« 砂山(中山晋平) | トップページ | 背くらべ »

2007年8月13日 (月)

砂山(山田耕筰)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:北原白秋、作曲:山田耕筰

1 海は荒海(あらうみ) 向こうは佐渡(さど)
  すずめ啼(な)け啼け もう日はくれた
  みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ

2 暮れりゃ砂山 汐鳴(しおなり)ばかり
  すずめちりぢり また風荒れる
  みんなちりぢり もう誰も見えぬ

3 かえろかえろよ 茱萸原(ぐみわら)わけて
  すずめさよなら さよならあした
  海よさよなら さよならあした

《蛇足》 解説は中山晋平版の『砂山』をご覧ください。

 中山晋平版が子どもの世界の温かさを表現しているのに対して、こちらは歌曲っぽい曲調で、夕方の浜辺の寂しさを表現しています。

(二木紘三)

« 砂山(中山晋平) | トップページ | 背くらべ »

コメント

中山晋平版「砂山」を知った後、このメロディを中学生になってから覚えました。好きな歌のひとつです。曲調が憂愁を帯びているので、思春期特有のメランコリックな気分のときには波長が合っていたのでしょう。
 今から20年ほど前、新潟市を訪れたとき「砂山」の舞台の寄居浜(横田めぐみさんが拉致されたことでも有名)に歌碑を訪ねました。歌碑はすぐに見つかりましたが、周囲の景観には驚きを通り越して慨嘆せざるをえませんでした。松林の砂山(砂丘)の足下まで浸食がすすみ、あの広い砂浜が消え失せていたのです。さらに何本も沖合いに向かって突堤が伸び、その間に無粋なテトラポットがかろうじて波浪を防いでいる状況です。聞けば白秋の頃の汀から200㍍くらい後退しているとのこと。遊泳も禁止されているとか。これでは白秋の詩情はまったく感じられませんでした。
 この原因は大正11(1922)年に完成した大河津分水にあるとのこと。この分水路は、信濃川が新潟平野に入るあたりで繰り返されていた洪水や氾濫を防ぐために開削されたのですが、それから大量の土砂を下流に流さなくなったために起こった現象とか。大正11年と言えば、白秋がこの詩を創った年です。皮肉なものですね。今、かれは泉下で何と思っているでしょうか。

投稿: ひろし | 2009年5月29日 (金) 13時09分

私は一つの詩には一つの歌しかないと思っていました。一つの詩に最も適したメロディーを模索するのが作曲家の仕事だと・・・・。
しかし詩の世界、歌の世界は広くて深い。白秋の詩に二人の偉大な作曲家が名曲を作曲しています。
例えは変ですが、男女の結婚でも、最適の相手は一人でしょうが、次善の相手はたくさん居ます。・・・この説は歌曲を冒とくするものかも・・・^^。

投稿: 三瓶 | 2010年10月28日 (木) 10時26分

 三瓶様
 たとえ話がユニークだと思いました。
 今思い出しませんが、一つの詩に曲がいくつかできるとどこかで読みました。
 砂山を習ったときに、二つを紹介してくださった先生に感謝します。「どっちがいいか」とは聞かれなかったと思います。こちらは哀愁があります。もちろん二つとも好きです。
 詳しい方は教えてくださいませんか。短調と長調の違いもここにはあるのですか。もちろん山田氏と中山氏のどちらが短調・長調かということもわからない者です。

投稿: 今でも青春 | 2014年10月22日 (水) 21時19分

今でも青春様
 中山晋平作曲の「砂山」が〈長調〉、山田耕筰作曲の「砂山」
が〈短調〉です。 中山晋平のものが馴染み易くポピュラーと
言えそうです。 山田耕筰のものは声楽用に使われ、確かに格調高く感じますが、一般人には一寸難しいメロディですね。
 私は中山晋平作を幼稚園で遊戯付きで教わりました。かれこれ
60年程昔のことになりますが…。

投稿: かせい | 2014年10月22日 (水) 22時21分

 私の母は新潟県長岡で育ち、柏崎の親戚の家にも足繁く出掛けたとのことで、中山晋平の『砂山』が、佐渡が良く見える柏崎の海の情景を表していると常々申しておりました。確かに、子供を主人公とした歌詞からは山田耕作の曲は重すぎる印象を受けます。私は曲としてはこちらの方が好きですが、この曲では心なしか「さよならあした」が、フランス語のAu revoirではなくAdieuのように聞こえて来ます。横田めぐみさんが拉致されたのもまた佐渡の見える新潟の海辺でした…。

投稿: Yoshi | 2014年10月23日 (木) 15時26分

かせい様
 早速の御教示、ありがとうございます。
 おかげさまですっきりしました。
 今日気づきました。

投稿: 今でも青春 | 2014年10月24日 (金) 15時03分

新潟西港から二本マストの機帆船で出港し北日本を東京
まで巡りましたが、その折に寄居浜を訪れました
月二回のうたごえ喫茶を主宰していますが、この砂山へ
の思い入れもあり一番から三番までの歌詞を中山晋平と
山田耕筰さんとの曲を交互に歌い交わしています

 曲想が異なりますが、はじめに耕筰の短調で歌って次
に続けて晋平の長調の曲で歌いますが、それぞれの曲調の趣が重なりあって別々に歌うより思いが深く広がります。二つの曲を同時に堪能しています

 ただし、長調曲はEbで短調曲はCmにキーの高さを変更
して演奏しますが、別々より一気に歌いこなすので歌い
甲斐と云うか…歌いながら感じ入るものがあります

 白秋の歌詞と両巨匠の曲の素晴らしさもですが、横井
めぐみさん、ご家族の思いが心につよく響きます

投稿: Hirobou | 2015年11月 4日 (水) 15時28分

11月17日放映のBS・TBS「日本名曲アルバム」でフェリス・フラウエンコーアの上野さん、畑中さんが歌う中山晋平作曲の編曲「砂山」を聞きました。別に、有名な山田耕作の作曲があるとは、くわしく知りませんでしたが、こちらの方は、歌曲っぽいようだし、フラウエンの方が歌われたらどうなのか、と想像しています。
それにしても「うた物語」「Youtube」TV、コンサートといろいろな媒体で音楽が楽しめる良い時代になりましたが、『この「二木紘三のうた物語」のように、詳細に曲について書いてらっしゃるブログは無いので、無くなったら凄く皆さん残念に思われると思います』とある歌手の方も言っておられたのでご報告まで。

投稿: 沖田和海 | 2015年11月21日 (土) 12時28分

茱萸原のひらがな表記は「ぐみわら」なのか、「ぐみはら」なのか、どちらでしょうか。読みは「GUMIWARA」が正しいのでしょうね。私のもっている譜面は「ぐみはら」と記載しています。鮫島有美子の歌曲集では「ぐみばら」と発音しておりますが、これは誤りでしょうね。

投稿: 心花 | 2019年12月29日 (日) 13時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 砂山(中山晋平) | トップページ | 背くらべ »