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2007年8月 7日 (火)

夏の日の想い出

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:鈴木道明、唄:日野てる子

1 きれいな月が海をてらし
  たたずむ影は砂にうかび
  あなたの熱いくちづけが
  つめたい頬によみがえるの
  夏の想い出恋しくて
  ただひとりだけで来てみたのよ
  冬の浜べはさみしくて
  よせる波だけがさわいでた

2 夜のなぎさに鳴く鳥が
  私の影をかすめてゆく
  はるかかなたの灯(ともしび)
  私の胸をゆするのよ
  夏の想い出恋しくて
  ただひとりだけで来てみたのよ
  冬の浜べはさみしくて
  よせる波だけがさわいでた

  冬の浜べはさみしくて
  よせる波だけがさわいでた

《蛇足》 昭和40年(1965)発売。
 昭和40年代、ビアガーデンに行くと、たいていこの曲を繰り返し流していました。夏のスタンダードナンバーでした。

 『夏の日の想い出』は100万枚を超えるヒットとなり、日野てる子は「ハワイアンの女王」と呼ばれました。ムームーを着て、長い黒髪の横にハイビスカスの花を飾った姿が彼女のトレードマークのようになりました。

 結婚して引退しましたが、子育てが一段落してから舞台に復帰。晩年はガンにかかり、平成20年(2008)9月9日逝去。64歳になったばかりでした。

(二木紘三)

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コメント

日野てる子さんが亡くなられたとのこと。『夏の日の想い出』がリリースされ、そのメロディーが毎日のように巷に流れていた昭和40年、小生は大学の「5年生」でした。「モラトリアム世代」のハシリですね。あえて必修の2単位を落として留年させてもらい、1年間、自分の進路を求めて悶々と過ごしたことを想い出します。親からの仕送りも奨学金も無く、色々なアルバイトに精を出すだけの1年でしたが、結局は普通の人生コースを選び、今は普通の65才となって生き永らえています。久しぶりに『夏の日の想い出』を聞くと、ただただ毎日が悩ましかった43年前の自分が遠くに見えてきます。同世代の日野さんの御冥福をお祈りします。合掌

投稿: Snowman | 2008年9月23日 (火) 23時15分

夏の日のあの喧騒が嘘のように寂れている渚に立つと、どこからともなく聞こえてくるのが、日野てる子のこの歌です。

夏を若き日の自分、冬を年老いて青春の日を回顧している自分と置き換えることもできますね。恋を恋したあの日への甘い感傷か、また、心から愛した人への慟哭か、聴く人にとってさまざまに受け取ることができます。私にとってこの曲ははずす事ができないスタンダードナンバーです。

人いきれ去った浜辺の忘れ潮
乳の跡 残して夏の恋おわる

投稿: 吟二 | 2009年3月 2日 (月) 23時22分

この歌がヒットしていた頃、私はある中学校で図書室の司書(アルバイト)をしていました。この曲が流れると、毎日のように友達と一緒に顔を見せていた女生徒を思い出します。

投稿: jiro.sakata | 2010年9月 6日 (月) 13時15分

前奏で聞く人を引き込んでしまい、終わりまで離さない。そんな歌の一つの様な気がします。それにしても可哀そうな人生だったのですね。

投稿: 海道 | 2010年9月 8日 (水) 17時53分

ハイビスカスの花をさした素直な黒髪を片方の肩にたらし、濡れた様な瞳の歌手だったがと、つい先ほどTVの天気予報官の髪型を見て連想しましたが、名前が出てきません。夫が名前を思い出したので、検索してたどり着きました。彼女は私と同じ年齢だったので、親しみを覚えていましたが、なくなっていたとは。このサイトで取り上げていただき、感謝。

投稿: Bianca | 2011年6月22日 (水) 10時49分

「山のけむり」の前奏を好きな人は多いと思いますが、この歌の前奏も良いですね。この歌の中に想い出として出てくる男性に告げたい,こんな情緒のある女性を手離すではないと。


投稿: 海道 | 2011年11月12日 (土) 07時11分

 いうまでもないことですが、この歌は 失われた夏の日の恋を 冬の海辺に立って なつかしむ歌です。しかし、日野てる子さんの死を知ってからは、彼女の元気だった頃のムームー姿を 生きながらえている私が 想い出す歌になってしまった。昔のように失恋の歌とは思えなくなって、人生の無常を感じてしまうのです。同世代に生きた歌手と聞き手のつながりでしょうか。

投稿: 音乃(おとの) | 2012年11月11日 (日) 00時20分

日野てる子さんとは多分同年齢かと思います。昭和40年頃会社のダンスパーティーで、同僚と覚えたてのルンバで、よくハワイアンを踊りました。60代で逝くなんて余りにも早すぎます。あの透き通った声が忘れられません。まさに遠い夢の日です。

投稿: 赤城山 | 2013年5月24日 (金) 17時43分

中学の同級生が熱烈な日野さんのファンで,高校に入った1965年,TBSラジオの公開番組に彼女が出演するから行こうと誘われて,この曲を生で聴きました。
番組を見た後,今度は彼女が住んでいる家を見に行こうと,赤坂から青山へ。地下鉄銀座線外苑前駅を出て,青山通り(ルート246)から斜めに入る道(秩父宮ラグビー場や神宮球場へ向う道)を入った左側にあった八百屋さんに下宿していると云うのです。どこから仕入れた情報かは知りませんが,彼の言を信じてしばし道の反対側から八百屋さんを眺めて帰りました。

