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2019年4月 3日 (水)

別れのサンバ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲・唄:長谷川きよし

なんにも 思わず
涙も 流さず
あなたの 残した
グラスを見つめて 独り

みんな わかっていたはずなのに
心の奥の 淋しさを ああ
わかって あげれば
別れも知らずに すんだの

   (間奏)

きっと私を 強く抱く時も
あなたは独り 淋しかったのね
あなたの愛した この髪さえ
今は泣いてる 今は泣いてる
今は泣いてる

《蛇足》 盲目のシンガー・ソングライター、長谷川きよしのデビュー曲。

 長谷川きよしは、昭和24年(1949)東京生まれ。2歳のとき、緑内障のため失明。12歳で小原佑公に師事してクラシックギターを始めました。東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)3年生のとき、石井好子事務所主催シャンソンコンクールで入賞。これをきっかけにシャンソン喫茶「銀巴里」などで歌い始めました。

 昭和44年(1969)春、音楽プロデューサー・本城和治(ほんじょう・まさはる)は、森山良子から「すごくギターのうまい目の不自由な新人の男の子がいる」と聞きました。「銀巴里」に出ているというので、聴きにいったところ、19歳とは思えない落ち着いた雰囲気と透明な歌声、卓越したギター・テクニックに圧倒され、その場でレコード化を決断したそうです。
 こうして、長谷川きよしは世に出ることになり、のちに”日本のホセ・フェリシアーノ”と評されるようになります。

 シングルはA面に『別れのサンバ』、B面に『歩きつづけて』が収められ、昭和44年(1969)7月25日に発売、その1か月後、アルバム『一人ぼっちの詩/長谷川きよし』が発売されました。アルバムは、オリジナルが9曲、カヴァー曲が3曲の計12曲でした。

 『別れのサンバ』は発売当初こそあまり反響がありませんでしたが、深夜放送で流されるようになると、フォーク世代の若者たちに支持され、40万枚を超える大ヒットとなりました。

 『別れのサンバ』は失恋の歌ですが、多くの失恋歌のように悲しさや未練を切々と訴えるのではなく、別れを淡々と回想し、悔いていると感じさせる表現をしています。

 このような印象を受けるのは、一義的には長谷川きよしが端正に、言い換えれば自分が創った曲をあまりデフォルメしないで歌っているからでしょう。
 加えて、曲が4分の4拍子で小節数が多い割に歌詞が少ないことも影響していると思われます。これにより、長く伸ばす箇所が多くなり、それが心の中で悲しみや後悔をかみしめていると感じさせる効果を生んでいるのでしょう。
 数多い失恋歌のなかで、特異な位置を占める作品です。

(二木紘三)

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コメント

今日は朝から「長谷川きよし」にはまり、Youtubeで 別れのサンバ、歩きつづけて 他、彼のオリジナル曲以外の曲でも 灰色の鐘(椎名林檎さんとのコラボ)や 飛行機雲、別離、後姿、愛の賛歌、コムダビチュード(My Way) 等々をずっと聞いてましたが、素晴らしいの一言に尽きます。

私は、今まで「長谷川きよし」のことは、全然知りませんでしたので、二木先生の解説にある通り、《透明な歌声と卓越したギター・テクニック》に驚くと同時に感動しました。

「別れのサンバ」が発売された昭和44年の翌年45年は私が大阪に転勤したばかりで、大阪はおろか、日本中が大阪万博で沸き返っている頃でした。
そんな中、前任地の名古屋をはじめとして、岐阜、三重、静岡、それに信州松本あたりの親しくさせて頂いた取引先の方々が相次いで大阪万博に来られたついで と、転勤直後の会社に訪ねてこられ、その応対やお付き合いで追われており連日多忙を極めていましたので、仕事以外に目を向けている余裕が無かったのかも知れません。そうでないと、こんなすごいギター・テクニックと心にしみわたるような透明な歌声のアーテイストを見逃す筈はないと、今頃になって思いますが・・・。それにしても、未だ知らない名曲やアーテストのなんと多いことよ と、しみじみ思わされました。

蓋し、この「うた物語」は、単に青春を振り返って見たり、懐かしんだりするだけでなく、大きな感動を与えて頂き、又 いろんなことを学ばせて頂ける有難いサイトだと改めて二木先生はじめ同好の方々に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

投稿: あこがれ | 2019年4月10日 (水) 14時58分

 私も長谷川きよしの名は知っていたし、初期にもてはやされたことはよく知っています。でも、大衆受けするポピュラーな歌ではないので地味な存在になったと思います。二木先生のこの曲を改めて聴くと、彼は本当に天才的なギターテクニックですね。そしてこの曲の素晴らしいサンバの哀愁に胸を打たれました。

 でも、私見ですがもう少し、より大衆受けする歌も唄ってみて下さい。中尾ミエ、ペギー葉山など、大衆受けしたポピュラー1曲で、優雅な生活を送りながら、ご自分の好きな歌を唄って行くことができるのですから。きよしさん応援しています。

投稿: 吟二 | 2019年4月12日 (金) 20時10分

 大学生の頃にずいぶん流行りました。歌は世につれ 世は歌につれといいますが、この歌をきけば、あの頃の自分、世の中について何も知らないに等しかった自分を思い出します。
ま、しかし、知るということは必ずしも幸せにつながらない。それどころか、知らないほうがいいことも世の中には多いと、今振り返って思います。
例えば人を管理する方法や技術とか。知りたくもないことでしたから身にもついていませんが、管理したがっている相手の意図は多少見抜けるようになったから、ま、いいか。

 この歌は、盲目のギタリストが作詞作曲者であるということもあって、印象に残りました。
歌の特徴ですが、
な~んにも~   お~もわず
な~みだも~   な~がさず~
というふうにゆっくりひっぱるのを基調にして、数か所、たたみかけるように鋭く言います。
ためて、ためて、所々で爆発させるという言葉の配置です。
変な例えですが、「水攻めの計」のような印象。
雨季の河の流れをせき止めて、水を溜めるだけ溜めて、その後堰を切って満水を一気に流出させ、城にぶつける。
溜めて溜めて、一気に放出、なんとなくカタルシスを感じるテクニックです。

投稿: 越村 南 | 2019年4月19日 (金) 16時21分

50年ほど前、小原佑公先生から、プライベートレッスンを受けました。場所は千駄ヶ谷の狭いマンションでした。

長谷川きよしさんの話をよく聞きました。懐かしい思い出です。

投稿: 藤井 晨 | 2019年8月13日 (火) 21時56分

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