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2007年7月30日 (月)

ちいさい秋みつけた

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直

1 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  目かくしおにさん 手のなるほうへ
  すましたお耳に かすかにしみた
  呼んでる口笛 もずの声
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

2 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  お部屋は北向き 曇りのガラス
  うつろな目の色 溶かしたミルク
  わずかなすきから 秋の風
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

3 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  むかしのむかしの 風見の鶏 (とり)
  ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ
  はぜの葉赤くて 入り日色
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

Chiisaiaki_5

(上の絵は2019年の年賀状用にPhotoshopで描いたものです)。

《蛇足》 サトウハチローは、明治36年(1903)、作家・佐藤紅緑の長男として東京で生まれました。作家・佐藤愛子は異母妹。

 少年時代は手のつけられない不良で、落第3回、転校8回、勘当を言い渡されること17回で、山手線内のほとんどの留置場に入れられたという伝説が残ってます。感化院という少年矯正施設に入れられたこともありました。

 17歳のとき、西條八十の門をたたき、20歳ごろから作品を発表し始めました。『うれしいひなまつり』『かわいいかくれんぼ』など数多くの童謡のほか、歌謡曲でも『リンゴの唄』や『長崎の鐘』など、日本人の心に深く刻み込まれた名作を数多く残しています。
 昭和48年
(1973)没。

 『ちいさい秋みつけた』は、昭和30年(1955)のNHK放送記念祭で発表されました。昭和37年(1962)にボニージャックスの歌でレコーディングされ、同年、日本レコード大賞童謡賞を受賞しました。

 東京文京区弥生にあった旧宅の庭には、秋になるとみごとに紅葉するはぜの老木があり、これが『ちいさい秋みつけた』の発想源になったといわれています。
 記念館になっていた旧居は、平成8年
(1996)岩手県北上市に移転、はぜの木は地下鉄後楽園駅北側の礫川公園に移植されました(写真)

(二木紘三)

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コメント

二木紘三様こんばんわ。
サトーハチローの名詩を中田喜直の名曲で奏でられる「ちいさい秋みつけた」を何べんも聞いています。季節は秋ですがしっかりと見なければ分からない初秋です。
ご健勝をお祈りいたします。
一句:大空に翳す小さき秋を見む 波路
ご笑覧くださいませ。

投稿: 波路 | 2007年8月31日 (金) 20時35分

サトウハチロウの「ちいさい秋みつけた」の蛇足十五行から十六行にかけて、「みごとに紅葉するぜの老木」は「はぜの老木」の「は」が脱落しています。補足なさって下さい。

いつも「うた物語」には御世話になっています。無料でカラオケ気分になれて大変楽しいですよ。ありがとうございます。熊本県に住む74歳です。

投稿: 城  保  | 2007年9月24日 (月) 07時18分

この「小さい秋みつけた」の詞を詠うたびに思い出すのは佐藤愛子の言葉「兄は頭が悪いから、同じ言葉を何度も繰り返して作ったようだ」とホメテいる。
小汚く無頼漢の様な風采から何故?こんなに可愛い、優しい、夢の中にいる様な詩が生まれるのか。
「長崎の鐘」に至っては気高く、崇高で、凛として、そして涙無しでは詠えないほどの心打つものが出来るのか不思議で成らない。

投稿: 松本 俊 | 2008年1月29日 (火) 23時13分

綺麗な詞と曲ですね。「もずの声」これを聞いた事のある子供達はどの位いるのでしょうか。

投稿: M.U | 2008年9月14日 (日) 14時02分

この謡にこんな因縁があって うまれていきたことに
愕いています。ハチローはとてつもなし不思議で面白い異彩の人だった。 そのころは今ならとっても容れられない子供や中学生がいました。大河内伝次郎と伊藤大輔の「忠治旅日記」を何遍も小屋にもぐりこんで観たものです。他のどんな物事より価値を置いたのですね。子供一図に 。廻谷という先生にりっぱなかたがいて、助けられました。活動小屋のお隣が本屋さんです。電気館と明倫堂がたまりばでした。佐藤紅禄の「ああ玉杯に花享けて」もそんな頃。活弁に小学5年生のもぐりこみを見つけられて、私と同じ組のやつに告げられて先生に言いつけると脅されてノートやらクレオンやらをまきあげられたり 今時と比べて私の子供の時世はゆるやかで 鷹揚でした 「小さい秋」は
二木先生のそえがきが一段とこの愛すべくやがてみんなのこころから消えていくでしょう歌を私の老いた心情に近く近くしてくれました 深くお礼を言います   
      老医

