さらば恋人よ
(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo
イタリア民謡、日本語詞:東大音感合唱団
1 ある朝目覚めて 2 我をも連れゆけ 3 いくさに果てなば (間奏) 4 埋めてや かの山に 5 道行く人びと Bella Ciao 1. Una mattina mi sono alzato, 2. O partigiano portami via, 3. E so io muoio da partigiano, 4. E seppellire sulla montagna 5. Casi le genti che passeranno 6. E questo è il fiore del partigiano |
《蛇足》 イタリア民謡で、原題は「美しい別れ」を意味するBella Ciao(ベッラ・チャオ)。パルチザンに身を投じるために恋人に別れ告げる若者を歌った歌です。
パルチザン(英仏partisan)の元になった言葉は、「部分」を意味するラテン語の女性名詞parsに人を意味する接尾辞がついた言葉です。これが、ロマンス語(土着化したラテン語)を経てイタリア語のpartigiano(パルティジャーノ)となり、それがフランス語を経由して英語やドイツ語などに入ったとされています。
もとは単に仲間・関与者といった意味でしたが、近世に入ってから、正規軍に属する遊撃隊を意味する言葉として使われるようになったようです。
その後、国民国家の形成とともに、おもに郷土防衛や、侵略された国土を解放するために、遊撃戦を行う非正規の戦闘グループを指すようになりました。この意味の場合は、スペイン語のゲリラ(guerilla)とほぼ同義です。
上記の歌詞は第二次大戦中にパルチザンによって作られたものですが、曲はイタリア北部、ポー川流域の稲作地帯で歌われていた民謡"Alla mattina appena alzata(やっと起きたところ)"がもと。これは19世紀中葉に生まれたと推測されています。
イタリアの水田労働については、1949年のイタリア映画『にがい米(Riso amaro)』(G.デ.サンティス監督)にも描かれています。写真は『にがい米』のなかのシルヴァーナ・マンガーノ。
エスペラント版の歌詞を見つけたので掲載しておきます。Unicodeでないと文字化けするかもしれません。
O bela ĉao……のところは、Oを極端に短く歌うのがコツです。
Hodiaŭ matene mi vekiĝinta,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
Hodiaŭ matene mi vekiĝinta,
Invadanton trafis mi.
O partizano, vi min forportu,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
O partizano, vi min forportu,
Ĉar senvive sentas mi.
Kaj se mi mortus pro partizani,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
Min sepulti devas vi,
Min sepulti ĉe la montaro.
Vi min sepultu ĉe la montaro,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
Min sepultu ĉe la montaro
Apud ombro de belflor'.
Kaj la homoj preterirante,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
Kaj la homoj preterirante,
Ili diros, "Jen belflor'".
Ĝi estas floro de l'partizano,
O bela ĉao, bela ĉao, bela ĉao, ĉao, ĉao,
Ĝi estas floro de l'partizano
Mortinta pro la liber'.
Ĝi estas floro de l'partizano
Mortinta pro la liber'.
(二木紘三)
コメント
メロディーは知っていましたが、二木さんの蛇足は大変勉強になりました。イタリア民謡にしては珍しく短調的で、ロシア民謡と似ていますね。
投稿: 三瓶 | 2007年7月23日 (月) 17時59分
これがイタリア民謡だったとは!
いつ覚えたのか、一番だけしか知らないのに
こころに貼りついてしまった歌です。
歌詞もメロディーも少しだけちがいます。
歌詞が
ある朝目覚めて
さらばさらば恋人よ
祖国のために
明日は死ぬ身ぞ
です。
そしてメロディーは、「・・・恋人よ」までは同じです。中段以降はよく似てますがややシンプルなメロディーラインです。
パルチザンか何かに関するものじゃないかとは思っていましたがまさかイタリヤ民謡だったとは!
