« 田舎の冬 | トップページ | さざん花の歌 »

月の法善寺横町

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:十二村哲、作曲:飯田景応、唄:藤島桓夫

1 包丁一本 晒(さらし)に巻いて
  旅へ出るのも 板場の修業
  待ってて こいさん 哀しいだろが
  ああ 若い二人の
  想い出にじむ 法善寺
  月も未練な 十三夜

    (セリフ)
    こいさんが私(わて)を初めて法善寺へ連れて
    来てくれはったのは「藤よ志」に奉公に上っ
    た晩やった。「早う立派な板場はんになりい
    や」ゆうて、長い事水掛不動さんにお願いし
    てくれはりましたなァ。あの晩から私は、私
    は、こいさんが、好きになりました。

2 腕をみがいて 浪花に戻りゃ
  晴れて添われる 仲ではないか
  お願い こいさん 泣かずにおくれ
  ああ いまの私(わて)には
  親方はんに すまないが
  味の暖簾(のれん)にゃ 刃が立たぬ

    (セリフ)
    死ぬ程苦しかった私らの恋も、親方はんは許
    してくれはった。あとはみっちり包丁の修業を
    積んで一人前の料理人になる事や。な、こい
    さん、待っててや…。ええな、こいさん。


3 意地と恋とを 包丁にかけて
  両手あわせる 水掛不動
  さいなら こいさん しばしの別れ
  ああ 夫婦善哉(めおとぜんざい)
  想い出横町 法善寺
  名残りつきない 燈(ひ)がうるむ

《蛇足》 昭和35年(1960)発売。藤島桓夫(たけお)が大阪弁の特徴にぴったり合ったソフトな声で歌い、語りました。

 大衆歌謡の歌詞は、多かれ少なかれ物語性を帯びているものですが、この歌は、セリフも含めると、そうした特徴がとくに色濃く感じられます。
 若くして老舗の料理屋に入った若者が、そこの娘と恋仲になるが、親方に認められるにはもっと腕を磨かなくてはと、修業の旅に出るというストーリー。

 ある時期まで、ドイツの職人世界で盛んに行われていた遍歴修業・ヴァルツェ(Walze)を思い起こしました。そういえば、この歌は、遍歴修業に旅立つ若者が恋人に別れを告げるドイツ民謡"別れ(Abschied)"と状況がちょっと似ています。

 料理、木工、焼き物、建築、染色などいろいろな分野で一流の技術を身につけるには、多くの時間と努力が必要ですが、AIの進展でそれも変わってきそうです。
 カイゼンは、トヨタが開発した製造効率化法で、各国の製造業に取り入れられ、高い評価を受けてきました。ところが、平成28年
(2016)に、日本のある製造会社がAIによる効率化を試したところ、提案活動によるカイゼンよりずっと多くの改善点が見つかったそうです。

 そのほか、3Dプリンターの急速な進化なども考え合わせると、超絶技巧をもった名人上手の存在は、今後は片隅に追いやられるかもしれません。
 しかし、AIや
3Dプリンターでいくら上等なモノが作れたとしても、歌謡曲のテーマにはならないでしょう。

 法善寺横町は、大阪市のミナミ(中央区と浪速区にまたがる繁華街の総称)を代表する繁華街の1つで、道頓堀ととともに、多くの大阪演歌に登場しています。
 通りの一角にある水掛不動は、水をかけて祈ると商売繁盛や恋愛成就などに御利益があるというので、いつも濡れて苔むしています
(上の写真)

 3番に出てくる夫婦善哉は、法善寺横町にある甘味屋の店名。織田作之助がこの店や法善寺横町を舞台にして書いた小説で有名になりました。小説は映画化され、森繁久弥と淡島千景の名演が印象に残りました。ただし、私が見たのは、封切り時ではなく、ずっと後年になってからです。

 「こいさん」という言葉を初めて知ったのは、フランク永井の『こいさんのラブ・コール』(昭和33年〈1958〉発売)を聞いたとき。このときは、「こいさん」は女性の名前か愛称だろうと思っていました。
 船場の老舗などで妹娘のことをいうと知ったのは、数年後に谷崎潤一郎の『細雪』を読んだときでした。冒頭にいきなり「こいさん、頼むわ。――」と出てきます。
 のちに、連れ合いの母親が大阪での娘時代に、「いとさん」と呼ばれていたと聞きました。「いとさん」も「こいさん」も、はんなりした響きを持ついい言葉ですね。

(二木紘三)

|

« 田舎の冬 | トップページ | さざん花の歌 »

コメント

いつも楽しく拝聴しています。仕事柄東京弁と関西弁(正確には神戸播磨弁)のバイリンガルなので、これと「浪花恋しぐれ」のセリフ等は得意になって歌っています。藤島桓夫の甘ったるい声は真似できませんが、船場言葉のイメージにはぴったりだと思います。こいさんは「こいとさん」から来ていると聞いたことがあります。いとさんは私など、いとはんと言うほうがしっくりきます。昔のガールフレンドは「なかんちゃん」でした。先生の言われる「別れ」ムシデンとはなるほど同じ状況ですね。

投稿: しょうちゃん | 2017年2月 5日 (日) 21時16分

20代の頃慰安旅行の宴会で鼻をつまんで藤島恒夫のモノマネで歌い、喝采を浴びました。それ以来今に至るまで私の18番の一つになりました。私は今、紙芝居ボランティアで、子供たちや高齢者施設で紙芝居の実演をしていますが、もともと芝居っ気があったので、セリフのところを思い入れたっぷりに言ったら、関西の人が思わず「ちがうな」と言いました。やはり、うまく関西弁でしゃべったと自分では思っても、現地の人は違うとわかるんだなと思いました。

