(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo
アイルランド民謡、作詞:F. E. Weatherly
日本語詞:なかにし礼
1 おおダニーボーイ いとしきわが子よ いずこに今日は眠る いくさに疲れた体を やすめるすべはあるか おまえに心を痛めて 眠れぬ夜を過ごす 老いたるこの母の胸に おおダニーボーイ おおダニーボーイ 帰れ
2 おおダニーボーイ いとしきわが子よ たよりもすでに途絶え はるかなその地のはてにも 花咲く春はくるか 祖国に命をあずけた おまえの無事を祈る 老いたるこの母の胸に おおダニーボーイ おおダニーボーイ 帰れ
Danny Boy
1. Oh, Danny boy, the pipes, the pipes are calling, From glen to glen and down the mountain side; Summer's gone, and all the flow'rs are dying; 'Tis you, 'tis you must go, and I must bide. But come you back when summer's in the meadow, Or when the valley's hushed and white with snow; 'Til I'll be there in sunshine or in shadow; Danny boy, Oh Danny boy, I love you so.
2. But come ye back when all the flowers are dying, If I am dead, as dead I well may be. You'll come and see the place where I am lying, And say an "Ave" there for me. And I shall hear, 'though soft you tread around me, And all my dreams will warm and sweeter be, If you will only tell me you love me, Then I'll sleep in peace, until you waken me
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.《蛇足》 イギリスの法律家で作詞家のフレデリック・エドワード・ウェザリ(1848~1929)は、1910年に『ダニー・ボーイ』という詞を書きました。
これにつける適当なメロディがないまま寝かせておいたところ、2年後の1912年、アメリカに住んでいた義妹が『ロンドンデリー・エア』の楽譜を送ってきました。
それを見たウェザリは、『ダニー・ボーイ』がこの曲によく合うことに気がつき、元の詞を若干手直しして、このメロディに当てはめました。『ダニー・ボーイ』は1913年にニューヨークで発行され、まもなく世界に広まりました。
ウェザリの詞は、私には恋の歌のように感じられたこともありますが、Danny boy(ダニー坊や)とあるので、やはり母子の別れの歌とみるべきでしょう。
2番の最初の行の「all the flowers are dying」のところを、「all the world is dying」や「all the roses are dying」としているヴァリアントもあります。「all the world is dying」だと、出征したわが子を思う母の思いというイメージがとくに強くなります。
『ダニー・ボーイ』が発行された年は、第一次世界大戦勃発の前年で、世界中が戦争の予感におびえていたときでした。
(二木紘三)
コメント
私のベスト1の曲はこのダニーボーイです。いつもラストソングとして聴かせていただいています。 途中からのバグパイプの演奏がなんとも言えず最高です。ある映画のなかでイギリス出身の人の葬儀のときこの曲を全員で歌っているの見ましたが私も同じ様にしてもらいたいと思いました。まだ先の話ですが、、、。