五番まで歌えるように頑張ります・
有難うございます。
投稿: mizusan | 2009年1月15日 (木) 20時54分
「さらば恋人よ」と「しゃれこうべの歌」は、どちらも懐かしい青春の歌です。放課後の教室で、4畳半の学生アパートで、この歌を口ずさみ、あるいは教えてくれた女の友人たちを思い出します。私のブログでも「詩」として取り上げました(1月26日)。
投稿: Bianca | 2009年1月15日 (木) 21時46分
この歌は友人が好きで学生時代によく良く口ずさみましたが、イタリア民謡だったとは知りませんでした。ある方の今日の一曲からここに入っていることを知り、何十年ぶりかで思い切り歌いました。この歌が好きだった友はすでに他界しており、あの世に届けとアップさせていただきました。故人も喜んでくれたと思います、ありがとうございました。
投稿: 小原雄太郎 | 2012年10月 2日 (火) 22時23分
60年安保で日本が揺れ動いていた時、東京から帰省するたびに友人が歌声喫茶で覚えてきた歌を教えてくれました。さらば恋人も教えられました。懐かしい歌です。スクラムを組んでデモをしている大勢の人たちをみて、こんなところでのんびり歌なんか歌っていていいのだろうかと考えてもいました。青春時代の真ん中に居たのだと思います。彼から「今、授業中、終わったら安保デモに行く」という走り書きの葉書を貰ったのも懐かしい思い出です。あれから半世紀が過ぎました。
投稿: ハコベの花 | 2012年10月 4日 (木) 21時49分
映画「ドクトルジバゴ」の最後の時にこの「さらば恋人よ」を思い出しました。私が今まで思っていたのとは違っていましたが映画の場面が「ああ。この事だったのか」と、分かった気がしました。戦争は嫌です。
投稿: totoro | 2015年1月11日 (日) 01時13分
おお!シルヴァーナ マンガーノ の健康美、懐かしいです。美しかったですねぇ。あのころはまだ戦争の悲惨さを子供でも身をもって体験していましたから、この歌の悲しみが理解出来ました。恋人を戦争で死なせないために、国土を焦土にしないために、世界中の若者たちの叡智に期待をしています。(甘いかな?)
投稿: ハコベの花 | 2015年1月11日 (日) 15時59分
懐かしい歌声の一つでした。歌が好きで研究外国語にイタリア語を選んだのですが果たせず残念でした。でも恋心は失わず、思い出しながら歌っています。
有難うございました。
投稿: Eichan | 2015年1月13日 (火) 13時37分
(連投でご容赦を)
こんなに早い曲とは思いませんでした。「うた物語」でいつも思うことは、わすれていた歌にふれると、すっかり記憶の底に沈み込んでいたものがふいに浮かび上がってきて、その時の情景を思い出させます。脳の持つ不思議な一面ですね。古ければ古いほどワンポイントで蘇ります。
この歌を聴いたのは中3の夏の林間学校に参加した時でした。奥多摩の雲取山のふもとを流れる氷川の河原でのキャンプでした。
最終日のキャンプファイアで男子3人が「さらば恋人よ」を合唱しました。すこしスローなテンポでバリトンで歌っていました。初めて聴く曲でした。「ずいぶん大人っぽい歌だな」と思いました。今、「さらば恋人よ」を聴くと、キャンプファイアの炎に照らし出された3人の男子の肩を組んで、いい雰囲気で歌っているあの顔が思い出されます。
投稿: konoha | 2017年6月18日 (日) 16時28分
konoha様
青春時代がふっと戻ってきたようでした。懐かしいあの人、この人の顔が一気に浮かんできました。防大に行った人が戦地に往きません様に、デモに参加する彼が怪我をしません様に、心は揺れ続けていました。19歳から20歳まで自分が何をしたらいいのか気持ちが落ち着くことがありませんでした。世の中が今の安倍内閣とそっくりな岸政権でしたね。狡猾で傲慢そっくり同じです。今日の新聞にスーダンに派遣された自衛隊員の自殺が報じられていました。1人の青年の死に何人の人が泣くことか、もう戦争はこりごりです。平和が一番です。
投稿: ハコベの花 | 2017年6月19日 (月) 16時30分
ハコベの花さまが19歳から20歳のころは岸内閣でしたね。当時はデモ隊と機動隊との衝突のニュースが多かったとおもいます。防大生になった彼に渡した「小説」のお話や、日頃のコメントを拝読しまして、ハコベの花さまの当時の揺れ動いたお気持ちがわかるような気がします。
改めて日本史年表で当時をみますと、これほどの「テロ」の脅威はありませんでしたが、(だからといって今回の無理強いした法案は許せません) 国内外とも同様に騒がしい政治状況でしたね。大江健三郎の『遅れてきた青年』ではないのですが、私の年代では「戦争の悲惨さ」は映像や語り伝えしか知りません。
孫たちの時代が混沌とした世界にならないように心から祈らずにはいられません。
投稿: konoha | 2017年6月19日 (月) 21時54分
