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2007年8月 9日 (木)

一年生になったら

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:まど・みちお、作曲:山本直純

1 一年生になったら 一年生になったら
  友だち100人できるかな
  100人でたべたいな
  富士山のうえでおにぎりを
  ぱっくん ぱっくん ぱっくんと

2 一年生になったら 一年生になったら
  友だち100人できるかな
  100人でかけたいな
  日本中(にっぽんじゅう)をひとまわり
  どっしん どっしん どっしんと

3 一年生になったら 一年生になったら
  友だち100人できるかな
  100人でわらいたい
  世界中(せかいじゅう)をふるわせて
  ワッハハ ワッハハ ワッハッハ

《蛇足》 まど・みちおの童謡には、このほか『ぞうさん』『ふしぎなポケット』『やぎさんゆうびん』などの傑作があります。

(二木紘三)

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コメント

二木先生と同期の者です。 このたび、下の孫が一年生になりました。 都市部の幼稚園から大規模校へ通学する予定でしたが、親の仕事の関係で山間部の僻地小学校へ行ったのです。 100人のお友達ができることを楽しみにしていたのでかわいそうに思えてなりませんでした。 が、この夏休みにすっかりたくましくお山の子供に成長して驚いています。
お友だち(同学年)は5名ですが、とてもみんな仲がよく、楽しい学校生活を送っていて、ホントに祖父母のとりこし苦労でした。 こうして、様々な道を辿って成長してゆく孫たちに心から拍手しています。

投稿: くろかつ | 2008年8月 7日 (木) 11時01分

一年生って例えようもなく可愛いらしいですね。
学校読み聞かせをしておりますが、一年生担当になった日は宝物に出会えたような思いになれます。
今年度の事務局なので先日 5月の割り当て作業で
一年一組担当を(自分に割り当て)素早く決めました(役得)
新年度の初日に一年生担当になれるとは
ハッピーこの上ありません。
今からワクワクしています。
全国の1年生~上級生も毎日が無事でありますようにと
祈る思いです。

投稿: りんご | 2017年4月16日 (日) 13時42分

母が風呂敷包みを開けて言いました。
「これ、お前のものだけど、〇〇ちゃん(私の甥)にあげてもいいかい?」
私は「うん」と答えました。

しかしそのとき私は驚いていました。思い出したのです。それは私が小学一年生の冬、通学時に着ていた防寒コートでした。襟にはふわふわの毛が巻いてありました。私の体をすっぽりと包む大きな温かいコートでした。でも今見るとなんて小っちゃなコートなんでしょう。まるでお人形さんに着せるコートのようです。私の宝物のように思えてきました。

私がそのコートを着ていた時から60年、母がその風呂敷包みを開けてから30年以上、たちました。
・・・・

「母さん、あのコートどうなったんでしょうね。ほら、僕が小学校1年生の時着ていたあのコートですよ。」
・・・・

りんご様、小学校一年生担当、おめでとうございます。


投稿: yoko | 2017年4月16日 (日) 23時46分

連投で失礼いたします。前コメントで、よく知られている詩の一節を借用しました。
心苦しく、コメントを追加させていただきます。

借用した詩は”西城八十”氏の「僕の帽子」です。

母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
・・・・・・・・・

私の冬のコートは永い眠りから覚めて突然私の目の前に現れました。そして再び消え去ってしまいました。
永遠に・・・

コートと一緒に小学一年生の小さな少年もいたような気がします。その少年もコートと一緒に消え去ってしまった。 
大切なものを失ったような喪失感があります。
もう手を伸ばしても届きません。
今思い出しても悔しいです。

投稿: yoko | 2017年4月19日 (水) 10時59分

コメントのトップを飾らせて頂きまして9年以上経過しました  あの時の孫も今年晴れて高校生になりました
お盆に父母と一緒に帰省しています  あと数年後には祖父母の家までは来なくなるでしょう  成長と共に距離が遠くなりそうで、思うだけでも寂しくなります  これが人生でしょうかね