投稿: 白川賀博 | 2008年6月23日 (月) 02時58分
タオルケットをもう一度2というフリーゲームでこの曲を聴き、虜にされてしまいました。
改めて、原曲の歌詞と供に聞くダニーボーイ。カントリーな雰囲気と供に伝わってくる悲壮感が心を強く締め付けてきます。
たしかに、名曲です。
midiでハープバージョンで作られている物が更に悲壮感が増しています。一度聞いてみてください。
投稿: | 2008年8月 9日 (土) 15時21分
この「Danny Boy」は30年程前にハリー・ベラホンテのドーナツ盤で聴き、特に<・・・Oh Danny boy, oh Danny boy, I love you so・・・>のフレーズとシル・オースチンのテナー・サックスソロにどっぷりとハマってしまいました。
リタイヤ数年後の`06年6月からただこの1曲だけでもマスターしたいとの思いで、ヤマハ音楽教室でソプラノ・サックスのレッスンに通い始め、翌年の3/18の『ヤマハKankara Festa 2007 西日本大会』に予選をクリアして出場しました。
曲の内容の紹介は
<Oh Danny boy, the pipes, the pipes, a calling.(歌って)→いずこに今日は眠る~~老いたるこの母の胸に帰れ(台詞)→
Oh Danny boy, Oh boy, I love you so.(歌って)→では、私 オ・タニー・オールドボーイがアレンジをしましたフレーズも
聴いて下さい!> → S.saxの演奏
結果は出場者31組の内全国大会行きの4組には入れませんでしたが、“審査員特別賞”を頂きました。
これも二木先生の「うた物語」からこの歌の背景を知り詞を使わせて頂いた賜物だと心から感謝を致しております。
遅くなりましたが本当に有難う御座いました。
現在68歳ですが、“やれば出来ます!” 特に熟年以上の皆さん!トライして<それなりの青春>を謳歌しましょう。
投稿: 尾谷 光紀 | 2008年9月 4日 (木) 16時40分
この曲をはじめて知ったのは、アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」(津川主一訳詞)として中学のとき習ったときです。その後、日本では1960年代にハリーべラフォンテが同じ歌を「ダニーボーイ」として歌って大ヒットしましたね。「ダニーボーイ」(「ロンドンデリーの歌」ではなく)はこの頃出来た歌なのかと思っていたのですが、二木先生の解説によると、ずっと古く戦前からあった歌なのですね!ハリーベラフォンテをはじめたくさんの歌手がこの歌を歌っていますが、私はべラフォンテ以外では、コニ―フランシスがこの歌をたいへんドラマティックに歌いあげていて大好きです。また高橋源太郎が日本語(と英語の歌詞)で歌うこの歌を昔ラジオでよく聴いていたことを思い出します。
投稿: KeiichiKoda | 2012年8月31日 (金) 09時20分
上のコメントへの追記です。コニ―フランシスのダニーボーイはあまり知られていないかもしれないので、YouTubeのURLを書いてきますと
http://www.youtube.com/watch?v=ee119Rs6QGg
です。ハリーべラフォンテのは
http://www.youtube.com/watch?v=rgo8NDSI-HQ
です。ダニーボーイのお好きな方、両歌手の歌を味わってください。
投稿: KeiichiKoda | 2012年9月 1日 (土) 09時58分
「ロンドンデリーの歌」の方の演奏ばかりを私は聴いていましたが、「ダニーボーイ」のアレンジも魅力的ですね。最近、「赤毛のアン・シリーズ」の十巻目、「アンの娘リラ」を久しぶりに再読しました。九巻の終わり頃では「笛吹きがやってくる…」と、リラの兄ウォルターが戦争の予感を言いあらわし、十巻では第一次世界大戦が始まります。アンの息子たち三人も、町の若者たちも、次々に入隊し、ウォルターはリラに美しい手紙を書いた翌日、フランスで戦死するのです……。そこに描かれている、戦地の息子を兄弟を恋人を思う女性たちの気持は、そのままこの歌に重なるような気がしました。