 

投稿: 久保田甲司 | 2010年8月24日 (火) 00時39分

 昭和三十七年にLP『サトウハチロー童謡集』が発売された。野球好きなハチローと親しかった長嶋茂雄が次のような推薦の言葉を寄せている。「あんなデブでひげもじゃで、どうしてこんなに楽しい子どもの歌ができるのかなあ」。
「うつろな目の色 とかしたミルク」は、不思議な感覚で心をとらえます。
 ボニージャックスのトップテナーの西脇久夫さんが「うつろな目の色ってなんですか?」とハチローに聞くと「おれだってわかんないよ」と答えたという。
「ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ」は宝石の輝きです。自然を見る目の確かさを感じさせます。そのしみじみとした郷愁は古風ですがわかりやすいので、みんなの共感を呼び、今でも秋になると必ず愛唱されるのです。
忍び寄る秋の気配を、老いが来ると重ねたのでしょうか。思いがけないその言葉に、私、池田小百合は衝撃を受けました。 「ちいさい秋」の繰り返しは耳に、心に残ります。日常の風景の中にある秋を「ちいさい」としてとらえたところに、ハチローの才能が光っています。                (池田小百合―なっとく童謡・唱歌より)

投稿: 海道 | 2012年6月 2日 (土) 16時22分

この歌を聴くと少し前に永眠した弟のことを思い出します。
弟は幼いときから病弱で、小学校を長期欠席して、北側の部屋に隔離されるように療養していたこともありました。中学に進んだ頃から次第に元気になりましたが…。
病弱であまり外にも出られず、北側の部屋でひとり床についている子供の立場からこの歌詞を読むと、さまざまな言葉がとてもよく理解できるように思います。サトウ八チローの意図とは違うのかも知れませんが…。

投稿: nobara | 2012年6月 5日 (火) 12時10分

ボニージャックスが歌っていたこの曲を聴くと、奄美大島の名瀬に住んでいた頃、子どもがよくお世話になった「陳小児科」の待合室が思い出されます。その待合室の壁に秋らしい素朴な紅葉の絵が掛けてあって、その絵の中に「小さい秋見つけた」の歌詞が書き込まれていました。
私はそこで待っている間、他に誰もいない時には、この絵を見ながら、つい、小さい秋見つけたの歌を口ずさんでしまいました。陳先生はどうしていらっしゃるでしょうか。あの待合室の素敵な絵とともに、なつかしく思い出されます。

投稿: 上原 | 2013年8月19日 (月) 23時38分

子供の頃から大好きな歌です。子供にもよくわかるやさしい言葉で、秋が来る感動をこんなにも深くとらえた、サトウハチローさんはすごいと思います。この世にも美しい歌の歌詞についての以下の考察は、不敬極まりないこととおそれますが、「うつろな目の色」について書きます。これは「うつろな日の色」の書き誤りではないかと。「うつろな目の色」はサトウハチローさんご自身が「わからない」とおっしゃったと、海道様のご投稿にあります。子供にわかりやすい言葉ではありません。「うつろな日の色」なら、北向きの部屋なので日光が弱い、くもりガラスなので日光が弱い、何より、強かった夏の日光が衰えた、ということで、秋の到来が感じられ、子供にもよく理解できます。サトウハチローさんは「ひなまつり」の歌でもうっかりミスがあったようですから、締め切りが来てあせってしまったとかで、日を目とうっかり書いてしまったのでは。