投稿: くろかつ | 2017年8月13日 (日) 12時57分

くろかつさん 
9年前同級生5名だけの山間部の僻地小学校へ行かれたお孫さんは高校生ですか。
ご両親と一緒にお盆で帰省されているそうで感心ですね。
 
>あと数年後には祖父母の家までは来なくなるでしょう  成長と共に距離が遠くなり・・これが人生でしょうかね

お孫さんとお盆休みをご一緒できる幸せ。いつまでも続きますように。
 

投稿: けん | 2017年8月13日 (日) 14時26分

“けん”様  ありがたいコメント嬉しく思いました
その後に生まれた外孫もちょうど一年生になりました
こちらも帰省中です  今日、明日までにそれぞれUターンしてことになりそうです  
Mailやケイタイで交信はできますが、会えることは全く意義が異なります  
実は昨夜このコメントを読ませたら大変喜んでいました
いろいろ工夫しながら余生を楽しみたいものですね

投稿: くろかつ | 2017年8月14日 (月) 06時59分

くろかつさん お孫さんはUターンされたでしょうか。
私のコメントをお孫さんは喜ばれたそうで有難く思います。光栄です。
同級生5名だけの山間部の僻地小学校で学ばれたお孫さん お友達とは兄弟のように、先生とはお兄さん、お姉さんのように親しくふれあいながら、都市部の大規模校ではなかなか味わえないアットホームな小学校生活を過ごされたのでは?と思います。
お孫さんはその小学校で学ばれたことを誇りにされていらっしゃることと思います。

私自身は平家の落人が逃込んだ山間部の僻地校で小学校・中学校を過ごしました。60年前に学んだ小・中学校は今は統合され、校名も建物も残っていません。しかし古希を過ぎた同級生(お友だち)は消えゆこうとする村を懸命に守りながら頑張っています。私は都市部に住むようになってその同級生達からの応援を私の宝に誇りにしています。

お孫さんは母校のお友達を大切にされ健康に気をつけこれからの人生を頑張って頂きたいと思います。

投稿: けん | 2017年8月14日 (月) 21時07分

 都内で不要不急の外出を自粛、ここ1週間以上、近くの公園で草笛練習を控えている毎日。マンション前の道路を歩く人や遊んでいる子供も少い。閑散としている。
 
 食料品購入のためスーパーに行く途中、田柄川緑道の満開の桜が目に入った。桜の近くには母子3名だけ。
 若い母親のカメラのレンズは、ダブダブの制服でランドセルを担ぐ新1年生(?)とそのお兄ちゃんに向けられている。背景の桜とこども達のポーズを注文する母親。
 
「お母さんもご一緒に。私がシャッターを押しましょうか」と声を掛けた。母親は喜んで私にカメラを預けた。

 「有難うございます。㋃に入学する次男です。いい記念になります」と母親。新1年生は全部で11名だそうだ。
 私はポケットから人工バランを取り出し「一年生になったら♬」を草笛演奏した。その音色にビックリしている子供達。母親は「入学式があるかどうか心配で。いい思い出になります」と涙ぐんでいた。私は「パプリカとビリーブ」を吹き、草笛の吹き方を教えた。
 
 最後は 子供達とハイタッチ!

 二木先生にこの歌を取り上げて頂き感謝します。

投稿: けん | 2020年4月 2日 (木) 21時04分

いいお話ですね。
感動しました。

投稿: りんご | 2020年4月 4日 (土) 13時06分

本日 都内の小学校では入学式がありました。
小学校の正門横のさくらの花は、半分残っています。道路に沿ったつつじの花も少し見えます。

 お父さんやお母さんと共に登校するピカピカの新1年生たちが、ベランダから見えました。ランドセルを背負っていませんが お父さんと手を繋いだり、後ろから来る母さんの手を握ったり、新1年生の身体中から-嬉しさが溢れていました。
 コロナ禍で入学式の場所・時間・参加者など様々な制限があるようです。 入学式を無事終えられた新1年生、ご父兄、先生、関係者の方々もお喜びのことでしょう。おめでとうございます。お友達を沢山作り、楽しい小学校生活を過ごして頂きたいです。

 私は仕事が忙しかったので、二人の子供たちの入園式・卒園式、小中学校の入学式・卒業式に参加できず、妻に任せていました。子供たちは申し訳ない気持ちもありました。モーレツ社員が当たり前で高度成長の時代でした。
「一年生になったら」を入学式の前日、子供たちと歌ったことを覚えています。


 
 

投稿: けん | 2021年4月 6日 (火) 21時33分

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