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こぼれ花

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:萩原四朗、作曲:上原賢六、唄:石原裕次郎

1 紅い野薔薇が ただひとつ
  荒野(あれの)の隅に 咲いている
  ものみな枯れた 山かげに
  風に震えて 咲いている

2 ちょうど去年の いま頃か
  泣くなと言えば なお泣いた
  あの娘の帯に バラひとつ
  咲いていたのを 憶(おも)いだす

3 寒い夕陽が 落ちたとて
  荒野の薔薇よ 散るじゃない
  お前も俺も こぼれ花
  おなじさだめの こぼれ花

4 紅い野薔薇が ただひとつ
  荒野の隅に 咲いている
  ものみな枯れた 山かげに
  風に震えて 咲いている

《蛇足》 昭和42年(1967)3月11日公開の日活映画『夜霧よ今夜も有難う』(江崎実生監督)の挿入歌。レコードは、前年の9月に発売されています。裕次郎が自分のクラブで弾き語りする場面で使われました。

 『赤いハンカチ』や『夕陽の丘』などと同じく、萩原四朗・上原賢六コラボ作品の特徴がよく出た曲ですが、主題歌『夜霧よ今夜も有難う』の大ヒットの陰に隠れて、もう一つ伸び悩みました。

 映画は『カサブランカ』(M・カーティス監督)の翻案。名作の枠組みだけ借りて日活が作ると、まー、なんと申しましょうか(ここは小西得郎調で)、"いわゆる”とか"例の"が付く日活アクションになってしまうという感じです。日活アクション映画のなかでは、できのいいほうなんでしょうが。

 『凱旋門』もそうですが、『カサブランカ』のような極め付けの名作でも、社会的エントロピーが極限まで増大した第二次大戦勃発前後という「時代性」を取り払ったら、気の抜けたビールのようになってしまいます。
 日活も、たとえば戦前の上海あたりを舞台にすれば、かなり違ったものになったでしょうに。

 『カサブランカ』については、『時の過ぎゆくままに』と『カスバの女』で触れています。

(二木紘三)

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コメント

団塊の世代の最後の時期の人間で、私は裕次郎ファンではありません。しかしカラオケつきの飲み屋に通ううち、さんざん聞かされてこの歌を覚えました。じつに歌いやすく覚えやすい歌です。でも歌詞をじっくり読むとおどろくほど中身がない。「お前も俺もこぼれ花」だけが中身。これとても「俺もお前も枯れススキ」のパクリみたい。こんな、あんちょこな歌詞で満足した若者って何だったんでしょう。(裕ちゃんファンには多謝)
 それにしても「こぼれ花」とはなんでしょう??「咲きこぼれるような萩の花」とかいいますが「おなじさだめのこぼれ花」とは・・いまだに釈然としません。
 最近、こぼれ寿司というのが流行っているらしく、いくらやウニがこぼれるほど乗っている寿司だとか・・これは「咲きこぼれるような」のほうでしょうね。
もしかして、「落ちこぼれ」の「こぼれ」でしょうか。世の中からはじき出されて、ドロップアウトしたという意味の落ちこぼれ。「落ちこぼれ花」では、語呂が悪いし、ちょっと情けないから、印象をよくするために「こぼれ花」にかえたのでしょうか。
例えば、別れを惜しんで「友と一晩中酒を飲んだ」では単なる大酒のみ、別れを惜しんで「友と一晩中酒を酌み交わした」では悲しい別れを連想させます。印象って大事ですよね。

投稿: 越村 南 | 2018年11月 4日 (日) 01時48分

〽ちょうど去年のいま頃か泣くなと言えばなお泣いた・・名調子!です。萩原四朗・上原賢六コンビは佐伯孝夫・𠮷田正コンビに次ぐ名コンビです。
カミさんとは見合いだったので、この歌詞のような場面は皆無ですが、二木先生解説の小西得郎調を真似れば、まー、なんと申しましょうか、この歌詞は裕次郎のような二枚目俳優が「泣くな」と言えば“昔の日活時代の”(強調したりして)ルリ子のような美人女優が「なお泣いた」でサマになるのではないかと思う昨今です。

