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バラ色の雲

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:橋本 淳、作曲:筒美京平、唄:ヴィレッジ・シンガーズ

バラ色の雲と 思い出をだいて
ぼくは行きたい 君のふるさとへ
野菊をかざった 小舟のかげで
くちづけ交した 海辺の町へ

初めて見つけた 恋のよろこび
君はやさしく 涙をふいていた
バラ色の雲と 思い出をだいて
逢いに行きたい 海辺の町へ

初めて見つけた 恋のよろこび
君はやさしく 涙をふいていた
バラ色の雲と 思い出をだいて
逢いに行きたい 海辺の町へ

逢いに行きたい 海辺の町へ

《蛇足》 昭和42年(1967)8月1日に日本コロムビアから発売。レーベルはCBSコロムビア。B面は『輝く星』でした。
 非公式チャートですが、
オリコンで最高2位につけ、60万枚を売り上げるヒットとなりました。

 ヴィレッジ・シンガーズは、昭和42年(1967)前半から2年間ほど、若者たちを熱狂させた、いわゆるGS(グループ・サウンズ)の1つ。
 このころ、長髪やエレキギターは不良の印ということで、大人社会からの風当たりが強く、GSのコンサートに行くことを禁止する中学校や高校が数多くありました。

 そのなかにあって、ヴィレッジ・シンガーズや、その先輩格のジャッキー吉川とブルー・コメッツは、短髪にスーツ・ネクタイ姿で演奏したため、大人たちの受けは比較的よかったようです。

 この曲の出だし、前年に発売されて大ヒットとなった西郷輝彦の『星のフラメンコ』(作詞・作曲:浜口庫之助)に似ているような気がします。メロディの一部が他の曲に似ている例は多く、だからどうということはありませんが。

(二木紘三)

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コメント

難しい曲が続いたので今度はと待っていたら期待通りバラ色の雲を取り上げて下さり有難うございました。
この曲は詞が綺麗で歌手も良く懐かしい歌です。海辺と言う言葉が特に輝いている様な気がします。

投稿: 海道 | 2018年4月 5日 (木) 13時02分

ヴィレッジシンガーズのこの歌は、青春期の甘やかな感情をリズミカルに、爽やかな春風のように歌い上げていますね。「亜麻色の乙女」もいいですが、私はこちらの方が好きです。また、不良っぽい恰好やわざと汚い恰好をせずに、溌溂とした若者らしさも好感が持てました。

同じような時期にビレッジシンガースの「長い髪の少女」や、パープルシャドウズの「小さなスナック」もありますが、私はこの3曲が好きでカラオケで良く歌います。

話は変わりますが、ヴィレッジシンガーズよりも少し前にデビューしたジャッキー吉川とブルーコメッツの井上忠夫は私の高校の時の同級生です。しかも入学当時私と机が隣でした。彼は級長、私は副級長でした。日大豊山高のそのころ彼は黒ぶち眼鏡をかけており、ブラスバンド部で活躍していました。その後彼は日大芸術学部に進みましたが、当時大学祭でクラリネットか何かを持って歩いている彼を見たとき、高校の時よりもやや出っ歯な感じになっていました。私が思うに成長期にずっと笛ものを吹いていたのでそうなったのかなと思いました。ところが、成人してテレビに映った彼の顔を見てびっくりしました。眼鏡はかけていません。コンタクトにしたなと思いました。そして出っ歯は見事に治っていました。矯正したんだ、と思いました。もともと顔立ちはご存知のようにハンサムでしたから、よけい芸能人のオーラが出ていました。その才能あふれる彼も、そして愛する奥さんも、最後は自殺という思いもよらぬ結末を迎えようとは思いませんでした。人の一生は思いがけないことが多いですね。合掌。話がそれてすみませんでした。

投稿: 吟二 | 2018年4月 7日 (土) 11時13分

「亜麻色の髪の乙女」とするところを、入力ミスされたのですね。 「長い髪の少女」を歌ったグループは、ゴールデン・カップスでした。

投稿: 寒崎 秀一 | 2018年4月 7日 (土) 17時17分

寒崎さま

そうですね。よく見ると「長い髪の少女」もビレッジシンガースなんて書いてしまいました。ザ・ゴールデンカップスですね。大変失礼いたしました。

投稿: 吟二 | 2018年4月 9日 (月) 17時03分

日本のグループ・サウンズは独特の発展を遂げましたね。社会の現実とも、激しい情熱とも無縁で、フワフワとしたきれいな夢のような世界に閉じこもっています。しかし、それだけに、世のせち辛さを知ってから聞くと、早く死んだ子供のようなあどけなさがあり、何とも言えぬ哀切の感に打たれます。

投稿: Bianca | 2018年4月11日 (水) 23時20分

この曲が流行ったころを想い出すとその当時のことが懐かしく頭の中を駆け巡ります。
独身時代のある日、社交ダンス教授所の看板が目に留まり、それ以来10年数年、土曜日の午後を中心に週5日位日参していたと思います。
改めて、二木オケの軽快なリズムに誘われて、久し振りで「ジルバ」のステップを思い出しました。
できれば、近々・・・ダンス教室に出向こうかと思っていますが・・・。
せめて、弁当等の宅配の後、夕食時の「芋焼酎」での乾杯の後、二木オケの名演奏を身体に受け止めステップを踏みたいものです。

投稿: 一章 | 2018年5月 6日 (日) 21時36分

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