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夕焼け雲

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:横井弘、作曲:一代のぼる、唄:千昌夫

1 夕焼け雲に 誘われて
  別れの橋を 越えてきた
  帰らない
  花が咲くまで帰らない
  帰らない
  誓いのあとの せつなさが
  杏(あんず)の幹に 残る町

2 二人の家の 白壁が
  ならんで浮かぶ 堀の水
  忘れない
  どこへ行っても忘れない
  忘れない
  小指でとかす 黒髪の
  かおりに甘く 揺れた町

3 あれから春が また秋が
  流れていまは 遠い町
  帰れない
  帰りたいけど帰れない
  帰れない
  夕焼け雲の その下で
  ひとりの酒に 偲ぶ町

《蛇足》 昭和51年(1976)3月20日、ミノルフォンから発売。

 敗戦後から高度成長期にかけて、多くの若者が地方から東京などの大都会に出てきました。その多くが、懐郷の思いに胸を熱くし、心を寄せていた故郷の女性に思いをはせました。
 この歌や、『別れの一本杉』『丘にのぼりて』『帰ろかな』なども、
そうしたセンチメントをテーマとしています。

 夕焼けはきれいですが、夕暮れは赤ん坊と老人を不安にさせます。
 赤ん坊のなかには、生後3か月あたりから、毎日、夕暮れ時になると、泣き出す子がいます。
どこかが痛いとかおなかがすいたなど、はっきりした理由がないのに、ほぼ決まった時間に泣き出すのです。うちの長女がそうでした。
 これを「黄昏泣き
(コリック)」というそうです。

 黄昏泣きの理由はよくわかっていませんが、私は、すぐに来る夜という未知の時間への不安からではないかと思います。

 老人も、人生の黄昏時にはよく泣きます。赤ちゃんは声を出して泣きますが、老人は心の中で息を潜めて泣きます。泣いているつもりはなくても、よくわからないモヤモヤを感じているときとか、わけもなく寂しいときは、実は黄昏泣きしているのです。
 これも、来たるべき"長い夜"への不安がそうさせるのでしょう。私も、黄昏れ泣きが多くなってきました。黄昏泣きというより、夜泣きというべきでしょうか。

 赤ちゃんの場合は、10時間ほどで朝が来て、それを繰り返すうちに夜に慣れます。いっぽう、老人に遅かれ早かれ訪れる"夜"は、明けるのか明けないのか全然わからず、それゆえ、それに慣れる機会がありません。死んだ人に訊くわけにもいきませんしね。

 ま、夕焼けを見ても、不安を感じることなく、ただ美しいと感じていた遠い青春時代を思い起こして、心を慰めましょう。

(二木紘三)

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コメント

二木先生の演奏に涙、そして蛇足にも涙が込み上げました。
そういえば私の孫  長男が/激しく黄昏泣きをしていました。
先月 最寄りの文化センターで
千昌夫さんのコンサートがありました。
トークに笑い歌に泣きました。
「夕焼雲」「星影のワルツ」に涙が込み上げました。

懐かしい曲をありがとうございます。

投稿: りんご | 2017年5月18日 (木) 14時11分

いつもながら、二木先生の演奏と蛇足には、感動・感動の連続です。
ありがとうございます。
この歌が流行ったころは、私が結婚4年目の頃・・・長男・長女の誕生と重なり子育てに振り廻されていたころを懐かしく想い出しております。
時折、ラジオから流れる千 昌夫の「夕焼け雲」に、どれだけ励まされたか分かりません。
翌年の「北国の春」も大ヒットしましたが、私のハーモニカ演奏の十八番となっております。

投稿: 一章 | 2017年5月18日 (木) 23時15分

いい歌をアップしていただき感謝します。
私は「夕焼け」が好きで、夕焼けの絵葉書を集め、転勤先の様々な夕焼けを見るのを楽しみにしていました。

赤ん坊や老人の「黄昏泣き」の言葉は管理人さんの解説ではじめて知りました。
長女が生まれて間もない ある日の夕方、突然長女が泣き始めました。私たちは抱っこしたり、あやしたりしても長女は近所にも聞こえる大きな声でただ泣くだけでした。
私達は故郷を離れ身寄りのない関西の山間部の市営アパートに3人で住んでいました。タクシーに乗るお金の余裕もなかったので、長女を抱っこして約1時間ほど歩き病院に行きました。山間部なので家もまばら、砂利道を走る車はほとんどなく静かで星空が綺麗な夜でした。
泣き止まない長女は大病に罹っているのでは?などの不安から 親の私が泣きたいくらいでした。腕は疲れてくるし私たちにも不安が広がってきました。

