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岩尾別旅情

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲・唄:さとう宗幸

1 北の涯(はて)知床(しれとこ)
  吹く風はつめたく
  波荒いオホーツクに
  白いカモメはあそぶ
  丘の上に咲く一輪の
  エゾニューの花によれば
  茜色(あかねいろ)の空に光る
  小さな星ひとつ

2 友と語る知床の
  岩尾別(いわおべつ)の宿よ
  静かに雨降る夜の
  思い出はもう消えぬ
  ランプを見つめ彼(か)の友と
  旅の情(なさけ)うたえば
  暗い夜の谷間へそっと
  美わしく流れゆく

3 別れてゆく知床の
  霧にけむる道で
  手を振る君の姿は
  花のかげに消えた
  いつの日かまた会えると
  笑顔で別れてきた
  君の声が今もきこえる
  その日までさようなら

  君の声が今もきこえる
  その日までさようなら

《蛇足》 昭和53年(1978)5月5日に発売したデビュー曲『青葉城恋唄』がいきなり大ヒット。これに続いて、同年11月21日にリリースしたのがこの曲。
 前作で示された独特のリリシズムは、この曲でも遺憾なく発揮されています。
 

 歌の舞台となった「岩尾別の宿」は「知床岩尾別ユースホステル」(上の写真)で、北海道斜里郡斜里町岩尾別にあります。さとう宗幸が滞在したころは、まだ電気がなく、ランプだったようです。現在は自家発電を行っていますが、電線はまだ通っていません。

 知床が世界遺産に指定されて観光開発が進んだ今も、交通は不便ですが、その不便さを愛する若者の来訪があとを絶たないといいます。
 『岩尾別旅情』が発表されてから、宿泊中の若者たちがこの曲を合唱するのが習わしになっていたと聞きますが、今はどうなんでしょう。

 学生時代、私も何度かユースホステルを利用しました。人といっしょに何かをするのが苦手な私には、ペアレントと称する管理人のリードのもと、宿泊者たちがゲームをしたり、歌を歌ったりする「ミーティング」が嫌でした。
 相部屋であること、夜10時に全館消灯されてしまうこともマイナスポイントでしたが、とにかく安いので、我慢して使いました。

 こうしたシステムが不人気だったためか、現在ではミーティングをしないユースホステルが多くなったそうですし、消灯後も食堂兼用の集会室では明かりがつけられ、仲間と語り合ったりすることができるようになっているようです。

Ezonyuu  歌詞に出てくるエゾニューは、セリ科シシウド属の多年草で、夏に花を咲かせます。北海道のほか、本州中部以北の比較的標高の高い地域に分布しています(右の写真)

 私にとって忘れがたいのは、伊豆のユースホステル。ああ、長い年月が経ってしまいました。

(二木紘三)

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コメント

 ユースホステル(YH)はドイツから起こった宿泊施設の一形式で、若者に安価で健全な旅の宿を提供する運動(YH運動)としてヨーロッパを中心に広がりました。同じくドイツから起こったワンダーフォーゲル運動と相俟って、国立公園などの自然豊かな環境に設立されることが多かったようですが、わが国では民間の宿の一部を安く提供してもらっただけの『相部屋の民宿』に過ぎない施設も多かったのが実情です。私は旅が好きでしたので、よくYHを利用させてもらいました。北海道には当時の若者の間で有名な名物YHがあり、夏の間は予約が難しいこともありました。
 学生時代北海道を一周した際に知床へも行っていますが、岩尾別は不便過ぎて行っておりません。さとう宗幸さんには、青葉城恋歌がヒットする前に歌声喫茶で歌っているのに出会っています。場所は東北一周の旅をしている最中に、何気なく入った仙台の喫茶店でした。
 YHにはペアレントの他、ヘルパーと呼ばれるアルバイト学生が居て、食事の支度や掃除などの雑用を行っていました。時々、ギターと歌が上手なヘルパーがミーティングで合唱をリードしているYHがありました。そのようなヘルパーにはフォーク歌手志望のフリーター?と思われる人が多かった気がします。

投稿: Yoshi | 2016年3月18日 (金) 15時43分

私は青葉城恋歌も。彼の「フオ、フオ」という歌声も大嫌いでしたが、ダークが唄っていたこの「岩尾別旅情」の凛々しいメロディに嵌ってしまいました。
ほんとにいい歌だと思います。

投稿: ゆく | 2016年3月18日 (金) 21時09分

この歌は初めて聞きました。沈んだ、寂しい旋律ですが、綺麗な抒情歌ですね。思わず口ずさみたくなります。しかし、どこかロシア民謡を思い出させる部分があります。出だしと終わりの小節にとくに感じるのですが、皆さんはどう思われますか。岩尾別という、北の最果ての地、オホーツク海にも面したロシア領に近いロケーションが、さとう宗幸をして、この歌を無意識にロシア民謡的調べにしたのでしょうか。

 わたしの学生時代(昭和30年代前半)には、ユースホステル(YH)は、まだ施設も少なく、利用者も少なかったように思います。わたしの学生時代によく利用したのは、各大学の寮でした。とくに夏季休暇には、帰省する学生が多いため、ほとんどただ同然で泊まることができましたが、プライベート尊重の今の時代では、あり得ないでしょうね。また、今の安全、衛生、清潔をよしとする時代風潮では、他人の寝具を借りて寝るなんて考えられないでしょう。弊衣破帽をよしとし、腰に汚い手拭いをぶら下げて、大道を闊歩する旧制高校生の名残りを、まだ留めていた時代の話です。

