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若者よ恋をしろ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:関口峭市、作曲:仁木他喜雄、唄:中島 孝

1 若者は恋をする
  身分やお金はないけれど
  恋すりゃ希望も湧いてくる
  此の世のパラダイス
  どんなに苦労があったとて
  くよくよするなしわがよる
  泣きっ面には蜂がさす
  笑って生きようぜ
  何がなくてもしわのない
  若さと恋がありゃ
  辛い浮世も 楽しく生きられる
  若者よ 恋をしろ
  身分やお金はなくっても
  恋すりゃ希望も湧いてくる
  此の世のパラダイス

2 若者は恋をする
  身分やお金はないけれど
  恋すりゃ希望も湧いてくる
  此の世のパラダイス
  どんなに苦労があったとて
  若い時代は二度と来ぬ
  腰が曲がっちゃ仕方がない
  元気で生きるのさ
  若さと恋がありゃ
  此の世に敵はない
  歌と笑顔で楽しく生きられる
  若者よ 恋をしろ
  身分やお金はなくっても
  恋すりゃ希望も湧いてくる
  此の世のパラダイス

  どんなに素晴らしい
  此の世の宝より
  素敵な素敵な若さと恋の味
  若者よ 恋をしろ
  身分やお金はなくっても
  恋すりゃ希望も湧いてくる
  此の世のパラダイス

《蛇足》 昭和29年(1954)7月1日にコロムビアレコードより発売。
 その3日後の7月4日に公開された東映の青春現代劇『若者よ恋をしろ』
(佐伯清監督)の主題歌。

 些末なことですが、Webで見ると、歌・映画ともタイトルの「若者よ」のあとに感嘆符が入っているものといないものとがあります。
 歌については、JASRACのデータベースでは、感嘆符なしが正題となっています。
 映画については、一般社団法人日本映画製作者連盟のデータベースでは、タイトルに感嘆符はついていないし、映画ポスターにもありません。もしかしたら、映画本編のタイトルには感嘆符がついていたのかもしれません。

 「恋をしたいなあ」という声をよく聞きますが、勉強や仕事と違って、恋は「さあやろう」と思ってもできるものではありません。恋は、いつとは知れず、心の中に小さな灯が点ることから始まりますが、その灯を点すのは自分自身です。
 いいかえれば、まず自分が誰かに心をときめかすこと、あるいは憧れることが必要です。誰かが小さな灯を点してくれる
を待っていたのでは、いつまでたっても恋は始まりません。

 実際、青春時代に恋をすると、世の中が違って見えてきます。世界は光に満ち、通行人や木々、草花までが自分に笑いかけているように感じます。
 その代わり、恋を失うと、プラス100点だったものがマイナス100点になってしまいます。合計200点のダメージを受けるわけです。
 若いころは、心の揺れ幅がやたら大きいものです。というか、心の揺れ幅の大きい人生の一時期を"青春"と呼ぶのでしょう。

(二木紘三)

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コメント

私はこの歌をエノケンが歌っているのを最初に聴いたような気がします。何かのドラマか、映画だったのか定かではありません。面白い歌だとおもいました。
私が最初に恋をした相手は雑誌、中学時代のグラビアに載っていた、ゲインズバロの青衣の少年でした。なんと美しい人だろうと毎日眺めていました。上品できりっとしていてこんな少年に出会いたいと思っていました。初恋かも知れません。それから2年後、憧れの美青年が現実に私の前に現れました。ただ見つめるだけでした。この世はパラダイスとはいきませんでした。相思相愛になるのには子供過ぎました。見つめるだけの恋も良いものです。彼は永遠の青衣の少年で私の心の中に棲み続けています。

投稿: ハコベの花 | 2018年5月15日 (火) 22時28分

この歌は、昔々、良く歌いました。
昭和29年といえば、中学校2年生でした。
心の揺れ幅が小さくなっても仕方がない年頃ですが、いまだに何かを求めて あがいているような気がします。
少しは揺れ幅が大きくなりますかね~・・・。

そろそろ「あこがれ」から、卒業しなければいけませんね。

投稿: あこがれ | 2018年5月17日 (木) 08時55分

「空遠く君はありとも」と高校の時合唱部の友人が歌っていました。その時「あこがれ!」とひらめきました。憧れは私をいつも挫折から救ってくれたように思います。高校で両親を亡くした私がいつも見つめていたものは「空のかなたのあこがれ」でした。友人に夢見る夢子と笑われていましたが「あこがれ」がなかったら今ここに生きていなかったかもしれません。今、この年になっても空を見あげるとあこがれがそこにあるように思われます。あこがれ様 私の夢を無くさないで下さい。永遠に心は若いのです。若者でなくても恋は永遠です。