KeiichiKodaさまご紹介のダニーボーイも聴きながら続きを読み、四年ぶりに帰還した恋人のケンが「リラ・マイ・リラ」と軍服のまま現れるラストのあたりで、ようやく救われたような気持ちになりました。
投稿: 眠り草 | 2012年9月25日 (火) 20時32分
KeiictiKodaさん
前にコメントをしましたがハリー・ベラホンテの「ダニー・ボーイ」がもう最高で、httpでの紹介のノウハウを知らなかったので感謝しています。
コニー・フランシスはその昔「カラーに口紅」「ボーイ・ハント(日本語で)」等を良く聴いていました。
眠り草さん
歌と共にテナーサックスによるシル・オースチンの「ダニー・ボーイ」を是非聴いて下さい。
インターネットで《シルオースチンダニーボーイ》を入力→検索で聴かれると思います。
投稿: 尾谷光紀 | 2012年9月26日 (水) 15時52分
尾谷光紀(オ・タニー・オールドボーイ)さま
おすすめの演奏を検索して聴きました。ダニーボーイは、ハリー・ベラフォンテしか記憶に残っていなくて、コニー・フランシスのも初めて聴いたような気がします。シル・オースティンの演奏も素晴らしいと思いました。二木先生はじめ皆様のおかげで、少しずつ世界が広がるような気がします。
「アンの娘リラ」…前のコメントの続きですが、ウォルターの手紙の中には「…虹の谷には しおんがいっぱいたのしく咲き乱れているだろうーー僕らの『夏去りぬ(フェアウェル・サマー)』がね。…」と書かれています。「笛吹き」といい、どことなくウェザリの詩と響きあうような気がするのです。偶然なのでしょうが…。(オールド・ガールより)
投稿: 眠り草 | 2012年9月26日 (水) 19時06分
ダニーボーイ好きの皆様へ
私も「ダニーボーイ」は世界で最も美しい歌の一つではないかと考える一人です。「ダニーボーイ」はハリーべラフォンテをはじめたくさんの歌手が歌っていることは上で書いたとおりですが、私の大好きな歌手―1964年に飛行機事故で亡くなったカントリーウェスタンの歌手―ジムリーブズ(Jim Reeves)の名前を挙げるのを忘れていました。YouTubeには彼の「ダニーボーイ」がアップされていました(↓)
http://www.youtube.com/watch?v=GO9V7NhWdJ8
彼の美声でDanny Boyをお楽しみください。Jim Reevesには「黒枠の手紙」(The Letter Edged in Black)というカントリーの名曲があり、この歌を聞くと、いつも涙が出ます。著作権の関係でしょうか、YouTubeにアップされていないようです。ご紹介できないのが残念です。
投稿: KeiichiKoda | 2012年9月28日 (金) 15時03分
上のDanny Boyへの追記です。Danny Boy好きの皆さまはJim ReevesのDanny Boyはお楽しみいただけでしょうか?上のコメントで書いた、同じ歌手による私の大好きなLetter Edged in Blackをついに見つけました(というより、これを書いた後アップされたようです。)彼のDanny Boyを聴いてお好きになった方は以下(↓)の歌もぜひお聴きください。また二木先生にはぜひこの歌にまつわる解説をしていただく機会があればたいへんうれしいのですが。。。
http://www.youtube.com/watch?v=tP8x8DLI6AE
投稿: KeiichiKoda | 2012年11月11日 (日) 16時49分
眠り草様 KeiichiKoda様
Danny・Boyの情報をありがとうございました。
ハリー・ベラフォンテの歌に目覚め、シル・オースチンのテナーサックスによるサブ・トーン(歌で言えば息に声をのせる発声法で一般にはハスキー・ボイス)に酔い、今はアルトサックスの矢野沙織(25歳)嬢にハマっています。
特に16歳の時に作曲した「砂とスカート」の3回目のアルバム『Answer Saori yano』は、ピアノとベースとマレットで叩くリズムと、A.saxでは誰も出した記録も無いチョウちょう超サブトーンが、過去も夢も蟻地獄のような砂に埋もれていく・・・そんな名演奏です!
