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蛙の笛

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:斎藤信夫、作曲:海沼 実、唄:川田正子

1 月夜の 田んぼで コロロコロロ
  コロロコロコロ 鳴る笛は
  あれはね あれはね
  あれは蛙の 銀の笛
  ささ 銀の笛

2 あの笛きいてりゃ コロロコロロ
  コロロコロコロ 眠くなる
  あれはね あれはね
  あれは蛙の 子守唄
  ささ 子守唄

3 蛙が笛吹きゃ コロロコロロ
  コロロコロコロ 夜が更ける
  ごらんよ ごらんよ
  ごらんお月さんも 夢みてる
  ささ 夢みてる

《蛇足》 昭和21年(1946)4月12日の夜更け、来し方行く末を思い、展転として眠れないでいた斎藤信夫の耳に、コロコロ、コロコロというカエルの鳴き声が聞こえてきました。それを聞いているうちに、自然に1つの詩が浮かんできました。
 斎藤はそれを書き留め、『里の秋』の制作を通じて親しくなった作曲家・海沼実に送りました。こうしてできあがったのが、この郷愁を誘う童謡です。

 『蛙の笛』は、川田正子の唄で、昭和21年8月18日にNHKラジオから初放送されました。
 曲は好評で、振り付けも考えられ、幼稚園や小学校の学芸会などで演じられたりしました。

 なかには、カエルはゲロゲロ、ゲーゲーと濁った声で鳴くもので、コロロコロロと澄んだ声で鳴くというのは違うのではないか、と疑問を呈する人もいました。田植え時になると、夜、村中がゲーゲーゲコゲコという鳴き声で満たされる水田地帯に生まれ育った私も、そう思っていました。

 これについて、新潟県でネイチャー・ガイドをしている井上信夫さんは、鳴き声が銀の笛に例えられているカエルはシュレーゲルアオガエルだろう、といっています。
 外国人名がついていても、れっきとした日本在来種で、モリアオガエルの近縁種だそうです。

 シュレーゲル(Hermann Schlegel 1804-1884)は、ドイツ生まれの博物学者で、研究生活のほとんどをオランダのライデン王立自然史博物館で送ったことから、オランダの学者と書かれることもあります。
 彼は、シーボルトが日本から持ち帰った生物標本を研究して、この蛙が日本固有種だと発見したことから、この名前がつけられたそうです。

 シュレーゲルアオガエルは、本州・四国・九州とその周辺の島々(対馬を除く)に広く分布していますが、千葉県・栃木県・兵庫県では、数が減って準絶滅危惧種に指定されています。千葉県の成東(なるとう)(現・山武市)出身の斎藤信夫にとっては、残念な状況でしょう。

 いっぽう、この歌を歌った川田正子は、自著『童謡は心のふるさと』(東京新聞出版局刊)のなかで次のように書いています。

 ある年、秋田県に演奏旅行に出かけた時でした。旅館の庭から、とても印象的な声が聞こえてきました。「コロロ、コロロ」。はっとして耳を傾けました。まるで「蛙の笛」そのままの鳴き声でした。それは、カジカガエルでした。昔から美しい鳴き声を人々に愛された蛙です。以来、私は、斎藤先生が詞に織り込んだのは、カジカガエルのことだったのではないだろうかと考えています。

 どちらが『蛙の笛』の発想源かはわかりませんが、いずれにしてもアマガエルやトノサマガエルなどのゲロゲロ、ゲコゲコ組ではないことは明らかです。

 「兵庫県立人と自然の博物館」のホームページで、シュレーゲルアオガエルカジカガエルの鳴き声が聴けます。

(二木紘三)

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コメント

 昭和21年のひとたちは、カエルの声をコロロコロロと聞いた、そう受け入れた。しかも銀の笛とは・・、カエルの騒音を持ち上げすぎのような気もします。
 歌は世につれといいますが、文部唱歌『かえるの合唱』が耳に慣れた世代としては「かえるのうたがきえてくるよ、クヮクヮクヮクヮ ケケケケ ケケケケ クヮクヮクヮ」の刷り込みがあります。
 ウシガエルの声もきいたことがありますが、銀の笛とはとてもいえない、地をはう低音の迫力があります。
 騒音か、心地よい子守唄か・・そんな対立概念をカエルの声に当てはめるのもナンセンスかな。そう思ったのは次の一句を知った頃です。
斉藤茂吉の
「死に近き母に添い寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる」
 生の営みとしてのカエルの声、コロロでもでもゲロゲロでもモーモーでも何でも良し、そう思いました。

投稿: 秋山 小兵衛 | 2015年5月10日 (日) 18時22分

幼い頃に母が歌ってくれた童謡集にあった歌です。とりあげてくださりありがとうございました。その頃夜に蛙の歌を聞いていると、蛙たちのいる田んぼの小川や木立が思われて、蛙たちが田んぼの遠くへ連れて行ってくれる気持ちがしました。

