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2007年2月11日 (日)

ルビーの指環

(C) Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:松本 隆、作曲・唄:寺尾 聰

くもりガラスの向こうは風の街
問わず語りの心が切ないね
枯れ葉一つの重さもない命
あなたを失ってから
背中を丸めながら
指のリング抜き取ったね
俺に返すつもりならば捨ててくれ

そうね誕生石ならルビーなの
そんな言葉が頭にうずまくよ
あれは八月まばゆい陽の中で
誓った愛の幻
孤独が好きな俺さ
気にしないで行っていいよ
気が変わらぬうちに早く消えてくれ

くもりガラスの向こうは風の街
さめた紅茶が残ったテーブルで
襟を合わせて日暮れの人波に
紛れるあなたを見てた

 そして二年の月日が流れ去り
 街でベージュのコートを見かけると
 指にルビーのリングを探すのさ
 あなたを失ってから(繰り返す)

 ルルルトゥルトゥル・・・・・・

《蛇足》 寺尾聡(あきら)は昭和22年(1947)神奈川県横浜市生まれ。父親は劇団民芸の創設者の一人で、名優と称えられた宇野重吉。

 聡も俳優の道を志し、昭和43年(1968)に熊井啓監督の『黒部の太陽』でデビュー、昭和51年(1976)には、山田洋次監督『同胞』の主役に抜擢されました。
 以後、黒澤明監督作品の『乱』(昭和60年)、『夢』(平成2年)、『まあだだよ』などに出演。

 ミュージシャンとしては、昭和39年(1964)にグループ・サウンズ「ザ・サベージ」を結成、ベースを担当し、昭和41年(1966)に『いつまでもいつまでも』『この手のひらに愛を』をヒットさせました。

 『ルビーの指環』は昭和56年(1981)の大ヒット曲。
 この年は、チャールズとダイアナが結婚し、ピンクレディが解散し、向田邦子の乗った飛行機が落ち、福井謙一がノーベル賞を受賞し、『北の国から』というTV史上に残る名作ドラマが放映された年でした。

 松本隆の詞は、視覚的ですばらしい。3番の「さめた紅茶が残った……あなたを見ていた」というところなど、そのシーンが目の前に浮かび上がってくるようです。

 春か初夏に始まったらしいこの恋が終わったのは、晩秋か初冬でしょう。3番の「ベージュのコート」がそれを暗示しています。
 偏見だとは思いますが、春から夏にかけて始まった恋は短く、秋から冬にかけて始まった恋は長く続くような気がします。

 愛別した者は、しばしば人混みのなかに失った人の面影を見つけるようです。因幡晃の『わかって下さい』にも、「街であなたに似た人を見かけると、ふりむいてしまう」というフレーズがあります。切ないですね。
 恋人ではありませんが、私の亡母も先立った夫
(つまり私の父)のことを次のように詠みました。


思はずも駅のホームに亡夫(つま)に似し
人の背見つめて立ちてゐたりき

(二木紘三)

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コメント

演歌が聴きたい

投稿: 畠山 | 2006年7月 8日 (土) 20時01分

雰囲気のある歌ですね。
大人の雰囲気があって良いです。
アイドル世代より。。。。熟年世代の方が
長いのですから。。。。
もっと成熟した国になって欲しいと
この曲を聞きながら思いました。

投稿: sunday | 2008年5月 1日 (木) 06時16分

寺尾聡のルビ-の指輪をラジカセで流しながら、芦屋海岸(福岡県遠賀郡)で写真屋のクラブ主催でモデル撮影会がありました。私はそのクラブに所属していなくて、オブザ-バ-として参加していました。写真作品選考会で、なんと私の作品が推薦に選ばれたのです。その日を境に暫くは写真にのめりこんだ日々が続きました。ルビ-の指輪と共に・・・・
今でもこの曲を聴くと当時の事が懐かしく思い出されます。

投稿: Hikoさん | 2008年7月28日 (月) 21時55分

「く~も~り,ガラスの向こうは風の街」・・・と 捨てるような歌い方のあのサングラスにギター ニヒルな寺尾聡の【ルビーの指輪】大好きでした。 
日本レコード大賞で受賞して さらに、テレビ『ザ・ベストテン』では、12週連続1位(なんと3ケ月です) 当時高校生だった娘と毎週毎週の1位を喜んで見ていました。歌活動が あまりに忙しかったのか 当時の石原軍団の「太陽にほえろ」にも しばらく登場しなかった記憶があります。その後俳優としても数々の受賞をしていて なかなかの演技派男優で今も大のファンです。 