facebookでも書きましたが今年3回もライブにそしてツウショットも、彼女とご主人には“ジャズの殿堂入りへ・・・”などと。
しかし彼女の『SAORI YANO Little Tink』での「Danny Boy」は2コーラス半をサラット吹いていて、歌の“帰れ”の部分がおなじ音なのが僅か気になりましたが・・・。
投稿: 尾谷光紀 | 2012年11月11日 (日) 23時37分
よいサイトをありがとうございます。
私は今、ニュージーランドにおり、老人ホームのアクティビティーなどを企画しています。こちらのお年寄りたちになじみのある英語の歌を学んで、レクリエーションで活用させていただきたいと思います。~家族や大切な人とともに暮らせない人たちの思いを、すこしでもいやすことができれば、とてもうれしいです。
ちなみに、以下、原文になるべく忠実にわたしなりの訳をつけてみました。気に入っていただけるとうれしいです。
ふるさとへの思いもこめて。
1;Oh Danny Boy 谷へ山へとバグパイプがこだまする
夏が過ぎ バラたちも散り きみの旅立つとき
でもまた かえっておいで 草もゆる日も 雪の日も
君をまっているよ ここで
Oh Danny Boy 君を愛してる
2;いつの日か 君とも永久の 別れの日が来るだろう
そのときは 私のために どうか祈っておくれ
君の祈りを聞くならば やさしいやすらぎを得
また会える日も来るだろう
Oh Danny Boy 君を愛してる
投稿: 榛木久実 | 2012年12月14日 (金) 04時22分
「all the world is dying」は戦争勃発後、戦争さなかに歌われたのではないでしょうか。今年は一次大戦百年目、各国各地各局各紙で記念行事・特集があり、継続中。先週ベルギー版TVと慰霊ニュースを見たばかりです。1914年7月28日オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに宣戦布告、対して直ぐにロシアが動員発令、人類最悪最大の殺戮が始まります。all the world is dyingはその悲痛の表現に思われてなりません。
まもない10月西フランダースIeperにて本格的激突に入る。一次イーペル戦の一月余で連合/中央同盟の両陣営あわせ戦死25万。大英帝国軍の一翼カナダ派遣軍二個師団にノヴァスコシア州からの四個大隊が含まれています。彼等はNova Scotiaゆえ、先祖故郷スコットランドHighlanders名で知られます。例えば1915年、州都ハリファックスに組まれた第85予備歩兵部隊は二年後に大西洋を越え、その10月三次イーペル戦に投入されます。三ヵ月余の戦いで双方合わせ戦死45万、重傷者を加えると百万になる勘定。
眠り草さんご説明「十巻では第一次世界大戦が始まります。アンの息子たち三人も、町の若者たちも、次々に入隊し」たのは、上述のハイランダーズですね。作家L.M.モンゴメリーその人の日々が綴られている…、彼女の知る母親たちに息子たちの死が伝えられる日常。渡海したカナダ軍2万の内、再びハリファックス港に帰ったのは4千名でした。
むかし緩やかに耳に入った旋律、ダニーボーイを無理に戦争にリンクさせるのはいけませんが、なかにし礼の「祖国に命をあずけた」はall the world is dyingからなんですね。赤毛のアンで「四年ぶりに帰還した恋人のケン」の場面が用意されていると聞き、プリンス・エドワード島にもある慰霊記念地の芝緑が、おかしいですが、なぜか浮かんできました。
投稿: minatoya | 2014年12月 4日 (木) 05時48分
すでに子育ての時期は遠い昔になってしまった母親ですが、親って幾つになっても親なのですね。子を思う親心の歌詞にはいつも涙腺が緩んで仕方がありません。