やっと病院に到着。病院の小児科のお医者さんは泣き止まぬ長女をみて「あ、これは ゴンタ泣きです。大丈夫です。」といわれ拍子抜けしました。

私たちは「ゴンタ泣き」の言葉をはじめて聞きました・・
その「ゴンタ泣き=黄昏泣き」が同じ意味のようです。

投稿: けん | 2017年5月19日 (金) 10時50分

この歌は歌詞も覚えやすく親しみ易いのですぐに歌えるようになりました。ですが友人とよく行くカラオケで私は歌ったことがありません。友人の中に歌が上手いのがいてそれがまたこの歌が気に入って十八番にしているからです。だいたい上手い人から順番に歌うので彼が歌ってしまいます。悔しい悔しいと思っていました。このたび図らずも二木先生の演奏でいつでもこの歌が聞けるようになり、嬉しい限りです。これからは「夕焼け雲が」私の独り占めとなりました。先生に感謝感謝です。

投稿: 林 滋 | 2017年5月19日 (金) 11時01分

名曲のアップ有難うございました。この頃の詞は今の詞と比べ引き込まれる物がありますね。甘えついでに次の2曲のアップもお願いします。
   アメリカ橋(狩人)  江梨子(橋幸夫)

投稿: 海道 | 2017年5月19日 (金) 16時40分

二木先生の胸に染みる演奏を聴きながら、この歌詞をなぞると
実らなかった恋の思い出が想像されます。
「二人の家の白壁が
並んで浮かぶ掘の水
忘れない~」切ない恋の記憶は今
甘美な思い出となって老いの日々を彩ってくれるのですね。殿方にとっての初恋は女性とは比べくもないほど神聖なものと思われます。
中勘助の「銀の匙」を愛する殿方の心理に共通するものと
推察しております。
私事ですが、彼の初恋に激しく嫉妬した記憶が甦りました。彼女の転校で思い出に変わったという初恋は嫉妬するに充分な材料でした。何とも愚かだった自分が哀れにも愛らしくもおもわれてなりません。
演奏を聴きながら淋しさに酔うのもいい心地です。

投稿: りんご | 2017年5月19日 (金) 21時03分

先日のラジオ深夜便「日本の歌・心の歌」で目がさめました。耳に入ってきたのは夕焼け雲です。昭和35年の発表とアンカー。この歌を聴くとき、作者はどこでこれを詠まれたんだろうかと、いつも気になります。どこかの城下町と武家屋敷の白い壁?でもなさそうです。場所は、信州の更級か埴科あたり、白壁の家が点在するあんず畑からの夕焼け空と信じています。この唄に登場する若いお二人のその後の幸せを祈っています。

投稿: 亜浪沙(山口功) | 2017年9月 1日 (金) 13時43分

二木先生  北上夜曲の拙コメントで
「黄昏泣き」の記憶があいまいであったことをお詫びいたします。やはり先生の蛇足で知った「黄昏泣き」でした。

当地は一雨ごとに秋の深まりを実感するこの頃です。
今日はとても美しい夕焼けで地元テレビ局では夕焼けの映像を放映。ちょうどのタイミングで「夕焼雲」に山口様がコメントをされたので参りました。いい曲ですね。しみじみと胸に染みて黄昏泣きを誘発されました。

投稿: りんご | 2017年9月 1日 (金) 19時53分

当西九州地方では、日中は気温30度が予測され、日々に秋が近づいているように思えます。
山口さま・りんごさまに誘われてお邪魔します。
この曲、何度聴いても飽きません。さすが名曲ですね。
二木オーケストラの流れるような素敵な演奏に「夕焼け雲」が重なり、しばし心地よい夢の花道へ迷い込んだようです。
ありがとうございまし。

投稿: 一章 | 2017年9月 2日 (土) 09時20分

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