投稿: 加藤 | 2016年9月 1日 (木) 21時21分

続けての投稿をお許しください。私の考えが足りませんでした。この歌の 1, 2, 3番の同じ所に「すましたお耳に」「うつろな目の色」「ぼやけたとさかに」が並んでおり、「小さい秋」を「耳」「目」「とさか」でとらえる話になっていることに気づきました。なので、「日」ではなくて「目」でないといけませんでした。理解が足りず、大変申し訳ありませんでした。

投稿: 加藤 | 2016年9月 5日 (月) 14時00分

まだまだ残暑厳しくも
確実に日は短くなり、未明に目覚めて窓を開ければ
星座はきらめき、野辺には薄の穂が揺れ
「ちいさい秋ちいさい秋」と口ずさみたくなります。
これもまた曲も歌詞も素晴らしい心に染みる国民的愛唱歌。サトウハチローの感性は特別に思えます。
「爪色の雨」という不思議な表現の歌もあります(ボニージャックス)サトウハチロー作詞ですが心に染みました。
あの無頼派の代名詞のようなサトウハチロー。

無頼の日々にも胸の奥には越えがたい少年の心が終生息づいていたのですね。そこはかとない淋しさが何ともいえない歌です。
初めて聞いた日の感動が甦ってきます。

投稿: りんご | 2016年9月 5日 (月) 15時22分

本日は8月31日、昨夜の雨で木の葉も濡れ光っています。
その木の葉の色も小さい秋を迎えてきたようです。
気温も昨日に比べやや低め、窓から吹き込む風に心地良さを感じています。猛暑を乗り切れたという安ど感も少しあります。
 作詞をした佐藤ハチローは蛇足に「少年時代は手のつけられない不良で、落第3回、転校8回、勘当を言い渡されること17回で、山手線内のほとんどの留置場に入れられたという伝説が残ってます。感化院という少年矯正施設に入れられたこともありました。」とあります。
異母妹の佐藤愛子氏は「九十歳。何がめでたい」の中で「私の兄などは交番のおまわりさんの留守に隙をみて、柱時計を盗んで逃げた、なんてわるさをやって喜ぶ不良だった」と書いています。昔の不良の中には「弱い人をだましたり、傷つけたりしていない。」人もいます。庶民の私はこの時代の不良にユーモアさえ感じます。
暑い夏が過ぎる頃になると、私は無意識に「小さな秋 みつけた」を口ずさんでいます。この歌の中に人生と重なる部分を感じているのかもしれません。
秋になったら はぜの木が移植されている地下鉄後楽園駅北側の礫川公園に行ってきます。

投稿: けん | 2017年8月31日 (木) 07時12分

小さい秋を聴いてると心が未熟な母親であった時代に還ります。

おかあさんの作詞家である西条八十の門下生でもあったハチロー。
謹厳な中田喜直の調べに無頼派の権化のハチローの詩がマッチしてますね。風鈴が風に応えてこの歌の伴奏のようです。加齢とともに胸に沁みて涙が込み上げます。
ハチロー兄弟と父佐藤紅緑の特異な人間模様は佐藤愛子著の「血脈」に」詳しいですね。佐藤愛子さんの作品は隈なく読んでいるので「血脈」は親戚の家庭の歴史を辿るような思いで読んだものです。


二木先生
中田喜直作曲  田中ナナ作詞のお母さんもお願いいたします。長女が幼かった折のテーマ曲でした。
五十路目前で未だ反抗期の治まらない長女です。思春期に厳しく接した報いを受けているのです。

投稿: りんご | 2018年8月26日 (日) 10時16分

 二木先生の2019年の年賀状を見ながら、年頭の所感を書きます。
この絵に描かれた風見鶏の洋館は広いので、かくれんぼの鬼は逃げた子どもをかなりみつけにくいかもしれませんね。懐かしい遊びです。罪のない遊びのNO,1かもしれません。かくれんぼ遊びを卒業したら、子どもたちの間で、学校の成績をめぐる競争がじょじょに始まったような気がします。

