ロック・ローモンド
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スコットランド民謡、日本語詞:門馬直衛
1 ここちよき清らの岸 2 君と別れし谷間の 3 小鳥鳴き 野ばら開き Loch Lomond 1 By yon bonnie banks 2 I mind where we parted 3 The wee bird may sing |
《蛇足》 18世紀前半に成立したスコットランド民謡。
原曲は、マクギボン(William McGibbon)の『スコットランド曲集第1巻』(『A Collection of Scots Tunes』1742年発行)に収録されたスコットランドの古謡『ロビン・クーシー(Robin CushieまたはKind Robin Loves Me)』とされています。原曲が『ロック・ローモンド』になるまでには、何人もの手が加わった感じです。
また、今日に伝えられている歌詞は、ジョン・スコット夫人(1810-1900)がまとめたものとされています。歌詞の元になった伝承については、諸説がありますが、次の説が有力です。
清教徒革命崩壊後の王政復古によってイギリス国王となったジェームズ二世は、国王大権を乱用し、カトリックの復興を図ったため、議会によって退位を強制され、フランスへ亡命しました。
王位は、ジェームズ二世の長女メアリー二世とその夫オレンジ公ウィリアム三世が共同統治者として継ぎました。これがイギリス史上有名な「名誉革命」(1688~89)です。
しかし、これに不満をもち、ジェームズ二世とその直系の子孫を正統な君主として支持した人びとがいました。彼らは、ジェームズのラテン語形Jacobusにちなんで「ジャコバイト(Jacobite)」と呼ばれました。
ジャコバイトは、宗教的にはカトリックとイギリス国教の保守派、地理的にはスコットランドの高地地方を有力地盤としていました。彼らは、1701年にジェームズ二世が亡くなったあとも、息子のジェームズ・フランシス・エドワードや、その息子のチャールズ・エドワードと接触を保ち、1715年と45年に大規模な反乱を起こしましたが、いずれも鎮圧されました。
45年の反乱では、ジャコバイトたちからボニー・プリンス・チャーリー(ボニーは「すてきな」の意)と呼ばれたチャールズ・エドワードがスコットランドに上陸し、イングランドに向かって南進しようとしました。
これに加わり、敗れて捕らえられた兵士たちのなかに、ローモンド湖付近出身の若い兵士が2人いました。2人は、イングランドのカーライル城に送られましたが、どういう理由からか、1人は釈放され、もう一人は処刑されることになりました。
処刑されることになった兵士は、「君は高い道を行け、ぼくは低い道を通って、君より先に帰り着いているだろう」といいました。高い道(high road)は現実の道、低い道(low road)は霊魂が通る道と解釈されています。
釈放された兵士が荒れ果てた道をたどって、苦難の末、郷里にたどり着いてみると、その言葉どおり、処刑された兵士の霊が先に着いていました。
ケルト人の社会には、故郷の外で死んだスコットランド人は霊魂の通る道を見いだすことができる、という古くからの言い伝えがあり、そこから生まれた伝承だと思われます。
この曲につけられた日本語詞には、ほかに近藤玲二の恋愛詩(下記)がありますが、どの原詞に基づいたものかは不明です。
ロッホ・ローモンド
1 水蒼(あお)き川のほとり
風も青きロッホ・ローモンド
君が愛の瞳に似たる
美わし岸辺よ ロッホ・ローモンド
2 美わしき川のほとり
我は待ちぬ ロッホ・ローモンド
また幾たびめぐり逢瀬(おうせ)の
誓いも空(むな)しきロッホ・ローモンド
3 誓いせし川のほとり
君は帰らぬ ロッホ・ローモンド
香りほほ笑む花はあれど
捧ぐるすべなきロッホ・ローモンド
4 ああ水は永遠(とわ)に変わらず
蒼き夢を囁(ささや)く
想い出の流れ尽きせぬ
美わし岸辺よ ロッホ・ローモンド
ロッホ・ローモンドのロッホ(loch)は、ゲール語で「湖」という意味です。ゲール語は、スコットランドやアイルランドなどの先住民・ケルト人の言葉です。