2012年の眠り草様、2014年のminatoya様の投稿文を拝読して久々振りに「アン」に出会いました。私が「赤毛のアン」を読み始めたのは小学6年の時でした。元来夢想家の私はアン・シャリーが大好きになり、密かに登校中の樹の木漏れ日の射す道に名前をつけたりして、ひとり悦に入っていました。(都内には自然の風景などはなかったのですが)確か4巻か5巻目の翻訳がまだ書店に出ていなく、とても待ち遠しかったのを思い出します。私も10巻まで持っています。ページがすっかり茶けています。子育てで辛い時にはよくこのシリーズを引っ張り出し再読して気を紛らわしていました。
どこまで元気に生きられるか分からない歳になって身辺整理をしました。その時、娘と息子に私の棺の中にこの「赤毛のアン」10巻と「あしながおじさん」をいれてねと申し伝えました。ついでに私を送る歌として「のっぽの古時計」を皆なで歌ってねと注文しておきました。娘に「お父さんを置いていかないでね」と頼まれてしまいましたので、夫を残してまだ死ねません。7歳年上の夫ですが、夫のちょっとした仕草が可愛いなーと思うことが多々あります。そんな夫を見るにつけ、私はまだまだ元気でいなければと日々を送っています。
ちょっとおしゃべりが過ぎてしまいました。久々振りのアンとの再会でうれしくなってしまいました。お許しください。
投稿: konoha | 2017年2月 1日 (水) 12時41分
心に沁みる名曲です。
4月23日 教会のイースターコンサートで
ハープ演奏の「ロンドンデリーの歌」を聞いて涙が込み上げました。この場をお借りしてハープ奏者の宣教師、キャサリン・ポーターさんを紹介させてください。
彼女は英国生まれの英国人。(29才と記憶)3・11の協力宣教師、被災地支援に関西から通ったが、距離的にも負担で被災者に寄り添うために盛岡の教会を志願。仮設住宅の人々に寄り添いながら布教活動をしているハープ奏者の宣教師です。当初余りの驚愕「人生で考えられないことが起こった」に打ちのめされ体重が10キロ減、眠ることも食べることもできなくなったが、間もなく復帰して現在に至る。彼女はケンブリッジ大学で学んだ才媛、何の為の学問と悩み宣教師の道に入った。
私が言いたいのは、この国の政治家
長靴発言の政務官や宮城県知事を怒鳴った当時の政権の復興大臣のあり得ない言動です。
恥ずかしくないのか、遠いイギリスから23歳で被災地救援に飛び込んだキャサリンの爪の垢でも煎じてのませたいものです。
投稿: りんご | 2017年4月24日 (月) 07時58分
りんご様の投稿によりますと、ハープ演奏による「ロンドンデリーの歌」を聴かれた由、どんなに素敵であったろうかと、想像しております。
私も「ロンドンデリーの歌」/「ダニー・ボーイ」が大好きで、もう20年も前になりますが、出張の途上で立ち寄ったレコード店で、”ダニー・ボーイ 100%”というCDを見つけて買い求めたことを思い出しました。
早速、そのCDを探し出して、紐解きますと、収納された12曲は、すべて、外国の著名アーティストによる「ロンドンデリーの歌」/「ダニー・ボーイ」で、ボーカル、オーケストラ演奏、器楽演奏(フルート、クラリネット、チェロ、トランペット、ギター)と多様多彩ですが、ハープ演奏のものはありませんでした。
無い物ねだりで、ハープ演奏による「ロンドンデリーの歌」/「ダニー・ボーイ」を聴いてみたい気持ちが募ります。
投稿: yasushi | 2017年4月24日 (月) 15時04分
https://www.youtube.com/watch?v=-3b5mGmUTN8
yasushi様素敵なCDをお持ちですね。
私も欲しくなりました。
キャサリンポーターの演奏を貼り付けました。
残念ながらロンドンデリーの歌はありません。
宣教師である彼女は主に讃美歌を弾いてますが
コンサートでは 2~3曲なじみの曲を演奏なさいます。
昨日は 「さくらさくら、アメージンググレース、ロンドンデリーの歌」を演奏なさいました。
被災地の仮設住宅では「北国の春」など演歌を演奏なさったそうです。ここに集う皆様にキャサリンの尊い存在を知って欲しいのです。昨年も彼女のコンサートに行ったがまた新たなる感動がありました。昨日求めたCDは全て讃美歌ですが心が安らぎます。(なお私は、クリスチャンではありません)私のピアノの先生が敬虔なクリスチャンのご縁でキャサリンとの出会いがありました。