 司馬遼太郎の短編に伊達政宗の漢詩が紹介されていました。かなり昔に読んだのですが、詩をまるごと記憶しています。簡潔明瞭な内容で、起承転結もあざやかです。正宗の詩の才能に驚きました。
若い頃訪問したことのある四国・宇和島の庭園「天赦園」の名前の由来になっていることも、この詩が忘れられない理由の一つです。

馬上少年過
世平白髪多
残躯天所赦
不楽是如何

馬上少年過ぐ
世平らかにして白髪多し
残躯天の赦す所
楽しまずして是を如何にせん

<現代語訳>
戦場に馬を馳せた青春の日々は遠く過ぎ去った。
今や天下は泰平。我が髪の毛はすっかり白くなった。
戦国の世を生き延びたこの身である。
老後は天が与えた贈り物だ。
好きに楽しまないでどうする。

後半の
「ざんく てんのゆるすところ 
たのしまずして これをいかにせん」
を口ずさむと、老後を堂々と生きていこうという勇気がりんりんと湧いてきます。

 うた物語を管理する二木先生、皆様方、いつも楽しませていただいています。昔の連歌の会や句会は、このブログのような雰囲気だったろうと思っています。

投稿: 越村 南 | 2019年1月 4日 (金) 15時47分

♪ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋みつけた・・

お正月に入れられた洋館建ての絵がすっきり。
無花果と桃の皮が手で剥けてすっきり。
今朝は澄みきった秋の青空ですっきり。大洗濯をしています。
昨夜は扇風機を使わず、窓を少し開けて、タオルケットだけでは寒い位でした。
このまま涼しい日が続くと良いのですが・・

投稿: なち | 2019年8月26日 (月) 06時51分

毎年、夏が終わって初秋の頃になると、この歌が自然と口から出ます。
夏の暑さをなんとかやり過ごした安堵感とともに、何とも言えない淋しさを感じるこの季節を、これほど的確に表現している歌は他にありません。
作詞家も作曲家も素晴らしい感性です。

投稿: まーくん | 2021年2月 3日 (水) 11時59分

「不良にわかるその子の胸の内」

これは私が作った川柳です。私の中学時代の友達は、いわゆる不良グループの子が多かったです。私自身は不良的行動はしなかったし、クラス委員長などもしましたが、先生に気に入られたいとか、職員室に行くなんてことは絶対にしませんでした。高校大学に入ってからもその傾向は続き、社会へ出てからも権力をかざす奴は大嫌いで、今でも続いています。私は今まで、自分より弱い人をいじめたことは一度も(?、女房が怒るかも)無かったと思います。

歴代総理の指南番と言われ、「平成」の提案者(本人は絶対にそうだとは言いませんが)だと言われる陽明学者の故安岡正篤師も若いころそうだったと書いています(ちなみに私は、著書を通して先生に私淑している者です)。

 不良には不良になった原因があります。サトウハチローは手の付けられない不良だったそうですが、そうなった原因があったと思います。でも、成長してやっぱり自分は未熟で、皆さんに迷惑をかけて申し訳なかったと思ったでしょうね。彼の本質は、弱者にやさしい人だったんだと思います。教育ママに尻を叩かれ、人を押しのけて成績競争を勝ち抜き、人を蹴落として財務官僚になり、自分は上級国民で中小企業や底辺の庶民を馬鹿にする馬鹿東大出身者とは真逆の方だったんだと思います。
 

投稿: 吟二 | 2021年2月 3日 (水) 19時51分

私はこの歌を夏の終わりに小さい秋を見つけた歌だと思っていました。何年か前に冬の始まりに小さい秋を見つけた歌だと気が付きました。
それにしても無頼な人にこんなにも繊細な気持ちが宿っているなんて、人間とは不思議な脳を持っているものなのだと気が付き驚きました。高校生の頃、何かに詩を投稿したらハチローさんから彼の主催している『木曜手帳』に入りませんかと葉書がきました。葉書は取っておきましたが、いつの間にか失くなってしまいました。こんな繊細な感性を持って生まれていたらと残念に思っています。

