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500マイル

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:Hedy West、日本語詞:忌野清志郎、唄:PPM他

If you miss the train I'm on,
You will know that I am gone.
You can hear the whistle blow a hundred miles,
A hundred miles, a hundred miles,
A hundred miles, a hundred miles.
You can hear the whistle blow a hundred miles

Lord, I'm one, Lord, I'm two,
Lord, I'm three, Lord, I'm four,
Lord, I'm five hundred miles away from home.
Away from home, away from home,
Away from home, away from home.
Lord, I'm five hundred miles away from home.

Not a shirt on my back,
Not a penny to my name,
Lord, I can't go back home this a way
This a way, this a way, this a way, this a way
Lord, I can't go back home this a way.

                 (Interlude)

If you miss the train I'm on,
You will know that I am gone,
You can hear the whistle blow a hundred miles.
A hundred miles, a hundred miles,
A hundred miles, a hundred miles.
You can hear the whistle blow a hundred miles.

 

            (忌野清志郎)
次の汽車が 駅に着いたら
この街を離れ 遠く
500マイルの 見知らぬ街へ
僕は出て行く 500マイル

ひとつ ふたつ みっつ よっつ
思い出数えて 500マイル
優しい人よ 愛しい友よ
懐かしい家よ さようなら

汽車の窓に 映った夢よ
帰りたい心 抑えて
抑えて 抑えて 抑えて 抑えて
悲しくなるのを 抑えて

次の汽車が 駅に着いたら
この街を離れ 500マイル

《蛇足》 シンガー・ソングライター、ヘディ・ウェスト(Hedy West 1938-2005)のファースト・アルバムに収められた作品のうちの1曲。発売は1961年。

 アメリカやイギリスでは、2度フォークソング・ブームが起こっています。第一次ブームは1940年代で、このときはアメリカ各地で伝承されてきた民謡や俗謡に光を当てたもの。

 いっぽう、第二次ブームは、そうした伝統歌謡に加えて、戦争や社会的不平等に異議申し立てをするメッセージソングないしプロテストソングが脚光を浴びたのが特徴です。ちょうどこのころ、アメリカが直接関わったベトナム戦争に若者の批判精神が鋭く反応して、そうした歌が生まれました。
 前者はトラディショナル・フォークソング、後者はモダン・フォークソングと呼ばれています。

 第二次ブームでは、キングストン・トリオ、ジョーン・バエズ、PPMことピーター・ポール・アンド・マリー、ボブ・ディランなどそうそうたるメンバーが活躍しました。ヘディ・ウェストもその1人ですが、彼女がおもに歌ったのはトラディショナル・ソングで、その代表曲がこの『500マイル(Five Hundred Miles)』です。
 非常に多くの歌手やグループがカバーしていますが、最もヒットしたのが、キングストン・トリオ版とPPM版でした。

 歌詞は、歌手やグループによって少しずつ違っていますが、上にはPPM版を掲載しました。タイトルも、オリジナルの"Five hundred Miles" のほか、"500 Miles Away from Home" "Railroaders' Lament"などいろいろです。
 参考までに、ヘディ・ウェストのオリジナル版を下に掲載しておきます。

 ヘディ・ウェストは、ランブリン・ジャック・エリオット(Ramblin' Jack Elliott 1931年- )が歌ったトラディショナル・ソング『900マイル』に触発されてこの曲を作ったといわれます。

 『900マイル』は、アメリカ南部でさまざまな歌詞で歌われてきたバイオリン曲のうち、"Reuben's Train"と "Train 45"を合わせて作られたそうです。
 『900マイル』も『500マイル』も、放浪者の望郷心がテーマになっていますが、『500マイル』のほうが、歌詞・メロディとも単純かつ繰り返しが多いため、より古い民謡ぽくなっています。

 『500マイル』の最初のほうは、単なる郷愁の歌のようになっていますが、第3聯に、「シャツ1枚、びた銭一文もなくて、こんなざまじゃ故郷に帰れねえ」とあるように、落ちぶれた放浪者の悲哀が感じられます。
 私は、1973年公開のアメリカ映画『北国の帝王』
(リー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナイン主演)や『スケアクロウ』(ジーン・ハックマン、アル・パチーノ主演)に描かれた浮浪者を思い浮かべました。

