« 愛のために死す | トップページ

瀬戸の花嫁

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃、唄:小柳ルミ子

1 瀬戸は日暮れて 夕波小波
  あなたの島へ お嫁にゆくの
  若いと誰もが 心配するけれど
  愛があるから 大丈夫なの
  段々畑と さよならするのよ
  幼い弟 行くなと泣いた
  男だったら 泣いたりせずに
  父さん母さん 大事にしてね

2 岬まわるの 小さな船が
  生まれた島が 遠くになるわ
  入江の向うで 見送る人たちに
  別れ告げたら 涙が出たわ
  島から島へと 渡ってゆくのよ
  あなたとこれから 生きてくわたし
  瀬戸は夕焼け 明日も晴れる
  二人の門出 祝っているわ

《蛇足》 昭和47年(1972)4月10日、ワーナー・パイオニアから発売。

 平成29年(2017)7月21日に亡くなった平尾昌晃が、作曲家として油が乗り始めた70年代初めに放った大ヒット曲。前年の4月に発売された『わたしの城下町』とともに、どこに行ってもこの曲が聞かれました。また、結婚披露宴の定番ソングでした。
 第3回日本歌謡大賞の大賞と第14回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。『わたしの城下町』とこの曲によって、小柳ルミ子はスター歌手として地歩を固めました。

 島の段々畑というフレーズから、島倉千代子の『逢いたいなァあの人に』を思い出しました。なかなか島に帰ってこない幼馴染みを待つ女心を歌った曲です。
 切ない歌ですが、この女性は不幸せではありません。思う相手、待つ相手がいる人は、自分ではそう思わなくても、実は大変幸せなのです。思う相手、待つ相手が誰もいないという人の気持ちを考えれば、それがよくわかります。

 翻って、『瀬戸の花嫁』は、何の屈託もなく、幸せを享受しています。別れを悲しむ弟や見送る人びととの別れに涙を流しても、それは幸せの涙です。自分を待っている人の島へ着いたら、その幸福感は何倍にも膨れあがるでしょう。
 幸せの形もいろいろです。その場、そのときに感じる幸せもあれば、何年、何十年も経ってから、「ああ、あのときは実は幸せだったんだなあ」と気づく幸せもあります。

(二木紘三)

(写真:「小豆島せとうち感謝館」より)。

|

« 愛のために死す | トップページ

コメント

二木先生
「瀬戸の花嫁」の演奏に感無量です。
蛇足でも書いておられるように何の屈託もない
明るい別れの歌ですね。
先生の演奏を聴くにつけ懐かしく甦るのは
37年前の甥の結婚式場の一コマです。
別コメントでは4年生の長女と間違えたが3年生でした。
式場いっぱいに流れた娘のエレクトーン演奏の「瀬戸の花嫁」
あの頃は  日本はまだまだずっと良くなるとの希望のみがありました。娘に楽器を習わせ 貧しかった自分自身の少女時代の代行者のように夢を重ねていました。
輝かしい未来が待ち受けていると信じていました。
思いもかけない展開であったと寂しく振り返る昨今です。

投稿: りんご | 2017年8月 3日 (木) 17時02分

りんごさま 
  こんにちは

 そうですね 
   思いもかけない  世の中になっていきそうですね
 
 この 蛇足は読まずに わたしの城下町にコメントして   隠れ里から帰り読ませていただくと 島倉さんのことも書かれていてーーー  また その偶然に 驚くこと

 この曲も ほんと よくはやりましたね
  清々しい 気持ち 何ともいえないものでした

 私事になりますが 家内も 一応 瀬戸内の海に面した家に生まれ育ち 瀬戸の花嫁 ということにはなります
 船にゆられて 島からお嫁入りというシチュエーションではなかったのですがーー

 故 何か惹かれる曲です

 今治は義父の郷になります   その地で 常識外のことが 起こってきている事実 もり も かけ も
 いい加減にしてほしいです
 
 政治家 官僚 公務員 (十把一絡げにすると いけないのですがーー) の正義はなんでしょうね

 少しでも 明るい兆しが見えてこないと おかしい
   と 歯軋りをしている この頃です

  
 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2017年8月 3日 (木) 18時10分

二木先生 今晩は!
マッテマシタ!「瀬戸の花嫁」アップ誠にありがとうございます。
先生のいつもながらのアレンジと見事な演奏で心がウキウキするようです。
この曲が流行ったころは、小生はまだ独身でした。
当時、私を取り巻く周辺では、素敵なカップルが続々と誕生し、披露宴等でもこの曲が新郎新婦を結わっていたようです。
それから数年後、小生も見事、この曲に肖り「瀬戸の花嫁」を迎えることができました。(花嫁は瀬戸出身ではありませんでしたがが)
私共カップル(現在ではお互いに後期高齢者ですが)も、時折、この曲を想い出し、当時の若き日のことを懐かしく想い出している今日この頃です。

投稿: 一章 | 2017年8月 3日 (木) 23時58分

おはようございます。

二木先生「瀬戸の花嫁」を素敵にアップしていただき有難うございます。
りんごさんの「明るい別れの歌」、能勢の赤ひげさんの「清々しい 気持ち何とも言えない」、一章さんの「先生のいつもながらのアレンジと見事な演奏で心がウキウキ」など素晴らしいコメントを拝読しますと、この歌を待っていた自分の気持ちに気づきました。

海のない山育ちでしたので穏やかで綺麗な瀬戸内海に憧れて育ちました。
中高生の頃吉永小百合似といわれた妹は瀬戸内海に面したところにお嫁に行きました。
その妹は「人生山あり谷あり」を経験しているようですが、明るくお世話好きの性格は子供の頃と一緒で安心しています。
静かで爽やかな朝にこの曲を聴いていますと 懐かしい昔を思い出し、今の「生かされている幸せ」に手を合わせたくなります。有難うございます。