投稿: 加藤 | 2015年5月12日 (火) 07時02分

 今までも聞いた事があるような感じの歌です。以前、仕事で山間地域にいた事があります。夕方になると、すずしい感じの声が聞こえました。今思うと「カジカガエル」の声だったのではと思います。その時は知らなかったのですが、蛇足の聞き比べで「カジカガエル」ではないかとそんな感じを受け取りました。
 おそらく歌のカエルもあの「ゲロゲロ」と鳴くカエルでなくきれいな声のカエルではないかと聞きながら思うことでした。いい歌をありがとうございます。

投稿: 今でも青春 | 2015年5月12日 (火) 13時45分

素敵な楽曲ですね。
「コロコロ」とあるので、私も川田さんのように、カジカガエルだと思いました。
古き良き頃の楽曲は、歌詞のみ、曲のみとどちらが単独でも素晴らしいですね。
我がまちは、「カジカガエル里」、なんです。
万葉集の頃から有名だったそうです。
短歌にも詠まれる位です。

投稿: みやこ路快速 | 2015年5月13日 (水) 05時37分

戦後間もなくの幼年期、手廻しの蓄音機やラジオから流れてきた川田正子の歌声を思い出します。

投稿: Bianca | 2015年5月13日 (水) 09時48分

 山口誓子は「ラレレラと水田の蛙鳴き交わす」と詠んでいます。コロコロも詩的ですが、ラレレラとは、人によって聞こえ方が違うものです。
 蛙と言えば幼稚園の時、蛙とりという行事がありました。ところがみんな気持ち悪がって乗り気ではありません。担任の先生も若い女の先生なので躊躇していました。そこへ付き添いでついてきていた私の母親が、靴を脱いで泥んこになってとってくれました。男の子たちも「おばちゃん、とって」とせがんでいました。私は少し恥ずかしかったですが、自慢に思ったのをおぼろげに覚えています。
 そんな勇ましい母親に育てられた私ですが、今日荒川沿いをウォーキングしていると蛙の声がコロロコロロと聞こえたような気がします。少しはお上品になったのかしら。

投稿: ぽん | 2015年5月13日 (水) 20時05分

蛙がコロコロと鳴くとは想いもしませんでした。
童謡作家の創作だろうと思っていました。
二木先生、綺麗な鳴き声のリンク、ありがとうございます。

私の故郷では、かって、夜の静けさの中、村の古い大木の方角から「ホー、ホー」というフクロウのかすかな鳴き声が聞こえていました。
これはさしずめフクロウの金の笛だったと言えるでしょうか。
今ではその大木もありません。

高校一年の時、生物の授業で蛙の解剖がありました。
私も家の前の小川で蛙を一匹捕まえて学校に持って行きました。
残酷で無用な殺生だったと思います。
可哀そうなことをしました。

投稿: yoko | 2015年6月25日 (木) 08時40分

九州ではいろんな場所で
美しい声で鳴くカエルに巡り合うので
銀の笛と聞いても特に違和感はありませんでしたが
きっと都会の方には馴染みがないのですね。

この曲は
子供と一緒に見ている幼児向けの音楽番組で
初めて耳にしました。

大好きな曲にまつわる裏話を拝読できて
有意義でした。有難うございます。

投稿: 点野悠紀 | 2015年7月 8日 (水) 10時58分

蛙の笛、掲載ありがとうございます。懐かしく聞いておられる方も大勢おられるようで、うれしい限りです。
私がこの歌のカエルがシュレーゲルアオガエルだと思うのは、早春の山里の田んぼで、このカエルたちの鳴き声を毎年聴いているからです。月夜の晩に「キリリ・コロロ・・・」と聞こえる軽やかなコーラスは、とりわけ見事です。
「花と緑の農芸財団」のホームページ「里の秋誕生物語」によれば、作詞者の斎藤信夫氏は「田植えを控え水が張られる季節、・・・横になっていた夜更けに、冬眠から目覚めたばかりの蛙の鳴き声が聞こえてきた」ことをヒントにイメージを膨らませたとのことです。
早春の月夜の田んぼで、このような声で鳴くカエルは、シュレーゲルアオガエルしかいません。確かにカジカガエルの声もすばらしいですが、鳴くのはおもに初夏の渓流で、それもどちらかというと「フィーフィーフィー・・・」と聞こえます。
シュレーゲルアオガエルは、水を張られた田植え前の畦のくぼみに、泡に包まれた卵を産みます。穴の中で鳴いているため、姿を見つけるのは難しいですが、木の葉の上にじっと止まっている緑色の姿を目にする事があります。モリアオガエルとよく似ていて、間違えられることも少なくありません。
カエルの種類にこだわらず、歌を楽しむだけでも十分ですが、早春の山里で月夜の田んぼのコーラスを実際に聞いてみると情感はさらに深まると思います。