 日本語詞はロック・ミュージシャンの忌野清志郎いまわの・きよしろう 、1951- 2009)
 忌野清志郎は、ロックやJポップスのシンガー・ソングライターのなかでは珍しく、日本語のアクセントを大事にした曲作りをしていたといわれ、それがこの日本語詞にも表れています。
 ただ、上のmp3は英語詞に合わせて作ったので、日本語詞では多少歌いにくいかもしれません。英語詞では、1番と2番・3番とで音符の数ないし長さが違うところが何か所かあるのです。


   Five Hundred Miles

If you miss the train I'm on
You will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles!
A hundred miles
A hundred miles
A hundred miles
A hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles!

Lord, I'm one, Lord, I'm two
Lord, I'm three, Lord, I'm four
Lord, I'm five hundred miles away from home!
Away from home
Away from home
Away from home
Away from home
Lord, I'm five hundred miles away from home!

If my honey said so
I'd railroad no more
I'd sidetrack my engine and go home!
And go home
And go home
And go home
And go home
I'd sidetrack my engine and go home!

Not a shirt on my back
Not a penny to my name
Lord, I can't make a living this a way!
This a way
This a way
This a way
This a way
Lord, I can't make a living this a way!

I told my little letter
Just as plain as I could tell her
She'd better come along and go with me!
Go with me
Go with me
Go with me
Go with me
She'd better come along and go with me!

My shoes are all worn
My clothes are all torn
Lord I can't go back home this a way!
This a way
This a way
This a way
This a way
Lord I can't go back home this a way!

If this train runs me right
I'll be back tomorrow night
I'm coming down the line on number nine!
Number nine
Number nine
Number nine
Number nine
I'm coming down the line on number nine!

If you miss the train I'm on
You will know that I am gone
You can hear the whistle blow a hundred miles!
A hundred miles
A hundred miles
A hundred miles
A hundred miles
You can hear the whistle blow a hundred miles!

(二木紘三)

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コメント

 懐かしーい‼️ 私はこの頃なにをしていたのだろう。

投稿: konoha | 2017年3月 1日 (水) 20時44分

友人の下宿でレコードで聞いたPPMやジョーン・バエズ、故郷から「100マイル、200マイル、700マイル」離れた土地で、寒くて暗い部屋に逼塞していたあの60年代の自分がよみがえります。

投稿: Bianca | 2017年3月 3日 (金) 14時13分

 あの頃は、自分にくっついている前世代の道徳的観念のしっぽを振り切ることができず、フェディリコ・フェリーニ監督の映画を見続け、サルトルの作品の中でも『壁』の読後感が強く、『ペスト』『異邦人』のカミュに共感し、カフカの『変身』いくらなんでも虫は厭だなと思いつつ、ドストエフスキー『罪と罰』に考えさせられながら、太宰に慰めを見いだした日々でした。

 やはり私は何を探していたのだろうかと思います。何か漠然としたものが心を覆っていて放浪していた気がします。女性の一人旅は宿が受付ない時代でした。一体どこへ行きたかったのか、今もわかりません。
 

投稿: konoha | 2017年3月 5日 (日) 16時08分

konohaさんは「太宰に慰めを」見出されたとのこと、私もです。「人間失格」とは自分のことが書いてある小説かと思いました。

投稿: Bianca | 2017年3月 5日 (日) 20時44分

 Biancaさん、その年齢、その年齢に読む本ってあるですね。

投稿: konoha | 2017年3月 8日 (水) 10時00分

 誰でも人それぞれに500マイルを持っていると思っています。
二木先生のシンプルな「500マイル」はとても懐かしく、無名の駅の又その先に誘ってくれますね。暑くもなく寒くもない時、ボストンバックひとつ持ってどこの駅に降りるか決めていなく自分自身も定まっていなく、レールのつなぎ目でゴトンゴトンと響く音を聞きながら列車に委ねて・・・

 まだ独身の時、夏目漱石を猫から始まって『明暗』まで読みました。結婚してから子育てに振り回されてきて、ある日突然40歳になるということに愕然としました。焦りました。何に?過ごしてきた時間に?何故?