ロッホの「ホ」は、本来は喉音(発音記号は[x])で、スコットランドではそう発音されますが、一般的には「ロック」と発音されることが多いようです。門馬直衛の日本語詞が「ロック・ローモンド」となっているのはこのためです。
また、門馬直衛の日本語詞の2番に出てくるベン(ben)はゲール語で山とか峰という意味。
ローモンド湖はスコットランド中央西部にある、グレートブリテン島最大の湖で、ベン・ローモンドはその東岸にある973mの山です。湖畔一帯は風光に富み、またグラスゴーに近いため、人気のある観光地となっています(写真)。
なお、門馬直衛の歌詞で、コーラス部分の「語らじ」と3番の「帰らじ」の「じ」は、同じ語ですが、意味も機能もまるで違います。
「語らじ」の「じ」は打消の助動詞ではなく、意思や勧誘を示しています。したがって、「語ろう」という意味。ただし、この使い方は古型・特殊型で、一般的ではありません。
いっぽう、「帰らじ」の「じ」は打消推量の助動詞「じ」の終止形で、「帰らないだろう」「帰るまい」といった意味。こちらは、文語では一般的な表現法です。
(二木紘三)
コメント
メロディーの美しさで、アニーローリーと共に、この歌も若い頃から好きでした。ただ心地よく聴き歌っていましたが、2曲とも、二木先生のご解説を読むまで、その歴史的な背景のことなど全く知りませんでした。新たな感動に満たされています。
また、文法的なことのご説明も、大変良い勉強になりました。
投稿: nobara | 2008年5月 9日 (金) 12時56分
私が高校生の時代、妹がこの歌を歌っていました。中学校で音楽の時間に、習ったのだと思います。その歌詞は
1.うるわしき川の岸辺/光まぶしロックローモンド
君と手を組みさまよいたる/麗しきロックローモンド
2.君は上り われは下る/行方は同じスコットランド ・・・・・
60歳の時、思いたって、グラスゴーから電車でローモンド湖に行きました。観光客もほとんどいないところで、清冽な風に吹かれて、岸辺に立ちました。歌詞の通り
「うるわしき川の岸辺/光まぶしロックローモンド」でした。
投稿: Patrickbyname | 2008年6月22日 (日) 19時10分
昔見たディズニー製作の「トマシーナの三つの命」で、
子供たちの歌う「ロッホ・ローモンド」が、
緑濃いハイランドの谷にこだまする光景が、
未だに瞼と耳に焼き付いています。
日本にとって、今なおスコットランドは、遠い遠い国なのでしょう。
投稿: 若輩 | 2008年6月22日 (日) 19時41分
常々「ロッホ・ローモンド」は「五番街のマリーへ」と
そっくりだと思っていますがいかがですか。
投稿: 後輩 | 2008年12月 8日 (月) 14時43分
キリスト教の全寮生の高校に在学中、音楽の授業の中でしばしばコーラスで謳いました。たまたまアイルランドのサッカー試合を衛生放送で見ていた時に、試合前に合唱をしていたのに懐かしく涙がでました。結局、この歌は卒業生に送る為の伝統的セレモニーでした。
投稿: 芳野 温 | 2008年12月15日 (月) 17時02分
2年前に投稿しましたが、正しい資料が出てきましたので、歌詞を訂正します。緒園涼子訳のものでした。
1.懐かしき河の岸辺/光まぶしロック・ローモンド
友と手を組みさまよひたる/この岸辺ロック・ローモンド
Ref. 君のぼり我は下る/行く手は同じスコットランド
また語る時もあるまじ/美わしきロック・ローモンド
2.君と別れかわしたる/谷の坂よ ベンローモンド
山波赤く入日に映え/月昇りそめぬ
3.鳥は歌い花咲きて/水は眠り静けし
わびしき胸に春還らじ/悩み今消ゆれど
投稿: Patrickbyname | 2010年7月14日 (水) 19時48分
昔から好きな歌でしたが、成就しなかった恋の歌だと思っていました。二木先生の解説を読んで、曲の背景にあるスコットランドの悲しい歴史に思いを馳せました。こんなに深い意味のある曲だったのですね。
最近スコットランド在住の日本人女性と知り合いましたが、その方のスコットランド人の夫や周囲の人々は、今でもイギリスというよりもスコットランドへ、強い愛国心や忠誠心を持っているのだそうです。
「五番街のマリーへ」も似ていましたか。團伊玖磨の「パイプのけむり」の何巻目だかで、この曲が「鉄道唱歌」に似ていると書かれていたことを思い出しました。
投稿: kei | 2013年3月19日 (火) 19時25分