日野さんで想い出すのが,当時NHKでやっていた「あなたのメロディー」と云う素人が作詞作曲した曲をプロの歌手が歌う番組で,彼女はよく出演していました。この番組で編曲をしていたのが一ノ瀬義孝さんで,多分この番組が縁だったと思いますが,お二人は結婚し彼女は引退したのです。

日野さんが亡くなって早6年。今でも時々レコードを引っ張り出しては針を落としていますが,50年近く前に生で聴いたスタジオの風景が目に鮮やかに浮かびます。

投稿: 西班牙風 | 2014年7月28日 (月) 01時42分

昨日は中秋の名月で今日9日は満月と日野てる子6年目の命日、そして昨夜に続いて今夜も月が見られそう。       また郷土出身のテニス錦織圭君は全米オープンで準優勝と大善戦をなし、その感動も含め M.F(ミュージック・フレンド)と酌み交わしながら街のどまん中で「夏の日の想い出」「南国の夜」etc.を聴きつつ、作詞・作曲家・日野てる子への思いを馳せるひと時を予定しています。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年9月 9日 (火) 10時28分

 今日は爽やかな夏日です。このくらいの暑さが気持ちにも身体にもちょうど良いですね。40年前に他界した義母がTVで歌っている「日野てるこ」を見るたび、早くに亡くなった妹に似ているとよく言っていました。
 
 山や海で知り合い、お互いにドキドキの好感を持って、別れ際に再会の約束をして日常生活のなかで再び会っても、あのときの気持ちはなんだったのだろうと思う方が多かった気がします。お互いに自然がもつ空気のなせるわざに惑わされているのでしょうね。今はそれぞれが楽しい想い出になっています。「夏のひと時をありがとう」という気持ちです。

投稿: konoha | 2017年5月20日 (土) 14時10分

「夏の日の想い出」日野てる子のこの唄がヒットしていた昭和40年は私がまだ小学5年生の時でした!

あれから半世紀以上が過ぎた現在でも、夏の流行歌と云えば、私の中で真っ先に想い浮かぶのはこの唄で、今でも時々「夏の日の想い出」聴きたさにYouTube動画を視聴することがあります。
日野てる子の天性のその美しい声と歌の巧さはもちろんですが、とても綺麗で気品さえ漂う彼女が長い髪に飾っていたトレードマークの色とりどりの大きな花がとても華やかで魅力的だったことを憶えています。

日野てる子の唄で「ワン・レイニーナイト・イン東京」とのカップリングのB面として昭和40年2月に発売になりましたが、日野がテレビ、ラジオ、ステージで歌い込んでいくうちに、この唄に人気が集まり、ついにA・B面が入れ替えられたという結果を生んでいます。日野てる子は、昭和37年の夏に行われた「全日本ハワイアン・コンテスト」のボーカル部門で優勝し、山口銀二とルアナ・ハワイアンズの専属として歌ってるうち、昭和39年5月にポリドールから「カイマナ・ヒラ」でデビューしました。(精選版・昭和の流行歌・野村耕三氏解説)

・・・夏の想い出恋しくて ただひとりだけで来てみたのよ

   冬の浜辺は淋しくて 寄せる波だけが騒いでた・・・
 

子供のころは、日野てる子の知的に感じさせるその美しい容姿に仄かな憧れを抱きながらこの唄を聴いていましたが、あれから長年が過ぎた現在に於いて上記の素晴らしい詞をみると、冬の暗い静かな淋しい夜の浜辺に月の光が微かに射しているというその情景が目に浮かぶようで、ここでこうして二木先生の名演奏を聴いてると、このメロディがより素敵に聴こえてきます。

投稿: 芳勝 | 2019年7月10日 (水) 17時12分

夏が終わり秋になると
「あの夏の日が無かったら楽しい日々が続いたのに」
「あなたの愛したひとの名前はあの夏の日と共に忘れたでしょう」
「夏の想い出恋しくてただひとりだけ来てみたのよ」
「あの夏の日つぐなえる何かがほしい待ちぶせた誘惑に誘われて思わずあなたを忘れたの」
「秋の風が吹いて街はコスモス色あなたからの便り風に聞くの落葉つもる道は夏の想い出道」
別れが綺麗に見える頃なのでしょうか?

投稿: 海道 | 2021年9月 2日 (木) 13時29分

私は今80歳の男性。突然この曲を思い出しこのサイトを検索しました。この歌がヒットしていたのは確か大学3年の頃でしたでしょうか。
当時は歌の内容をそれほど考えませんでしたが、今この歌詞を読むと、彼女は夏の浜辺で彼とあって口づけも交わしたんですよね。彼はどうしてこんなに素敵な彼女と別れることになってしまったのか。本当に不思議です。
投稿者の皆様の文章を拝見すると、同年代のかたも多いようです。そしてどの方の文章もその内容に引き込まれ、感慨深く、胸に染み入ります。

投稿: MorimonK | 2024年12月10日 (火) 23時32分

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