投稿: 新しい事好きな初老女性 | 2008年8月25日 (月) 21時12分

ルビーの首飾りをの歌を聴いたのは札幌のカラオケスナックふたご座で私の後輩の助手が歌っていて虜になった歌です。マックのituneでダウンロードして何度も聞いてスナックで歌ってすごいと言われたいです。
以前、浜辺の歌のことで質問して答えて頂いたことを覚えています。
ありがとうございました。

投稿: 一條眞古人 | 2008年12月17日 (水) 00時32分

私は何よりも二木紘三さんのお母様の短歌に泣いてしまいました。私のところは逆に思いがけず母が先に逝ってしまいました。後に残った父は母をしのぶ短歌や詩をたくさん書きました。自分の両親がそのように相方を偲ぶうたを書いたのを発見すると、子供はうれしいですね。

投稿: 吟二 | 2008年12月17日 (水) 21時03分

寺尾聡は、父親の宇野重吉から裕次郎が身柄を預けられ映画「黒部の太陽」に出演、その後石原プロに所属していました。
当時石原プロ制作・TV朝日放映のドラマ「西部警察」に出演していましたが、この曲がヒットし始め、石原プロを「破門」という形で歌手活動に専念するため、「西部警察」を降板、その後最終回まで出演していません。
石原軍団で「太陽にほえろ」に出演していたのは、神田正輝です。念為。

投稿: ユウタロウ | 2009年5月 4日 (月) 17時42分

67歳で、演歌系でずっと来た私は、ポップス系のこのような曲は苦手でした。でも、近年、徐々に好きになってきています。年取っても苦手な分野を克服したいです。

この曲は私にとって、歌いこなすには時間がかかりました。でも、あまり簡単な曲よりも、難しいところがある歌のほうが最近よくなりました。作曲家もどこか難しいところを入れたがりますよね。

寺尾聡の声は低いですね。私も低いほうだけれど、原曲で歌うと地味なので、カラオケでは+1で歌います。最近、ちょっとハマッている歌です。やはり、昔、大ヒットしただけのことはありますね。

投稿: 藤村 大蔵 | 2009年7月16日 (木) 23時52分

「くもりガラスの向こうは風の街
さめた紅茶が残ったテーブルで
襟を合わせて日暮れの人波に
紛れるあなたを見てた」

ここは、喫茶店でしょうか? ああ、いろいろなことを思い出します。カラオケでよく歌い、当時の気分に浸りました。

投稿: taka-shiz | 2014年9月 3日 (水) 23時44分

彼は今もヒットした当時と変わらぬ『格好よさ』を保っています。youtubeでしょっちゅう見ています。
その後映画やドラマで名をなし、黒澤映画の晩年作品に、花を添えました。
日本の男優には珍しく、見苦しく太らずスリムで品格を感じます、決して端正な顔立ちでもないのに「なぜ?」あんなに魅力があるのでしょうね。
そういう点が外国俳優と、共通点がありますね。これからも「クリント・イーストウッド」や「ショーン・コネリー」のように年を重ねていってほしいと、フアンの一人として願っています。

投稿: mitsuko | 2015年3月 1日 (日) 15時31分

寺尾聡の格好よさは遺伝にもよるでしょう。お父さんの宇野重吉も身体の均整がとれていて、声も素晴らしいものでした。高校生のころラジオで朗読を聞いた友人が上京して彼のそばに行きたいと口走るほどでした。ただお父さんにはあった素朴な土臭さが、息子になると殆ど痕跡をとどめず、「ルビーの指輪」はすっかり”シティーボーイ”の歌ですね。それはそれでいいのですが、どうしても寺尾聡の向こう側にはあのジャガイモのような父の顔が浮かびます。

投稿: Bianca | 2015年3月 1日 (日) 17時54分

 今はもうお父様のように味のある渋い親父を演じている寺尾聡さんですが、あの頃は若くてかっこよかったですね。サングラスに上下ジーンズで淡々と歌っていましたが、それがまたアンニュイな雰囲気を醸し出していて、現代っ子みたいでした。
 私はかなり歌ってやっとリズムを完全にとれるようになりましたが「指のリング抜き取ったね 俺に返すつもりならば捨ててくれ」のところが難しかったです。いまでもときどきカラオケで歌わないと怪しくなります。
 ところで、二木先生のお母さまは愛する亡夫を偲び素敵な短歌を作られましたが、私の川柳や短歌にも同じように亡き母を偲んで作った下手なうたがあります。
  「母さんに似た人の荷物持ってやる」 「坂の上の入道雲よもの申す御身の彼方に母は在ますか」 
 そして、夫と子らのためだけに尽くして逝った妻を偲んで父が詠った詩や短歌もあります。
  「明け方に祈るこころは安らけく君が冥府へ旅立つ支度」
 父が「辞世」と書いて残したうたはこれでした。
  「うつし世を行くとせ待ちし君が手を握りに行かん今ぞ悔いなし」

