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遥かなるアラモ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:Paul Francis Webster、作曲:Dimitri Tiomkin、
唄:The Brothers Four、日本語詞:岩谷時子

   The Green Leaves of Summer

Woo――

A time to be reapin', a time to be sowin'.
The green leaves of Summer are callin' me home.
'Twas so good to be young then, in a season of plenty,
When the catfish were jumpin' as high as the sky.

A time just for plantin', a time just for ploughin'.
A time to be courtin' a girl of your own.
'Twas so good to be young then, to be close to the earth,
And to stand by your wife at the moment of birth.

Woo――

A time to be reaping, a time to be sowing,
A time just for living, a place for to die.
'Twas so good to be young then, to be close to the earth,
Now the green leaves of Summer are calling me home.

'Twas so good to be young then, to be close to the earth,
Now the green leaves of Summer are callin' me home.

Woo――


あの日の山 あの日の雲
アラモの空 思い出す
赤い夕陽が 影を落として
広い荒野に 沈むころ

あの日のこと あの日の友
あの笑顔を 胸に秘め
黄昏れ迫る アラモの砦
また呼び返す 友の名を

あーあー

あの日の夜 あの日の星
水に映りし 白い月
二度と帰らぬ 高鳴る命
アラモに消えた 遠い夢

The green leaves of Summer
are callin' me home.

《蛇足》 1960年10月公開の大作西部劇"The Alamo"の主題歌。邦題は『遥かなるアラモ』で、映画に寄せた題名と歌詞になっていますが、原詞は農業地帯の素朴な生活への回想がテーマになっています。
 フォーク・グループ「ブラザース・フォア」が歌って、世界中でヒットしました。
 翌61年、アカデミー賞歌曲賞を受賞。

 アラモの戦いについては、『皆殺しの歌』で触れていますので、ここでは省略。最後の戦闘の前夜、「何を考えているんだ?」と聞かれたデイビー・クロケット(ジョン・ウェイン)が、「考えているんじゃない、思い出しているだけさ」と答える場面でこの曲が流れます。

 昭和35年(1960)末から翌年まで、田舎でも都会でも、この曲が街頭に溢れていました。インストゥルメンタルが多かったような気がします。
 翌36年は、私の大学受験の年。入試を終えたあと、新宿歌舞伎町のミラノ座でこの映画を見てから帰郷しました。忘れられない曲の1つです。

(二木紘三)

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コメント

ブラザーズ・フォアのコーラスは大好きで、確か、初めて買ったCDのタイトルは、”The Brothers Four ・Super Selection”で、第1曲目が「遥かなるアラモ」でした。

余り意味も分からずに、専ら、ブラザーズ・フォアの原詩(英語)の歌声を聴く方でした。ただ、歌詞1番に出てくる”catfish”については、丸い頭にひげを生やしている”なまず”が”猫”の顔に似ているから、catfishというのかなあと、詰まらないことを思ったりしたものです。

このCDに収録されている、「遥かなるアラモ」のほか、「グリーン・フィールズ(Greenfields」、「イエロー・バード(Yellow Bird)」、「さらばジャマイカ(Jamaica Farewell)」、「500マイル(500 Miles)」などもお気に入りで、今も時々聴いています。

コーラスによる歌声には、ソロの歌声とは異次元の、ハーモニー(和声)の美しさ、心地よさ、深みも表現でき、聴く人の心を一層惹きつける魅力があると思います。

投稿: yasushi | 2018年12月 1日 (土) 16時57分

あの頃、なんでもアメリカ、という時代。この歌も映画も素晴らしいと思っていました。
その後、いろいろな本を読むにつれて、だんだん物事の本筋を知り始め、このアラモの話も、つまりはアメリカのテキサス強奪事件なのだと。
あのハワイ略奪事件もありましたけど、アメリカの凄まじい歴史とは裏腹の、あの頃のアメリカの素晴らしい映画、素晴らしい音楽、思いは複雑です。