投稿: 井上 信夫 | 2015年9月11日 (金) 04時47分

先月から、家の近くでシュレーゲルアオガエルが鳴いています。かわいい鳴き声だなと聞いていたら、カエルの歌を思い出しました。あれ、カエルの歌は、このカエルの声をうたったんだと思いました。でも確信が持てず、検索しているうちにこのブログに行き当たりました。記事を読んでやっぱりと納得がいきました。
ちなみに、下呂下呂下呂下呂ぐわぐわぐわと鳴くのは、ウシガエルではないでしょうか。
下呂下呂は違うか、また別のカエルですね。アマガエルかな。

投稿: 小原 邦夫 | 2016年4月13日 (水) 02時08分

台所で食器などを洗っている時、いつもこの歌を口ずさみます。しかし、「あれはね」の後、「銀の笛」なのか「銀の鈴」なのか、はっきりしません。調べようと思っていても歳のせいでしょうすぐ忘れてしまいます。こんなことが数年続いた末、今夜は意を決して調べました。このページにたどり着きました。すべて解決!ありがとうございました。

投稿: 栗原秋夫 | 2016年7月22日 (金) 18時51分

川田正子、かあさんたずねてを愛唱しています。
いつ帰るも愛唱しています。
里の秋も愛唱しています。
戦争に負けて、悲しさがこみあげてくる中、昭和一桁生まれの女、男全員で、貧乏に負けないように頑張ってくれたから、…ありがとうございました。
67歳童謡大好きな男です。

投稿: 田中豊 | 2016年10月15日 (土) 23時18分

私の郷里群馬県の中南部の子供たちは「カジカ」と呼び、「カエル」とは付けず、「河鹿」と書くことも知りませんでした。この鳴き声が川田正子や、みやこ路快速さんには「コロロ、コロコロ」と聴こえ、井上信夫さんにはフィーフィーフィーと聞こえるのですね。また、ぽんさんには、山口誓子が水田で鳴き交わす蛙の声をラレレラと詠んでいると教えていただきました。そこで思い出すのは、50年近い東京での暮らしの後に郷里へ帰去来して、田圃の真ん中に一軒家を建てたのが、乾ききった烈風の吹きすさぶ秋の暮れでしたが、年が明けて、春が来て、夏も近づくある日、見渡す限り乾いた土埃の下だった田圃に一斉に水が引かれました。するとその夜のことです。耳をふさのぎたくなるほどの蛙の合唱。いったい、今までどこにいたのでしょうね。考えてみれば一帯の小川や用水路から集まって来たのに決まっているわけですが、その晩は自分が別世界に投げ出された感じでした。その声音はと言うと、草野心平のいろいろな詩に出てくるような、いろいろの声の入った混声合唱でした。その後、家に泊まった友人が、蛙の声で中々眠れなかったよ、と言ったこともありました。

投稿: dorule | 2016年10月16日 (日) 12時05分

郷愁ひとしおです。
月光の差し込むあばら家で重たい布団にくるまって
「遠田のかはづ天に聞こゆる 」そのままの生家でした。
辛い時も 悲しい時も 想像の翼をたたんで
ひたすらに耳を傾けていつしか眠りに落ちるのでした。
例年より遅くりんごの花が咲き初め、田水が張られ
やがて、かえるの合唱が始まります。
高気密住宅の現在は外に出なければ聴くことはできません。寝床で聴けたのも粗末な家屋ならではと思うと
辛い思い出も 牧歌的な調べに返還されます。
二木先生の演奏を聴くや涙のスイッチが入ったが
コメントを書き進むうちに何故か笑いが込み上げました。
皆さま  良い夢をみてください。
私は 不如意を託って枕を濡らした子供時代に聴いた
カエルの合唱をなぞりながら眠ります。

投稿: りんご | 2017年5月 8日 (月) 23時11分

ほんとに懐かしいいい歌ですね。
りんごさんの「辛い時も 悲しい時も ・・・」の文章に
魅せられコメントを書きたくなりました。
田植えの時期は 昼間はつばめが天を真二つに切るように飛び廻り、夜は蛙の大合唱でラジオの音もかき消されそうでした。

父は昭和10年熊本から満州に渡りました。満鉄の技師として仕事をしていたようです。私と妹は奉天、大連で生まれ終戦1年後の昭和21年9月、父の故郷熊本に引揚げて来ました。大阪生まれ大阪育ちの母は「田舎の熊本はイヤ、早く大阪へ帰りたい」と抵抗したようです。
父が渡満前に住んでいた実家、田畑は全てなくなっていました。父はあばら家を借り、日雇いをしながら生活をささえてくれました。
雨が降れば雨漏りはする。田圃から蛙の合唱・・。母は「もうこんな生活はイヤ 大阪に帰りたい。」と毎日嘆いていました。
60年後の今は蛙の合唱など聞けない生活をしています。

投稿: けん | 2017年5月 9日 (火) 14時35分

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