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落葉しぐれ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:吉川静夫、作曲:吉田 正、唄:三浦洸一

1 旅の落葉が しぐれに濡れて
  流れ果てない ギター弾き
  のぞみも夢も はかなく消えて
  唄もなみだの 渡り鳥

2 酒にやつれて 未練にやせて
  男流れの ギター弾き
  あの日も君も かえらぬものを
  呼ぶな他国の 夜のかぜ

3 暗い裏町 酒場の隅が
  せめてねぐらの ギター弾き
  灯(ほ)かげもさみし 螢光燈の
  かげにしみじみ 独り泣く

《蛇足》 昭和28年(1953)9月、ビクターから発売。三浦洸一の最初のヒット曲で、かなり長く歌われました。
 三浦洸一は、『弁天小僧』から『踊子』『東京の人』まで、幅広いジャンルの歌を歌いましたが、どんな歌でも、
歌い方を崩さず、端正に歌いました。歌う姿勢も、いつもビシッとしていました。

 歌謡曲には、うらぶれてさすらう、といったテーマがよく出てきますが、その原因のほとんどが失恋です。この歌もそうですね。
 しかし、実際には、うらぶれてさすらうことになった原因は、失恋より、失職とか何か社会的な失敗、家庭の不和ないし崩壊、酒や賭博・薬物の中毒、または破滅型の性格などのほうが圧倒的に多数です。

 けれども、そういった現実につきすぎた歌は、生々しすぎて歌う気にはなれません。やはり、死に別れも含めた失恋が原因という歌のほうが、素直に心に沁みてきます。深刻すぎない失恋を経験したことがあれば、歌の主人公を我が身に置き換えて歌うこともできますしね。

 『旅の終りに』でも触れましたが、私には、かなり若いころから、"落魄した人生"というものに惹かれるところがありました。あくまでも頭で描く意匠としての"落魄"にすぎませんが。
 上昇志向一辺倒の人、人生で
失敗したことが(ほとんど)ないという人は、私は苦手です。そういったタイプは概してパーソナリティに陰翳が薄く、底の浅い感じがします。

(二木紘三)

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コメント

三浦洸一さんの端正な歌い方は幼心にも魅かれたものです。時流ゆえに一線から遠ざかったのは残念です。
ユーチューブでよく聞いています。
二木先生の蛇足にもあるようにお姿も端正で好感が持てました。先生の演奏を静かに聴きたいと思います。

投稿: りんご | 2017年12月27日 (水) 20時53分

この当時はギター弾きがいたのでしょうね。

投稿: hurry | 2017年12月27日 (水) 23時29分

私は、吉田正の作曲作品の中では、この「落葉しぐれ」が一番好きです。
吉川静夫の「七・七・七・五」の歌詞も上手いですねぇ。
そして、三浦洸一の端正な歌唱法も聴きほれます。
小学低学年の頃よりラジオで聴き、高学年の頃より姿勢よろしく歌う姿をTVで観て、三浦洸一の真摯な人柄に憧れました。ギターの切ない爪弾きが何とも言えない哀愁感を醸し出しますねぇ。 ギター流しの身を案じて声をかけたくなります。
 余談ですが、「有終の美」を飾った「キタサンブラック」の馬主でもある、北島三郎が『NHKのどじまん』に出場して挑んだのが、この「落葉しぐれ」。 残念ながら『鐘2つ』だったそうです。

投稿: かせい | 2017年12月28日 (木) 00時54分

昭和20年代末期から30年代にかけて「落葉しぐれ」(と「お富さん」)が町なかでよく聴こえてきたものです。吉田正のヒット曲の中では本曲と「夜霧の第二国道」が代表曲でないかと、ギター弾き歌謡では本曲と「ギター仁義」(北島三郎)が双璧でないかと思う今日この頃です。
↓NHKスタジオ公開・中年期の三浦洸一歌唱
http://www.dailymotion.com/video/x2hvayj

