« こぼれ花 | トップページ | ノルマントン号沈没の歌(2) »

ノルマントン号沈没の歌(1)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:不詳

1 岸打つ波の音高く
  夜半(よわ)の嵐に夢さめて
  青海原をながめつつ
  わが兄弟(はらから)は何処(いずく)ぞと
  
3 旅路を急ぐ一筋に
  外国船(とつくにぶね)とは知りつつも
  航海術に名も高き
  イギリス船ときくからに

5 名も恐ろしき荒波に
  乗り出でたるぞ運のつき
  折しも雨は降りしきり
  風さえ添えて凄(すさ)まじく

7 黒白(あやめ)も分かぬ真の闇
  水先(みずさき)はかる術(すべ)もなく
  乗合人(のりあいびと)も船人も
  思案にくるる瞬間に

9 打ち流されて衝突の
  一声ぼうととどろけば
  流石(さすが)に堅き英船も
  堪えも果(はた)さで打ち破れ

11 互いに救い救われて
  みな諸(もろ)ともに立ち上がり
  八洲船(やしまぶね)の救いをば
  声を限りのもとむれど

13 己(おの)が職務を打ち忘れ
  早や臆病の逃げ仕度
  その同胞を引きつれて
  バッテーラへと乗り移る

15 如何(いか)に人種は違うとも
  如何に情けを知らぬとも
  この場をのぞみて我々を
  捨てて逃がるるは卑怯者

17 彼は岩なり我は船
  みすみす沈む海原の
  底の藻屑となりゆくは
  いといと易きことながら

19 浮世は仮とはいいながら
  常なき者は人ごころ
  昨日(きのう)の恩は 今日の仇
  斯(か)かる奴とは露知らず

21 汝が為(な)せる罪悪は
  この世のあらん限りには
  などで晴さでおくべきか
  右手(めて)に稚子(おさなご)左手(ゆんで)には

23 折しも一人の少年は
  甲板上によじのぼり
  沖なる方(かた)を打ち見やり
  せきくる涙とどまらず

25 わが同胞の危難をば
  捨てて救わでただ一人
  命を惜しむたわけもの
  大和ごころの大丈夫(ますらお)

27 藻屑とこそは果てなん」と
  呼び終わるその中に
  無情を告ぐると時の鐘
  山なす波に打ちまかせ

29 紀伊の浜辺に上陸し
  領事庁へと進みいで
  己(おの)が過失をおおわんと
  非を理にまぐる陳述を

31 日頃の傲慢あらわして
  大悪無道(だいあくむどう)の奴隷鬼を
  無罪放免それのみか
  アッパレ見事(みごと)の船長と

33 正は正なり非は非なり
  国に東西ありとても
  道理に二つあるべきか
  ノルマントンの船長の

35 白晳(はくせき)人種はみな生きて
  黄色人種はみな溺る
  原因あらば聞かまほし
  彼も人なり我も人

37 汝の国の奴隷鬼は
  人を殺して身を逃(のが)
  義務を忘れて法犯す
  極悪無道の曲者(くせもの)

39 軍艦大砲ありとても
  わが国民は知識なく
  国が実に弱くとも
  鳥や豚ではあるべきか

41 外国人の侮(あなど)りを
  受けしことさえなきものを
  斯くする法の傲慢の
  その裁判におめおめと

43 捨てて惜しまぬその理(ことわり)
  破船の時の少年の
  挙動を見るさえしりつらん
  わが兄弟は不常(ふじょう)にも

45 己が困苦を打ち忘れ
  その兄弟は妻子まで
  救わでやまぬ鉄石の
  心は同じ敷島(しきしま)

47 さすがに名高き英人も
  傲慢心は打ち破れ
  一旦(いったん)(めん)せし奴隷鬼を
  一言いわさず引捕(ひっとら)らえ

49 その公平に感嘆し
  積もるうらみも是(これ)に晴れ
  波風にわかに沈まりて
  残るは元の月ひとつ

51 国事も日々に多端なり
  はるかに彼方を見渡せば
  筑紫(つくし)の海は波高く
  風さえ強き秋の空

53 二十五人はまだ愚か
  三千余万の兄弟も
  あわれ危難に過るにも
  まして条約改正の

55 学問知識を競争し
  工芸技術それぞれに
  名誉の淵に乗り出(いだ)
  勝負を競う事なれば

57 若(も)しくも第二の奴隷鬼や
  なお恐ろしきファントムが
  顕(あら)われいでたる事あらば
  三千余万の同胞は

59 生命財産なげうちて
  国の権利を保護して
  保たにゃならぬ国の名を
  保たにゃならぬ国の名を
2 呼べど叫べど声はなく
  たずねさがせど影はなし
  うわさに聞けば過(すぐ)る月
  二十五人の兄弟は