投稿: 焼酎 | 2018年11月 4日 (日) 08時10分

越村さまのお説に共感しきりです。
先溢れる花ではなく  散り敷いた花
正に落ちこぼれ  「俺もお前も枯れすすき」の連想は
流石です。
確かに  他の裕次郎の歌に比べて安直です。
でも  裕次郎の責任ではありません。

初めて聴きました。記憶に残らないほどの歌というわけです。

投稿: りんご | 2018年11月 4日 (日) 09時41分

「こぼれ花」この歌は8トラカラオケの時代からこれまでをとおして私が最も数多く歌ってきた、裕ちゃんの好きな歌ベストワンです!

また「こぼれる」というこの表現が、私はとても気に入っています。「笑みがこぼれる」「涙がこぼれて落ちる」等。
そして、裕ちゃんの映画作品の数々を思う時、私が最初に思い浮かぶ女優は、スクリーンに観る、もっとも美しかった女優の浅丘ルリ子です。

2、ちょうど去年のいま頃か 泣くなと言えばなお泣いた
  あの娘の帯にバラひとつ 咲いていたのを憶いだす♬

矢絣の着物をきたそんな彼女の、瞳を濡らした涙が頬にこぼれ落ちる時!私は「こぼれ花」この詩とメロディにそんな想像を抱きます。


投稿: 芳勝 | 2018年11月 4日 (日) 10時18分

 七五調4句で1聯の簡明な萩原四郎の詞、馴染み易く唄い易い上原賢六の曲、派手さはないですが、とても親しまれている人気のある歌だ思っています。
 萩原四郎はもともと浪曲の作詞を手掛けてきた作家で、私見ですが、詩情性をことさら求めることはしなかったのでしょう。この歌も字脚を揃えて定型詩を形作ってはいますが、とても散文的に感じられます。  上原賢六は兄『上原げんと』ほど世に広く知られた名曲というのはありませんが、他の日活俳優にも楽曲を提供したり、日活映画になくてはならない貴重な存在だったようですね。               「こぼれ花」とは、社会から弾き出された、世間から忘れられたということなのでしょうか。真紅のバラも、人目を避けて風に吹かれてひっそりと咲くのだという、ある種の無常観を感じさせる歌だと私は思っています。                             とても唄い易いメロディですが、それだけに唄い手の確かな歌唱力が求められる歌ともいえそうです。 私にとっては裕次郎の持ち歌のなかでは『赤いハンカチ』とともに、小細工などかんがえずに、気負うことなく唄える歌ではあります。

投稿: かせい | 2018年11月 4日 (日) 14時55分

この歌を聴いていいなと思ったのは、23歳くらいの時でした。新入社員で入った会社は化学品原材料を販売している会社で、営業部所属の者は全員1年間は倉庫で、自分が販売することになる薬品などを肩に担いだりして、色々な体験をすることになっていました。倉庫の責任者は41歳でこの歌が好きで何かの時に歌いました。私はいい歌だなと思い覚えました。30キロ、50キロの薬品を担いだ重みや、中からにじみ出る薬品の汗にまみれたべたべた感、ドラム缶を回しながら移動するテクニック、配達の車の助手席に乗って運転手のお兄さんと交わした馬鹿っ話、この歌を思い出すといろいろなあの頃が蘇ります。私にとってこの歌は青春の思い出の曲です。

その後本社に行って営業マンになりましたが、お客さんに自社商品を売り込んで、じゃあちょっと実験してみるかとサンプル依頼されることがたくさんありましたが、倉庫にお願いする時に倉庫での人間関係がとても役立ちました。特に私は多かったので倉庫の人から「サンプル魔」と親しみを込めて呼ばれました。あのときの倉庫のおじさん(責任者)も生きていれば94歳。多分他界されていると思います。あの頃は楽しかった…と思い出させる一曲です。

投稿: 吟二 | 2018年11月 4日 (日) 21時56分

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