投稿: 田主丸 | 2018年12月 2日 (日) 10時26分

私は管理人様の一年下で、受験の前年でしたが、鹿児島の2番館でこの映画を見ました。ジョン・ウェイン、ローレンス・ハーヴェイ、リチャード・ウィドマークetc....。田主丸さん同様、歴史とか帝国主義の側面は考えずに、ひたすらアラモ砦の滅亡の美、英雄性に酔っていたのは、幼かったとしかいいようがありせん。受験の不安を紛らわすためににいわばアルコールや賭博への依存のようなものでしょうか。その当時は将来、まさか海外に行くことなど考えていませんでしたし、すっかり映画の世界に陶酔していい気分になっていたわけです。しかしこの音楽は、素敵ですね。死を前にして故郷の緑の草を思い出すという点では「思い出のグリーン・グラス」と共通するものを感じます。

投稿: Bianca | 2018年12月 2日 (日) 11時24分

私はなけなしの小遣いをはたいて松本の1番館(洋画専門館)でみた記憶があります。後は2番館で渡り鳥
シリーズ専門でした。洋画は好みではありませんでしたが西部劇は別でした。

投稿: 海道 | 2018年12月 2日 (日) 16時22分

 1960年公開の映画の主題歌ということですから、私は11歳で、自分で映画を見ることはできませんでした。しかしずいぶん聞きなれた曲です。ラジオか何かで、刷り込まれるほどに流行ったということでしょう。
 原詞は、素朴な農業生活への回想だったとか・・なるほどゆったりとしたメロディー、今、得心しました。
 アラモ砦といえば、戦闘員が全滅したと聞いていたので、この曲のおだやかな調子とはうらはらな感じだな~と思っていましたから。 
 少人数で闘って、力尽きて全員戦死したという話は、日本の白虎隊などもそうですが、美談になりやすいですね。死をも厭わず、信念に殉じるのは、稀有な行為ですから。
 後の時代に絶大な権力を持ったアングロサクソンが、アラモ砦の事件を美化し、自らの蛮行の正当化に使わないはずがない。どうしてもそういう醒めた眼で見てしまう。しかし、原詞が、アラモの戦いの賛美ではなく、農業地帯の素朴な生活への回想であるというのは救いです。

 この映画を見た時、青年だった人たちが、映画館の名前とともに回想するコメントを見ると、映画が確然とした文化を創っていた時代を想います。青年どおしが映画の話題を共有し交流して。・・、今よりも健全な、幸せな時代だったのではないでしょうか。

投稿: 越村 南 | 2018年12月 2日 (日) 18時36分

 「遥かなるアラモ」の曲は米国版の哀愁漂う、日本人が好きな滅びの美学ですね。私は池袋のリバイバル館で見ました。1960年代はハリウッド映画全盛でしたね。TVもアメリカの家庭ドラマ「パパは大好き」(タイトル?)等や「ローハイド」等西部劇が放映されていました。また「ベティは高校三年生」などの類いのアメリカ発の高校生を主人公にした本が出回っていました。高校一年生だった私は夢中になって友達と回し読みをしていました。

 田主丸さまやBiancaさまが言われるように、年を経て様々のことが分かってくると我ながら能天気だったんだと思います。映画「アラモ」もそうですが、あの当時の西部劇は虐げられた先住民族が悪者になっていました。「駅馬車」のインディアンの騎馬群に追いかけられ、疾走する駅馬車のカメラアングルの格好良さにドキドキしていました。そして悪役やお人好しにさせられたインディアンの描き方になんの疑いも持ちませんでした。

 それが1994年に公開された映画「ジェロニモ」を見て驚きました。60年代では凶暴なインディアンとして西部劇に登場していたアパッチが、誇り高きアパッチの戦士としてのジェロニモが主役でした。またケビン・コスナーが監督、主演の「ダンス・ウイズ・ウルブス」をTVで見た時、西部劇が変わったと思いました。

投稿: konoha | 2018年12月 2日 (日) 19時13分

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