この歌を歌おうとすると、いつも涙と鼻水が出てきて、途中から歌えなくなっちゃうんですよ。
投稿: なんでだろう | 2016年4月 7日 (木) 04時28分
曲名を「ロッホ・ローモンド」で覚えていました。いつの頃か定かではありませんが、スコットランドの歴史に触れたときがありました。それ以来、それまで何気なしに口ずさんでいたのですが、なんでだろう様のコメントのような気持ちに陥ります。
映画「ブレイブハート」や「ロブ・ロイ」(DVDで観ました)での風景や、このページの歌詞にあるように「君は登れ われは下らん 行くてはスコットランドなれど 君と共にまた語らじ」はジャコバイトの若い兵士たちを彷彿してしまいます。
BS海外ドラマで「アウトランダー」があります。シリーズ1はハイランド地方で1年ほどかけて全編ロケだったそうです。ドラマですので、多分に脚色されていますが、シリーズ1、2はジャコバイトのことが描かれています。
投稿: konoha | 2018年11月 1日 (木) 21時34分
十年ほど前の芳野さんの投稿で、アイルランドのサッカー試合前に合唱していたとあります。 おそらく歌われていたのは、「Red is the rose」ではないかと思います。メロデイーはロック・ローモンドと全く同じですが、歌詞は違います。 またリズミカルなロック・ローモンドに対し、ゆっくり且つしっとりと歌われるようです。
アイルランドの人たちにしたら、ジャコバイトのイングランドへの抵抗に纏わる歌詞ではなく、アイルランドの地名が入った恋愛の歌詞を好むことは自然ですね。
投稿: 寒崎 秀一 | 2018年11月 1日 (木) 23時50分
歌の教室を主宰しています。日本の西洋音楽の受容に影響を与えたスコットランド民謡やアイルランド民謡を歌ってみることにしました。曲について調べる際には二木先生のこのブログは信用性が高いので必ず拝見しています。
二木先生には感謝申し上げます。
後輩さんのご意見に納得です。「五番街のマリー」のメロディーそっくりですね。今まで気が付きませんでした。
投稿: しーたん | 2020年11月 5日 (木) 11時06分
二木先生の蛇足で述べられている様に、スコットランドとイングランドの争いの歴史を物語る歌です。
連合王国、我が国で言うイギリスは、単一民族の国家ではありません。スコットランド、ウェールズ、(北)アイルランドは『ケルトの三角』”celtic triangle”と呼ばれ、先住民族のケルト人の文化が色濃く残っています。
ロンドンのウエストミンスター寺院はイギリス国教会の寺院ですが、イギリスの歴代の王はこの教会の『エドワード懺悔王の礼拝室』で戴冠式を行っています。この部屋にはかつてスコットランドから持ち去られた、スコットランド王権を象徴する“スクーンの石”が嵌め込まれた戴冠式用の王座がありました。ことほど左様に、イギリスにはイングランドが力でスコットランドを支配しようとしてきた歴史があります。
ご存知の様にスコットランドには現在もイギリスから独立しようとする勢力があります。EU離脱にも反対していました。
(スクーンの石は1996年にスコットランドに返還されましたが、実は1950年代にスコットランドの4人の若者がスクーンの石を寺院から盗み出してスコットランドに持ち帰るという事件がありました。この事件は”Stone of Destiny”という映画になっています。大変面白い映画ですが、カナダで制作された映画で、残念ながら我が国では放映されていません。)
投稿: Yoshi | 2020年11月 5日 (木) 19時57分
この歌はどうしても胸が詰まってしまいます。コーラスの部分の歌詞では想像が膨らみすぎて歌えなくなってしまいます。スコットランドのあの空気感の為せる業のせいだからでしょうか。
一時期、私はケルト文化に魅せられた時がありました。アーサー王の数ある伝承の中でとケルト人を結びつけた話が好きです。先日亡くなったション・コネリーのアーサー王が良かったですね。007の時より「マリアンヌとロビン」以降のション・コネリーが魅力的でした。素敵な俳優がまた一人彼岸へ逝ってしまいました。
投稿: konoha | 2020年11月 5日 (木) 22時58分
Patrickbynameさんの投稿で、やっと、見つけました!!