投稿: ハコベの花 | 2021年2月 4日 (木) 16時20分

ハコベの花様

お元気になられたようで良かったです。私はこの歌を夏の終わりか秋の初めの歌と思って疑ったことがありませんでした。冬の初めの歌とうかがい、どういうわけでそうお考えになったのかお話しいただけないでしょうか。もしたとえ私に納得できなかったとしても、このすてきな歌についての自分に思いつけない新鮮なお考えをおうかがいすることはとても嬉しいことですので。

投稿: kazu | 2021年2月 4日 (木) 17時16分

kazu様 この歌はずっと1番しか知らなかったのが勘違い原因です。それと私は夏に弱くて必ず外で遊んだり体操をすると3日は熱を出して学校を休みました。昔は熱射病と言っていましたね。夏の暑さは今でも苦手です。早く秋が来ないかと待っていたのです。
ガラス戸の隙間からわずかでも涼しい風が入ってくると嬉しかったのです。街中に住んでいましたので舗装道路の照り返しにぐったりしいました。秋を待っていたのです。そんな思いで聴いていたので、夏の歌だと最近まで思っていたのです。田舎に越してきて百舌鳥を初めてみました。獰猛な鳥ですね。庭に遊びに来るメジロをひと噛みで殺してしまうのには驚きました。鳥の世界も弱肉強食ですね。
歌の様なロマンはありません。「モズが枯れ木で泣いている」の歌も大好きなのですが大人になって知る人間の世界も鳥の世界と同じです。でも秋の真っ青な空は気持ちを崇高な世界に変えてくれるような気がします。飛行機雲を眺めながら遠い昔の恋しい人を思うのも澄み切った秋空があればこそです。ハチローの心の内を覗いてみたいと思います。KaZuさんも少年の様な純粋な心をお持ちの方ですね。いつまでも少年でいて下さいね。

投稿: ハコベの花 | 2021年2月 5日 (金) 11時38分

ハコベの花様 お返事ありがとうございます。なぜ冬のはじめ? という問いへのお答えが私には見つからないように思えましたが、「詩は感じるもの 説明するものではない」ということをお教えくださっているのではと思いました。

「小さい秋見つけた」の歌の、繊細な童心の表現は、まこと稀有の美しさと思えます。「風見の鳥の ぼやけたとさか」の歌詞が、60 年以上前に見た風見の鳥にたちまち再会させてくれるようで、父母が元気だった故郷に戻るように感じ、あれから何も成長しない人生だったと感じたりします。

投稿: kazu | 2021年2月 5日 (金) 23時02分

kazu様 私も何故、秋の終わりの歌と書いたのか、考えててみました。「はぜの葉赤くて入り日色」にひっかかったのですね。はぜの葉を見たことがありませんが、私の住んでいる所は暖かなせいか紅葉が遅いからもう冬に近い秋だと思ってしまったのです。どっちにしてもハチローさんは細かい事にこだわらないでしょうね。その時の気持ちで歌えばいいよ言って下さるような気がします。
私の家の花壇にはチューリップの芽が伸びて来ています。今年は春が早いかも知れません。

投稿: ハコベの花 | 2021年2月 7日 (日) 00時14分

 ちいさい秋みつけた・・・ほんとに素敵な詞とメロデイー・・・心が和みます。私は移り変わる一年の季節の中でも「秋」が一番好きな季節です。でも、ちょっぴり思いにふけり寂しくなるような気もしますが・・・。
 それにしても連日コロナ・コロナで日本列島は大騒ぎ、ワクチン接種問題も早く目途がつけばと思います。
 我が家のプランターにもチューリップの芽が顔を覗かせています。ぽかぽか陽気の春が訪れるのが待ちどうしいですね!
 さて、明日から5時半起床で、宅配業務が始まります。元気を出して頑張るか!

投稿: 一章 | 2021年2月 7日 (日) 10時25分

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