人は身近な人が亡くなると詩人になりますね。下手なうたを失礼しました。
  

投稿: 吟二 | 2021年1月25日 (月) 15時34分

寺尾聡さんが一番恰好いいと思ったのは、宮崎美子さんと演じた映画「雨あがる」を観た時でした。
映画「雨あがる」の役自体が、彼のスタイルに合っていたと思いました。
あんな味を出せるのは、彼しかいないかも知れません。

投稿: 白鳥 絵梨香 | 2021年1月25日 (月) 17時00分

追伸
吟二様のコメント『自分の両親がそのように相方を偲ぶうたを書いたのを発見すると、子供はうれしいですね。』に少しウルって来ました。
両親が愛し合っている事は、(又は、愛し合っていた事も)子供とっては嬉しいもんだと思います。
吟二様に共感!

投稿: 白鳥 絵梨香 | 2021年1月25日 (月) 17時14分

 昔、宇野重吉が息子は音楽をやっているよとテレビで語っていました。それからどのくらいの時間が経ったかのか記憶にはないのですが、街中に「ルビーの指輪」が流れていました。

 昨年の暮れ、寺尾聡の曲にハマってしまい、毎日you tubeで聴いていました。
日光東照宮2017公開リハーサルのライブ模様でした。「ルビーの指輪」当時の雰囲気そのままの寺尾聡の姿と声質なので驚いてしまいました。バンドとの調和にも驚かされました。彼の歌い方はバンドの一部になんですね。ルビーの指輪と並んで、出航(さすらい)、二季物語、シャドーシティ が好きです。胸の中が切なくなってきます。

投稿: konoha | 2021年1月25日 (月) 19時18分

 上記コメントに <出航 SASURAI、二季物語、シャドーシティ が好きです。胸の中が切なくなってきます。>としましたが、これらの曲はボサノバなんですね。偏見と独断で言いますと、寺尾聡の力の抜けた歌い方は「イパネマの娘」なんですね。とても変な言い方ですが、だからバンドのリズムに溶け込んでいるんですね。オンザロックで氷を回しながら静かにボサノバに酔いしれたくなりました。

投稿: konoha | 2021年1月27日 (水) 17時09分

寺尾聡さんはお父さんにそっくりになられましたね。

芸風もよく似ています。お父さんの宇野重吉さんは、昔

日活で吉永小百合さん主演の映画《あすの花嫁など》に

よく出ておられ、小百合さんの母親役:奈良岡朋子さん

と結ばれるような役を演じておられました。懐かしいで

すね・・

Konohaさまはお若い頃、白魚のような自慢の手や指をし

ておられたとのこと、

《ルビーの指環》さぞお似合いでしたでしょうね・・

投稿: 迷える古羊 | 2021年1月27日 (水) 22時43分

あるブロッガーの意見です。
1. この歌の主人公は、モテ女に少し遊ばれただけの男
2失恋に気づくのが遅い分、失恋が深刻化・長期化した
3. 街角に彼女の姿を求めているのは、未練がある証拠
4. 長い傷心期間を経て、大人の男として少し成長した。
こんな人におすすめ
• 何年も前に別れた彼女が忘れられない人
• 大人の男として自分を成長させたい人
• 最近のJ-POPはつまらないと思っている人

投稿: 海道 | 2021年7月22日 (木) 08時35分

 寺尾聡のCDを買ってしまいました。最後にCDを買ったのはいつだったか覚えていないくらい年数が経ちました。パソコンのyou tubeをすぐに開くことができなくなり、聴きたい曲を出すのに面倒になるくらいクリックしてやっと「出た〜」となってしまい、CDを買おうと思ったのですが、コロナ自粛中デパートへ行くこともできないでいました。

 開いたり閉まっていたりしているまるで趣味でレコード屋をやっているお店が近所にありました。寺尾聡のCDはないだろうなと思いつつ入って店主に聞いたところ、最近入れたとのこと、人の目につく平台に飾っていました。寺尾聡が呼んでんでくれたのかと内心びっくりしました。
 
 しばし、寺尾聡の曲やバンドについて談義をしてしまいました。嬉しかったですね。50歳前後の男性と喜寿のおばばが話に花を咲かせてしまいました。『クール・リフレッシュ』一枚を買うつもりが『寺尾聡ツイン・ベスト』も買ってしまいました。『ルビーの指輪』は色褪せませんね。寺尾聡の曲は仰々しくなく日常のふとした出会いをさりげなく歌っています。どの曲も歌詞がいいですね。

投稿: konoha | 2021年7月22日 (木) 10時40分

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