「君のぼり我は下る/行く手は同じスコットランド」、この歌詞を探していました。
私も高校時代に歌っていて、「上りと下りの行く手が同じ」?
不思議に思いながらそのまま何十年、
4年前にローモンド湖を訪れる機会があり、湖畔で碑文を見て、原文のことを調べてみると二木先生や他の解説も種々あり、謎が解けてこの歌がますます好きになりました。
風景の美しさや恋愛詩だけの歌詞ではもったいないと思います。
門馬直衛詞は原詩に忠実のようですが、歌いにくい感じです。
緒園涼子さんのこの歌詞が探していたものでした。
ありがとうございました!!
また子ども時代よりなじんできたたくさんの歌の歌詞が緒園さんによるものだと知りました。
二木先生のこのページは何度も見ていましたが、今夜はたまたまみなさんのコメントに目を通していて、出会いました。
このコメントを描いている途中、さきほど地震の激しい揺れで中断しましたが、いまのところ大きな被害もなく嬉しい夜となりました。
投稿: m.kawamoto | 2021年10月 7日 (木) 23時56分
スコットランド民謡には、心に沁みる美しいメロディのものが、多くあるように思います。
例えば、『スコットランドの釣鐘草』、『故郷の空』、『アニー・ローリー』は、メロディはとても美しく、日本語歌詞で、よく口遊みます。
けれども、『ロック・ローモンド』は、学校で習わなかったからでしょうか、美しいメロディばかりが印象に残っていて、(日本語)歌詞は殆ど意識したことはありませんでした。
皆様からの投稿に触発されて、これからは、歌詞をも意識して、この歌に向かい合いたいものと思う次第です。
なお、手許の「イギリス民謡集」(飯塚書店発行 1958)には、下記の訳詞が記載されています。
『ロモンド湖の畔り(Loch Lomond)』(諸井昭二 訳詞、スコットランド民謡)
<歌詞1番>
忘れもせぬ湖の あの岸辺あの山
咲き染めた 心の花が
たがいにぬれた あの日を
おお 君は山へ去り行き
わたしは とおく町へ
つきせぬ思い 胸にひめて
おお なつかしのロモンド湖
ついでながら、ローモンド湖は訪れたことはありませんが、その東方に位置するエディンバラには、40年ほど前に、仕事で訪れたことがあります。たった一泊でしたが、空き時間に散策したエディンバラ城などの美しい景観は、今も鮮やかに脳裏に残っております。
投稿: yasushi | 2021年10月11日 (月) 13時28分
この一両日、スコットランド民謡に浸っています。
下記の民謡も豊かに心に残っていきます。ご案内まで。
https://www.youtube.com/watch?v=hYulOcQYv64
投稿: konoha | 2021年10月11日 (月) 18時34分
konoha様からご案内ありましたURLから、『The Water is Wide(広い河の岸辺)』という歌を聴いてみました。美しい歌声に癒されました。
この歌も、『ロック・ローモンド』などと同様、スコットランド民謡なのですね。
なお、Wikipediaによれば、”2014下半期の(NHK)テレビ連続テレビ小説『マッサン』では、スコットランド人であるヒロインが、この曲を口ずさむ場面があった。 ”とありますが、このドラマを欠かさず見ていましたのに、当時は、この歌のことは全く知りませんでした。
投稿: yasushi | 2021年10月12日 (火) 10時05分
心に沁みる歌です。
投稿: 細矢雅久 | 2022年8月 4日 (木) 00時55分
碩学の皆様からの色々な情報に世界が広がります。
投稿: 細矢雅久 | 2022年8月 4日 (木) 00時57分
キャンプソングになっていてガールスカウトだったわたしもよく歌いました。
「別れの営火」という題名です。スカウトソングブックに載っていました。
投稿: ガールスカウト | 2022年9月20日 (火) 23時06分