あの頃は、歌がヒットするとその歌手の映画がすぐ作られましたね。藤島恒夫も数本映画に出たと思いますが、この歌を聞くと、当時の自分を思い出し懐かしいです。歌ってそこがいいところですよね。

投稿: 吟二 | 2017年2月 5日 (日) 23時31分

二木先生の演奏を聴きながら内容の深い「蛇足」を
繰り返し拝読しております。
懐かしい唄です。大阪、京都に肉親、親友がいるので
臨場感さえ感じるこの頃です。
裸電球の下で繕い物をする母や
わらうち仕事をしていた父の後姿が浮かんできます。
21年生まれの私は当時14才。
紙芝居の3円~5円のお小遣いももらえず指をくわえて
輪から離れていました。(飲んだくれの父親を恨む心は
社会を恨む心に進化し、党員教師に洗脳される温床は十分でした)

吟二さま

私も小学校の読み聞かせや老人ホームで
紙芝居を演じております。
昨秋は童心社の会長である 酒井京子さんの模範演技を
沢山観賞致しました。吉祥寺のホテルに一泊して
全国の紙芝居愛好家の方々との交流を深めました。
吟二様もご活躍ください。

投稿: りんご | 2017年2月 6日 (月) 13時15分

連続投稿をお許しください。
年代的  14才は 違和感があります。
紙芝居の輪から離れて わが身の不遇を嘆いていたのは
10才前後でした。
上演の最後に 絵解きクイズがありました。
例えば  犬と貝ならば  「犬養毅~いぬかいつよし」が正解。お金を払った聴衆は  せんべいや水飴を持ってるので一目瞭然。回答率~パーフェクトの私は「お前、銭払ったか、」と咎められました。何せ  無銭観賞のほかに正解の  ご褒美の煎餅までもらっていたのですから。
その時の  口惜しさは終生のトラウマとなりました。
つい最近、かつて夫が紙芝居で近在を回ってたという90歳の女性と出会い、当時は赤貧洗うがごとしの生活ぶりであったことを知りました。わずかな収入源を、資格もなく観て、あまつさえ賞品の駄菓子」さえせしめていた私~
盗人たけだけしいのは私であったとほろ苦く述懐したものです。

投稿: りんご | 2017年2月 6日 (月) 13時46分

私も好きな歌です。

たぶん主人公にこいさんは一目惚れしたのでしょう。
それだけ若者はハンサムだった?

水掛不動にはお参りしたことがあります。

投稿: みやもと | 2017年2月 6日 (月) 18時54分

藤島桓夫は23年前に高血圧性脳出血で冥途に旅立ちましたが(自分も長年の飲酒と大食いのツケで高血圧のため病院通いの毎日です)、カミさんからはポックリいってくれればいいが、なまじ倒れたっきり寝たきりになれば女房が最大の被害者だと言われている今日この頃です。
それはともかく、『月の法善寺横町』は大阪と無縁の北関東在住の年寄りでも、何か心が安らぐ歌です。藤島桓夫のほんわかしたキャラクターがその一因ではないかと思う今日この頃です。
↓下記は藤島桓夫が出演した当時のNHK人気番組です。
www.youtube.com/watch?v=rBIxxYs9Uvg

投稿: 焼酎百代 | 2017年2月 7日 (火) 14時36分

 「月の法善寺横町」は聞いた記憶があり、4年位前に大阪で中学の同窓会があり行きました。翌日大阪で暮らしたことのある友人が「大阪城」の他に「ここが法善寺横町だ。」と案内してくれました。「水掛け不動」にお参りし、「夫婦ぜんざい」屋にも行き、食べました。 大阪はいいなあと思ったのです。 昭和35年に発売でしたか。高校1年生です。

投稿: 今でも青春 | 2017年2月 8日 (水) 09時12分

いくつか思いつくまま。

・織田作之助の「夫婦善哉」読んでみました。主人公はどうしようもない男だと思いました。ネットの青空文庫でも読めます。

・フランク永井の「大阪ろまん」に、「夫婦善哉」が登場します。「こいさんのラブ・コール」と共に石濱恒夫の作詩です。「月の法善寺横町」と合わせて聴くと面白いと思います。藤島桓夫は大阪の出身らしく科白が自然ですね。歌詞を暗記しているのですが独特のアクセントはまねできません。

・こいさんといえば、フランク永井「こいさん恋唄」石濱恒夫作詩、和田弘とマヒナスターズ「お百度こいさん」喜志邦三作詩
 フランク永井とマヒナスターズは「めおと」と発音していますが、藤島桓夫は「みょうと」と発音しています。

蛇足
・現地の写真を見ると法善寺横丁なのですがこの歌は法善寺横町です。

・石濱恒夫 は りっしんべん で
 藤島桓夫 は きへん です。
 藤沢桓夫   きへん という小説家もいます。

投稿: Hurry | 2017年2月18日 (土) 10時18分

 法善寺横町へお出でになったらその左手小料理屋「正弁丹吾亭」前の西田当百の柳句碑
     上かん屋 ヘイヘイヘイと さからはず
そしてすぐ近くの道頓堀通りで三ツ星クラスのうどん屋「今井」の前には、“グリコ1粒300M”のキャッチ・コピーをされた川柳界の大御所岸本水府が初代中村鴈治郎の舞台姿を詠んだ
     頬かむりの 中に日本一の顔
さらに、近くには若い連中が通称ひっかけ橋と謂われていた相合橋の脇の食満南北の
     盛り場を むかしに戻す はしひとつ
も序でに鑑賞されて、法善寺界隈の歴史へ思いをはせて加えて記念に1句は如何でしょうか?

投稿: 尾谷光紀 | 2017年2月18日 (土) 11時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 田舎の冬 | トップページ | さざん花の歌 »