4 ついうかうかと乗せられて
  波路もとおき遠州の
  七十五里もはや過ぎて
  今は紀伊なる熊野浦

6 渦巻く波を巻きあげて
  われを目がけて寄せ来(きた)
  かすかに見えし灯台の
  光もいつしか消えうせて

8 岩よ岩よと呼ぶ声の
  マストの上に聞(きこ)ゆれば
  あわやと計(ばか)り身をかわす
  いとまもあらで荒波に

10 逆巻く波は音高く
  機関室へとほとばしり
  凄き声して溢れたり
  斯(か)くと見るより同胞(どうぼう)

12 外国船の情けなや
  残忍非道の船長は
  名さえ卑怯の奴隷鬼(どれいき)
  人の哀れを外(そと)に見て

14 影を身送る同胞は
  無念の涙やるせなく
  溢るる涙を押し拭い
  ヤオレ憎き奴隷鬼よ

16 思い出(い)だせばその昔
  俊寛僧都(しゅんかんそうず)にあらねども
  沖なる島の身を投じ
  見るも憎しや情けなや

18 家に残れる妻や子や
  待ちくたびれし弟妹の
  我なき後は如何にせん
  憂(う)きぞいとぞ思わるる

20 その信義をば片頼(かただの)
  ついうかうかと大海に
  乗り出でたるぞ恨めしや
  よしや恨みは残すとも

22 老いたる者を助けつつ
  悲嘆に沈む涙淵(なみだぶち)
  伏しつまろびつ泣き入りて
  目もあてられぬ風情(ふぜい)なり

24 「われ航海の一端も
  学び覚えしことあらば
  日頃の技倆(ぎりょう)をあらわして
  逃るる術は易けれど

26 嘲(あざけ)り笑わる苦しさよ
  いざ是(これ)よりは潔よく
  みな諸ともにこの身をば
  千尋(ちひろ)の海に打ち沈め

28 二十五人の兄弟は
  無惨や藻屑となりにける
  斯くと知らずや白波を
  舟に乗じて船長は

30 音に名高きホント氏が
  何(な)どて知らざる事やある
  固(もと)より知りつる事ながら
  わが東洋に人なしと

32 褒めはやしたる裁判を
  聞いて驚く同胞は
  切歯扼腕(せっしやくわん)やるせなく
  与論一時に沸騰し

34 その暴悪の振舞は
  外国々(とつくにぐに)の人ですら
  その非をせめぬ者ぞなき
  乗合多きその中に

36 同じ人とは生まれながら
  危難を好む人やある
  いのち惜しまぬぬ者やある
  イギリス国の法官よ

38 これぞ所謂(いわゆる)スローター
  などて刑罰加えざる
  などて刑罰加えざる
  汝が国は兵強く

40 是非曲直を知る者を
  大和だましいある者を
  二千余年がその間
  尚武(しょうぶ)の国と名も高く

42 従う奴隷があるべきか
  汝知らずや我が民は
  恥のためには命をも
  義理にのぞめば財産も

44 無惨の横死(おうし)と聞くならば
  雲井にかける都人(みやこびと)
  伏屋(ふせや)に宿る賤(しず)の女(め)
  六十余洲はみなおなじ

46 大和ごころの大丈夫を
  道理つめなる論鋒(ろんぽう)
  その豪気なる振舞は
  岩をも砕くいきおいに

48 ふたたび開く公判に
  罪科の所置を定むれば
  二十五人の家族らも
  三千余万の同胞も

50 いとあざやかに見えにける
  これを見るにも思いやる
  いまは明治の御治世(おんじせい)
  外交とみに繁くなり

52 薩摩の海の南には
  豺狼(さいろう)の住む国もあり
  用意もなくてうかうかと
  吹き流されて破船せば

54 今にも談判整わば
  内地雑居となり来(きた)
  赤髪碧眼(せきはつへきがん)かず多く
  わが国内に乗り込みて

56 油断のならぬ今の時
  ノルマントンの沈没の
  その惨状を知る者は
  心根たしかに気をはりて

58 みな諸ともに一致して
  力を限り情かぎり
  縦横無尽に奮撃(ふんげき)
  それでも及ばぬその時は

《蛇足》 明治19年(1886)10月24日に紀州沖で起こったイギリス船ノルマントン号の難破をテーマとした歌。この事件は、不平等条約改正を加速させる力になりました。
 作詞・作曲者は不明ですが、メロディは、フランス人のお雇い外国人シャルル・ルルーが作った軍歌『抜刀隊』の一部が使われたようです。歌詞は59番までありますが、曲は6番までにしました。

(二木紘三)

(『ノルマントン号沈没の歌(2)』に続く)

|

« こぼれ花 | トップページ | ノルマントン号沈没の歌(2) »

コメント

この事件、歌があることはいつからとなく知っていましたが、
ただの大きな事故ただけではなかったのですね。

歌も聴いたことがないので今日初めて聴きました。(唄 田谷力三)
歌詞が少し違う所もありますが、5番の1行と6番の3行が一緒になっています。

小学校の修学旅行は宇高連絡船で四国でしたが、
紫雲丸事故で姉の時から1日少なくなりました。

管理人さんはお元気なのかしらと心配していたので安心しました。

投稿: なち | 2018年11月22日 (木) 08時57分


皆様の ご意見を読ませていただき

  和歌山近傍で発生した
    ノルマントン号事件 
    エルトゥールル号遭難事件

   海難事故の すさまじさ また 人間の狡さ弱さをも
    つくづく思い知った次第です


  海外に目を転ずれば
   処女航海で沈んだ タイタニック号
   南アフリカで沈んだ オシアノス号
    最近では 韓国の セウォル号事故
      など 悲劇には 枚挙にいとまがありません