投稿: ひろし | 2016年3月22日 (火) 13時39分

二木先生ご無沙汰いたしております
 

 久しぶりに 二木ワールドに 彷徨いはいって楽しませていただいています  大好きな曲 岩尾別旅情 が掲載され
 また ユースホステル 北海道旅行が話題となり 心さわぎ書かせていただきます  お許しください

 今 古い 埃のつもったアルバムをひっぱりだしてきました  北海道一周旅行のものです

 昭和42年8月1-22日  

Yoshiさまが書かれておられるように 岩尾別は我々も行きませんでした  秘境だったからか 知名度のためだったのか 今では定かではありません  シュラフをかついで貧乏旅行でしたので 野宿もあり 駅舎を宿とした日もありました  ですから行こうという意志さえあればいけたのにーー 残念な気持ちになっています  共にめぐった仲間にきくと理由は明らかになるかもしれません    
 知床は ウトロに13日に着き 知床五湖 を廻り 
 ウトロの 王昭君泊   翌14日 知床半島を船で一周するつもりが その日は波たかく欠航 一日をウトロで過ごし その日も王昭君泊  王昭君の三姉妹に良くしていただいたと記録されています 毎日移動していたので良き休息だったのでしょう  15日 ウトロから羅臼まで遊覧船  こうして 夢のような古きよきページがすぎていきます

 ところで これからは僕の記憶の問題です  実は この時 地元甲子園では 夏の高校野球の真最中 応援していた報徳がでており この知床周遊のあたりで期待に反して そのころはまだ弱小地域の東北のチームに負けたと記憶していたのですが アルバムには 14日ウトロで野球をみる  報徳が逆転勝ちした と記載されています
 さて どちらが正しいのか ネットで調べましたが不明でした アルバムの方が正しいのでしょうね
 逆転の報徳という言葉が使われだしたのは 昭和35? 36?年ごろの  報徳ー倉敷工 の奇跡の逆転劇からです  報徳 甲子園初出場の時でした  以後 しばらくは  やせた もやしのような子達 が逆転でよく勝ちました なつかしいですね  この記憶を共有する方も少数派となっていると感じると 過ぎ行く時の残酷さを思はざるをえません
 奇跡の逆転劇の秘話を知ったのは その試合の二十年くらいたってからだったでしょうか  詳しくは書きませんが 監督が 勝負より 生徒たちとの約束を重んじた その決果 大逆転劇がおこっしまったのです  今ならマスコミは あの采配はおかしいと弱いものいじめをするでしょうね  真実がわかったとき ほっと胸をなでおろしたものです  監督と生徒たちとの約束が守られたことに 何ともいえぬ温かさを感じました             最近のスポーツには 数字 記録を追いかけすぎる傾向にあるのでは と思うこのごろです  甘いとお叱りをうける覚悟で クーベルタンの オリンピックは参加することに意義がある という言葉をつけさせていただきました

 因みに 高校野球の最高の試合は と質問されると
   これしかない  星陵ー箕島 の一戦  というでしょうね  鳥肌のたつドラマでも書けないストーリーでした
 
 また  勝手なこと縷々かいてしまいました
   二木先生 お許しください
 
 この場を お借りして ひろしさま ご無沙汰いたしております  赤ひげ 何とかがんばっております ご安心ください  顎ひげは 真白になりましたがーー 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2016年6月30日 (木) 23時55分

全国高校野球選手権大会 昭和42年
1回戦 報徳学園(兵庫)    4 ― 3 大宮 (西関東・埼玉)
2回戦 東奥義塾(北奥羽・青森)2 ― 0 報徳学園(兵庫)

1回戦で報徳が後半点数を入れて、2回戦はゼロ点です。
書いてある順番に試合があったのなら、1回戦、2回戦は何日頃でしょうね。

朝日新聞 大会主催者が発行する年史からのようです。
http://www.asahi.com/koshien/
  記録↓
http://www.asahi.com/koshien/stats/summer/y1967.html

因みに昭和42年8月14日は月曜日のようです。
http://www5a.biglobe.ne.jp/accent/kazeno/calendar/sitemap.htm

http://duarbo.air-nifty.com/songs/2013/03/post-f44f.html

投稿: なち | 2016年7月 1日 (金) 06時43分

能勢の赤ひげ様
お久しぶりですね。赤ひげ様のコメントをまた読みたいと思っていた人は多いと思います。また楽しませてください。
(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2016年7月 1日 (金) 11時47分

能勢の赤ひげ様
この場をお借しりての挨拶をお許しください。
感無量です。
二木様ブログへのデビューが遅いりんごは
リアルタイムでの「能勢の赤ひげ様」はもう臨めないものと思っておりました。
みちのくのこの空も能勢に続いております。
ご活躍をお祈りいたしております。

投稿: りんご | 2016年7月 1日 (金) 13時40分

二木様、音程が違うと思う箇所があります。
「白いカモメはあそぶ」の「カモメはあそぶ」の部分がYoutubeの歌と聞き比べると音程に違いがあります。
お調べ戴けると幸いです。 京浜地区の歌声喫茶で広まりつつある抒情歌で、更に人気を呼びそうな勢いです。

投稿: タイチョー | 2017年3月17日 (金) 14時29分

タイチョー様
お知らせありがとうございました。
私が作ったmp3は楽譜(アット・エリーゼで購入)どおりでしたが、調べたところ、「かもめ」の3音がさとう宗幸のオリジナルより各1度低くなっていましたので、修正しました。
ただし、YouTubeでは、あるコーラスグループ(ボニー・ジャックスかな?)もオリジナルより各1度低く歌っています(https://www.youtube.com/watch?v=iOkmK8mBWPo)。
(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2017年3月17日 (金) 17時55分

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