスト教が悪いとは、ふつう言わないではありませんか。
詭弁くさいかな・・、でも酒を愛する私は、本当にそんな気持ちです。
静かに飲んで人生を語る人もいます。少ないけど・・
 それから酒飲みか、そうでないかは、まったく体質的なもので、意志の強固さとは、ほとんど関係がないです。
大酒飲みは病気といってもいい。依存症という病気です。これは専門医の話です。
アル中患者は、けっして同情されないですね。なんでやめないの、意志が弱いだけでしょ・・と言われて。
肝硬変や肝臓がんで亡くなっても、自業自得じゃないのと周りの人から思われる。
自己責任でしょとしたり顔で言う人もいる。
自業自得、自己責任、なんと冷たい、小利口な言葉でしょうか。あんた、人生の実相、実態どれだけわかってるの。
 同病相憐れむの気持ちが,酒飲みどおしにはあります。
「昔の名前で出ている女」にも、がんばれよ、幸せをつかめよというエールを送っています。

投稿: 紅孔雀 | 2014年9月25日 (木) 22時42分

ハコベの花さま、
私の場合、酒が嫌いなのは酒で正気を失うとか、人生が破滅するとかいうことではなく、単純にその匂いが嫌、その味が嫌、という生理的なものです。ですからスリットスカートのセクシーな美女とカクテルグラスを傾ける、というような場面は夢見るのにはよいのですが、現実となるとお断りするでしょうね。それより私は、モンペ姿の星百合子さんとおまんじゅうを食べお茶を飲みながらお話しする、のほうが楽しいです。これだって身の丈知らずの妄想ですけどね・・・

投稿: yoko | 2014年9月25日 (木) 22時48分

ああ!自分の容姿を忘れていました。スタンドバーでカクテルの似合う女性でなければいけませんね。夢の中で昔の憧れの君とグラスを傾ける事にします。
紅孔雀様やそのほかのお酒好きの皆様、牧水の白玉の歯に沁みとおる秋の夜・・になってきました。良いお酒を!乾杯!!

投稿: ハコベの花 | 2014年9月26日 (金) 10時32分

この曲は、私が20代の頃、よく流行りました。
スナックに行っては必ず最初に歌っていました。
この曲を聴かせていただいて、少し残念なのは、2番と3番の、終わり付近が、半拍早く出ているので、伴奏とずれています。
一度精査をお願いします。

投稿: 殿川 | 2014年9月29日 (月) 21時45分

殿川様
遅くなりましたが、ご指摘の部分、修正しました。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2014年10月 6日 (月) 00時39分

ハコベさんと紅孔雀さんの掛け合いが痛快!
紅孔雀さん!苦労人ですね。卓見恐れ入ります。
ハコベさん、共通項を感じます。
酒のみにトラウマがありますね。心情察して余りあります。無学な私の母親から「この世に酒さえなかったら」の愚痴を聞いて成長した「りんご」です。

投稿: りんごちゃん | 2015年1月22日 (木) 20時42分

ハコベの花様
改めてハコベの花様のコメを精読、酒が悪いのではなく酒の呑み方が悪い!
そうです。それが真実です。

投稿: りんごちゃん | 2015年1月22日 (木) 20時50分

 もう30年も前でしょうか、常連であった居酒屋のママさんのお嬢さんの結婚披露宴でこの曲を歌ったことを想い出し懐かしく何回も聴きました。ありあとうございました。
 余談ですけど、作詞をされた星野哲郎さんは大のお酒好きでいろんな処に飲みに行かれたそうですが、ある日以前会ったことのあるホステスさんから電話があり、「昔の名前で出ています」と誘われ、この詞が誕生したそうです。
 曲も良いのですが、さすが星野さんの詞は何とも言えない味がありますね!
 

投稿: あきら | 2015年1月23日 (金) 15時23分

りんごちゃん様
 初めてお便りします。
 数々の素晴らしいコメント楽しく拝読させていただいております。
 私が、このサイトへの出会いは、「月見草の花」でした。今も毎日のように聴いています。
 今後とも楽しいコメントを楽しみにしています。
 よろしくお願いします。

 

投稿: あきら | 2015年1月23日 (金) 21時26分

あきら様
嬉しいコメントに生きる希望が湧く思いです。
パソコン漬けの生活習慣病で腱鞘炎やら首痛、腰痛の自業自得。そろそろ足を洗おうかと思ってた矢先に歌二木さまの魂に導かれて「うた物語」にたどり着きました。
オアシスとも一筋の光明とも、皆様の来し方を忖度しては励まされ、胸を熱くしております。
あきら様は紳士と推察。居酒屋のママさんの「御嬢さんの結婚式」に招待される資格は紳士、品の良いお客~。
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: りんごちゃん | 2015年1月24日 (土) 09時08分

りんごちゃん様
早速のコメントありがとうございました。実は、お便りをするのにはかなり躊躇をいたしました。でも、心よいご返事をいただきほっとしています。小生、今年の誕生日で75歳になりまが、まだ現役で仕事に頑張っています。営業の仕事ですが、1日車で70㌔ほど走っています。。事故には特に注意をしていますが、お客様とお会いするのが何よりの楽しみです。今後ともよろしくお願いします。

投稿: あきら | 2015年1月24日 (土) 20時24分

もう四半世紀も前になりましょうか、勤めていた企業の各地区人事が集まった研修会が、熱海で行われました。
当時ですから、夜はお決まりの懇親会。
私がこの歌をカラオケで歌い出すと、乗りの良い名古屋のMGRがみんなを誘い、俄かカップルのお座敷ダンスが始まってしまいました。
そのMGRは評判の良い人格のある方で、他地区である私も噂には聞いていて、昼の研修会では「流石」と感銘を受けた方でした。
この歌が自分にとって忘れられない歌となったのは、その集まりの一か月もたたない内に、訃報FAXがそのkさんの死を通告してきたからです。
「クモ膜下出血」による突然の別れは、本当に人生の無情を覚えたものでした。

投稿: 山ちゃん | 2016年10月 5日 (水) 21時11分

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