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2019年6月28日 (金)

あン時ゃどしゃ降り

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:矢野 亮、作曲:佐伯としを、唄:春日八郎

1 あン時ゃどしゃ降り 雨ン中
  胸をはずませ 濡れて待ってた 街の角
  アーアー 初恋っていう奴ァ
  素晴らしいもんさ
  遠い日のこと みんな夢
  ひとりしみじみ 思い出してる 雨ン中

2 あン時ゃどしゃ降り 雨ン中
  離れられずに 濡れて歩いた 何処(どこ)までも
  アーアー 別れるっていう奴ァ
  たまんないもんさ
  つらい運命(さだめ)を 恨んだよ
  ひとりしみじみ 思い出してる 雨ン中

3 あン時ゃどしゃ降り 雨ン中
  やけのやん八(ぱち) 濡れて泣いたぜ 思いきり
  アーアー 思い出っていう奴ァ
  ほろ苦いもんさ
  今じゃあの娘(こ)も どうしてか
  ひとりしみじみ 思い出してる 雨ン中

《蛇足》 昭和32年(1957)9月、キングレコードから発売。

 シチュエーションとしては、戦前の『或る雨の午後』と同じですが、『或る雨の午後』は、感情の発露がかなり抑制的なのに対して、こちらはストレートというか、ざっくばらんな感じですね。前者の「小雨」とこの歌の「土砂降り」がその違いを象徴しているかのようです。
 そのせいかどうか、『あン時ゃどしゃ降り』は、言葉遣いが口語的かつ庶民的ですね。どっちが好みかによって、その人の性格がわかるような気がします。

 個人の経験やできごとの記憶、いわゆるエピソード記憶のうち、感情を伴う記憶は、一回で記銘され、時間が経ってもすぐにリコールされるといわれます。
 さまざまな
成功体験や喪失体験のうち、とくに強い情動を引き起こすケースでは、イベントそのものはもちろんですが、そのときの周辺の状況まで記憶されるのが普通です。

 恋を例にとると、得恋でも失恋でも、そのときの天気や時間帯、場所、風景などまでが記憶されます。それらは、何年か経ったあとでも、得恋の喜びまたは失恋の傷みとともに思い出されるのです。
 ただ、通常、得恋より失恋のほうがはるかに深い情動を引き起こすので、その分、失恋とそれに関連した状況のほうが、長く記憶に保持されることになります。

 この歌では、恋の喜びとそれを失ったときの傷みを呼び起こすキーワードは土砂降り。普通より強い雨なので、記銘の度合いも深く、思い出す回数も多くなるのでしょう。
 失恋の傷はどんなに深くても、それは紛れもなく恋をしたということの証しなので、恋をしたことのない人より、かけがえのない財産を1つ多く得たことになります。

(二木紘三)

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コメント

佐伯としを氏は「東京の灯よいつまでも」の前にこのうたを作曲していたのですね。春日八郎さんはこの難しい曲を淡々と歌っていて改めてすごいと思いました。
それにしても主人公はよくよく土砂降りに縁がありますね。

投稿: hurry | 2019年6月28日 (金) 22時58分

久しぶりに、「あン時ゃどしゃ降り」を聴きました。「別れの一本杉」(S30)、「山の吊橋」(S34)、「長崎の女」(S38)などと共に、春日八郎さんによる懐かしい歌です。

二木先生による《蛇足》も、中々興味深いです。
戦前の「或る雨の午後」と、この「あン時ゃどしゃ降り」、”どっちが好みかによって、その人の性格がわかるような気がします。”は、面白い見方だと思います。私は、と言えば、前者が好みです。古い人間だからでしょうか。
そして、末尾の、”失恋の傷はどんなに深くても、それは紛れもなく恋をしたということの証しなので、恋をしたことのない人より、かけがえのない財産を1つ多く得たことになります。”も、まさに、名言で、胸にジーンと響きます。

投稿: yasushi | 2019年6月29日 (土) 10時10分

二木先生のこのブログをひと月前に「発見」して、それ以来毎日拝読している者です。
「あン時ゃどしゃ降り」を聴くと60年以上も昔の小学生の頃、学校帰りに傘もなく、大雨の中ずぶぬれになりながら帰宅したことを思い出します。 歌詞の意味などわかるはずもない頃で、ただ寂しかった思い出です。
二木先生の《蛇足》を拝読して、なるほどなあと思い、私は後者です と書こうとしていたところに、yasushi様の投稿が入りました。 yasushi様 ごめんなさい。 張り合うつもりはございません。  

投稿: すもも | 2019年6月29日 (土) 10時47分

二木先生の名解説に心酔しながら演奏に耳を傾けています。失恋男性の純な心情が愛おしく思えます。(高齢の今は)
春日八郎さんの抜群の歌唱力に支えられた昭和歌謡の名曲ですね。

なんとなるさ様のコメント「岩尾別旅情」に誘発されて
さとう宗幸さん、倍賞千恵子さんを交互に聴きました。
そして「あン時ゃどしゃ降り」を聴くと
未だ幼かった頃の暮らしが思い浮かんできます。
厭わしかった貧しささえも懐かしく切なく胸に蘇ります。

投稿: りんご | 2019年8月22日 (木) 15時53分

私の兄貴が唄っていました。知らないうちに私も覚えました。春日八郎、三橋美智也全盛時代です。私が16歳の時でした。私は小学校5年生ころから流行歌を唄っていました。その頃はもっぱら美空ひばりの唄でした。サーカス映画の主題歌や、アラカンの鞍馬天狗の主題歌もありました。その後、三浦洸一の都会調の歌が流行りました。フランク永井やバーブ佐竹の歌も流行りました。神楽坂はんこや久保ゆきえの芸者ソングも流行りました。それを継いだのは「一週間に十日来い」の五月みどりでした。
何か走馬灯のように思い出します。そろそろお迎えが来るのかもしれません。 

  ”お迎えが来るまで見よう万華鏡”   (吟二)

投稿: 吟二 | 2019年10月30日 (水) 21時48分

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