投稿: けん | 2017年8月 4日 (金) 06時41分

少年期から青年期にかかる多感な時代に、瀬戸内海に面した広島の南端で牡蠣の筏を眺めながら過ごしましたので、「瀬戸」という言葉に敏感に反応してしまいます。

陽の光を浴びてキラキラと輝く穏やかな波間に浮かぶ小さな島々、その間をゆったりと行き来する何艘かの小舟を眺め、海沿いの高台を「瀬戸は日暮れて 夕波小波 あなたの島へ お嫁にゆくの~ 」と口ずさみながら車を走らせた岡山ブルーラインでの思い出が、つい この間のことのように懐かしく思い出されます。
夕暮れ近くなると、西の方から真っ赤に染められた波間に薄暗くぽつんぽつんと小さな島々の影が浮かび、まさに「瀬戸は日ぐれて 夕波小波~」のシーンそのものです。

帰路、日生(ひなせ)の五味の市(魚市場)で新鮮な魚を買い、途中道の駅で地元特産の巨峰や二十世紀、白桃などを買い込んで「瀬戸は夕焼け 明日も晴れる~」なんて歌いながら、四国~岡山の出張を終えて帰りました。=おわり=

投稿: あこがれ | 2017年8月 4日 (金) 17時17分

あこがれ様に現地を案内していただいたような
臨場感あふれるコメントでした。
よい所でお育ちになられたのですね。
半年近くも雪に埋もれて暮らす身には羨ましい限りです。

能勢の赤ひげ様
「思えば遠くへ来たもんだ」ではないが
何処へ行く日本丸ですね。
武田尾を検索したらとても魅力的なところのようですね。

一章さま  けん様のコメントにも心洗われる思いがいたしました。皆様  二木先生を慕い 演奏に耳を傾け
足跡を残してゆかれる  またとないサイトに出合えた
喜びが伝わってきます。

明日から孫たちが来宅 怒涛の日々となりしばらくコメントもお休みさせていただきます。
ただし  皆様のコメントは拝読させていただきます。

二木先生はじめ同好の皆様  ご自愛くださいませ。

投稿: りんご | 2017年8月 4日 (金) 19時24分

「瀬戸は日暮れて ゆうな~み こなみ」を歌うと「ゆうや~け こやけ の赤とんぼ」が潜在意識の底から呼びだされ、共鳴しているような気がする。大波小波や夕焼け小焼けは昔から聞くが、夕波小波は新しい造語でしょうか。素晴らしい歌詞です。
『潮来花嫁さん』という歌がすでに東日本にはありました。この歌を聞いた時、西日本の花嫁の歌ができたと思いました。
 純情可憐な小柳ルミ子が、その後、大澄賢也との電撃年の差結婚、1億円慰謝料離婚・・イメージがどんどん変わってしまった。最近は、プロポーションは維持しながらも、毒々しい妖艶な容姿になった。あの時のルミ子ちゃんはどこへ行ったの!諸行無常を感じるしだいです。

投稿: 越村 南 | 2017年8月 6日 (日) 15時24分

高齢となり昭和30年代の歌とか、吉田正さん作曲の歌が特に懐かしくなり聞きたい曲です。

投稿: 杉本一良 | 2017年8月17日 (木) 11時23分

待ってました。この歌、大好きです。穏やかで、優しくて、愛があって、幸せがあって・・・。日本に生まれてよかったぁ~、と思います。

しかし私が生まれ育った日本海側はそうはいきません。夕波小波の季節もありますがたいていは日本海、波高しです。家から50Mも出ると海岸で、砂浜を100M進めばもう波打ち際です。都会から来られた我が家の宿泊客には波の音が気になって眠れなかったとおっしゃった方が何人もいらしたそうです。私も幼いころ津波に襲われる夢を何度か見ました。

古くは元寇あり、日本海海戦あり、日本漁船の拿捕、韓国による日本人漁民への拷問、密航船あり、最近では日本海を舞台とした北朝鮮への拉致がよく知られています。

仮に花嫁さんが日本海へ出航するとして、それが幸せへの門出の象徴であるなどとはとてもいえないですね。やはり”瀬戸の花嫁”です。・・・ただ、日本海の夕日は美しかったですね~。

これは私の勝手な想像ですが、四季折々に日本人の心を揺さぶる美しい日本の歌の多くは日本海からは離れた穏やかな地域から生まれてきたのではないでしょうか?長野、群馬、茨木、福島、・・・など。

日本は自然災害の多い国と言われています。しかし世界的に見れば、歴史的に、災害は、自然災害よりも(戦争を含む)人的災害の方が圧倒的に多いように思えます。

地続きの国境では紛争が絶えません。自国の誇りと利益のため、相手国を支配するため、あるいは自国民族と文化の継承をかけて戦います。

海に囲まれている日本はなんて幸せなことでしょう。日本には大自然の祝福がありますね。日本の安全とともにうた物語も永遠に継承されていくことを祈ります。

投稿: yoko | 2017年8月17日 (木) 15時26分

 この歌は仕事に就いて三回目の職場に行った頃流行りました。若い人がこの歌を歌いながら飲み会をしたことを思い出します。
 多くの方の投稿を拝読しながら、歴史や、地理を踏まえ、且つ最近の社会情勢の分析をされているのを見て、とてもついていけないような気がします。
 それでも、書きたいという願望があります。拙稿を寄稿致します。

投稿: 今でも青春 | 2017年8月17日 (木) 21時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 愛のために死す | トップページ