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春風

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:加藤義清、作曲:Stephen Collins Foster

1 吹けそよそよ吹け、春風よ、
  吹け春風吹け、柳の糸に、
  吹けそよそよ吹け、春風よ、
  吹け春風吹け、我等の凧(たこ)に、
  吹けよ吹け、春風よ、
  やよ、春風吹け、そよそよ吹けよ。

2 やよ、吹くなよ風、この庭に、
  風吹くなよ、風、垣根の梅に、
  やよ、吹くなよ風、この庭に、
  風、吹くなよ風、我等の羽根に、
  吹くな、風、この庭に、
  やよ、吹くなよ風、吹くなよ、風よ。

《蛇足》 フォスター作詞・作曲の『主人(あるじ)は冷たき土の下に』のメロディに、加藤義清が詞をつけたもの。
 明治36年
(1903)4月発行の『教科統合 少年唱歌(初)』(納所弁次郎・田村虎蔵編、十字屋)に掲載されたのが最初。

 戦後も、何度か歌詞が手直しされたものの、小学校5年生用の音楽教科書に掲載されました。
 昭和42年
(1967)版の文部省検定済み『音楽5』を見ると、加藤義清の歌詞から、各聯、真ん中の2行がなくなっており、さらに2番の「垣根の梅」が「桜の枝」に変わっています。もともと単純な歌詞だったのが、さらに単純化されたわけです。
 まあ、戦後、小学校で音楽を習った人びとの多くが、なんとなくこの歌を覚えているのは、CMソングと同様、同じような言葉の繰り返しだったからという考え方もあります。

 この『春風』と同じくらい音楽教科書に採用された歌詞に、吉丸一昌作詞の歌詞(下記)があります。明治41年(1908)6月発行の『中等音楽教科書巻三(北村季晴編、弘楽社)に掲載された『夕の鐘』がそれで、戦後も『ゆうべのかね』もしくは『夕べのかね』として昭和40年(1965)ごろまで、小学校や中学校の音楽教科書に掲載されていました。

  ゆうべのかね
  (昭和22年(1947)発行の『六年生の音楽』より)

1 むかしの人いまはいずこ、
  おとずれ来てたたずめば、
  たそがれゆく空をたどり、
  通いて来るかねの声、
  いえばとのはばたきに、
  みだれて消ゆ、のきのつま。

2 みどりの風岸をそよぐ、
  川のほとりさまよえば、
  たそがれゆく野路をこえて、
  おとない来るかねの声、
  牧の子がふえの音に、
  消えてはゆく、村はずれ。

(二木紘三)

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コメント

私も小5の頃に習ったような気がしますが、その時既に中程の2行はなかったような…。「我らの凧に」「我らの羽に」と歌った記憶があまりないのです。
 小津安二郎監督の代表作『東京物語』(1953)のラストの辺りで、香川京子が教師として通っている小学校の校舎からフォスター作曲、吉丸一昌作詞の『ゆうべのかね』を歌う児童の斉唱が流れて来ます。そして帰京するために乗っているであろう汽車の映像に重なって行きます。小津監督はフォスターが好きだったのですね。『ゆうべのかね』も中々素晴しい歌詞です。

投稿: かせい | 2014年10月12日 (日) 22時42分

書き忘れましたが、東京へ向う汽車に乗っているのは、香川京子とともに日本女性の美しい所作を見せてくれた「原節子」です。尾道の風景も随分変わったのでしょうね。

投稿: かせい | 2014年10月12日 (日) 22時53分

フォスターの歌というのはわかっていましたが、時々口をついて出る歌詞が途切れ途切れで、ちゃんと知りたいと思っていました。吉丸一昌で検索して、ナチさんが教えて下さったおけら歌集にたどり着きやっとはっきりわかりました。「ゆうべのかね」でした。私が覚えていたのは「おとずれきてたたずめば~ 家ばとの~ 乱れて消ゆ軒のつま」だけでした。6年生の時習ったのですね。分らないことが分かってすっきりしました。今朝のような秋の青空気分です。

投稿: ハコベの花 | 2014年10月18日 (土) 10時57分

往年の日本映画の大スター原節子が、9月5日に亡くなっていたことが判りました。享年95歳。その後半生は秘密のベールに包まれたままの生涯でした。
 彼女の追悼番組で「東京物語」(小津安二郎監督 1953年 リマスター版)が放映されました。そのクライマックスシーンで『ゆうべのかね』(フォスター作曲)が流れて来て、観客のこころにしみじみとした印象をあたえます。これは、小津監督の計算された演出と思われますが、実に効果的にこの歌が使われているのです。どのシーンで使われているかは、既にかせい様がコメントされていますので、そちらに譲りますが、なぜ『ゆうべのかね』でなければならなかったのでしょうか。といいますのは、この映画が製作されていた当時、『ゆうべのかね』は既に小学音楽の教科書で『春風』に変更になっていたように記憶しているからです。どちらもフォスター作曲ですから、メロディは同じです。ただ音楽的効果を狙っているだけでしたら、当時歌われていた『春風』が、映画では選択されたはずです。とすると、歌詞の問題ですね。
  昔の人今はいずこ 訪れ来てたたずめば
  黄昏(たそがれ)ゆく空をたどり 通いて来る鐘の音
  家鳩の羽ばたきに 乱れて消ゆ軒のつま
 上は『ゆうべのかね』の歌詞です。私が習ったのも、この歌詞ですが、当時は意味もよく分からずに歌っていましたが、改めてこの歌詞を読むと、なかなか宗教的な、深遠な意味をもっていることに気づきます。「東京物語」は、戦後の崩れゆく家族制度を問題にしたと言われますが、共同体としての家族がばらばらになるのは、家族の誰かが亡くなるときに象徴的に現れるように思います。「東京物語」をご覧になっていない方には、要領を得ないコメントになってしまいました。お詫び申します。

投稿: ひろし | 2015年12月22日 (火) 15時26分

いつも素敵なアレンジと解説を楽しみながら聴いています。「少年唱歌」の記述で気になったので投稿しました。おそらく(明36)「少年唱歌(2)」の『雪中の梅』のことだと思われますが、同曲は田村虎蔵作曲です。(明43)「女學唱歌(1)」に全く同名の『雪中の梅』が掲載されており、こちらがまぎれもなくフォスターの作品です。

投稿: masao | 2017年1月 8日 (日) 12時11分

同曲に「友を憶ふ」もありますね。
http://bunbun.boo.jp//okera/w_shouka/s_kentei/k4_haru_kaze.htm

投稿: なち | 2017年1月 8日 (日) 14時37分

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