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2007年2月 2日 (金)

ウナ・セラ・ディ東京

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:岩谷時子、作曲:宮川 泰、唄:ザ・ピーナッツ

哀しいこともないのに なぜか
涙がにじむ
ウナ・セラ・ディ東京 ム……
いけない人じゃないのに どうして
別れたのかしら
ウナ・セラ・ディ東京 ム……

あの人はもう私のことを 忘れたかしら
とても淋しい
街はいつでも後姿の 幸せばかり
ウナ・セラ・ディ東京 ム……

       (間奏)

あの人はもう私のことを 忘れたかしら
とても淋しい
街はいつでも後姿の 幸せばかり
ウナ・セラ・ディ東京 ム……
ウナ・セラ・ディ東京 ム……

《蛇足》 東京オリンピックで盛り上がった昭和39年(1964)のヒット曲。有名なジャズピアニストでザ・ピーナッツのボイストレーナーだった宮川泰(ひろし)が作曲し、ザ・ピーナッツなどが歌いました。

 ジャズピアノで培ったセンスが遺憾なく発揮され、外国曲かと思わせる都会的なバラードに仕上がっています。日本の歌手だけでなく、イタリアのミルバやドイツのカテリーナ・バレンテもレコーディングしました。

「ウナ・セラ・ディ」は、イタリア語でan evening of の意。

 宮川泰は、『恋のバカンス』『ウナ・セラ・ディ東京』『ふりむかないで』などザ・ピーナッツの曲や、『逢いたくて逢いたくて』『何もいわないで』など園まりの曲、『シビレ節』などクレージーキャッツの一連のコミックソングのほか、『若いってすばらしい』『銀色の道』『愛のフィナーレ』『宇宙戦艦ヤマト』など数多くのヒット曲を作曲しています。

 平成18年(2006)3月21日、75歳で没。

(二木紘三)

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コメント

 いわば、ザ・ピ-ナッツの育ての親、宮川泰、卓越した才能の持ち主と思います。あのチョットひょうきんな人柄、もう見ることが出来なくなり、残念です。
 この曲も、アメリカンポップスなど外国の曲を唄っていたピ-ナッツに、オリジナル曲をと宮川泰らの手によって作られた曲だったと記憶しています。
 私にとって、ザ・ピ-ナッツと共に忘れられない存在です。 青春の思い出です。

投稿: Hikoさん | 2008年8月23日 (土) 06時06分

実に驚きでした。この曲には掲載以来19年で訪問者がたった一人とは。私が東京暮らしを始めた年にザ・ピーナツの歌声が流れたこの曲は馴染みやすかったと思い出されます。私でさえも簡単に口ずさめた曲でした。それなりにヒットしたと思われます。なぜこのブログでは注目されなかったか不思議に思い、今一度振り返ってみました。
 宮川泰さんの曲は軽快で東京の夜を懐かしむに十分です。
 岩谷時子さんの詞にしては、何か中味にかけていたのだろうかとも思ってみました。さあどうでしょう。

投稿: 伊勢の茜雲 | 2026年5月 5日 (火) 19時43分

とても素敵な歌だと思います。よく見た番組「シャボン玉ホリデー」でこの歌を歌うザ ピーナッツも素敵でした。「いけない人じゃないのに どうして 別れたのかしら」人生で何度かこの歌が蘇るたびに、あのかたがそんなに思ってくれたらと思いました。

投稿: 冬二 | 2026年5月 6日 (水) 12時45分

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