投稿: りんご | 2017年4月24日 (月) 19時19分
yasushi さま りんごさま
私も「ロンドンデリーの歌」・「ダニー・ボーイ」の2曲は以前から好きな曲でした。
yasushi さまのコメントを拝読し、私も、ハープの演奏をどうしても聴きたくなり、YAHOOで検索しました。
「ハープ演奏 ロンドンデリーの歌」・「ハープ演奏 ダニー・ボーイ」と別々に検索してみました。
ハープの演奏では、このように別世界の雰囲気が変わるものだと思いました。
演奏がお気に召されるかどうか分かりませんが、如何でしょうか。
投稿: 一章 | 2017年4月24日 (月) 19時41分
りんご様 ご丁重に対応下さり恐縮です。キャサリン・ポーターさんのハープ・コンサートの様子をYouTubeで閲覧し、ハープの音色に聴き入るとともに、その人となりに少なからず感銘を受けました。(「ロンドンデリーの歌 」そのものは見つかりませんでしたが)
一章様 ご教示、有難うございました。YouTubeを閲覧して、いろいろな演奏家による「ロンドンデリーの歌」/「ダニー・ボーイ」のハープ演奏に接し、日頃聴き慣れたピアノやギターの音色とは別次元の、ハープ独特の音色による美しいメロディに心が洗われるようで、「ロンドンデリーの歌」/「ダニー・ボーイ」への愛着が一層強くなった気がします。
投稿: yasushi | 2017年4月24日 (月) 22時27分
りんご 様
私達の教会では、4/16にイースター礼拝を奉げました。
ロンドンデリーエアーやアメイジング グレイスは通常礼拝の時でもよく賛美しますが、一度「You Raise Me Up」を聞いてみて下さい。(You Tubeで聞けます)私の大好きな賛美曲で落ち込んだ時や苦しい時に,この曲のお陰でどれだけ救われたかわかりません。
教会の朝の礼拝前にこの曲が流れてくると、心の中が浄化されて牧師のメッセージに従順することが出来、すべてのことに感謝することができます。私のクリスチャン暦は、まだ20年にしかなりませんし、キャサリン ボーターさんのような敬虔なクリスチャンではありませんが、WORSHIP & PRAISE は毎日欠かさず続けております。 ただ、昨年の春頃から喉の調子が悪くなり声が出しにくくなり人前で歌が歌えなくなりました。病院でいろいろ検査してもらいましたが異状なしとのことで自慢?できるものが又一つなくなりました。残念!
投稿: あこがれ | 2017年4月24日 (月) 23時57分
「You Raise Me Up」
Martin Hurkens 日本語訳付き で聞かれるのが、一番感動的だと思います。
投稿: あこがれ | 2017年4月25日 (火) 10時13分
あこがれ様
とても良い歌ですね。
日本語の歌詞に涙が込み上げました。
こんなに良い歌にめぐりあえて晩年の慰めになります。
早速、娘にラインでURLを伝えたところ、義弟の結婚式に牧師さんが歌ったので懐かしい、とても上手な牧師さんっだったとの返信。
ありがとうございます。
二木先生、このような感動的な場面を提供してくださって感謝致します。
投稿: りんご | 2017年4月25日 (火) 21時41分
某音大OBOGの合唱コンサートでソプラノの高野信子さんという方がソロで歌っておられました。ご年配ですが大柄な体をよじるような姿は出征する子供に訴えかける母のイメージでした。先生の恋の歌というのもありだと思いますが、冒頭のthe pipes are callingは戦いを示すものでしょう。帰って来た時生きていないという暗示も恋人より母かとも。夜のプラットホーム的に感じました。男性歌手の歌だと随分印象が変わるのでしょうね。
投稿: しょうちゃん | 2017年6月 4日 (日) 10時22分