二木先生
こんばんは
陰鬱な 落ち着きようのない 時間から 逃げ出して
YouTubeを彷徨っていました
僕が 勝手に思うのですが (お許しのほどをーー)
これぞ 二木先生の思うところ 心 とおもえる
"Bella Ciao", Хор им.Пятницкого
に行き当たりました
ロシア ウクライナ どちらでしょう
この 素晴らしい演奏は
日本という 文化 が 伝統 が 崩れ落ちる前に
何とか しなければと思うことしきりです
この曲のような 清らかなエネルギー 持ちたいものです
以前 友に 早く死ねて羨ましい と発言したことがありますが
予想通り 世の中は 加速度がついたように坂を下っています
しかし そのままでいいのでしょうか
何とか したいですね
先生が蛇足に書かれているように この曲は イタリアからでたもの
しかし ロシア革命前夜の抑圧された 農奴のエネルギーを感じます
YouTubeは 際限なく
知らないものに 出会わせてくれますね
次は ZORBAS EMMETRON です
アンソニー・クイン いい俳優さんでしたね
とりとめのない コメントでした
霞のように 消していただいて構いません
笑 笑
投稿: 能勢の赤ひげ | 2019年7月29日 (月) 21時44分
能勢の赤ひげ様のモヤモヤした悲しみと怒りは、私の推察ですが、一党独裁の政治がいつまでも続いている事にも関係があるのではと思っています。岸総理からずっと引き継いでいる、影のある政治、野党が全くと言うほどテレビに出ない不思議、国民が政治に無関心、日本はというより世界全体が独裁に向かっている様な政治体形。
若い人の力が弱っているのではないでしょうか。怒りを感じない無気力な感覚が蔓延しているような気がします。若者が戦争に駆り出されない様に若者自身が考えて行動して欲しいですね。平和は努力しないと消えてしまいます。
投稿: ハコベの花 | 2019年7月30日 (火) 21時14分
ハコベの花 様、他の皆様
「うた物語交流版」ハコベの花 様、ご投稿1127「戦災」への、私の投稿1140[「RE 戦災」をご覧下さい。
戦後生まれの私ですが、原爆を投下されて終わった、先の戦争への、思いを投稿しています。
投稿: 竹永 尚義 | 2019年7月31日 (水) 16時09分
竹中尚義様
もう一度読み直そうと思って探した「わだつみ」の本がなくなって居たので新しく買い求めました。最も私が涙を流しながら読んだ本は1949年にでた初版本だったと思います。文庫本ではなく単行本で文字も大きく紙質も悪かったのですが、こんなに沢山の遺稿が載っていませんでした。小学5年生の私が読めたのですから、今の本とはかなり違っていたと思います。
現在の「わだつみ」残念ながら老眼の進んだ私には読みづらい本になってしまいました。新しい本を飛び飛びに読みやすい所だけ拾い読みしています。目と同時に頭脳の衰えを実感しています。
投稿: ハコベの花 | 2019年8月 4日 (日) 12時41分
こんにちは
だいぶ昔に一度、パルチザンの原語についてメールしたことのあるものです。以前から気になっていたことなのですが、日本語の歌詞にはイタリア語の歌詞の最後の部分が省略、または抜けていて非常に気にかかります。最後の「この花は自由のために(戦って)死んだパルチザンの花だ」で、この歌の一番重要な部分だと思います。
(少なくてもあの頃の)イタリア人にとってlibertaは非常に重要なことで、自由を勝ち得るために命をかけることが大事だったと思おいます。北イタリアの山間部を車で走っていると道路脇にパルチザンの慰霊碑があったり、市役所にはパルチザンとしてこの地域でどのように戦ってきたかが掲示されており、自由のために戦ったことの偉大さをたたえています。曲は爽快ですが、歌詞は非常に意味深いと思います。
投稿: 小林 昇1 | 2019年12月21日 (土) 07時46分
最近、この歌の一番の歌詞をスローテンポで頭の中で歌っています。「ある朝目覚めて・・・・・攻め入る敵を」。
20世紀は戦争に次ぐ戦争、その後どこかしらで起きている民族の紛争、孫の時代の21世紀の初頭、大きな岐路になっています。地球環境問題、民族の問題、私たちが謳歌した文明の負の問題など大きなツケを孫たちに払わせてしまっています。無邪気な孫たちの顔を見ていると、どうか戦いのない21世紀を築いていってほしいと願わずにはいられません。
投稿: konoha | 2022年3月18日 (金) 15時57分
「昨日の敵は今日の友・・・」と言う歌がありましたが、そうはいかない様でいつになったら平穏な地球になるのでしょうか。私も最近「さらば さらば恋人よ・・」と口ずさんでいます。戦火にさらされている国ではそれどころではないでしょうね。人間はどうしようもない動物だと夫の顔をちらっと眺めながらこの歌を聴いています。
投稿: ハコベの花 | 2022年3月20日 (日) 22時21分