 全くどうしたらいいのか、身の置き所のないくらい焦りを覚えました。その時なぜか「漱石を読もう」と思い『それから』『門』『行人』『こころ』『道草』『明暗』を夢中に読みました。若い時はただ読んだというだけでしたが、40歳のとき読み直してみて、漱石の人間の見方、哀しさが解ってきたような気がして、とても気持ちが落ち着きました。

 いま再び73歳で漱石を読み直していますが、なにせこのサイトにどっぷり浸かっていますので、いつ読み終わるのか分かりません。読後が楽しみです。
 

投稿: konoha | 2017年3月 8日 (水) 11時42分

今CSで’01年西田敏行主演の「天国への100マイル」を見終わりました。浅田次郎らしいややカッコ良すぎるコミカルな、ハッピーエンドの、後味は悪くない映画でした。東京から千葉鴨川の病院までの160キロ100マイルですが、全編PPMの「500マイル」がBGMのように流れ、ラストシーンでも重要な役目を演じていました。

投稿: しょうちゃん | 2017年3月11日 (土) 14時36分

”500 miles” は、私の大好きな歌です。
色々な人たちがこの歌をカバーしていますが、私にとって"500 miles" といったら、やっぱり Peter, Paul and Mary の哀愁を帯びた歌が真っ先に頭に浮かびます。

1960年代後半に東京の豊島区で育った私には、マイクというアメリカ人の友達がいました。3歳(4学年)下の弟が初めにマイクと仲が良くなったのですが、歳が近い私とマイクはしばらくすると毎日のように一緒に遊ぶ間柄になりました。当時私たちは、小学校の4~5年生で、私は毎日のようにマイクがアメリカン・スクールから帰ってくるのを待って、マイクの自転車の後ろに座って二人であっちこっへ遊びに行ったものです。

ある日、一番上の姉のボーイフレンドが家に来ていて、得意のギターを弾いていました。するとこの姉がマイクに”500マイル”をギターに合わせて歌ってといい、マイクが英語で歌ったことをよく覚えています。少年のきれいな声で皆がうっとりとした顔で聴いていました。

当時、平凡な容姿の長姉に不釣合いな、ものすごくハンサムでギターの上手いボーイフレンドと可愛い顔のアメリカ人のマイクが家に来ると、私の家は近所の女の子たちが押しかけてきて、とても賑やかでした。

そのマイクも私が小学校の6年の時に、軍人のお父さんが韓国に転勤になり日本を去って行きました。私が中学1年の時に、一度訪ねてきてくれたのですが、あいにく私は中学校で出来た新しい友達の田舎に行っていて留守でした。

それからは、新しい中学生としての生活に夢中だったことと、英語での手紙のやりとりが重荷になり、いつしか二人の仲は疎遠になってしまいました。

それから時は過ぎ1990年代に私がバックパックを背中に担ぎ、チェコのプラハから保養地のカルロヴィ・ヴァリへのバスに乗り込み出発を待っていると、運転手がやって来ました。
若い運転手が当時、もう時代遅れのカセットテープのスイッチを入れると、最初に聴こえてきたのが、Peter, Paul and Mary の"500 miles" でした。

その時、Mary Travers の哀愁を帯びた声と、魂に訴えてくるような"500 miles" の歌唱が、自由の少なかった東ヨーロッパの若者たちの希望でもあったのかな、とふっと思いました。

現在、私の両親は亡くなり、私は兄弟姉妹から遠く離れたアメリカの地に住んでいます。そしてこの歌を聴くと、これらの思い出が走馬灯のように蘇ってきます。 そしてマイクもこのアメリカの大地で元気に生活しているのかな?などと思ったりします。

特に、YouTube の "500 miles - Peter, Paul and Mary[Original Audio]を聴くと感傷的な気持ちになります。

投稿: Ken | 2017年3月12日 (日) 00時37分

郷愁を誘う懐かしい曲です。

ken様のコメントに
モノクロ映画を観たような静かな感動を覚えました。
二木先生の演奏によって忘れていた曲も、当時のことも徐々に甦るのが このサイトの醍醐味です。
健康にご留意なされて多くの曲をアップなさることを
願っています。

投稿: りんご | 2017年3月12日 (日) 08時04分

りんご様

私の"500マイル” についての思い出話に、わざわざコメントをいただきましてありがとうございます。
二木先生の「最近の記事」に”500マイル" の文字を見た時に、マイクのことが思い出されたので、頭の中に浮かんできた事柄を書き込んでみましたが、まさかそれを読んだ方がコメントを残してくださるとは夢にも思いませんでした。
りんご様のコメント、とても嬉しく拝見しました。
これも二木先生の「うた物語」のおかげですね。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