皆さまの解説のおかげでロンドンデリーの歌との関係がよくわかりました。昔からよく知っている曲でしたが戦争映画のメンフィスベルでバックに流れていましたね。当時連合軍の戦略爆撃機クルーは23回もしくは25回出撃するとお役御免になって後方にまわされ教官などになれたそうです。メンフィスベル機は丁度25回目でクルーたちにとっては最後の出撃でした。機上で負傷したクルーの名前もダニーでしたね。ほとんどB-17の機内のなかでの人間同士のドラマでした。アメリカ万歳の映画かと思えばそうでもなく極限状態においての人間性のあり方を描いた映画でした。アメリカ映画のなかで最も好きな映画の一つです。ひとつって他の最も好きなのはなんだと聞かれれば「エデンの東」「アンタッチャブル」「ソフィーの選択}などなど
投稿: manaitagenkan | 2018年10月 3日 (水) 15時12分
昨晩、NHK Eテレで、”らららクラシック選「ダニーボーイ」”という番組を視聴しました(2018-10-26放送の再放送でしたが)。アイルランド民謡のダニー・ボーイにまつわる、いろいろな話や演奏があり、なかなか興味深いものでした。
番組の最後の「ダニー・ボーイ」演奏で、ヴォーカルを担当したのが、シンガー・ソング・ライターの浜田真理子さんで、原語(英語)で歌っていました。最近、彼女の歌に出会い、その歌声に魅せられている1ファンとして(”うた物語交流掲示板”の[699]をご参照)、お気に入りの歌声が一つ増えました。
投稿: yasushi | 2019年2月 9日 (土) 13時47分
yasushiさま
ありがとうございます。今なんどもリピートをして聴いています。思いの奥深いところに沁みてきます 。
同じ二木楽団の演奏でも「ロンドンデリーの歌」のイメージと「ダニーボーイ」のイメージが違いますね。「ロンドンデリーの歌」は学校で習ったとき、津川主一訳詞「我が子よ いとしの汝を 父君の形見とし 今日まで育てあげぬ・・・」で歌い上げるような感じでしたが、この「ダニーボーイ」のなかにし礼の訳詞は曲を聴きながら口ずさむと、なぜか涙が滲んできて胸に沁みてきてしまいます。常々感じていることですが、二木楽団の演奏に毎回聴き惚れています。いつもありがとうございます。
ハリー・ベラフォンテが歌う「ダニーボーイ」を初めて聴いたとき、なんて素敵な歌い方なのだろうと思いました。
投稿: konoha | 2019年2月 9日 (土) 22時48分
与謝野晶子
「・・・・・ 親は刃をにぎらせて 人を殺せと教えしや 人を殺して死ねよとて 二十四まで育てしや・・・」
投稿: konoha | 2019年2月 9日 (土) 23時07分
konoha様の心こもるコメント、有難うございました。
この名歌を愛好する気持ちを共有できて、嬉しいです。
素晴らしい歌(曲)だけに、「ロンドンデリーの歌」も併せて、いろいろな日本語詞のものがあるのですね。
最近、気軽に口遊むことが多いのは、近藤玲二さん作詞による、♪北国の港の町は リンゴの花咲く町…♪(「ロンドンデリーの歌」の項をご参照)で、心にすっと入ってくるようで、心地いいです。
私も、昔、”ハリー・ベラフォンテ スーパーセレクション”というCDを買い求め、
「さらばジャマイカ」、「ク・ク・ル・ク・ク・パローマ」などとともに、「ダニー・ボーイ」をよく聴いたものです。
投稿: yasushi | 2019年2月10日 (日) 11時27分
ビング・クロスビーやハリー・ベラフォンテのバージョンも素敵でした…。その上で、小生が一番好きな録音は、ジョン・フォード監督が故郷のアイルランド舞台にした名作映画「静かなる男」で恋人役を演じたモーリン・オハラが、アイリッシュ・ソングを歌った米コロンビアのLP盤でのヴァージョンです。
モーリンは確かジャズ系のLPを出したことがあったようです(RCA?,未聴)が、これは歌唱力も伴った、女優による故郷讃歌集という滅多にない企画のアルバムであったと思われます。
投稿: ジーン | 2024年1月11日 (木) 20時42分