   空の上を 鉄の塊が飛ぶ
     水の上に やはり 鉄が 木造の構造物が浮く

    何か おこるのは仕方ないこと
         そう思っています

  異常事態発生時 人間とは弱い生き物です
    自分の立場を顧みず 自己の生にしがみつく

   そのときに 自分の命も考えず
  英雄的行動をとった人 そんな方もおられるのです  
   オシアノス号の取り残された乗客を救った
    ギタリストの モス ヒルズさんです

   
  ???もありますが 
    全員が救助された海難事故と称され 
    船長 船員の恥ずべき行動があったものの
      奇跡的な結果となった稀有な事例でした

  you tubeには 瞬く間に沈むオシアノス号と
  南ア空軍のヘリに 救助される乗客たちの姿が残されています

   なぜ 皆さんの知らないオシアノス号の沈没を
   良く知り 興味を持っているかということですが

   実は この船 1991年に沈むのですが
    7年前の 1984年に エーゲ海で乗った船だったのです 
    そのころは 外洋船ではなく
    地中海クルーズ船として使われていました

   そのとき 知り合った イギリス人の老船医から
   あのオシアノス号が沈んだとの 手紙による連絡があり 
    南ア沖で起こった外洋船の沈没が 
     オシアノスだったと認識できたのでした

   人生唯一度の 日本人のいない船旅の経験
   その船が沈んだショックは 大きいものでした

   でも 全員救助の報道は 海難事故という大変な事実を考慮しても 
    とても救われるものでした

   そういう英雄もおられる
    世の中捨てたものじゃない との思いです


   ギリシアの寓話を 真理とすると
    カルネアデスの舟板 的状況の際
     どこまでが 許されるのでしょうか

   他者の命を救い 自分を犠牲にできる人
     少ないでしょうね 心の中ですごいバトルが
      あるのでしょう

  日本の 太平洋戦争敗戦時 どれだけ多くの上級将校が 
   戦犯にされ 処刑されるとの恐怖心から
  自分の指示で行った行為を 部下になすりつけたことか 
 
  いろんな過去の事象から学び  先に向かい
   正しく行動する  
     肝に銘じたいですね

  ものごとは 白黒 だけでは判断できないということもーーー
  
  

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年11月23日 (金) 21時49分

ノルマントン号事件が、我が国の治外法権撤廃の契機になったことは知っていましたが、こんな歌があることも知らず、乗組員の人種構成や細かい人数は知りませんでした。
 『ノルマントン号沈没の歌』は『真白き富士の根』などの鎮魂歌とは違う歌です。白人の船員だけが難破船から逃げた、それにもまして、その行為が、イギリスの司法の場で無罪とされたことを告発しています。
歌詞を読み進めば「日本国民よ、半独立状態の国家の姿に気づきなさい、日本国民のおかれた屈辱的な立場を痛感しなさい」さらには「お人よしの日本人よ、プライドはないのですか」と、私にはアジ演説のように聞こえます。

 イギリスは紳士の国だと、どこのどいつがいったのか(石原裕次郎調ですが)知りませんが、根拠のないたわごとです。彼らが、インドやその他の植民地でやった行為をつぶさに調べれば、有色人種をサルていどにしか認識していないことがわかります。船長の「日本人はボートに移れとすすめたが、英語が分からず、乗ろうとしなかった」という言い訳がまさに有色人種の知能を人間扱いしていない証拠です。
  領事裁判権とは、いかめしい言葉ですが、日本にいる外国人が犯罪をおこした場合、日本の法律や裁判官で裁かれずに、その国の領事(外交官)が裁判官となって、容疑者をその国の法律で裁くというもので、当然、容疑者に大甘(おおあま)な判決が出やすい。身内どおしのかばいあいですから。
 鹿鳴館外交の推進役、井上馨外相も、この国民の憤激にあわてて、兵庫県知事に告訴させて、ドレーク船長の禁固3ヶ月の判決を得ましたが、しょせんはガス抜きでした。しかし国民の厳しい批判の中で、治外法権の撤廃は政府に緊急の課題とされました。

 それにしても、公の怒り(私憤ではなく)を多くの人が共有するのはきわめて難しいですね。悲しいことや楽しいことは共有しやすい。その証拠に、結婚式やお葬式(冠婚葬祭)には、いそいそと出向きますが、政治の集会や抗議の集会には足を向けない。それが私を含め、大衆というものです。明治19年の世論の沸騰は、その意味で素晴らしいし、羨ましくもあります。

投稿: 越村 南 | 2018年11月26日 (月) 23時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« こぼれ花 | トップページ | ノルマントン号沈没の歌(2) »