投稿: ハコベの花 | 2018年5月17日 (木) 11時54分

はこべの花 様

はこべの花様の素敵な想いや夢に水をさすようなことを言って、すみません。

最近の自分のコメントを思い出しながら、何となく夢や憧れがうすれてきたな~と、嘆息していましたので、ふっと、 おこがましいHNを返上しょうかな~と、思っていました。

”憧れは私をいつも挫折から救ってくれた・・・"  
"いつも見つめていたものは、空のかなたのあこがれでした"
Beautiful Dreamer(はこべの花様)の乙女時代からの夢を紡いでいく責任を感じながら、同級生の生き方を見習って 私も もう少し頑張らなくちゃ~と、励まされました。

はこべの花様、konoha様、りんご様 トリオの三者三様の時宜を得た素敵なコメントや
一章様、yoko様、芳勝様、焼酎様の優しさに触れ、能勢の赤ひげ様、越村様、yasusi様の含蓄に満ちたコメント、救急隊長 なち様 等々 多彩な皆様から学ぶことは一杯です。 改めて、「ありがとう 歌ものがたり」と、叫びたい心境です。  

投稿: あこがれ | 2018年5月18日 (金) 11時14分

あこがれ様
私より年上のあこがれ様のコメントにはいつも
気付きと励ましを得ています。
一章さま以下の文章は私の思いそのものです。
救急隊長の名を賜ってなち様も面映ゆいのではと忖度しております。けだし、名言です。
あれも、これも二木先生の人格あらばこそです。
蛇足は勿論、時折のアクシデントまがいのコメントにも真摯に毅然と向き合い、何より文章の卓越さに胸を打たれます。ネットの世界ながら二木先生とのご縁を得たことは
我が老境の最大の救いです。

投稿: りんご | 2018年5月18日 (金) 17時14分

大事な書き洩らしの為続投をお許しください。
あこがれ様
おくさまの経過良好の由ホットいたしました。
能勢の赤ひげ様のお見立てとは正に二木先生に連なるご縁ですね。私信も交わす間柄になられたとの由、日々の励みになりますね。
尚ご自愛ください

投稿: りんご | 2018年5月18日 (金) 17時22分

続けてのコメント お許し下さい。

リンゴ 様  カミさん(という言い方は、何となく関東風で、関西人には馴染みませんが・・・)の、こと、お気遣い有り難うございます。
ついでに、能勢の赤ひげ先生は、私の思った通りの方でしたよ! 私の人生に また一つ 大きな財産が与えられたと
確信しました。

投稿: あこがれ | 2018年5月19日 (土) 09時36分

 初めて知った歌です。お年寄りの若者への親切なアドバイスですね。
言われた若者はどう反応するか。
まあ年寄りの言うことを聞かないのが若者の若者たるところ。
それに恋というものは、ハッパをかけられて始められるものでもありません。
あるいは「そんなことを言うおじいさんは、どんな素晴らしいパラダイスを経験をしたの、それを聞かせて」とツッコミを入れてくるかもしれない。
 この歌からは、自分の人生をふりかえって、もっとパラダイスを味わうべきだったと悔やんでいる老人の姿が浮かびます。老人は若者にではなく、古い自画像によびかけています。
恋には苦渋や悔恨もある。二度と振り返りたくない思い出という部分もあるはず。パラダイスではないと思います。
どこか若者を甘く見ているような歌詞です。しかし、老人の多少無責任な煽り意見を許容している分、この歌の歌われた時代は、牧歌的というか、敬老精神のあふれた時代であったように思います。

投稿: 越村 南 | 2018年5月20日 (日) 12時55分

越村様、確かに恋には良いことばかりではありません。喜びと絶望とどちらが多いかと言えば絶望の方が多いかもしれません。それでも恋をした時の喜びは大金を手に入れるより幸せを感じられると思います。(年を取ると大金の方が良くなるかも知れませんが・・・)絶望の悲しみは月日が経てば薄れていきますが、恋した時の喜びは生涯の喜びになります。それは素晴らしい財産になります。私は22歳の時、彼が駅の改札口で私を待って立っている姿を思い出すと今でも胸が張り裂けそうな喜びで一杯になります。写真がないのでその時の彼を描いてお財布に入れて持っています。絶望した時のお守りです。22歳の私に戻ります。次の日、私にほかの人と結婚することを告げられて彼は絶望の淵に立ったと思いますが、アメリカへ行くという夢に向かて頑張れたと思います。あの頃のアメリカは遠く、夢だったのですから、これで良かったと思っています。私は大きなものを失ったと今でも思っています。でも恋がなかった方がつまらない人生だったと強く感じています。

投稿: ハコベの花 | 2018年5月22日 (火) 22時19分

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