投稿: 焼酎 | 2017年12月28日 (木) 11時39分

私が9歳の時の歌ですが鮮明に記憶しています。昔の子供は暇だったのでしょうか。熟なんて物はないし。でも私のこのみは都会に憧れていたころ流行った「東京の人」です。

投稿: 海道 | 2017年12月28日 (木) 12時24分

心待ちしていました名曲「落葉しぐれ」の登場、大いに歓迎です。
  この歌が世に出た昭和28年、私は中学生で、田舎の小さな集落に住んでいました。そこで、一緒に遊んだり、家業を手伝ったりしていました3歳年上の従兄は、仕事をしながら、当時の流行歌をよく口遊んでいました。その後、私は高校進学とともに集落を離れましたが、後に聞くところによりますと、集落の”若い衆”である従兄は、「落葉しぐれ」で、そのころ、近隣のあちこちの町村で開催されていた”のど自慢大会”に挑戦していたようです。
 「落葉しぐれ」に対する第一印象は、やはり、三浦洸一さんによる丁寧な、きちんとした歌い方であろうと思います。学校音楽に一脈通じるものが感じられます。歌詞・メロディとも秀逸で、短からず長からず、もし歌謡曲を歌うことを学ぶなら、「落葉しぐれ」こそ、第一の候補に挙げるべき名曲だと思います。この歌をちゃんと歌えたら、合格点が与えられましょう(あくまで私見です)。
 カラオケで、今は亡き従兄を偲んで「落葉しぐれ」を歌うことがありますが、3番の♪螢光燈の…♪のところ来ますと、時の流れを感じます。”歌は世につれ”、或いは、”歌は時代の鏡”とも言われます。街灯のLED電球化が進む昨今、もし、今の時代に新たに作詞する場合、”螢光燈” の代わりに何と表現すればよいのだろうかなどと、思い巡らしたりしています。

投稿: yasushi | 2017年12月28日 (木) 14時36分

三浦洸一の歌はとても良い歌が数々ありますが、この歌は作られた哀愁ではない素朴な曲調で、それが歌手の律儀な歌い方と美声に合って、いつまで経っても飽きない魅力があると思います。私は中学1∼2年生でしたが、𠮷田正作曲の歌が大好きでした。鶴田浩二もそうでしたね。

三浦洸一はたしかお寺の子だと思いましたが、環境と教育が彼の律儀さを生んだんでしょうか。私は、このような真面目な人が歌謡曲界にいるのかと見直しました。でも後年、このようにまじめな人でも、何か裏の部分はあるはずだとも思いましたが、どうなんでしょうか。

投稿: 吟二 | 2017年12月28日 (木) 20時53分

 <蛇足>の「深刻過ぎない失恋を経験したことがあれば、歌の主人公をわが身に置き換えて歌えますものね」の文に思わず苦笑。深刻過ぎない失恋・・確かに!
中途半端な恋、中途半端な失恋。まあそれでこそ平穏な日常生活が破れることなく守れますから、それでいいんでしょうが・・
 とことんつきつめた恋をして大失恋をした人は、失恋の歌を聞けば、古傷をズキズキとうずかせる忌まわしい歌として耳をふさぐかも知れません。
 このサイトの『愛のために死す』で紹介された高校の女性教師と生徒との恋(ガブリエル事件)はつきつめた恋の典型で、激しい恋は女性教師の自殺で終わりました。恋愛の本質に迫るような話で、2017年一番の感銘を受けました。
 しかし石橋を叩いて渡るような小市民タイプの人々にとって、そんな激しい恋は、手の届かない高嶺の花です。手の届かない理由がわが身にあることに気づかないで、激しい恋にあこがれる。そして失恋の歌を聞いては、わが中途半端な失恋の体験を重ねて、楽しんでいる。人間ってそんなものですね。それでいいんですね。