最後にお返事が遅れて申し訳ありません。

投稿: Ken | 2017年3月14日 (火) 20時16分

 
 「500マイル」には、二木先生の《蛇足》にありますように、いろいろなアーティストが取り組んでいるようですが、聴き慣れているからでしょうか、私にとって、アメリカのフォークソング・グループ ”ブラザーズ・フォア(Brothers Four)”の歌が、大層心地よく感じられます。

投稿: yasushi | 2018年3月 3日 (土) 13時30分

「500マイル」は歌詞の繰り返しが多くノスタルジックな正調のフォークソングなので、何度も聴いていると何だかやたらとセンチな気持ちになってきますね。この曲で私が真っ先に頭に浮かぶのはやはりPPM。先日この頁で思い出して色んなバージョンを聴きましたが、やっぱり私はPPM でしたよ。
シンプルなメロで同じような詞の繰り返し。誰もが持っている何か懐かしいものへの想い、やるせない感情が自然に心に沸くのかもしれませんが、それはつまり郷愁、その本来の姿なんでしょうかね・・

投稿: 福田の健ちゃん | 2018年3月 6日 (火) 02時30分

konoha様
 小生、国語の担当でした。よく分からないまま大学のそういう科に進み、「俺は勉強の基礎が良くできていないので、ここで勉強しよう」と思ったのです。漱石は大体読んでいましたが、深くは理解できていなかったと思います。卒業論文で漱石が出てくると「ああ、またか」というくらいの時代でした。
 貴殿のコメントを見て、「なるほど、足りなかったはずだ。」と思いました。教科担当もそういうことがあるので、深いかどうかは吟味する必要があるようです。

投稿: 今でも青春 | 2018年3月 6日 (火) 08時48分

今でも青春さま
 漱石は生活者ではないのに、生活している人をよく観察していて、人間の心情をよく描いていると思いました。若かった頃は自己中心の生活から派生した想像力を持って理解したと勘違いしていたのではと思います。

 己自身が30代40代と生活を重ねていって、その中で自身の心の動きに気づかされて、初めて根本的な心情を知るということになるのではと思いますが・・・ 
 偏見と独断で申し上げますが、夏目漱石は若いうちは想像力で理解したつもりになったり、面白くはないけれど読んでみようかなとしたりしています。漱石は若い人たちにどこまで読み切れるか、はなはだ疑問です。でもそれは決して無駄なことではなく、歳を重ねて再読したとき、漱石が身近に感じられるのではと思っています。古典といわれる所以ですね。

投稿: konoha | 2018年3月 6日 (火) 12時47分

この歌を聴いていると幻想的な汽車の旅を思い浮かべます。
車窓には果てしなく続く大草原、シベリアの大森林、荒涼とした砂漠、大海原などが浮かびます。そんな中で子供の頃の汽車の旅も浮かんできました。
小学校低学年の頃、母が松江への日帰り旅行に連れて行ってくれたときのことです。松江城の天守閣に登り、小泉八雲の旧宅を見学し、デパートで買い物をして帰る一日コースでした。帰途の列車で、松江駅はまだ明るかったのですが、出雲を過ぎたあたりから暗くなり始めます。そのうち窓の外は真っ暗になり何も見えなくなりました。
そんな暗闇の中、時折、遠くに孤立した人家の灯りがポツリポツリと現れゆっくりと列車の後方に流れ去ってゆきます。私はそんな灯りを眺めながら、とうとう一日が終わってしまった。あんなに楽しみにしていた旅行だったのに、明日からまたいつもの毎日が始まる・・・と今日一日を名残惜しく思っていました。
子供にも寂寥感とか放浪へのあこがれはあるのでしょうね。

”窓の外は真っ暗で人家の灯りがポツリポツリ”というような汽車の旅はもう山陰線でも経験できないのではないでしょうか。今では沿線には道路が整備され明るく照明されています。列車は少なくなりヘッドライトをつけた車がたくさん走っています。

投稿: yoko | 2018年3月29日 (木) 00時39分

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