投稿: 越村 南 | 2017年12月29日 (金) 16時36分

この歌を今の演歌歌手がねっとりした声で歌ったら、聴くに堪えなかったと思います。きれいな声できちんと歌われたから誰にも愛された歌になったのだと私は思います。
死にたくなるほどの恋に憧れはしましたが、実際はわが身が可愛くて、そこまで相手を愛することは出来ませんでした。相手の欠点を許せないと恋は成就しませんね。いつもどこかに冷めた目があって、駆け引きしてしまう人間には死にたくなるほどの失恋はないでしょう。そして年月を経てその失恋を楽しむなんて無礼な事かも知れませんが、それが普通の恋のような気がします。
昭和30年代には街中でながしの人を見ていました。本当に歌が好きでないと流しは出来ませんね。今でもどこかの酒場でギターをつま弾いている人がいるかもしれません。私は「湯の町エレジー」を聴いてみたいです。

投稿: ハコベの花 | 2017年12月29日 (金) 21時31分

私が山陰のとある町から関西へ就職した際、職場の先輩がこの歌をよく歌っておられました。三浦洸一さんや津村謙さんといった歌を今はなつかしいと感じる歳になりました。

投稿: 国境の春 | 2017年12月31日 (日) 20時05分

三浦洸一さんの「落葉しぐれ」をアップしていただき、ありがとうございます。三浦さんはことし御年90歳を越されたとか。三浦さんのこの歌は昔、必ずと言っていいほどNHKののど自慢で歌われ、当時小学生だった私もこの歌の響きに魅せられて、覚えてしまいました。端正な歌唱法・セミクラシック調で歌われた三浦さんのこの歌は、時々テレビで若手歌手が披露しますが、勉強不足で聞くに堪えられません。彼らに三浦さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいです。私はカラオケの際には必ずこの大好きな「落葉しぐれ」を出して自己満足で歌っています。三浦さんのお元気な姿をまた拝見したいです。

投稿: 光男 | 2018年1月 8日 (月) 17時57分

8人程度しか座れない酒場の60半ばのママさんが、私が歌う「落葉しぐれ」を気に入って、帰り間際にもう一回聞かせてと頼まれて歌った唄でした。月に何度としか行かなかったけれど、行くと待ってたかのようにこの唄を頼まれました。
私の人生も相容れるものがあり、「裏町人生」「男の純情」が好きなように、裏側を歩いて表舞台に立ったことがないサラリーマン生活でした。歌っていてもその味を含んでいたのかも知れません。
この唄には、人生のほろ苦さ、哀愁を、「行間を読む」様な味わいがありますね。いろいろな人が座り、飲み、酔って帰って行く後ろ姿を酒場の女から見ていると、むしろ男だけでない人生の彩りを見えるのでしょうね。
ある夜のこと、常連ではなかった初老の人が、直接私にこの歌を歌ってくれと頼まれ、素人が歌う歌なのに、終わるとこんどは自分が歌うので添削してくれと頼まれました。後で判ったことでしたが、ママさんが私が来ない時の代人として、この70歳近い人でしたが頼んでいたのでした。そうまで好きだったのかと、ならもっと通って上げれば良かったと悔悟するのでした。女が歌えない曲なのよ……と、うっとりと聞いていた、この人は今は亡き彼方で、広島・流川の小さな物語でした。

投稿: 崇 | 2018年2月 1日 (木) 16時57分

 崇さまがコメントされた「行間を読むような味わいがあります」、心を引かれる歌にはそのような趣きがありますね。また「女が歌えない曲なのよ・・・」と話されたママさん自身にも行間を覚えてしまいました。切なくなるほどの崇さまの歌声にママさんの世界が広がっていったのですね。

投稿: konoha | 2018年2月 1日 (木) 17時54分

「女が歌えない曲なのよ・・・と、うっとりと聞いていた、この人は今は亡き彼方で、広島・流川の小さな物語でした。」

昭和30年代 三浦洸一,青木光一、若原一郎、曽根史朗、 藤島桓夫 等々の若々しい歌声と懐かしい広島の町並みが目に浮かびます。
流川ですか・・・通う前に広島を離れちゃいましたけど、ネオン街には憧れましたね。

投稿: あこがれ | 2018年2月 1日 (木) 22時17分

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